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2.家族




《神に嫌われた者》、通称ヴェルター。この存在が確認されたのは今から約五百年前のこと。神が嫌う黒色の瞳を持ち、魔法という不可解な能力を有していると言われる。通常であればすぐに治るはずの傷もヴェルターから与えられた傷は治ることがなく、約百年前に起きた大戦争ではヴェルターが大量の死者を出し、禁忌の力として隔絶される運びとなった。



ヴェルターへの恐怖はたいそう深い。それは大戦争を経験した者のみならず、真実かも分からない噂が伝播しまくり、ヴェルターとはこんなにも恐ろしいもの、と人々が認識してしまったことだ。



ヴェルターは見境なく人を殺す殺人鬼である。

ヴェルターには人の心がなく、ヴェルター以外の人間を人としてすら認識していない。

ヴェルターはいつの日か私たちに復讐するための機会を伺っている。



その他にも多くの誤解が散りばめられ、それは修復する限度を超えてしまうぐらいに蔓延ってしまった。そんな事実はないと何度も言っているが誰も聞く耳を持たない。



「はぁ……」



ため息をつく。ミカが食事を終えたため俺は空になった紙袋をくしゃくしゃに丸め込み、帰路へと着いていた。鬱蒼とした魔の森を抜け、牧草地や田んぼが広がる開けた視界に一瞬目を顰め、後ろを振り返る。するといかにもな雰囲気の暗い森に、境界線が引かれているように感じた。丸まった紙袋を手で遊びつつ、後ろ髪を引かれる思いで森から距離をとっていった。



家へと着きドアを開ける。するとすぐにおかえりなさいと声を掛けられた。母さんが朝食を作っているのだろう。キッチンから美味しそうな匂いが漂っており、必然的にお腹がきゅるると鳴っていた。



「おかえりなさい、ダリス。もうすぐご飯ができるからお皿の準備お願いね」

「分かった」



食器棚から人数分の皿とコップを取り出し、テーブルに置いていく。長方形のテーブルで椅子は四つ。いつもの配置へと置き終わった後、俺は母さんにこう尋ねる。



「ミリーはまだ寝てる?」

「そうね〜最近あの子夜更かししているみたいだから」

「夜更かし?」

「えぇ、何かやっているみたいよ?私にも教えてくれないのだけど」

「ふーん。じゃあ起こしてく…」

「おはよー」

「あら、おはようミリー」



起こしに行こうと踵を返そうとしたその瞬間、リビングの扉が開き妹のミリーネが顔を出す。起きていたようだ。



ミリーネは俺の妹で、俺の五歳下の十歳。あだ名はミリー。胸ほどまである赤髪をツインテールにして揺らし、俺を一瞬睨みつけるとすぐに目線を逸らす。昔は仲が良かったが、段々と話をしなくなった。アベス村では子どもの人数自体が少ないが、それでも近い年齢で絡むことが多い。五歳も歳が違うと一緒に遊ぶことも無く、俺への態度から嫌われていると感じる。



「ミリー、お前顔洗ったのか?」

「うっさい!!」



一言声を掛けるだけでこれである。ミリーはことごとく俺の存在を無視し、母さんの横へと立つと料理の手伝いをしだした。母さんは俺へと目線を向けてくるが、俺は言葉を発さず顔を横に振ることで対応する。



なんとも言えない空気が辺りを充満させる。さすがに気まずいと感じた俺は父さんを呼びに行こうと外へと繰り出す。父さんは今頃薪を割っている頃だろうか?朝っぱらからなんて体力があるんだろう。



「父さん」

家の裏手に回り、段々と大きくなっていく薪を割る音を横耳に俺は父さんに話しかけた。



「なんだ、帰ってたのか」

手を止めることなく作業する父さんに俺はニコリと笑いかける。



「うん、もうすぐご飯ができるから呼びに来たよ」

「そうか」



肩にかかったタオルで額の汗を拭い、一時作業を休止する。いつも通り目つきの悪い父さんの瞳が、鋭い眼光をもって俺へと目線を送った。頭から爪先まで一通り一瞥すると、何を言うことなく俺の横を通り家へと入っていく。



父さんは無口だ。それに表情もあまり動かない。でも愛情は感じる。先程の目線も俺が怪我をしていないのか確認をしたのであろう。父さんはヴェルター含め、差別をするような人では無いが、それでも何かあるかもしれないと、そう危惧しているのだろう。父さんみたいに優しい人でも、恐怖を感じてしまうのがヴェルターという存在の実情だ。父さんにはミカは何もしない人だって伝えたいのだけれど。



ドアが開く音が聞こえた。父さんが家へと入っていったのであろう。俺は慌てて小走りになり、家の中へと入っていった。



テーブルを見るとご飯が完成していたようだ。ベーコンに卵、パンにスープ。ミカが食べる食事よりも大分豪華でなんだか居心地は悪い。それらが4人分並んでいる。一つだけ空いた席に座ると、三人の顔を見渡した。俺の横には妹のミリーが、前には父さん、そして右斜め前には母さんが座っている。そして母さんが口を開いた。



