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【第28話:再会】

 工房の片隅で、アルマは昼食をとりながら小さな帳面にメモを取っていた。町の人々の言葉、笑い声、仕事の手順──それらがすべて新鮮で、彼女は何度も書き直していた。

 「今日だけで、こんなに覚えました」アルマは嬉しそうに八十郎へ帳面を差し出す。

 八十郎は頷き、「言葉や仕事だけじゃない、人の考え方にも耳を傾けるんだ」と言う。

 アルマは小首をかしげ、「考え方……ですか?」と尋ねた。


 そこへ、作業を終えたトウマが工房に戻ってきた。額の汗をぬぐい、木箱に腰掛ける。

 「お前ら、飯はまだか?」

 リーナがパンを差し出すと、トウマは受け取り、かじりながら笑った。「こういう素朴なパン、嫌いじゃないな」


 八十郎はじっと彼を見ていた。何度も見たことのある仕草、笑い方、パンのちぎり方──胸の奥がざわめく。

 そして、トウマが何気なく言った一言が、八十郎の心を撃ち抜いた。


 「なあ八十郎。人の正義ってやつは、結局“選んだ責任”だと思わないか?」


 その言葉は、かつて夜明け前の実験室で交わした議論の、まったく同じフレーズだった。まだ若かった二人が、正義と力について語り合ったとき、トウマが笑いながら言った決め台詞──。


 八十郎は思わず立ち上がった。

 「……その言い回し、……まさか……!」


 トウマが不思議そうに眉をひそめる。「なんだよ、そんな顔して」

 八十郎の胸にあふれるものを抑えきれず、唇が震える。「……いや、すまない。昔、友がそう言ったんだ。──私が謝りたかった友が」


 アルマは二人を見比べ、そっと問いかけた。「マスター、その人が……?」

 八十郎はかすかにうなずく。目の奥に涙が光る。


 トウマは笑って肩をすくめる。「悪いな、俺にはあんたの昔話は分からない。ただ、俺は俺の選んだ道を歩いてるだけだ」

 その言葉は、あの日と同じ強さで響いた。


 アルマは帳面にそっと書き込む。

 『正義は選ぶこと、そして責任を持つこと。』

 その筆跡は、彼女の成長の証のように力強かった。


 町の工房の裏庭。夕暮れが瓦屋根を赤く染め、風見鶏がきい、と鳴った。人々のざわめきが遠のき、三人だけの時間が訪れる。

 八十郎は静かに息を吸い、アルマとリーナに一歩下がるよう目で示した。二人は黙って頷き、少し離れた木陰に立った。


 「トウマ……君に話さなければならないことがある」

 八十郎の声は、かすかに震えていた。


 トウマは腕を組み、「改まってどうした?」と目を細める。

 八十郎はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと言葉を選んだ。


 「私は……この世界の人間じゃない。元いた世界で、科学者をしていた。タイムマシンを作ろうとして──本当は、死んでしまった“友”に謝りたくて……」


 そこまで言うと、八十郎の胸がつまる。視界が滲み、声がうまく出ない。

 「その友の名前は、トウマ……。君と同じ名前だ」


 その瞬間、トウマの表情が変わった。冗談半分の笑顔がゆっくりと消え、眉間に皺が寄る。

 「……なんだ、それは……俺をからかってるのか?」


 八十郎は首を振る。「からかっていない。君の仕草、言葉、考え方──どれも私が知っているトウマと同じなんだ」


 トウマは頭を抱え、ふらりと後ずさった。

 耳の奥に、遠い記憶の残響が響く。白い実験室の匂い、深夜の議論、そして最後の別れ。

 「……あの夜……俺は、あの装置の爆発に──」


 トウマの目に光が宿り、彼は大きく息を呑んだ。「嘘じゃ、ない……? 俺……思い出してきた……お前の声……あの時の……八十郎……!」


 八十郎は震える手を差し伸べる。

 「そうだ、私だ……君に謝りたくて、ずっと……」


 トウマは目を閉じ、しばらく何も言わなかった。胸の奥から込み上げる熱を押さえられず、唇を噛む。

 「バカ野郎……なんで……なんでこんなところで再会するんだよ……」


 その声はもう、かつての友のものだった。

 アルマは二人を見つめ、帳面に静かに書き込む。

 『再会──許し──そして新しい旅の始まり』


 夕日が沈み、三人の影が長く伸びる。風が、どこか懐かしい匂いを運んできた。



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