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1-03-1 聖女様

第3話


丘を降り、教会へ近づく。

ここの地面は廃棄物でもなんでもなく本当に土だった。だけど見える範囲の土には草の一本も生えてない。


「あら、水瓶出しっぱなしでした。」


もはや暴走状態の灯火魔法で真っ白に輝くコハルさんは、教会横の庭へテコテコと遅い小走りで駆けてゆく。わたしも歩いて付いて行った。


教会の壁に接するように置かれた把手付きの水瓶は大きく、高さはわたしの身長ほどある。陶器の水瓶自体も重くて、それに水がパンパンに張られていた。


「ウフフッ、井戸水を溜めてから取り込むのを忘れてましたね。片付けますので先に入ってて下さい。」


発光体の塊からウフフフフと声がする。真夏の太陽を直視しているかのような光度のおかげで顔が見えないから分からないけど、おそらくほほ笑んでるのだろう。

それにしてもこの水瓶を取り込むのはかなり無理があると思う。水は1立米で1トンもある。それに加えて水瓶の重さである。

仮に縦の長さを140、最も膨らんでいる所を80、くびれている場所を70として…………おい、持ち上がんのか、本当に?

……外に置いて蓋をして、必要な量だけ使うのが現実的だろうな。

というかそもそも飲めるのか?

この腐った大地の井戸水は有害物質や油で満たされてないのか?

案の定、水面をよく見たら油膜が張ってるし、何だか鍋の中で一週間ぐらい放置されたゆで卵のような香りがするぞ。


「こんな水を飲むの?」

「はい。飲みますよ。わたしは平気ですが……。」


あんたの疫病耐性どうなってんの。治癒魔法を極めて体内に浄化機能でも付いたのか。並みの人間なら一発で病院送りだぞ。


「では取り込んじゃいましょう。」

「えっ?」


いやいやいやいや、ちょっと待って、待って、待って……?

コハルさんはあろうことか数百キロはあろう水瓶をヒョイと持ち上げる。

水瓶の把手を持ち、地面から数センチ浮かせ、全体的に発光しすぎて顔は見えにくいが特にキツそうもなく、シルエットからして足腰も使わず腕だけで持ってるようだった。


「ウフフ、これぐらい軽いですよ。」


口が開いたまま言葉も出ない。どうなってんだあんたのインナーマッスル。獣人か龍族か何かか?

彼女は水瓶を持ってテコテコと歩き、教会の扉の前で一旦水瓶を置き、扉を開いて再び水瓶を持ち上げ、中に入る。夢か何かを見ているような気分。


周囲は真っ暗になったのでわたしも中に入ろう。



教会は小さく、教壇があるのみで礼拝用の長椅子は無く、代わりに大きな机1台に小さな丸椅子が数台。奥に扉が一つ、あっても寝室とかトイレとかその辺か。

水瓶は入って右奥、教壇の右後ろに置かれた。


「ふぅ、ではこの魔法も閉じましょうか。」


コハルさんは右手を胸に当てると、掌に光が吸い込まれるように消え去った。


「真っ暗なんだけど……?」

「あっ、やってしまいましたね。テヘッ♡」


テヘッじゃない。何なんだ、あの歩く速度にしても、あの街一つ明るく照らすような光源にしても、あのデタラメな力にしても…………マイペースにも程がある。


しかし、依頼を済ませてそのまま孤児院に戻るつもりだったから光源となるものは持っていない。あるとすればレーザー銃の赤い閃光かわたしの火属性魔法か。とにかく、さっきの太陽のような光源でもないと何も見えない。


「……エルルーチェさま、ちょっとだけ光源を貰えますか?」


何だかとても簡略化されて口語にまでなった呪文というのも怪しい言葉を呟く。

すると彼女の右手指先にやや小ぶりの光る球体が発生した。先ほどまでとは打って変わってとても常識的な光源、最初からこれで良かったのではないのだろうか。


「えーっと、電灯のスイッチは……これですね。」


入って左奥の扉の横に付いている電灯のスイッチを入れると、室内の小さな照明が点き、やや薄暗いものの部屋内が照らされる。ジーッと音のする照明が時折チラついてるのでECセルが切れかけか、それとも、こんな世界だから電力系統が限界なのか。

それにしても、せっかく光源を出したのなら、こんな限界ギリギリのエネルギーで漸く点いているような照明は要らないような気もするが……でも、コハルさんのMPもあるから……。


