【第20話:傭兵団襲来】
隣村の残党が敗北し、公開謝罪と労役を課されてから二週間。村は焦げた屋根を修理し、田畑の手入れに戻り、表向きは平穏を取り戻していた。だが、八十郎はその“静けさ”が逆に不気味でならなかった。
夜、研究小屋の灯火の下で、八十郎は水晶球に映る街道の映像を眺めていた。村から半日ほど離れた山道、往来の少ないその街道に、重装備の男たちが十数名、馬に荷を積んで休憩している。肩の紋章は隣村のものではない。外から雇われた戦闘集団――傭兵団だ。
「やはり動いたか……」
八十郎は顎に手を当て、考え込む。
彼の脳裏には二つの選択肢が浮かんでいた。
①村の防御をさらに固めて籠城するか
②もしくは先手を打って街道上で迎撃するか
だが今回の敵は前回のような素人ではない。彼らは「動物狩り」「村焼き」を生業にする冷徹な戦闘屋だ。数だけでなく、武装も統制も整っている。村に引き入れれば、犠牲が大きくなるのは必至だった。
「リーナ、君はどう思う?」
薬草を仕分けていたリーナは顔を上げ、目を細めた。
「八十郎さん、今回の人たちは……違いますね。目が獣のようです」
「そうだ。だからこそ、こちらも一段上の策を使わねばならん。前の罠はもう通じない」
八十郎は棚から設計図を取り出した。複雑に絡む線は、避雷網と感知器、そして魔獣ラグナスとの連携を前提にしたものだった。
「村を巻き込まない場所で、罠を張る。森と渓谷の地形を使って敵を誘導するんだ。そして、今回はこちらからラグナスに正式に協力を要請する」
リーナは小さく息を呑んだ。
「……本当に、ラグナスと一緒に?」
「そうだ。ラグナス自身も、自分たちを狙う人間を憎んでいる。敵は卵を狙っているだろう。囮を使えば必ず乗ってくる」
八十郎の声には迷いがなかった。リーナはその決意に心を打たれ、頷いた。
「私もやります。薬草も、罠の材料も、何でも集めます」
八十郎は微笑み、彼女の肩に手を置いた。
「頼りにしているよ。君の知恵と勇気が必要だ」
その夜、八十郎は山の稜線に立ち、空を仰いだ。雲間から稲光が一瞬走る。呼応するように、山奥から低い羽音と雷鳴のような咆哮が響く。ラグナスが現れ、暗闇に青白い光を落とした。
「再び会ったな、人の賢者よ」
「ラグナス、力を貸してほしい。今回の敵は、卵を狙ってきた者たちの残党だ。外から傭兵を雇って襲撃してくる。村を守るため、そしてあなたの巣を守るため、協力してほしい」
ラグナスは静かに八十郎を見下ろし、角先で雷を散らした。
「我が卵を狙う者たちか……良いだろう。人と魔獣、共に狩りをしようではないか」
八十郎は深く頷く。
「作戦はこうだ――街道沿いに囮の巣を作り、敵をそこに引き込む。森と渓谷の地形を利用して避雷罠を張り、ラグナスの一撃で戦意を粉砕する」
リーナは一歩前に出て、地図を広げた。
「薬草で敵の嗅覚を鈍らせ、煙幕を作ることもできます。八十郎さんの発明と合わせれば、敵の視界と動きを奪えます」
ラグナスは大きく翼を広げた。
「人間よ、そなたらの知恵、我は見届けよう。だが覚えておけ。卵を奪う愚か者は、雷火の裁きを免れぬ」
八十郎はその雷光に照らされながら、冷静に作戦を練り続けた。
今回の敵は、ただの盗人ではない。だが、この村で生きる人々の力と、八十郎の知恵と、ラグナスの威光を合わせれば、勝てると信じていた。
――嵐は、もうすぐそこまで迫っている。
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