1-03-2 聖女様(2)
畑には例の巨大サソリが。今は壁の穴あけに夢中になっていて、まだ少し時間がある。
刺激しないように、そーっと扉を開く。
錆びた蝶番が鳴く。胸の奥が激しく鼓動する。おちつけ、あれだけ大声を出していて今更何なんだ?
目の前であれぐらいの大サソリに火の玉ぶち込んでおいて今更何なんだ?
教会の真上だけ丸く切り取る様にあの丸い雲は晴れ、天から月光が煌々と降り注いでいる。視界は良好だ。何も問題ない、あの時のようにやれば倒せる。
レーザーライフルを構え、少しだけ開いた扉の隙間から身を乗り出す。そして、靴越しに周囲の地面の状態を確かめ、教会の外壁に張り付く。
壁からそーっと巨大サソリがいる畑へ身を乗り出す。色は分からないが、巨大サソリは月光に照らされて、その姿のみ捉えることができた。同じ個体かどうかが判らないが大きさは似ている。
巨大サソリは既に壁から離れ、わたし達を探しているのか知らないが、畑の中を歩き散らして向きを変えている。こっちを向いている間は出られない。
様子を窺う。こっちに振り向いた瞬間、合わせて身を引っ込める。
音が止む。巨大サソリは気配を察知して動きを止めたか。胸の奥からの鼓動を強く感じる。息を止める。気配を察知されないように。
……一度倒したんだろう? 二度目もきっと倒せる。仕留め損なってもコハルさんのパンチで…………駄目だ。なに人を当てにしてんだ?
きっとじゃないだろう。確実に倒すために善処するんだよ。
複数の足が動き出す。砂利を含んだ土を重い物体が踏みつけるような音がする。音だけでは向きが判別できない。息を吸い込み、息を止める。五感を研ぎ澄まして待機する。
音は遠ざかる。そっと壁から身を乗り出して確認する。
「あの、わたし……本当にできるのでしょうか……?」
心の臓が破裂する。
扉の隙間からコハルさんが話しかけてきたのだ。やめてくれよ、こんな時に……。
心音が倍以上、少しよろめき、お尻から地面に付く。幸いここは巨大サソリからは見えない位置、乾燥し切った地面も砂埃の堆積で柔らかく、音を吸収する。抱えていたレーザーライフルを落とさないように全身で握りしめていたおかげで腰に少しダメージが入った。
「話しかけんなっ!!」と声が出そうだったけど、声を押し殺し、指でジェスチャーを送る。
聞き耳を立て、位置を把握する。これで近くまで来ていたら、昼と同じように火球で攻め立てる他にない。それでもいいんだけど、昼間の個体は穴も開いてなかったし部位欠損もしなかった。信頼性に欠ける。せめて相手の状態が見れたらいいけど、あれは相手と目を合わせる必要がある。
……幸いか、先ほどよりも遠くから地面を踏みにじる音がする。
起き上がり、屈んだまま壁から身を乗り出す。尻尾を完全にこちらに向け、反対方向へ歩みを進めていた。タイミングは今か。
手でコハルさんに指示を送る。
「わたしが退治してくるから、絶対に動かないで。」
コハルさんの感じから手指示だけでは正しく伝わらない可能性があるため、小声でもそう伝えると、彼女は扉から片手を出して、親指と人差し指でオーケーの印を作る。余計な事してくれるなよ?
再び畑の方を覗く。やはり大きくても虫は虫。何も考えることもなく、ただ畑を踏み荒らしながら右往左往しているだけ。後ろを向いた瞬間に出るか。
…………今だ。
わたしの唯一の取り柄である俊足で教会から極力離れるように駆け抜ける。火球をぶつけるにしても誘導して離してないと教会にも被害が出かねない。
ギギギギギ……
気付かれた。巨大サソリは足を器用に動かし、その場で旋回してわたしの方へ向く。走りながらレーザーライフルを構える。
……そういえばこれのECセルの有無だけ確認しただけで試射をしてなかった。MPもどれだけ使ったか分からない。完全に運頼りで無策も無策……実質Bランクなんだぞって思っていたけど、新人と何も変わらないな。
仮にレーザーが出なくてもより遠くへ離れ、イメージする時間を作ればいい話。
巨大サソリは尻尾を右方向へ振り力を溜めている。出なければ鞭のような極太の尻尾で四肢がバラバラになるだけ。
「……ままよっ!!」
トリガーを引く。
レーザーライフルらしからぬ爆音が耳を劈いた。目を背けたくなるほどの白く太いレーザー光が巨大サソリの右腕の関節を貫通し、減衰することなく胴体に直撃して空振を伴う爆発音を轟かせる。
そして発射と同時に反動で数メートル吹き飛んだ。本日二回目の尻もち。地面が鋭いゴミで覆われた場所で無くて助かったが、大きな砂利のような地面で結構痛い。
何なんだ、これ……?
巨大サソリの右腕は捥げ、エビが焼けたようないい香りが漂う。当の巨大サソリは体液を撒き散らしながらのたうち回っていた。
わたしはとんでもないものを拾ったのかもしれない。轟音はイヤーマフで、閃光は遮光グラスでどうにでもなる。リコイルだけはどうにもならないが、それを代償にしてもこの威力は魅力的だ。
空腹感を我慢して、吹っ飛ぶ分の距離を確保して今度は巨大サソリの目に向けてトリガーを引く。
「……行けっ!!」
…………銃口が白く光り、弱々しく減衰して消える。クソッ、ECセル切れ、もしくは故障か。捨ててあった物に過度な期待をしてはいけないが……。
レーザーライフルを背に戻し、いつでも火球を出せるように右手を突き出し、ライフルを携えるように右腕を左手で押さえて巨大サソリの胴体の傷口を中心に左方向へ旋回……?