「では、お食事を用意いたしますね。」

「あっ、いいよ気を遣わなくても……。」


またお腹が鳴る。

オルビスという中途半端な身体のせいで食べ物を食べなければならないし、アレもコレも出る。こんな身体もういらない。


「ウフフフッ、体は正直ですね。」


顔がカーっと熱くなる。クソが……とも言えない。行き場のない色んな感情の塊が体の中で大暴れする。クソッ……何だかお腹も痛くなってきた……。


「あっ、あの、トイレは何処ですか?」

「その扉に入って奥ですよ。」


今まで背負っていたレーザーライフルその他拾い物を部屋の隅に置き、向かって左奥の扉を開ける。心なしか廊下が臭い。何だか……便器から逆流してきているような臭い……。


入って直ぐ右には扉の無い部屋が、中を覗くとそこは山盛りになった洗浄前の食器や鍋がたくさん。何日溜め込めばこうなるのだろうか。しかし、臭気の発生源はそこでは無い。


見て見ぬふりをして廊下を直進し突き当りを右折すると直ぐ行き止まりになり、その左手には扉があった。ここがトイレなのだろう、それ以外に部屋は無い。

扉を開けるとツンと鼻を突く匂いが。エーテルランド式……太古の言葉で言う洋式のトイレだけど水は溜まってなく、底が破損しているのか穴の奥は真っ暗闇の深淵。

そして、その深淵から鼻の奥を刺激する臭気が風と共に昇ってきている。その奥は浄化槽でもなく下水道でもない、恐らく肥溜めなのだろう。


こういう匂いは冒険者をやっていれば慣れるものなので平気だが、それ以前に、やるにしても紙が無い。


廊下へ戻る。

先ほどの台所で皿をゆっくりゆっくりと洗っている。皿一枚を小分けした水瓶の水で洗って、右手指先に灯る純白の魔力でゆっくりと丁寧に全体をなぞり、そしてまた水洗いをして魔力を帯びる指でゆっくりと全体をなぞり、やっとのことで乾燥用の棚に立てかける。

皿一枚に何分掛けているのか、そりゃ山積みにもなるわけだ。でも、何でコハルさん一人にこんなに食器が必要なんだろうか。いや、今はとにかく紙が必要だ。


「あの、不躾な質問であれなんだけど……紙ある?」

「うーん、無いですねぇ……。そういえば、メモ用紙として使っている紙なら少しありますが……。」

「いや、そっちじゃない。」

「ほわぁ…………? あっ、おトイレの紙ですねっ!」


わたしは普段とても恵まれているという事に気付かされる。トゥリシアの最下層でも特に治安の悪い南区ですら、文明的な生活が送れるのだから。



結局専用の紙ではなく、渡されたのはメモ用紙らしき紙の束。全てチラシやらポスターやらで、見ていて飽きない程にレパートリーが豊かだ。内容からしてあのウサ耳ゴミ収集車がトゥリシアから持ってきて捨てたやつだろう。紙なんてゼッペル砂漠あたりに焼却施設を作って燃やせばいいだけなのに面倒なことをするものだな。でも、その紙がこの世界で役に立っている。文句は言えない。


その紙の束の中にはトゥリシア上層の貴族街からばら最下層に向かって撒かれる聖職者のプロパガンダ満載のチラシやら、腐敗し果てている政治家の妄言満載な選挙ポスターやら、普段なら破いて見なかったことにするものも含まれていた。今は破くよりそういう風に使用されるべきなので容赦なく使用する。

ブツと共に使用済みの紙の塊は深淵へと消えてゆく。てめぇらは肥溜めがお似合いだよ、ざまぁみろ。クソが。



廊下に戻り、台所を通り過ぎて礼拝堂に戻り、先ほどまで持っていた荷物を引き上げて台所に戻る。十分ぐらいのものだけど、当然のことながら全然減っていない。

机に荷物を置いて椅子に腰かけようとしたが、台所へと戻る。


「手伝おうか?」

「いいえ、お気遣いありがたいのですが、これはわたしのお仕事ですので、ルピナスさまは休憩していてください。」


食器同士を当てる音は一切立てず、丁寧に丁寧に食器を洗浄し、並べる。

さっきからやってる魔力を帯びた指でなぞるのは何の魔法だろうか?


