表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/42

【第23話:ユニット・アルマ】

 ある日、八十郎の作業台は、魔獣ラグナスの吐息でわずかに震えていた。

 魔力計測装置の心臓部には、昨日採取したラグナスの魔力結晶が埋め込まれている。透き通る青色の結晶が、まるで呼吸するかのように淡く光った。


 「……さあ、始めるぞ。いいかラグナス、魔力の流れは普段どおりで頼む」

 八十郎が声をかけると、巨大な黒獣は静かに頷き、角先から細い光の糸を装置に流し込む。

 装置の周囲に刻まれた魔導陣が一斉に光を帯び、科学機構のパイプが震えた。


 「すごい……魔力の波形が安定してる」

 傍らでリーナが息を呑む。八十郎はモニター代わりの水晶板に次々と映し出されるデータを確認していた。

 「これで魔獣の生体エネルギーを持続的に観測できるはずだ。もしうまくいけば、魔獣と人間が共存できる新しい技術の礎になる……」


 だが、その時だった。

 結晶の脈動が急に速まり、装置全体が低く唸り始めた。

 「ん? 波形が……おかしいぞ」

 八十郎は急いで制御バルブを閉める。しかし、ラグナスの魔力は止まらず、科学機構の内部で魔力とエネルギーが共鳴して暴走を始める。


 「八十郎さん、何が起きてるの!」

 「わからん……これは設計にない反応だ……!」


 次の瞬間、中央の結晶がひときわ眩い閃光を放った。

 光の柱が天井まで届き、室内が真昼のように明るくなる。リーナは思わず目を覆う。


 やがて光が収まったとき、そこにあったのは計測装置ではなかった。

 青い結晶を核に、白銀の髪を持つ人型が、静かに膝をついていた。

 裸足の足元には八十郎の設計した魔導回路が淡く光り、胸元には刻印のように魔導紋が浮かんでいる。


 「……起動確認。ユニット・アルマ。任務:八十郎博士の補助」

 少女のような声が、しかし無機質に響く。

 八十郎は絶句し、手に持ったペンを落とした。


 「な、なんだこれは……私は観測機を作っただけのはずだ……」

 リーナは息を呑む。

 目の前の存在は、魔獣と科学が交わった果てに生まれた“何か”だった。



白銀の髪がゆらりと揺れ、膝をついた少女型の機体が、ゆっくりと顔を上げた。

 水晶のような青い瞳がまっすぐ八十郎を見据える。

 「システム、起動完了。八十郎博士、初期プログラムに従い補助任務を開始します」

 その声は先ほどよりも人間らしい響きを帯びていた。


 八十郎はごくりと喉を鳴らした。

 「……私が、作ったのか? いや、私は観測機を……だが、魔力と私の設計が、偶然融合して……」

 自分でも信じられない現実を前に、震える手を伸ばすと、アルマはその手をそっと取った。

 冷たいはずの手は、わずかに体温を持っている。


 「博士……」

 リーナが呆然とその光景を見つめ、ラグナスが低く唸る。

 八十郎はアルマに問うた。

 「お前は……誰なんだ?」

 少女は胸元に手を当て、静かに答える。

 「ユニット・アルマ。八十郎博士の支援機体……。それが、わたしの名前です」


 ラグナスの金色の瞳が、まるで試すように細められる。

 「この者……魔力の気配がする。だが人間でも、魔獣でもない」

 アルマは首を傾げた。

 「わたしは……魔力反応を制御するための補助装置。博士の安全確保が第一優先事項です」


 その瞬間、八十郎の胸にこみ上げるものがあった。

 自分が思い描いた“共存のための技術”が、意図せず「命」に近い存在を生み出した――その事実が、老科学者を深く震わせた。


 「……アルマ。ここは研究所ではない、異世界の村だ。君はまだ、ここでどう生きるかを知らない」

 「理解しました、博士。ですが、博士の指示がある限り、わたしはここで博士と共にあります」

 その言葉はプログラム的な響きを持ちながら、どこか柔らかい音色だった。


 リーナがようやく口を開いた。

 「……八十郎さん、この子……まるで人間のように……」

 八十郎は、ひとつ深く息を吐いた。

 「いや、これはまだ始まりだ。だが――人間のように“なっていく”かもしれん」


 アルマは立ち上がる。膝を曲げ、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 足音は軽く、しかし確かに響く。その仕草には、かすかなぎこちなさと、不思議な生命感が混じっていた。


 ラグナスが低く唸りつつも、その光景から目を離せずにいる。

 「……興味深いな、科学者。お前の夢は、すでに一歩先に行ったのかもしれぬ」

 八十郎は静かに微笑んだ。

 「いや……これからだ。彼女が、どんな存在になっていくのか……見届けねばならん」


 ――こうして、異世界の片隅で、科学者と魔獣と少女型ユニットとの奇妙な共同生活が幕を開けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