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【第22話:科学の知恵で村を救う】

 マルコ・ベレンが連行されて数日、街道は不穏な空気に包まれていた。隣村の傭兵団が一掃され、黒幕が失脚したことで、卵の密売ルートは崩壊。物資の流れは止まり、街道沿いの市場は混乱していた。肉や塩の価格は急騰し、薬草の取引も滞っている。隣村からの嫌がらせのような取引停止も重なり、村人たちの顔には疲れが見え始めていた。


 その中央で、八十郎は巨大な板状の図面を広げていた。そこには簡易乾燥炉の設計図、薬草抽出器、貯蔵庫の通気構造図が書き込まれている。彼は村人たちに囲まれながら、指先で一つひとつ説明していた。


 「今のままでは、外から物が入らなくなる度に困窮する。だからこそ、自分たちでできるだけのことを“内製”するんだ。乾燥炉を作れば薬草は長期保存できるし、この抽出器を使えば同じ草から数倍の成分を取り出せる。貯蔵庫の空気の流れを変えれば、穀物の腐敗も防げる」


 村人たちは真剣な目で八十郎の指先を追う。リーナは横でメモを取り、技術的な部分を村の若者に通訳していた。八十郎は“科学”というより、彼がかつての世界で培った工学・薬学・経済学の知識を噛み砕いて伝えている。村人たちが自分たちの手で生活基盤を作り替えることこそ、余波に耐える唯一の道だと分かっているからだ。


 やがて広場の一角に、簡易乾燥炉が組み上がる。八十郎は火加減と風の調整を指導し、薬草が短時間でしっかり乾燥していく様子を示す。リーナが驚いた声を上げる。


 「本当に、これで薬草が腐らずに済むんですか?」

 「済むどころか、保存性は三倍になる。隣村が薬草を止めても、こちらは余裕で冬を越せる」


 その瞬間、周囲の村人たちに小さな安堵の笑みが広がった。恐怖に支配されていた表情が少しずつほぐれ、代わりに何かを学ぼうとする光が宿っていく。


 さらに八十郎は、村の外れに小型の“風力水汲み機”を設置する。川から水を汲み上げ、畑へ送る仕組みだ。これで農地の生産性も上がり、少なくとも食料は守れる。彼は同時に経済の立て直しにも着手していた。村人たちに余った薬草や作物を干し、保存食や簡易薬に加工して交易品にする方法を教える。それは単なる生活の知恵ではなく、村を“外圧に左右されない小さな独立拠点”にするための経済戦略だった。


 リーナは手を止めて、八十郎に小さく笑いかけた。「八十郎さんって、本当にすごい。魔法じゃなくても、こんなに村を変えられるんですね」


 八十郎は苦笑いを返しつつも、内心で思っていた。──これは、まだ始まりに過ぎない。この混乱の裏には、必ず別の金主や闇市場が潜んでいる。マルコを失った夜市の背後には、もっと大きな組織があるはずだ。科学の力だけでなく、もっと深い情報網を築かねば、再び村が狙われる。


 その夜、稜線にラグナスの影が現れた。翼を畳み、静かに降り立つ魔獣の姿は、まるで闇夜の守護神のようだ。ラグナスは低い声で問う。


 「人の欲は尽きぬな。次に現れる者たちに、お前はどう対抗するつもりだ?」


 八十郎は夜空を見上げた。星が瞬き、冷たい風が頬を撫でる。

 「まずは知恵と記録だ。村人に自衛の技術を教え、情報網を整える。君にも協力してほしい、ラグナス」


 魔獣は一瞬だけ沈黙し、ゆっくりとうなずいた。「良いだろう。卵の件を明らかにしたお前に、我が群れも耳を貸そう」


 八十郎の胸に、かすかな決意が灯る。科学で築いた小さな砦は、まだ脆い。しかし人と魔獣が手を取り合えば、暴力と金欲の闇に対抗する“新しい力”になり得るかもしれない。

 ──老科学者の第二の人生は、ただ村を救うだけでは終わらない。世界の“仕組み”そのものを変える可能性が、今、彼の掌に宿り始めていた。



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