「それ、皿に治癒魔法をかけてるの?」

「治癒魔法を応用して使用していまして、わたしは洗浄魔法って呼んでいます。洗剤がございませんし、あっても安易に流せませんので洗浄魔法で行っています。」


治癒魔法にそんな使い方もできるのか……。

この人、こんな感じだけど物凄く頭いいんだろうな。普通はそんな応用、思いついても複雑な術式を細かく設定し直さないと間違いなく暴走するし、そう簡単にはいかない。


「どうかいたしましたか?」

「いや、こっちの話。」


コハルさんはゆっくりゆっくり丁寧に丁寧にコハルさん流洗浄魔法で食器一枚一枚ピカピカにしていく。これはいつ終わるのだろうか?



「…………っ!? ここは……?」


わたしは気付かない内に眠っていたようだ。あの時、魔力を使い過ぎたのが体に響いてたらしい。

床が柔らかい。真っ暗な部屋のベッドか何かの上に寝かされているのだろうか。ついでにそこまで大きくもないけど小さくもない、柔らかいものが顔に当たる。そして、ほぼ無臭の温かな吐息が額に優しく吹き付ける。


「……気が付かれたのですね。よかった……。」


横に密着するようにコハルさんは横たわっていた。


「うわっ……びっくりした。」

「ウフフッ、急にふらついて椅子から転げ落ちるのですもの。」

「……迷惑掛けちゃってごめんね。そっちは終わったの?」

「はい、おかげさまで。お皿洗いは無事完了致しました。」


というか、あの大量のお皿は一体何に使うのか。


「あっ、灯りを点けますね。」


コハルさんはあの簡易呪文を唱え、小さな光源を浮かべる。顔が近い。恥ずかしさで顔が熱くなるような感じがする。立ち上がって袖で顔を拭いた。

それにしても、照らされているこの部屋はとても狭く、横幅は一般的なシングルサイズのベッド2床半ほどのスペースしかない。倉庫だった所を寝室にしたのだろうか。


「あの、わたしの隣で横になってもいいのですよ?」

「いや……遠慮しとく。」

「ウフフッ…………明日も今日と同じで、皆のお洗濯をして畑仕事をして、集落の子たちに食事を作ってあげて皆とお食事をして…………そして子供たちと遊んで、お散歩をしてお皿洗いをして……ウフフッ、皆さんの……笑顔……………笑顔……楽しみです……。」


声のトーンが徐々に下がる。何だろう、一体。


「あっ、いえ、何でもありませんよ。ウフフ……。」

「……? でも、そんなにやって疲れない?」

「いいえ、まだ体力は有り余ってますよ。何でもやりますので何なりとお申し付け下さい。」


一体どんな体してるの?


「……一応聞くけど、人間なんだよね? 獣人にしては特徴的な部位は無いし、龍族?」

「いいえ、人間ではありません。ウフフッ、この胸、触ってみて下さい。」

「えっ?」


コハルさんは起き上がり、ベッドに腰かける。小さな子供を抱っこしようとするように両手を広げ、明らかにわたしを誘っている。なっ、何なんだよ一体。


「はい、わたしの隣で横になるのです。」

「あっ、いや……恥ずかしいから……。」


コハルさんの背後の何かがわたしを突き動かし、不本意にも再びベッドへ横になる。

その大きすぎず小さすぎず、見惚れるほどの見事なバランスの非常に美しい胸を顔に押し付けてくる。確かに、プニッとした感触のその少し奥が硬かった。

そして、コハルさんはわたしを抱きしめ顔までも押し付けてくる。その美しく可愛らしい顔の奥も金属の骨格なんだろうか。


「ウフフッ……この皮の奥には機械の体があります。わたくしはロボットなのです。」

「あぁ、だからあの力が……皆とお食事をしてと言ってたけど、もしかしてオルビス?」

「オルビス……? 聞いたことありませんがそれがわたしの体というのなら、そうかもしれません。」


不思議なもんだな。オルビスは出所不明で、誰が何処で如何やって開発したのか製造したのかも不明な代物。様々な研究者や技術者が再現を試みて挫折している。かく言うわたしも何処で生まれたのかも分からない。

こんな奇遇なんてあるもんだな。


「さぁ、まだ朝まで遠いですよ。一緒に眠りましょう。 ……ゴホゴホッ……。」


急に辛そうな表情をして咳き込む。


「もっ、申し訳ありません……。」

「あのさ、体調…………体力が有り余ってるんじゃなかったの?」

「…………いえっ、だっ、大丈夫です。」


急に落ちるタイプなのか、それとも体調不良を隠している?

