鉄の飴玉
転生先が恋愛ゲームとは限らない。
令和日本の大学生・新地卯由子は、石造りの城の庭で目を覚ました。
明らかに日本ではない。そして卯由子自身の体も、5歳ほどの幼児になっていた。どうやら転んでしまったところらしく、おでこが痛い。
「これは……夢にまで見た異世界転生!」
卯由子はオタク知識と生来の順応性を持って理解した。
「つまり私はゲームのヒロインか、悪役令嬢か…ゲームでない異世界の可能性も…?」
周りを見てもヒントになりそうな物がない。鏡がないので、自分の容貌もまだ見えない。
卯由子は周囲に人がいない事を確認して、小声で唱えた。
「ステータス……」
するとなんと、卯由子の前に半透明のウィンドウがポンと現れた。ここがゲームの世界だという証拠だ。
つまりこれから卯由子は美少女となり、学園でイケメンと恋に落ち、輝く青春を送るのだ。いや、もしかしたら、美貌の婚約者に婚約破棄されてから相手をギャフンと言わせるのかもしれない。
この先には、飴玉のように甘くとろけるような未来が待っている。
卯由子は希望に満ち溢れた目でウィンドウの能力値をなぞった。
「学力とかオシャレとか魔法とか……あれ?」
ナターテ・コッドーシー。女。5歳。
親、コッドーシー伯爵。配偶者なし。
外交2、武勇3、政務1、策略1。
「何これ……低いし……え、コッドーシー……?」
奇妙な名前に聞き覚えがあった。そしてこの、恋愛には無縁そうな能力値。
卯由子は絶望して叫んだ。
「これ『でんなろ』か!」
本格的中世風ファンタジーRPG『伝説になろう』。
中世中期の欧州に似た世界に生きる貴族が主人公の、リアルさとシビアさに定評があるゲームだ。
武力と知力と婚姻を駆使して自分の領土を守らなければ、容赦なく侵略される。
戦が無くとも、疫病が流行ればなすすべ無く人口は減るし、旱魃や洪水でも人口は減る。
もちろん主人公の命も脅かされる。暗殺されることもある。
それらを掻い潜り、領土を広げ名声を高め、大陸を統べる伝説の王になることを目指すゲームである。
美形は殆ど出てこないし、可愛いドレスもまだ開発されていない。
学園どころか、教育制度が存在しない。
恋愛どころではない。結婚は同盟と勢力拡大のためのものだ。
しかもコッドーシー家の子供といえば、ゲーム序盤で暗殺され、このゲームの世界がいかに非情かをプレイヤーに教える役割である。
卯由子は三日ほど落ち込んで寝込み、持ち前の順応性と根性を持って決意した。
「生き延びなきゃ……!」
文字通り必死で研鑽を積んだナターテ・コッドーシーは、先進的な衛生観念をもって公衆衛生を劇的に改善させ、増えた人口を活かして自領の生産力と技術力を爆発的に向上させ、築いた資産に加えて未来予知のような知略を用いて領土を拡大させた。
そして銃の原型となる火器を開発し、やがて、大陸史上最大の王朝となるコッドーシー王朝の最初の王となった。
鉄の飴玉を敵に浴びせ続けた彼女が、本当に求めていたのは飴玉のような甘い青春だったことを、知る者はどこにもいない。
新地卯由子……主人公。
ナターテ・コッドーシー……卯由子が転生した伯爵令嬢。恋愛どころじゃない。どうしてこうなった。当時としては異例の89歳まで生きた。
コッドーシー王朝……《征服王》ナターテが一代で築いた大王朝。ナターテの息子の代で大幅に衰退し、孫の代で復興の兆しを見せるも、曾孫の代で完全に潰えた。コッドーシー家自体はどうにか存続し、後に子孫がゲーム会社を興すことになるが、それはまた別の話。