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【第14話:魔力感知装置試作】

 翌朝、まだ夜気の名残が残る村の工房で、八十郎は小さな机いっぱいに道具を広げていた。雷魔石の欠片、薬草採取用の小瓶、そしてリーナが持ち込んだ古い魔導札。木漏れ日が差し込むたび、石や札の刻印が青白く光を返す。

「これで回路は繋がった……あとは感応域を調整するだけだな」

 八十郎は指先に魔力を流し込み、雷魔石に刻んだ紋様を一つずつ確かめる。歳月が積み上げた精密な手付きは、若返った肉体に宿る力強さと合わさり、驚くほど速かった。


 背後でリーナが息を呑む。

「本当に三日で出来ちゃうなんて……八十郎さん、すごい」

「年の功さ。年を取ると、やり方の近道が見えてくるんだ」八十郎は笑い、装置をそっと机に置いた。

 手のひら大の石板に、蜘蛛の巣のような紋様が走り、その中央に青い光が宿っている。感知装置が魔力を探知すると光が揺らぎ、音も鳴る仕組みだ。


「これを持って張り込む。魔導を使う奴が近くを通れば、必ず反応する」

「じゃあ、今夜から……?」

「ああ。俺たちが先に試してみよう」


 夕暮れ、二人は川沿いの獣道へ足を踏み入れた。日が沈むにつれ、空は濃い群青に染まり、山の輪郭が墨絵のように浮かび上がる。川面から立つ水蒸気が冷たく、草の匂いと混じって夜の匂いが濃くなる。


 八十郎は感知装置を腰に下げ、手には小型のランタンを持つ。リーナは弓を背負い、警戒を怠らない。

「……静かね」リーナが囁く。「昼間は鳥の声がしたのに」

「夜の山はこんなものだ。だが匂いに注意しろ、焚き火や薬品の匂いがあれば人間だ」八十郎は囁き返す。


 道の脇には彼が即席で仕込んだ魔力痕跡用の「粉」が撒かれている。誰かが魔導を使えば、微細な光の粒が浮かび上がるはずだった。


 二人は息を潜めて進む。川のせせらぎの奥で、時折なにかが枝を踏む音がする。獣か、人か、判別はつかない。

 装置の青い光がわずかに揺れた。八十郎はリーナに合図する。

(反応があった……!)

 リーナは弓を構えたが、八十郎が手で制する。

「撃つな、まずは記録だ」彼は小声で言った。


 闇の奥、木々の間を一つの影がすり抜けていく。人影のようだが、動きが不自然に速い。光が木々に反射し、魔力の尾が微かに残っている。

「……人間、かしら?」リーナの声が震える。

「分からん。だが魔力を使っているのは確かだ。尾行は危険だ、まずは痕跡を記録する」


 八十郎は携帯用の板に座標と時間を書き込み、魔力の尾を目で追いながら、頭の中で地図を組み立てていく。

(魔獣の巣の南東ルート……やはり誰かが近づいている。しかも夜間に動いている……)


