【第10話:未知への探究──飛翔魔獣の調査と、森の奥の気配】
翌朝、村の広場にはまだ飛翔魔獣の巨体が横たわっていた。夜明けの光がその翼の羽根を照らし、焦げ跡の間から淡い蒸気が立ちのぼっている。
八十郎は革のエプロンに手袋、即席の解剖道具を用意していた。横にはリーナが立ち、薬草の籠と記録用の紙を抱えている。
「準備はいいかい、リーナ君?」
「はい。……でも、本当に私が手伝っても?」
「もちろんだ。これは危険じゃない。むしろ君の目が必要だ」
八十郎は小刀で慎重に羽根を切り取り、断面を露わにする。羽軸には金属光沢を持つ繊維が走っており、まるで導線のようだ。
「やはり……雷を集める器官が翼そのものにある。放電によって飛行補助をしているのかもしれない」
リーナは目を丸くした。「雷を……自分で操る魔獣なんて」
「この世界では“魔”の一言で片づけられてしまうが、必ず理屈はある。理屈が分かれば、対策も立てられる」
八十郎はさらに内部を調べ、血液を小瓶に採取する。淡い青色をした血は、微かに発光しているようにも見える。
「これだ。電気を蓄える特性がある金属イオンか、未知の魔素か……いずれにせよ、次の脅威へのヒントになる」
リーナは記録紙に走り書きをしながら、八十郎に問いかける。
「次の脅威って……昨夜、長老がおっしゃっていた森の奥の咆哮のことですか?」
「そうだ。あれは、音の低さからして大型個体。飛翔魔獣の親か、あるいは全く別種か……まだ分からない」
その時、森の方から風が吹き抜け、広場に不思議な匂いが漂った。金属と腐葉土を混ぜたような、鼻をつく臭い。リーナが顔をしかめる。
「……この匂い、初めてです」
八十郎は嗅覚を研ぎ澄まし、森を見やった。
「風下に、何かいる。昨夜の咆哮と同じ方向だ」
リーナの背筋に寒気が走る。「また、魔獣……?」
「可能性が高い。ただ、慌てて動くのは危険だ。情報が必要だ。魔獣の生態、行動範囲、弱点……」
八十郎は解剖した翼の標本を布に包みながら、決意を新たにした。
「今夜、森に観測小屋を設置しよう。足跡や鳴き声、体毛を採取する。君は村で薬草の調合を進めてくれ。麻痺草以外に効くものがあるかもしれない」
「分かりました……私も怖いけど、頑張ります」
八十郎は微笑む。「科学は怖さを消す薬にはならないが、怖さに立ち向かう灯にはなる。二人で進もう」
彼の瞳には、未知への恐れと同時に、少年のような探究心が宿っていた。
リーナはそんな八十郎を見て、小さく胸を高鳴らせる。
遠くの森から、低く響く咆哮が再び届いた。今度は昨夜よりもはっきりと、地鳴りのように村を震わせる。
村人たちが顔を見合わせ、囁き合う。「あれが……次の……」
八十郎は空を見上げ、深く息を吸った。
(これは、第二の人生の試練だ。科学者として、人として──恐れずに進め)
こうして八十郎とリーナの“調査と準備”の日々が始まった。
それはやがて、村を揺るがす新たな魔獣との戦いへとつながっていく。
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