第一話 転生しちゃった
退屈な毎日。
なにをしたってうまくいかない。
何をすればいいのかも分からない。
それでも今日は進んでいくし、きっと明日も有るのだろう。
俺だけ取り残されて、みんなが遠くなっていく。
近くにいたのに、俺が立ち止まっているうちに、点々になっていく。
何をやったって俺がやったら上手くいかない。思い込みはダメだと思う。だが、、1度入ると沼のように抜け出せない。
沼には入った俺はどんどん落ちていった。
気がつくと引きこもりに転落だ。
安心なことに、親に財力はあった。
そのため、アルバイトをする機会を自ら強制的に得なくてはならないという場面も皆無だった。
十年が経った。
そうすると、次第に自我に影響が出てきた。
最初のうちはゴシップや、陰謀論とかにハマったりして、感情の起伏があるのを感じた。
だが、ある時、決定的な瞬間があった。
外に出ず、ずっと家の中でパソコンをいじりながらぺちゃくちゃ独り言を言っている状況を俯瞰して見てみると、なんと馬鹿らしいことか。
それに気づいてから、俺は以前よりも外に出るようにした。
毎朝六時に起き、七時に外に出てウォーキングをする。
習慣づけていくと、色々なことが分かる。
朝決まった時間に仕事に行く人。学校に行く子供。
そういう人達を見ると、情けなくなってくる。
この人達は、目的があって、社会に溶け込んでいるという事実が、俺の心を蝕んだ。
俺は油なんじゃないか。
社会に溶け込んでいる人達は水溶性で、俺は油、一生溶け込めることはない。
乳化しようとしても、乳化するほどのエネルギーは俺にはもうない。
もう四十も過ぎてしまっている。
体が衰えていくのを感じる。
今から社会に関わろうとしても、時間という障壁が、自分の前に立ちはだかる。
俺は一歩進んでいたと思っていたけど、実は一歩も進んでいないんじゃないか。
そう思った次の日。俺は一ヶ月続けたウォーキングをやめた。
二年経った。
感情の起伏がない。集中もない。喧嘩もなければ、焦燥もない。
ある意味では天国だ。人間関係に悩まなくていいのだから。
だが、時が経つにつれ、どんどん自分の中に虚無の心が芽生えてくるのを感じた。
思えば、二年前に行動したことを続けておけば、また新たな気づきが得られたのではないかと今になって思う。
(なんで生きてるんだろう、俺)
言い訳を自分で作り、肯定させ、自身を変えうる行動を潰していく日々。
一体なんの生産性があるのだろう。
親ももう長くない。
親に迷惑ばかりかけた。
いっそ終わりにしようと思った。
気がつくと、始発の電車に跳ねられていた。
こういう時だけ、行動力があるんだなあと思った。
そう思った途端に意識が遠のいていった。
辺りを見回しても何もない。
全体的に白くだだっ広いだけの空間にポツンと俺一人しかいない。
まるで死後の世界みたいな静かさだ。
夢か。
夢だといいなあ。
「残念ながら夢ではありません」
いきなり目の前にいかにも女神そうな黄色に目をした白髪の麗しい女性が現れてそう言った。
「はあ、なら俺死んだってことですか」
「肉体の方は死んでしまいましたが、魂の方はまだ死んではいません。現にあなたはしゃべっておられるでしょう?」
「…あなたは誰ですか?」
「あなた達でいうところの女神、でしょうか」
やっぱり女神様だったか…。
ということは、この流れということは?
「さっあなたは、異世界に転生してもらいます」
女神は人差し指を俺に向けて、右目を豪快にウインクした。女神ってウインクとかするんだ。
そんなことよりも、俺には重要なことがあった。
「正直言って、異世界転生とかしたくないんですけど、、、」
女神の閉じた右目が僅かに揺れた。
「落ち込むことはありません。あなたが転生するのは、剣と魔法の異世界なんですから。あなたがいる地球とは全く別の体験ができることでしょう?
…地球人、ひいては日本人には特に人気のジャンルなんですがねー。お気に召しませんか?」
ちょっとめんどくさそうな態度をとったが、俺はそれどころではなかった。
「お気に召さないも何も、俺は自殺したんですよ。そんな人間が今更やり直したいと思いますか?異世界に転生?そんなの望んでないです、俺が、、私が望むのは死ぬことですよ」
すかさず女神は言った。
「ふぅん、そうですか、けれどね、これ規則なんですよ。どうしたってあなたは転生しないといけないんです!!」
「だから、俺は転生じゃなくて死にたいって言ってるじゃないですか」
「…あなたの言いたいことは分かりました。ですがね、あなたには転生してもらいますから」
この人俺の話ちゃんと聞いてるのか。。
って言うか俺、人?と対面で話したのっていつぶりだっけ?
もう長いこと誰とも喋ってなかったなあ。
「でしょう?」
「心も読めちゃう感じなんですか?」
「ええ読めますとも。私は女神様で在られますからね」
エッヘンと胸に拳を当てて言った。
それから間を置いて彼女は言った。
「あなた、本当は死にたくなんかなかったでしょ」
「なぜそう思えるんです。俺は電車に轢かれに行った人間ですよ」
「あなたは本当は人と関わりたかったんじゃないの?」
「自ら孤独に走った人間に言っていい言葉じゃないですよ」
「変わろうとしたけど変われなかったんじゃなくて、変わろうとしなかったから変われないままになっちゃっただけ。いい?よく聞いて。あなたは変わろうと努力した。それは記憶で読みとったわ。けどね、それって変わろうとしてないの。それは他者との繋がりを廃したやり方だったから」
「何が言いたいんです」
「あなたは自分自身に理由をつけて、線引きして、それが自分自身の限界であると疑わずに生きて来た。けれど違う。人の可能性というのは、自分で決めることじゃない。可能性がないからってやめていい理由にはならないでしょ?それがまた別の何かに繋がる可能性すら無くしちゃってるんだから。つまるところ、あなたはあなた自身を縛り付けて生きづらくしていたの。わかってるとは思うけどね」
「そんなのわかってますよ!!」
大きな声を出したつもりだが、あまり声は出ていないようだった。
「そんなのわかってるんですよ。じゃあ、俺はどうすればよかったんです?すべて結果論でしかないじゃないですか!!?」
「そんなあなたに朗報、転生できますよー」
女神様にしちゃ随分気さくで感情に強く訴えかけてくる。
「やり直すチャンスがあるのに、どうしてそのチャンスさえ取り除こうとするの?」
「成功するためには多少の犠牲は覚悟しなくちゃね〜?違う?あなたはそれが出来なかったから今ここにいるのでは?」
「転生先はどこです」
「剣と魔法の世界。以上。法はある。差別はちょいと色濃いかもね。あ、民族も多種多様。エルフとか、ドワーフ…はもうあんまりいないみたいだけど。目の色、髪の色、容姿、文化、環境、そのほとんど全てがあなたがいた世界とは違う。ところによってはあなた達よりも進んでいたり、ところによっては遅れていたり。旅をするのもいいかもね。」
「はあ、そうですか。まんまテンプレですね。」
「テンプレが人気だからね」
「転生してみますよ、転生」
「よろしい」
声と同時に自分の周りに淡く光る緑色の蛍光が丸く線を描くように徐々に左右から動いて来た。
「あなたは運がいい。思う存分謳歌しなさい」
その言葉を最後に俺の意識はまたとだえた。