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【第26話:アルマ学ぶ】

 道は徐々に森を抜け、視界が開けていった。遠くの丘の上、石造りの壁に囲まれた町が見える。灰色の石垣に、赤茶の屋根が連なる建物群。煙突から立ちのぼる白い煙が、風に乗って流れていく。


「見えた……あれが、この辺りで一番大きい交易の町、グレインズだ」

 八十郎が指差すと、リーナは「わぁ……!」と目を輝かせた。

 アルマも目を細め、無表情ながら興味深げに建物群を見つめる。

「都市構造、観測開始……未知の刺激を受容します」


 城門の前には荷馬車や商人たちの列ができていた。鎧姿の衛兵が出入りを見張っている。八十郎たちは列に並び、簡単な身分確認を受けて町へ入った。


 中へ入ると、活気と匂いが一気に押し寄せる。

 焼いたパンと肉の匂い、果物や香辛料の香り、そして人々のざわめき。露店が並び、商人が客を呼び込み、子どもたちが駆け回っている。

「すごい……こんなに人がいるの、初めて見ました」リーナは目を丸くしている。

「アルマ、どうだい?」八十郎が問うと、アルマは少し首をかしげた。

「視覚・嗅覚・聴覚、すべて刺激過多……しかし、不快感なし。興味……発生」

 その口調は相変わらず機械的だが、わずかに声音が柔らかくなっているように八十郎には感じられた。


 八十郎は町の地図を見ながら考えた。

「アルマを育てるには、まず教育環境と生活基盤が必要だ……工房、図書館、学舎……この町には一通り揃っているらしい」

 リーナが横から覗き込む。

「工房なら、薬師ギルドと連携している工芸組合があるって聞いたことがあります。図書館も、古い学術書を保管しているって……」

「それはいい。知識を得るのに図書館はうってつけだし、工房があればアルマと一緒に新しい装置や薬を作れる」

 八十郎は頷き、決意を固めた。


 ちょうどそのとき、町の広場に設けられた掲示板に「新しい人材募集」と書かれた紙が貼られているのが目に入った。

 薬草学・魔導工学・魔獣研究の補助人員募集――。

「……これは、渡りに船かもしれないな」八十郎は呟いた。


 リーナは嬉しそうに笑う。

「じゃあ、ここを拠点に、アルマちゃんに色んなことを経験させられますね!」

 アルマは二人の顔を交互に見た。

「……経験……成長……承認」

 その目に、一瞬だけ小さな光が宿ったように見えた。


 八十郎はその様子に小さく笑みをこぼした。

「よし、まずは宿を取ろう。それから、工房と図書館を見に行くんだ」

 三人は町の喧騒の中へと歩み出した。アルマの“成長”の第一歩が、いま始まろうとしていた。



 宿を取り、荷を置くと、八十郎たちは早速町の中心街へ向かった。

 石畳の大通りの先、ひときわ大きな建物が並んでいる。鉄の看板に歯車の紋章が刻まれた工房組合、そして重厚な扉に本の紋章が刻まれた図書館――町の知の核とも言える場所だ。


「ここが、工房組合と図書館か……」

 八十郎が感慨深げに呟く。リーナも目を輝かせている。

「本当に大きい……町の人たちも、ここを大事にしてるんですね」


 まず訪れたのは工房組合だった。

 内部は高い天井に梁が走り、ところどころに魔導ランプが灯っている。壁際には工具や素材が整然と並び、奥では職人たちが魔導具を製作していた。金属の匂いと油の匂い、そして微かに漂う薬草の香りが入り混じる。


「うわぁ……」リーナが思わず感嘆の声をあげる。

 アルマは無表情ながらも視線を忙しく動かしていた。

「視覚情報収集中……魔導技術、未知の体系……」


 八十郎は職人の一人に声をかけ、施設見学と利用許可について説明を受ける。

「見習い枠なら誰でも工房を使えますよ。ただし基本講習は必須です」

 八十郎は即座に申請書を書き、リーナとアルマの分も申し込んだ。


 簡単なオリエンテーションが始まった。

 魔導具の基礎原理、素材の扱い、魔力の流し方……講師役の職人が説明するたび、リーナは真剣に頷き、アルマはじっとその手元を見つめている。

 やがて講師が手にした杖を軽く振ると、小さな魔導ランプが灯った。

「魔力の回路はこうやって流すんだ。やってみな」


 アルマはおずおずと手を伸ばした。機械のように正確な動作で杖を握り、魔力回路をなぞる。最初は何も起こらなかったが、八十郎が横から小声で助言する。

「焦らず、流れをイメージしてごらん。水じゃなくて……光の川だ」

 アルマの目が一瞬だけ八十郎を見る。

「光の……川……」

 次の瞬間、杖の先がかすかに光を帯び、ほのかなランプが灯った。


 リーナが目を丸くする。

「すごい、アルマちゃん! できたじゃない!」

 アルマは小さく瞬きをした。

「……成功……達成感、未知の感覚……」

 声はまだ平板だが、その頬がわずかに紅潮しているように八十郎には見えた。


 午後からは図書館へ移動した。

 高い天井、壁一面に並ぶ古い本。魔導学、薬草学、獣生態学……あらゆる分野の知がここに詰まっている。

「ここなら、アルマに必要な知識をいくらでも吸収させられるな」

 八十郎は胸の奥で興奮を抑えきれなかった。


 アルマは静かに本棚の前に立ち、指先で背表紙をなぞる。

「文字データ、解析開始……」

 パラパラとページをめくる彼女の目がわずかに大きくなった。

「情報、膨大……でも、嫌ではない。知りたい、と思う……」

 その呟きに、八十郎は思わず息をのむ。

(今のは……感情の発露か? “知りたい”と……自発的に……)


 リーナもにこやかに笑った。

「アルマちゃん、これから色んなことを学んで、もっともっと成長していけるよ」

 アルマはリーナを見上げ、小さく首を傾ける。

「成長……期待……了解」

 その目の奥に、微かな光が宿っていた。


 八十郎は心の中で拳を握った。

(この町を拠点に、アルマを育てていこう。知識と経験、そして……心を)



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