 リーナが不安そうに彼を見た。「この人たちが、魔獣の怒りの原因……?」

「可能性は高い」八十郎は低い声で答えた。「明日も同じ時間に張り込みを続けよう。足跡や残された物を調べれば、もっと分かる」


 二人の頭上で、満天の星が瞬いていた。山風が枝を揺らし、どこかでフクロウが鳴く。

八十郎は静かに息をつき、感知装置を見つめた。青い光がゆらゆらと揺れながら、今にも言葉を紡ぎ出しそうに震えている。

「……次に魔獣と会う時には、証拠を示せる。そしたら、名を尋ねよう。あの魔獣が何者なのか、何を守っているのか」


 リーナはその横顔を見つめ、胸の奥に決意の火を灯した。

「ええ、絶対に解き明かしましょう。八十郎さん」


 夜の山道は静まり返り、ふたりの小さな誓いだけが、闇の奥で確かな光となっていた。



 翌晩、八十郎とリーナは再び川沿いの獣道へ向かった。昨日よりも深い闇、より冷たい空気。草むらの露が靴にまとわりつき、夜の匂いが鼻腔を刺す。

 八十郎は腰に下げた感知装置の青い光を覗き込み、深く頷く。

「昨日より反応が強い……この先に誰かいるな」


 彼はそっと地面に膝をつき、指で土をすくう。かすかに金属の匂いが混じっていた。

「リーナ、見ろ。火薬か魔導薬品の残り香だ。村のものじゃない」

 リーナもしゃがみ込み、薄暗い中で光る粉を見つける。

「……こんな薬品、村の誰も使っていません」


 八十郎は持参した小瓶に粉を集め、装置で魔力反応を調べる。青い光が一瞬だけ赤く変わり、震えるように脈動した。

「やはり……魔獣の巣を荒らした“誰か”が使っている物質だ。昨日の人影と同じ匂いだな」


 さらに奥へ進むと、木々の根元に小さな布切れが引っかかっていた。リーナが拾い上げると、それは村のものではない上質な布で、魔導の紋様が刻まれていた。

「これ……町のギルドの紋じゃないですか? 冒険者の、しかもかなり腕の立つ連中が使うやつです」

 八十郎は頷いた。

「なるほど。村人じゃない、外から来た冒険者か商人だな。魔獣の巣を荒らして素材を狙っている可能性が高い」


 川沿いの岩場まで進むと、明らかに人が何度も通った跡が残っていた。新しい靴跡、荷物を引きずった跡、そして焚き火の跡が薄く残っている。

 八十郎は焚き火の灰を指先でつまみ、匂いを嗅ぐ。

「……火に魔力を混ぜているな。魔獣よけか、匂い消しか」

「そんなことまで……」リーナは眉をひそめる。「これじゃあ魔獣だって怒りますよ」


 八十郎はゆっくり立ち上がり、冷たい夜風を胸いっぱいに吸い込む。

(これで充分だ……次に魔獣と会う時、証拠として見せられる)


 その時、感知装置が急に大きな音を立てた。青い光が赤に変わり、鋭く点滅する。八十郎とリーナは顔を見合わせ、素早く物陰に身を隠した。


 闇の中から、複数の人影が現れた。フードを深く被り、手には光を抑えた魔導ランプ。荷車のようなものを引いている。

「……魔獣の素材はここから運ぶ。次は巣の奥だ、もっと希少な卵がある」

「警戒しろ、奴ら(魔獣)は気付いているかもしれん」

 低い声の会話が、夜気の中に流れた。リーナの目が怒りに燃える。

「やっぱり……この人たちが!」


 八十郎はリーナの肩を軽く押さえた。

「まだだ、今は証拠を掴む。顔と声、装備、全部覚えろ。追跡は俺がやる」


 彼は息を潜め、感知装置に記録モードを起動する。青い光が静かに周囲の魔力痕跡を刻み込み、微かな波紋を広げていく。

 人影たちは荷車を引き、山道の奥へと消えていった。足元には魔導薬品の小瓶がひとつ、転がり落ちている。八十郎はそれを拾い、懐にしまった。


 人影が完全に見えなくなると、八十郎は深く息を吐いた。

「これで決まりだ。奴らが魔獣の巣を荒らしている人間だ。町から来た高位冒険者か、あるいは裏稼業の連中かもしれん」


 リーナは拳を握りしめる。

「この証拠を持って、魔獣に説明しましょう。そして協力を仰ぐんです」


 八十郎は頷いた。

「次に会う時こそ、だな。俺たちの調査を示し、相手の名を尋ねる。魔獣の目的と、奴らの狙い……全部白日の下にさらす」


 夜の山道で、二人は静かに立ち尽くす。川の流れの奥で、どこか遠くの稲光がちらりと走り、雷鳴の予兆が小さく響いた。



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