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【第21話:一網打尽――金主暴露と裁きの夜】

 薄闇が山道を包む頃、八十郎たちの“仕掛け”はすべて整っていた。街道沿いの枯れ谷には囮の巣が組まれ、木の根元には感知器と小型放電器、音響反射板が埋め込まれている。藪には灰護草で作った煙幕袋が仕掛けられ、遠隔で起動される仕組みは八十郎が設計したものだ。ラグナスは稜線の影で待機し、村人たちは暗闇の中で息を潜めている。


 「来た」──遠く、馬の蹄音が近づく。十数の影、傭兵団が列をなし、物音を消して谷へ進む。先頭には見張りの男、そして中には昨夜の利得話を匂わせていた顔役の一人の姿も見える。彼らは金を積んだ紐袋を誇らしげに振り、卵をどこへ運ぶか、次の取引の算段を囁き合っている。


 八十郎は暗がりで小さく笛を吹く。合図だ。すると、藪の中の煙幕袋が引火し、灰護草の匂いが一陣の風とともに立ち上る。前方の隊列は狐につままれたように立ち止まり、混乱が生まれる。視界を奪われた傭兵の一部が反射的に動いた瞬間、埋めてあった放電器が起動し、先頭の数名が激しい痙攣に見舞われる。


 混乱の渦の中、空が一瞬青白く光った。ラグナスの咆哮が谷を震わせ、彼が翼を一振りすると枯れ樹が炸け、通路は断たれる。傭兵たちの士気は一気にへし折られた。だが、その混乱の最中、八十郎は別の仕事を進めていた──“証拠の露呈”だ。


 彼は懐の水晶球を取り出し、封印した魔導記録を起動させる。球の中に映し出されるのは、隣村の倉で行われた取引の様子。男たちが卵を数え、取引の記録帳に花押を入れ、金の袋が渡る場面。だがそこで視点がぐっと引き、別の人物の姿が映る──高価な外套を着た痩せた男、胸には堂々たる商会の印章。そう、町の有力商人、マルコ・ベレン(町の名士として知られる)が、その場で受け取るように金を差し出していたのだ。水晶はさらに、商会の帳簿の写しと受領印までも投影する。細かな数字、出荷先の宛名、密約の書付──否定の余地がない。


 八十郎は息を殺し、水晶球を高く掲げた。暗がりの村人の目に、それが鮮やかな幽光を落とす。続いて、八十郎は谷の外れの見晴台に設置した小型魔導拡声器を起動させた。水晶球の映像は音声と共に増幅され、夜気を裂いて村の方角へと流れた。


 「聞け! これが、卵を奪い、魔獣を穢す者たちの証拠だ! 見よ、金を差し出す者の顔を!」


 拡声器から流れる八十郎の声に合わせ、球の中の映像が広場の大きな鏡板(村が急造した証拠掲示板)に投影される。映像が映るや否や、驚愕の声が一斉に上がった。水晶の中の男の横顔は、町の高級衣料品店の品札と同じ紋章を映している。村の行商や旅人の誰もが、その紋章を知っていた。マルコ・ベレン――交易で名を馳せる男だ。


 傭兵たちは悪事が露見する前に金を取り戻そうと更に慌てる。そこへ八十郎は、一台の龍頭のような小型魔導機を起動させた。これが作動すると、近隣の道を往来するすべての馬車に連絡が届く仕組みになっている。町の巡回役人の通報装置も連動させてあり、遠方の通報網に「卵の密売」「暴行行為」の報が走るように仕込んであるのだ。


 やがて谷の向こう、街道を進む数台の役人の馬車が鈴を鳴らしながら現れた。役人たちが到着するや否や、傭兵たちは支払金が絵に描いたように意味を失ったことを悟る。恐慌に陥った者たちはあちこちで争い、互いに責任をなすりつける。ラグナスは低く咆え、威圧するだけで数名が膝をつき、彼らの鼓舞は瓦解した。


 そこへ、山道の背後から人影が一つ、ゆっくりと歩み出る。外套を翻すと、それはマルコ・ベレン本人だった。彼は高慢な顔で傭兵たちを見下ろし、ぽんと手を叩く。「ほら見ろ、これで一網打尽だ。村の連中が騒げば、我が商団が謝金で済ます」――そんな台詞を吐くつもりだったのだろう。だがその口が開いた瞬間、投影された水晶の映像と帳簿の写しが村の広場の照明に照らされ、大勢の前で彼の名がはっきりと読み上げられる。


 「マルコ・ベレン、受領印、出荷先:密売商会《夜市》。これらはあなたの自署だ」八十郎の声が冷たく響く。村人たちの表情が一変する。取引先の名、帳簿の筆跡、受領の刻印が並んで見せられたことで、マルコが否認する術は残らない。


 マルコの顔が青ざめる。周囲の町の行商や旅人の一部も、八十郎の仕掛けた拡声器の電波で映像を受け取り始め、次々に集まってくる。噂は瞬時に町へと跳ね返る。マルコ・ベレンの“信用”は、その場で剥ぎ取られた。商いの根幹となる信頼は、彼らの金で買えるものではなかったのだ。


 傭兵のリーダーが慌てて金袋を掴み、馬に飛び乗ろうとしたが、ラグナスが低く地を叩くと馬は怯えて暴れ、群衆が後退して取り押さえられる。役人たちは咄嗟に職務を果たし、逮捕状の読み上げと共に数名を拘束する。マルコの顧客とされる“夜市”の使者たちも次々に姿を消す。金を失った男たちは逃げ惑い、背後に血の色の恐怖だけが残った。


 マルコは最後の抵抗を試み、喚き散らす。「お前ら愚か者が偽の証拠を捏造したのだ! 我が商会の名に泥を塗る気か!」だが手元の帳面と水晶の映像、そして遠方から集まり始めた町の商人たちの冷たい視線が、彼の声を掻き消した。信用を失った商人がその場で業を失っていくのを、誰も止められない。


 群衆の中で、隣村の倉の主や傭兵の顔役たちが狼狽している。取引が崩れ、金が無価値になれば、彼らが抱えた借金は即座に雪崩を打って露呈する。借金取りの影が彼らの戸口を叩き、客も去る。商売を続ける基盤が音を立てて崩壊していく様は、まさに見事であった。


 夜が明ける頃、谷は静けさを取り戻していた。捕縛された傭兵と顔役たちは村の広場に引き出され、村人たちの前で罪状を読み上げられる。マルコ・ベレンは役人に連行されて行く際、通りすがりの人々の蔑んだ視線と声に晒される。かつての豪商は地に落ち、評判は瓦解した。彼の分厚い帳簿は証拠として押収され、夜市との取引ルートもすべて洗い出されることになった。


 ラグナスは稜線に戻り、低く一声鳴いて去っていった。その背中を見送る人々の顔には、安堵と達成感と、そしてこれからの厳しさに耐える覚悟が交差していた。八十郎は深く息を吐き、水晶をそっと懐に仕舞う。


 「ザマァだね」リーナが小さく呟き、八十郎は苦笑した。だがその笑いは冷たくはない。正義が醜い形で勝つのではなく、知恵と連帯が不正を暴いたその瞬間に、彼らは小さな勝利の味を噛みしめていた。


 この一網打尽の裁きは、村を守るための“仕組み”として機能した。暴利を貪った者たちは信用と場を失い、傭兵団は散り、黒幕は公に追及される。隣村は一時的な混乱に陥るが、村同士の均衡は取り戻された──しかし、八十郎は知っていた。本当の戦いはまだ続くかもしれない。力を持つ者はいつだって、別の手段で戻ってくるからだ。



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