起き上がってベッドに座り、コハルさんの顔をしっかりと見る。顔色こそ悪くないが、何だか辛そうだ。


「お願い、全部話して。と言っても、わたしは何も出来ないけど……。」

「恐らく、治癒魔法の使い過ぎなんです。わたし、雷属性の他に光属性しかありませんから、闇属性が蓄積し続けるのです。」


治癒魔法については、あの子、アンの件で院長から聞いたけど、何だったけか。確か、人の体そのものは光属性または闇属性があり、光属性の体の怪我は闇属性の…………重要なことなのに忘れてしまった。

もし、そうならば、コハルさんもアンと同じ状況なのかもしれない。


「ですが、構いません。わたくしにはとっておきのお薬がありますので。」

「お薬?」


辛そうな顔だったのが、急にいつも通りの顔へ戻り、更にやや興奮したような顔つきになりベッドから上半身を起こす。一体何なんだ?


「はい。少しでも皆さんの役に立てるようにと錬金術も覚えたんですよ。お薬作りって面白いんですよ。う〇ちも滋養強壮のお薬になっちゃったりして、そういえばお〇っこも向精神薬になったり……う〇ちって凄いんですよ、色や形や臭いで体調も分かりますし、肥料にもなりますし、スカラベさまのお食事にもなりますし、それに―――」


ゆっくりだった言葉が急に早口になった。

錬金術とは魔術の一つありこの世界に於いて無くてはならない存在。長年の研究で簡略化され、錬金術に関するさまざまな魔導書が出版されて、ある程度の魔力と何か属性が必須だったような気がするけどやろうと思えば覚えられる程まで一般化した。

……わたしも挑戦したが、やはり火属性だけでは駄目なのか巧くいかなかった。クソが。

コハルさんは多芸だなぁ。錬金術か……羨ましいな。

それにしても、さっきからやたらう〇ちう〇ち言ってるが……?


「――さまのう〇ちは枯れ果てた大地を豊かにして豊穣の象徴として……」

「あの、さっきから何を……あとう〇ちがお薬ってどういうこと?」

「えっと……それは……。」


コハルさんはゆっくりと目を瞑り、頬を赤らめてほんの少し首を縦に振る。そして何かを思い出したかのように直ぐにまたさっきの表情に戻った。


「あと、副産物としてウンウンブリリウムが生成されまして、これが肥料に良いんですよ。」


ウンウンブリリウムとは?????

……情報量が多すぎる。頭が爆発しそう。


「あっ、あのさ……その便秘なのか下痢なのか分からない名称の物質って何……?」

「はい。う〇ちに含まれる物質でして――――」


頭が爆発した。

胴体だけになったわたしに、コハルさんは容赦なく玩具の鉄砲みたいにペチペチと言葉のプラスチック弾を浴びせる。

いや、全く聞いたことが無いんだけど。ちょっとアレなブツを扱う錬金術の書物には載ってるのかな?


「というか、何で糞を錬金術にかけようとしたの?」

「あー……えっと……。」


コハルさんは赤面する。


「あの……その……ほへぇ…………。」


全身真っ赤になって頭から蒸気が上がる。これ以上はもう聞かないでおこう。きっと、好きなのだろう。


「いいよ。ごめん、寝るね。」


今日はとりあえず寝よう。疲れた……エイダさん、みんな、本当にごめん。


「はッ、そうです。ルピナスさまはまだ歯を磨いてません。」


あぁそうだね。歯は朝昼晩と毎食後、磨くべきだよね。機械の体なんだから硬い金属の歯ぐらいほしい。

寝る時も着替えぬコハルさんはゆっくりゆっくりと体を動かし、ベッドに腰かけて両手を天に突き出し、伸びをして手を膝に置く。ふぅっと一息ついてゆっくりゆっくりと立ち上がった後に数秒間動作が止まる。


「えーっと、何をしようと立ち上がったのでしたっけ……?」

「いや、歯を磨くとか何とか……。」

「ほわぁ~…………あっ、そうでしたね。」

「あんた、マイペースが過ぎるわ……。」


神々しさが薄まり過ぎて、あんたなんて言ってしまった。機嫌を損ねて背後の巨大な龍のような気配が実体化したら秒を待たず殺されるかもしれない。でもあのコハルさんなのでほほ笑みも態度も崩さず、寧ろ耳にすら入っていない可能性もある。


聖女様はゆっくりゆっくりと部屋から出て隣の台所に入る。

台所の洗い物が、彼女の言う通り綺麗に片付けられていた。わたしは何時間眠っていたのだろうか。


「えーっと歯ブラシは……。」 


キッチン上部の収納スペースから取り出すは、中古品とおぼしき開き切った歯ブラシだった。いや、中古品はやめろ。雑菌云々を抜きにしても、そのダンゴムシの裏側みたいなものを使えというのか?


