【第2話:長老の家にて、村の危機を知る】
案内された先は、村の中央にある石造りの大きな家だった。
壁には古い布が掛けられ、奥には薬草や地図のようなものが並んでいる。
囲炉裏のそばに、背の曲がった老人が腰かけていた。白い髭をたっぷりと蓄え、深い皺の刻まれた顔。その眼差しだけは鋭く、ただ者ではない雰囲気を放っている。
「……旅の者だそうじゃな」
《旅の者だそうじゃな》
翻訳装置を通して、ゆっくりとした声が流れる。
八十郎は腰をかがめ、頭を下げた。
「桐生八十郎と申します。この世界のことは何も分かりません。できればお話を聞かせていただきたい」
長老はしばし彼を見つめ、やがて頷いた。
「顔つきは異国人、だが目は正直だ。よかろう……」
《異国の者だが、嘘はついておらぬようじゃ。話してやろう》
老人は重いため息をつき、囲炉裏に薪をくべた。火がはぜ、温かい光が室内に広がる。
「この村はな、三月ほど前から“骨背狼”の群れに襲われておる」
《この村は三月ほど前から“骨背狼”に襲われておる》
八十郎の頭の中に、さっき森で見た赤い目の獣の姿が浮かんだ。
「……あれが“骨背狼”ですか」
《あれが骨背狼ですか》
「そうじゃ。昔は一匹ずつ山に棲んでいたが、何故か急に群れをなし、人里まで降りてくるようになった。畑は荒らされ、狩人は命を落とし……。もう村は限界じゃ」
《昔は山に棲んでいたが、急に群れで人里に現れるようになった。畑は荒らされ、狩人は命を落とし……村は限界だ》
長老の声に、八十郎は眉をひそめる。
(環境の変化か、あるいは外的要因か……。原因を探れば対策が立てられるかもしれない)
「冒険者や兵士の方々に助けは求められなかったのですか?」
《冒険者や兵士に助けは求めなかったのですか》
「何度も頼んだが、近くの街は戦争の準備で手一杯じゃ。討伐隊も来ぬ。わしらは自分たちで守るしかない……」
《何度も頼んだが街は戦争の準備で手一杯だ。討伐隊も来ぬ。わしらは自分たちで守るしかない》
八十郎は無意識に拳を握りしめていた。
戦う力はない。しかし知識はある。罠、武器、戦術……工夫次第で、骨背狼の群れを撃退できるかもしれない。
「長老、もし許されるなら……私にその“骨背狼”のことをもっと詳しく教えていただけませんか」
《もっと詳しく教えていただけませんか》
長老は目を細め、やがて頷いた。
「旅人よ……おぬし、何か策があるのか?」
《おぬし、策があるのか?》
「まだ分かりません。ただ、私には……知恵があります」
《まだ分かりません。ただ知恵があります》
囲炉裏の火がぱちりと音を立てた。
その小さな音が、八十郎にとっては、新しい人生の第一歩を踏み出す合図のように思えた。
(戦士ではない。だが科学者として、この村を守る方法はきっとあるはずだ)
若返った老科学者は、静かに決意を固めた――。
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