【第3話:骨背狼の調査】
八十郎は村の外れ、小さな納屋を借りていた。壁には手製のメモがずらりと並び、紙に描かれた牙の形や足跡のスケッチが目立つ。
また、言葉がわかるように翻訳装置を小型化して取り付けた。
「……なるほど。骨背狼は夜行性で、しかも縄張り意識が強い。群れの中心には“骨王”と呼ばれる個体がいて、そいつが行動を決める……か」
彼は長老から借りた古い伝承書を片手に、拾ってきた骨や毛皮を顕微鏡――自作の簡易観察具――で覗き込みながら呟いた。
村の若者たちが戸口から覗く。
「じ、爺さん……いや、八十郎さん。そんなもの調べて何になるんです? あいつら強すぎて、俺たちじゃ太刀打ちできねえ」
「強さだけが戦いの全てじゃないぞ」
八十郎は微笑み、毛皮を指先でつまむ。
「こいつらは月が昇る前に狩場を決める癖がある。それに、骨背を守るために一定時間は動かない“待機”の習性もある。そこを突けば、群れを分断できる」
若者たちの顔に驚きが走った。
「そんなことまで分かるのか……!」
「分かるさ。科学は、世界が違っても観察から始まるんだ」
八十郎は胸の奥で静かに決意を固める。
──この世界で、自分の頭脳で、誰かを救う。今度こそ、失敗しない。
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八十郎は村の納屋にこもり、長老から借りた古文書と、自分で描いた足跡・骨のスケッチを並べていた。
土間には、村人が持ち帰ってきた骨背狼の抜け毛や、かじられた木片が雑多に置かれている。
「……やはり、骨背狼は獲物の骨に含まれるカルシウム成分を好む。背に骨を纏うのもそのためか」
八十郎は草木の束を火にくべ、鼻を近づけた。
「ふむ、これは……」
若い狩人が恐る恐る尋ねる。
「八十郎さん、何やってるんです?」
「匂いのテストだ。骨背狼が寄り付かない草があるはずだと思ってね」
数種類の草を燃やしながら、八十郎はメモを取る。やがて、灰色の毛皮がわずかに逆立つのを見て、にやりと笑った。
「見つけたぞ。『灰護草』だ。この匂いを焚けば、骨背狼は警戒して近づかない」
「そ、そんな草が……!」
「これで周囲に防御線を張れる。しかも、骨背狼の“骨王”は群れの先頭に立って匂いを嗅ぐ癖がある。そこを逆に利用して、匂いの薄い道を作って誘導すれば――」
八十郎は、かりかりと羊皮紙に作戦図を描く。
「罠へおびき寄せ、群れを分断。戦わずして勝つ。戦闘は村の若者に任せるが、俺が頭脳で道筋をつける」
狩人たちは目を丸くした。
「……知恵ってすげえな」
「知識は剣より強い、というやつだ。さあ、準備を始めよう。今夜が勝負だ」
──八十郎の頭脳が、この異世界で初めて“チート”として光り始めた瞬間だった。
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