「ほあぁああああっ!!」
少し間の抜けた、でも本人にとっては全力であろう声を上げるコハルさん。頼むから引っ込んでいて欲しいが……MPがどの程度あるか分からないし火球も思い通りの大きさにならない可能性もあるし、あの力に期待するしかないか。
薙刀を持ちテコテコと突っ走る。それで突いたり斬ってりするのでなく、どちらかと言うと槍投げ選手のような、斜め下に引くような持ち方で走っている。言うまでもなく凄く遅い。
「ほゃああああ……あっ!!!!」
あっ?
全力疾走のコハルさんは、巨大サソリの随分手前ですっ転んで、手に持っていた薙刀は勢いですっぽ抜けてしまった。だが、その薙刀はあろうことか巨大サソリに向かって弧を描いて飛んでいくではないか。
物語でしか見ないような珍現象を呆然と見つめていたら、薙刀は胴体に突き刺さり、刃は硬い装甲に深く突き刺さり体液を垂らす。あの馬鹿力の所為か、それとも刀の鋭さの所為か、いずれにせよ見事なまでの一撃だ。そして巨大サソリはどういうわけか、電撃でも食らったかのように痙攣し、海老反りになる。
妖刀だからかどうか知らないが、少し余裕は出来たようだ。
≪鑑定≫
・魔物名:試作型INS00459SCP02(デザートスコーピオン改)
ゼッペル砂漠のデザートスコーピオンに様々な機械を埋め込み、強化した生物兵器。耐火コーティングが施され、弱点であった火属性を克服している。戦闘が続行出来なければ自爆し、半径10キロメートルを吹き飛ばす。
・製造者:鑑定不能
・属性:土属性
・弱点属性等:鑑定不能
自爆(威力:残りHPの約40倍・発動条件:残りHP2000未満)
自爆に注意!
≪以上≫
かっ、鑑定?
鑑定しようと思ったわけではないけれど、勝手に鑑定され、脳内に文字列が流れる。
気になる事が非常に多いが、最も気になるのは自爆。HPという略称はMPと同様にギルドの水晶玉に出る体力を表す略号のことで、それがその通りなら、可能な限り一撃で絶命させる必要がある。
しかし、肝心のHPが出ないんだから、どこまで消耗しているのかも分からない。
「あわわわわ……刺さっちゃいました……。」
火属性が効かないみたいだし、如何にして仕留めるか。ここまでやったからには逃げる訳にも行かないだろう。隣には集落がある。あのまま暴れられたら被害は甚大だ。
「何だか可哀そうですね……苦しませないように一思いにやれる方法があればいいのですが……。」
一思いに……
≪鑑定:属性≫
氏名:コハル・メランナ・プリマヴェーラ
保有属性:雷属性(ランクXYZ)・光属性(ランクXYZ)・重力属性(■■ao■ ※封印)・闇属性(ランクXS ※封印)
弱点属性:雷属性(ランクSS以上)・重力属性(全ランク)
重力属性・闇属性は封印されているため使用不可。
雷属性は吸収し、自らのHPやMPとしてチャージが可能だが、ランクSS以上の雷は吸収し切れず行動不能を伴う大ダメージとなる。重力属性は一撃で行動不能に陥るため危険。
≪以上≫
また脳内に……これはコントロールできないのか?
接戦の最中、脳内に流れると危険だぞ。
だけど、XYZとは? ……そんなランクあるなんて初めて知った。弱点属性にある並びからしてXSのまだ上だろうか。それにしても一つだけ文字化けしている部分があるけど、あれは何だろうか?
……ランクか何かも分からないそれは一旦置いといて、一体この雷属性と光属性の猛烈なまでの能力は一体何なんだ?
……何でもいい、コハルさんに賭けるしかないっ!!
「コハルさんは雷の魔法が使えるよね。」
「はっ……はい。使えますが……。」
「あの薙刀に向かって雷を落とせる?」
「…………はい。自信はございませんが、やってみます。」
≪情報≫
・魔物名:試作型INS00459SCP02(デザートスコーピオン改)
自爆シーケンス作動。
≪自爆まで推定19秒≫
クソッ、マジかよ。
コハルさんは巨大サソリの方を向き、目を瞑ってすーっと息を吸い込み、ふぅーっと息を吐く。両手をお腹の前に合わせ、親指と人差し指を合わせて丸を作る。
≪自爆まで推定8秒≫
この世界で唯一、澄んだ天空が見渡せるほどの晴れ間も雲により塞がり、冷たい風が吹く。そして何も見えなくなったこの地に雷鳴がとどろき、青白い閃光が天を駆け抜ける。
≪自爆まで推定5秒≫≪自爆まで推定4秒≫≪自爆まで推定3秒≫
「星々を統べる天界の神々よ、裁きの雷を…………っ!!」
≪自爆まで推定……≫
…………。
目の前が真っ白になる。何にも見えないし何も聞こえない。
咄嗟に目を閉じた。だが、高尚な魔道士が行使する一時的に目を見えなくする魔法とは随分と程度が異なるこの雷の魔法は、目だけでなく、わたしの意識も奪うようだ。
………………
…………?
木製の床、散らばったガラス片……風により靡くカーテンに割れた窓から見える青空。気が付けば教会の中、聖堂の壁を背に座り、体には毛布が掛けられていた。わたしは確かに外に居たはず。あれから一体どうなったのだろうか?




