【第12話:八十郎 vs 飛翔魔獣】
稲妻が夜空を裂いた。
八十郎の号令と同時に、村の外周に張り巡らせた避雷網が青白く輝き、雷魔石が爆ぜる。真昼のような閃光が闇を貫き、衝撃波と金属の焦げる匂いが一瞬で広がった。空気が焼けるような音、土が軋む感触、魔力と雷の金臭い匂いが村全体を包み込む。
「今だ、起動!」八十郎が叫び、リーナが札を叩きつける。
二重に編み込まれた網を稲妻が奔り、光の檻が生まれる——はずだった。
だが、黒い影は稲光をするりと抜けた。巨大な翼が空気を裂き、信じられない軌道で高空へ跳ね上がる。網の火花が虚しく散った。
「馬鹿な……!」八十郎の声が喉で途切れる。予備の札を取り出し、震える手で再び起動する。リーナが補助し、二重の罠がさらに光を増した。土煙が立ち、耳をつんざく爆音。だが魔獣は翼を畳み、滑空し、まるで計算された軌跡で罠を避ける。稲妻が羽先をかすめるたび、青白い火花が散ったが、決定打にはならない。
村人たちが絶望の息を漏らし、矢をつがえようとした瞬間——空が鳴った。
「……見事だ、人間」
低く、しかしはっきりとした声。翼を広げ、魔獣が旋回しながらゆっくりと降りてくる。青黒い鱗の隙間に稲光が反射し、金色の瞳が闇の中で光っている。その光に射抜かれた村人たちは、槍を構えたまま硬直した。
八十郎の背筋を冷たいものが走る。
(しゃ、喋った……!)
魔獣は翼を一度大きく打ち下ろし、避雷網の上に降り立った。稲妻に焼かれた草の匂いと、獣の強い匂いが混じって夜風に漂う。羽ばたきの風圧で土が舞い、火花が弾ける。
「我らの巣を脅かす者がいる」
魔獣の声は、遠雷のように響いた。「卵を奪い、森を焼く人間たち……我らはそやつらを追い払っているだけだ」
村人たちがざわめき、恐怖と驚愕が入り交じった声を漏らす。誰もが初めて見る光景——魔獣が人語を話し、怒りではなく言葉で訴える姿。
八十郎は一歩前に出た。胸の奥で脈打つ心臓の鼓動が耳にうるさいほど響くが、声は不思議と落ち着いていた。
「……この村からは、誰もそんなことをしていない」
息を吸い、湿った夜の匂いを肺に満たす。「私たちは、あなた方の巣を荒らしてはいない。むしろ、被害を防ぐために罠を張っただけだ」
金色の瞳が八十郎を見下ろす。静寂が訪れ、雷鳴さえ止んだかのようだった。リーナが八十郎の袖をつまむ。彼女の指先が冷たい。
「……もしよければ」八十郎はさらに言葉を重ねた。「その人間たちを探し出す協力をしよう。調査や追跡には私の知識が役立つ。あなた方の卵を奪った者を見つけるために、私は動ける」
魔獣はしばらく八十郎を見つめていた。
翼の先から雨粒のように魔力の火花が滴り、夜気に溶けていく。やがて、その瞳に理性の光が宿り、ゆっくりと首を傾けた。
「……面白い」魔獣の声は低く唸り、しかし先ほどよりも柔らかかった。「ならば、人間よ、見せてもらおう。お前の“知恵”とやらを」
八十郎はわずかに息を吐き、槍を構えたままの村人たちに手を挙げて下ろさせる。リーナは震えながらも八十郎に寄り添い、村人たちは“魔獣と話す老人”の姿に、畏敬と希望を感じ始めていた。
夜空の雲が少しずつ裂け、月光が差し込み、避雷網の針金を銀に光らせた。嵐の夜に、思いがけない同盟の予感が静かに芽吹いていた——。
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