「大いなる御恵みにより、ここに食卓を囲むことを感謝いたします。神に祝福を」

「「「神に祝福を」」」



手を合わせ、神に感謝を示す。毎日行っているいつも通りの日常。口上が終わると、食事が始まる。



四人で囲む食事では母さんとミリーが話をしているのをよく目にする。父さんは無口だし、俺は口を出したらミリーに睨まれるため、という理由での二人だ。食事に集中しながら二人が話す内容をなんとなしに聞き、量を減らしていく。そうやって食べていると食事も終盤になり、俺はあと一口、二口で終わるところまで来ていた。何故か嫌われているミリーとはなんだか気まずくて、食べ終わったらすぐに席を立とうとそう決意する。しかし母さんが珍しく俺に話を降ってきた。手が止まり、母さんの方を向く。隣にいるミリーから睨みつけられていたが、そこはしゃーなしだ。



「なに?母さん」

「そうね〜、う〜ん、少し話しづらいのだけど…」



そう言うと、俺とミリーを交互に見つめ、口を開いては閉じ、開いては閉じを何度か繰り返した。そして覚悟を決めたのか、ようやっと話し出す。



「あのねお母さんね、二人がどうして仲が悪くなったのかずっと気になっちゃって。もちろん、こういうのはあまり言わない方がいいとは思うんだけど…」

「母さん…」



母さんは父さんと同じぐらい良い人だ。それは、誰かが困っていたらすぐに助けてしまうぐらいには。だから俺とミリーの仲が悪くなったのがどうして気になってしまうのだろう。でも言ってしまった後、後悔が押し寄せてきたのか、父さんの腕に手をのせ目線が泳いでいる。



しかしこの状況をどうしようか?俺自身としてはミリーに対し、マイナスな感情は浮かんでいない。しかしミリーは俺に対し、何か嫌なことがあったようだ。だから俺としてはミリーが話してくれる方がいいのだが…



チラリとミリーを横目に見る。しかしミリーもタイミング良く俺を見ていたようで一瞬目が合ってしまった。きっ!と強く睨みつけられ目線をそらされる。



「別になんでもない。昔からこうだったでしょ!」

「えっ、でも……」

「神に祝福を!!ご飯食べ終わったから遊びに行ってくるね!!」

「あっ……」



そう言ってミリーは家を飛び出していく。三人になってしまった家で母さんは固まってしまった。



「まずは食事だ、アンナ」

「……え、えぇあなた」



父さんが母さんに声を掛け、平静を取り戻す。



「ごめん、母さん」

「ううん、こっちこそごめんねダリス。お母さんいらないことを言っちゃったわ」

「でもいつかはこうなる運命だったんだよ。だから大丈夫」

「……でもごめんね」



すっかり意気消沈してしまった母さんを元気づけるため、俺は明るい声を出して励ましていく。それでも元気をなくしてしまった母さんは黙ったまま食事を続けることになったのであった。



「じゃあ俺も外に出るよ。神に祝福を」

「待て、ダリス」

「なに?父さん」



二口程度しか残っていなかったご飯のため、俺はすぐに食べ終わり席を立とうとする。しかし父さんから呼び止められ、椅子から立ち上がる途中の中腰で止まり返事をする。



「座れ、少し話をする」

「……分かったよ」



中途半端な体勢だった状況から椅子に座り、不思議そうに父さんを見つめた。母さんも普段にはない父さんの行動に驚きを隠せていないようであった。なんだか、嫌な予感がする。



「それで話って?」

「お前はもう十五歳になったんだったな」

「そうだけど?」

「豊穣祭があと一週間後にあるってことは知ってるな?」

「もちろん。そのために今準備をしているところじゃないか。どうしたの?父さん、当たり前のことを突然聞き出して」

「……昨日、村長から話があってな」

「そういえば村長さんから呼び出されていたわね、あなた」

「あぁ、そこで言われた話なんだが……実はホープスにお前はどうかと推薦をもらってな」

「え?あのホープスに!?」



ホープス。それは豊穣祭の開会式の際に行われる重大な演目だ。馬に跨り、捕らえられた魔物の首を一刀両断する。馬から落ちずに魔物を倒すバランス感覚と、魔物の首を一刀両断できる技が求められる。この演目とともに豊穣祭の開始が告げられる。



「きゃーーダリス!!凄いじゃない!!」

「え!?でもどうして俺が!?普通はもっと年上の人がやるもんでしょ?」

「あぁ、そうなんだが……。ダリス、フランツを覚えているか?」

「この村でフランツのこと知らない人いないでしょ。それにランドリューおじさんの息子だし……あぁ、なるほどね」

「理解したか?」

「うん、本当は今年のホープスはフランツに頼む予定だったんだろ?でもフランツは冒険者になるっていって出て行っちゃったから」

「あぁ」



フランツ。五ヶ月程前に突然冒険者になる!と言いだし村から出ていった男のことだ。明るく勇敢で、誰とでも仲良くなれるそんな人物であった。それに大層麗しいお顔をお持ちであったことから、フランツが出ていった後の女性たちの悲鳴はかなりの大音量だったという。



