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寒々とした風吹き

 時代祭が見えてきたある日、すみは朝から、雨上がりの匂いが窓の隙間から入ってきたのを思った。

 昨夜の雨は姿を消し、空には乾いた晴れ模様が浮かんでいた。

 その清々しさはすみの陰鬱な心すらも吹き飛ばすようで、冷たい風を浴びると、秋の変わり目を強く感じるのだった。

 まだ寒々としていない心地良い風はその時々の心情で大きく変わる。今のような清々しい思いの時は風は何かを予感させる煽るような風になり、陰鬱とした思いの時はその風は一日の悪い予感を煽る風になる。

 朝に吹く風は心の持ちようでその一日を決めてしまう程の力があった。そんな風に不意に微笑が浮かび上がった。

 その笑みがどんなものかは自分自身にもわからずにあった。

 眠気がまだ残った中で涼しさに服を脱ぐと、その肌に冷たい空気に触れ、ぴりっとした一瞬の刺激に刺され、すみはすぐさま着替え始めた。

 冬がもうすぐそこまで来ている。目を瞑り、そしてほんの少しの時間の後に目を開けるときっともう冬に変わっているのであろうと思った。

 来月には飾るであろう紅葉の色がすみの想像では雪に変わってしまっていた。

 学生服に着替えたすみは朝食を終えた後、番頭の運転する車に乗り、学校へと向かっていた。

 父と母、姉は仕事に入り、すみだけが一人、学生という未熟な身分に身を投じているのだ。それがすみには不甲斐なかった。

 こうして、鴨川沿いを走り、四条大橋見ると、祇園祭が思い出される。あの賑やかな天にまで登る明るさはまた来年ということになるのか。学校の近くではまた賑やかさがやってくるそうであるが、すみはただの賑やかしにしかならなそうである。

 学校に着き、車を降りると、番頭は窓越しに頭を下げ、走り去った。すみはいつも、この車を名残惜しいように見届けてから、歩き出すのである。

 大抵は学校に入るまでに友人に会うことはあまりなく、もし友人を見つけてもその姿が遠くのせいで、すみはその背を見るだけに終わっている。儚い女学生の背を見ながら、緩やかな坂を登り、すみはその姿を他の女学生と共に学校の中へと消した。

              ・

 その間に、たつのは呉服問屋である父と母の仕事の手伝いをしている。父のような全体に気を配り、母の細かい仕事を行う。そして日によっては他の店へと出かける。

 たつの自身はいつかは父の跡を継ぐ予定であるが、父からは婿養子をもらい、たつのはその妻としての義務を果たすことを求められていた。たつのはそんな父に反発をしつつもその女であることの難しさはこの仕事をしながら常に感じており、父もその優しから出た言葉なのだと理解はしていた。

 佐伯とはプラトニックな恋を行いつつも、彼を婿養子に貰う気はなく、それはお互いにわかり合っていることであった。ただの若い時分にある純粋な恋愛の遊びであった。それは年老いてまで持ち越す物ではなく、思い出として記憶にとどめ墓に持っていく。たつのの友人が言い、行っていたことであった。

 普段は作業の物音にそんな考えはよぎることはなく、休んでいる時に、その瞬間はふつふつとやってきた。最近はお互いに話すことはなく、目だけを見つめ合うだけの仲になっていた。父も母もその事には気づかず、その自由恋愛を心の内で楽しんでいた。

 ただすみにだけは見透かされている節があり、それが二人の目だけの恋愛になった理由でもあった。何も悪いことしてることではない、体を重ねているわけでもないのである。それにすみにならばこのことを話しても良いだろう。ただ、実の妹の前にして、それは跡を継ぐものが行っていることではないと深く実感する。その無言の制圧はいつものようにのしかかるのである。

 たつのは十時に佐伯を連れて、家を出た。向かう先は上京の街だった。

 車に乗ると、静かな街を去っていき、たつのはその家々を捨てていくかのような心持ちで眺めていた。

「最近、すみお嬢さん、気づき始めてますえ」

「ほんまかしら?」

 車が走るなり、佐伯は閉口したように言った。その声色から、不安を隠し、呆れた風を装っているのが見て取れた。

「ほんまです。先月の雨の日に僕らをじっと伺うように眺めてましたさかい」

「いや、でも、すみやで、あの子は鈍感なところがあるさかい」

 すみがそう言った後、佐伯はしばらく何も言わなかった。運転に集中しているのか、その真実性を高めようとしているのか。

「あかんな」

 たつのはそう呟いた。

「あてらは、赤の他人のようにやるしかあらへんのかしら」

「しばらくはそないにした方がええかと」

 佐伯の淡々とした声にたつのは落ち着きを少しずつ無くすようであった。

 その後は誰も見てはいなはずなのに、二人はすでに、二人の中の言いつけに従っていた。上京の西陣織の名店の岩島に着くと、二人はなにも言わずに、車から降りた。ただ、たつのは佐伯に目をやり、佐伯もふとしたことでたつのと目が合った。お互いの思うところは同じであるが、心の思ううちも同じであるため、お互いの保身のためにこれ以上は私語とは発さなかった。

 たつのの歩く後ろを佐伯が日傘を持って歩き、佐伯は道側に身を寄せた。

 岩島の店の前でたつのは佐伯が日傘をしまうのを待ち、日傘をしまうのを見届けると、「ごめんください」と、か細くも遠くまで届く声で言った。

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