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【第13話:計画立案】

夜明け前の空気は、雷雨の匂いと焦げた草の匂いをまだ残していた。

避雷網の下、魔獣は翼を畳んで地面に伏せ、金色の瞳を細めている。その巨体は静止しているのに、ただそこにいるだけで森全体の気配が変わるようだった。村人たちはまだ槍や弓を手にしていたが、八十郎の制止の手振りでゆっくりと武器を下ろし、距離を取っている。


八十郎はひざまずき、湿った土に地図と簡易の磁針を置いた。リーナが隣にしゃがみ込み、懐からメモ用紙と炭筆を取り出す。彼女の手はまだ微かに震えているが、瞳は真剣そのものだった。


「さて……」八十郎は深く息を吐く。空気に含まれる鉄っぽい匂いが肺に残り、頭が冴える。「あなた方の卵を奪っている“人間”を探す必要がある。だが闇雲に森を歩き回っても、時間と命を無駄にするだけだ。方法を考えよう」


魔獣は首をもたげ、低くうなるような声で言った。「我らの巣は北の断崖にある。卵が消えたのはこの二月で三度。巣へ向かう足跡は見つからぬが、時折、煙の匂いが森に漂う」


「煙……」八十郎は地図の上に指を走らせた。「村の北東に入っている未踏の谷があるな。そこで野営している可能性が高い」


リーナがメモを取りながら顔を上げる。「でも足跡が残っていないってことは、誰かが魔法か道具で隠している……?」


「その通りだ」八十郎は頷く。「だからこそ、普通の追跡ではなく、別の角度から探る必要がある」


彼は炭筆で簡単な図を描いた。巣と村と、森に散らばる水源の位置を点で示し、線で結ぶ。


「人間は卵を奪って帰る際、必ず休息や水を必要とする。魔法で足跡を消しても、煙の匂いや残飯、焚き火の跡は完全には消せない。だから——」


八十郎はリーナを見て、微笑んだ。「薬草の採取を装って、森の水源ごとに痕跡を調べる。私は匂いを吸着する装置を作れるし、魔獣殿は上空からその匂いを感じ取れるはずだ」


魔獣が小さく翼を動かし、目を細めた。「……人間のくせに、面白い考えだな。匂いを捕まえる道具など聞いたこともない」


「私の世界の技術だ」八十郎は軽く笑った。「試作品を今夜中に作る。あなたには、上空から森の動きを監視してほしい。足跡がなくても、人間の気配や異常な煙なら見えるだろう」


リーナが不安げに尋ねる。「でも……私たちだけで行くの?危険じゃない?」


八十郎は彼女の手にそっと触れた。「君は記録係だ。魔獣殿がいれば奇襲の心配は少ない。村人たちには、私たちの後を追うのではなく、村の防備を固めてもらう」


魔獣が低く唸り、地面に爪を立てた。その音が雷鳴の残響のように響く。


「……よかろう。人間よ。夜が明けたら、お前のその“装置”とやらを見せてもらおう」


八十郎は立ち上がり、夜明けの光を浴びた顔に決意を宿す。「必ず見せよう。そして、卵を奪った人間を突き止める」


村人たちの中にざわめきが起こる。恐怖は完全には消えていないが、八十郎と魔獣が同じ方向を向いたことに、かすかな安堵と希望が混じり始めていた。


空の雲が裂け、薄い朝焼けが現れ、焦げた匂いの残る森に新しい風が吹き込んできた。嵐の夜の後に訪れた、奇妙な“共闘”の始まりだった——。



 夕暮れの村の集会所。厚い梁に吊るされた油ランプが、ゆらりゆらりと橙の光を投げかけている。窓の外では虫の声が細く響き、戦いの緊張感が去ったはずなのに、誰もが落ち着かない空気を纏っていた。

 八十郎は簡素な木の机に地図を広げ、村の周囲と魔獣の巣があるとされる山地を粗く描き込んでいく。隣ではリーナが記録用の紙を手に、真剣な眼差しを八十郎に向けていた。


「……なるほど。魔獣は“巣を荒らす人間”を追い払おうとしていたわけか」

「はい。でも、私たちの村ではそんなことはしていません。誰がそんな真似をしているのか……」リーナは唇を噛み、悔しげに視線を落とした。


 八十郎は腕を組み、ゆっくりと深呼吸する。八十年の人生で積んできた経験則が、頭の中でひとつの方法を描き出していた。

「まずは情報だ。敵がどこにいるのかも分からずに突っ込むのは愚かだ。魔獣は、特定の時間帯や場所で人間の匂いを感じたと言っていたな。ならばこちらで観測を行い、行動パターンを探る」


 八十郎は地図に印をつけながら説明する。

「ここは山への旧道。荷車が通った形跡がある。ここは猟師の小道、そしてこの川沿いは獣道だ。人間が魔獣の巣に近づく可能性が高いのはこの三つのルート。村人や狩人に協力してもらって、張り込みをして記録する」


「張り込み、ですか?」リーナが顔を上げた。


「うむ。ただの張り込みではない」八十郎はニヤリと笑う。「魔導の痕跡を感知する小型装置を作る。元々雷魔石に使った回路を転用すれば、低い出力で魔力の流れを検出できるはずだ。夜間でも、魔導を使う人間なら足跡を残す」


「そんなものを……作れるんですか?」村人たちがざわめいた。


「材料さえあれば、三日で試作は可能だ。薬草採取に使う鉱石、雷魔石の余り、そしてリーナ君、君が持ってきてくれた古い魔導札——あれを基盤にできる」


 リーナは驚きに目を見開き、やがて小さく笑った。「……本当に、あなたは不思議な人ですね。年を重ねているのに、若い人よりずっと未来を見ている」


「伊達に八十年は生きておらんからな」八十郎は肩をすくめる。「それに、この問題を放置しておけば、魔獣との約束は反故になる。次に会う時は、きちんとこちらの調査結果を示して、魔獣に名を尋ねよう。相手を知り、こちらを知れば、無用な戦は避けられる」


 集会所にいた村人たちは、少しずつ頷き始める。

 八十郎はさらに細かい役割分担を説明した。

「夜明けから正午までは俺とリーナが川沿いを監視する。夕暮れ以降は猟師のガレオンと鍛冶屋のモルドが旧道に立ち、魔力感知装置を試験的に使ってもらう。感知できた痕跡は必ず記録し、俺に報告だ」


「分かりました」リーナは力強く答えた。「私、全力で協力します」


 八十郎は彼女の瞳に宿る決意を見て、静かに頷いた。

「次に魔獣と会う時、ただの人間ではなく、“調べて、考えて、話そうとする者”として向き合おう。その時は、きっと魔獣も名を名乗ってくれる」


 ランプの炎がパチリと弾ける音が、二人の決意を祝福するかのように響いた。



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