しばしの間熟考し、そこから俺は迷いのない視線で父さんを見つめる。あの名誉あるホープスに選ばれたのだ。やらないという選択肢は無い。



……村長に命じられているからといって、ミカに食料を届けるという行為を好ましく思っていない村人は少なからず存在する。特に御歳百歳を超えるワゲナー婆さんは、ヴェルターにされた行いを酷く大袈裟に村中に伝え、ヴェルターの存在自体を抹消したいと考えている。俺自身も折り合いが悪くあまり顔を合わすことはないが、それでも一目会うとなれば罵詈雑言が飛ぶ。そのため出来れば会いたくないと思うのが正直な心情であった。



しかしホープスに選ばれたとなればどうだろう。あのワゲナー婆さんでさえ俺を認めるくれるかもしれない。それにミカの待遇も改善できるかも。俺がホープスを完璧にこなすことが出来ればもしかしたら……!!



「話は分かったよ、父さん。俺ホープスをやるよ」



決意は固まった。これで皆の意識を変えていこう。しかし俺の覚悟が決まった顔とは裏腹に父さんの顔色は曇っていくばかり。不思議に思った母さんが父さんの肩を叩く。



「あなた、どうしたの?体調でも悪い?」

「…………」

「水入れるわね」



空になっていた父さんのコップに水を入れようと立ち上がろうとする母さん。しかし父さんが母さんの腕を強く握りしめ、その動きを停止させた。



「あなた?」



そのまま手に力を入れ母さんを椅子に座らせる。その表情は険しく、力が入りすぎているのか体が強ばっている。空気は冷たく、唾を飲み込む音でさえも鮮明に聞こえた気がした。



「ダリス」

「なに?」

「昨日の夜、村長からお前をホープスに推薦すると話をされた」

「うん」

「しかし、それは一つの条件に応じての場合だ」

「一つの……条件?」

「あぁ、それは……だ……な」



しかしそれから暫しの沈黙が続く。じわじわとかいていた汗を母さんが献身的に拭いていた。



なんだろう、聞きたくない。嫌な予感がする。いつもの父さんじゃない。胸のざわめきがうるさい。無意識に拳に力が入った。



「お前には……酷なことを言う。しかしこれが村長の意向であると……理解してくれ」

「…………」

「先程言った条件だが……村長はこう言っていた。通常であれば魔物を用いて豊穣祭の開始を告げるが、今回は特例にヴェルターを用いて豊穣祭の開始を告げようと思う、と」

「………………………………はっ?」

「豊穣祭ではアベス村の平和と平穏を願う、村きってのお祭りだ。しかしアベス村には長く続く不穏分子が蔓延っており、村民の心の安寧は保たれていない。そのため豊穣祭という神に感謝する場でヴェルターへの因縁を終わらせよ……」

「十年前の約束はどうなる!?!?!?」



勢いよく立ち上がり、椅子が衝撃で倒れた。しかしそんなことは気にならず、父さんを強く睨みつける。



「分かっている、お前がミカのことを大切に思っていることは。しかしそれでもミカはヴェルターだ。豊富な魔力を有し、我々人間とは異なる者であることをあの黒い瞳が証明している」

「だがこの十年何も無かったじゃないか!!!」

「この先何があるかも分からないだろう!!!」

「!?!?!?」



父さんの声が部屋中に響き渡る。窓ガラスが僅かに揺れた気がした。



「ミカのことは五歳までだが覚えている。優しい子でお前たちはずっと一緒にいたな。家にもよく遊びに来てくれていた」

「だったら……なんで……」

「ヴェルターが我々人間にもたらした被害は数え切れない。過去には優しかった子がヴェルターとなったことで急変し殺戮を行うようになったという記録も残されている」

「だけど……それはミカとは関係ない!!ミカはそんな事しない!!」

「それはただの憶測であり、お前の願望だ。この世界で絶対と呼ばれるものは神しか存在しない」

「父さんは今のミカの現状を知らないだろう!?!?俺はミカを十年見てきた!!ミカは絶対にそんな事しない!!」



食事をあまり取れていないからか、やせ細った体。鎖で繋がれているからか身動きは取れない。週に一回しか体を拭くことを許されず、髪は無造作に伸び続けている。劣悪な環境で俺たち村人のことを恨んでもしょうがないのに、ミカから語られる言葉は謝罪の一つだけ。



そんなミカが俺たちに復讐を?危害を加える?そんなのあるはずがない!!



「つっ……………!!!」



俺はもうこの場に居たくなくて勢いよく家を飛び出す。



「ダリス!!!!」



母さんの声が後ろから聞こえる。でも俺は母さんの声を無視して走り続ける。どこに向かうのかも、どうすればいいのかも、何もかもが分からなかった。



ただ走り続けて、一人になれる場所を探し続けた。






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