「いえいえ、ほんの少しお待ちください。」


例の治癒魔法を応用した洗浄魔法だろうか、白いオーラが纏う人差し指の先で開き切ったブラシに触れる。

開き切ってダウン寸前のブラシはみるみる内に毛並みが整い、毛先は全て直立した。清潔感を取り戻し、あと一ヶ月は裕に使えるほどまで回復したのだ。何でもアリだな、この魔法。

……まぁ、結局のところそれ以前の問題で、他人が使ったものを使いたくはないんだが。


「あの、贅沢言うようで申し訳ないんだけど、出来れば新品が欲しいな。」

「そっ、それはそうですね……。ですが、困りましたね……。」


ギルドで討伐依頼を受け遠征に行く時はマイ歯ブラシを持っていくが、昼に磨く習慣が無く、それ以外の日帰り案件は持っていかない。そういう場合はこういう未曽有のトラブルが起こると困るな。帰るためにやれる事は全て試したいけど、並行してこういう小物も探さなければ。


パリンッ


隣の寝室の方からガラスの割れる音がした。咄嗟に戦闘体勢に入る。だが武器は礼拝堂に起きっぱなし。太もものホルダーからナイフを引き抜いて構える。さっきのサソリのように大型の魔物であれば屁の突っ張りにもならないが徒手空拳よりはマシだ。


「あの音、なんでしょうか……?」


コハルさんの、くるぶしまである真っ白な長いスカートを強く引く。膝を屈めて目線を合わせようとするので、声を出さないようにジェスチャーをする。


見た感じでは講堂の窓と廊下の窓、トイレの小さい窓と寝室の非常に狭いはめ込み窓以外に侵入ポイントは無く、その寝室の窓は侵入出来てもスライムぐらい。侵入痕は無く、そっと寝室を覗くと、奥の壁の外側から何か重い物で執拗に殴りつけているような音がする。小さなはめ込み窓は割れ、壁にはヒビが入り、今にも崩れ落ちそうだ。


コハルさんは台所へ押し込んで礼拝堂に戻りレーザーライフルを装備する。あの異音が礼拝堂からではないのは本当に幸いだった。武器が無ければ本当に何も出来ない。魔法を使うにも大きな隙が出来るので武器で怯ませる必要もあるし。


寝室の方から何か重たい物が転がり落ちる音がする。ついに貫通してしまったか。


「何か重たいものが落ちましたね……。」

「シッ、声を出さないで。」


講堂の壁に背を向け、全方位に神経を尖らせ、抜き足差し足で廊下に出て台所の前に向かう。あの巨大サソリの件があったんだ、きっとそれに近い魔物は他にも居るだろう。魔物を刺激しないように、慎重に行動しよう。


「あっ、もしかして、壁に穴が開いてしまいました?」

「シッ!!」


足音を立てないように注意し、コハルさんに付き添い、講堂へ移動する。

講堂はほぼ真っ暗だが、窓からカーテン越しに僅かな光が差し込んでおり、夜目が利くのでこの僅かな明かりでも薄っすらと物は見える。

ライフル以外に机の上から綺麗なレーザー銃二丁を内ポケットに装備する。戦力にならないバヨネット単体や邪魔になるだけの刀は置いていく。

今の時点でこの部屋は安全そうだ。少なくとも狭い他の台所よりは幾分マシだ。


「あの……ルピナスさま……?」

「シッ、急いで講堂にっ!」


小声で音を立てないように、間違っても電灯のスイッチは入れないように注意する。


「あの、何も見えないのですが……」

「部屋の真ん中に寄って、絶対に音を立てないで。」


恐る恐るカーテンから外を見る。天頂から青白い光が降り注ぎ、畑であろう庭を煌々と照らす。当然、壁を破壊しようとする魔物の姿もよく見える。


「巨大サソリか……まさか、さっきと同個体か?」


色は分かり難いが、巨大サソリはケツを上げ、フレキシブルな尾が建物を突いている。あの大きさの者が本気を出していたら一瞬で破壊されていたのだろうし、壊す気は無くただ威嚇しているだけなのか?

とりあえず、幸いにも顔はこちらに向いてはいないので気付いていなかった。

逃げるにしても、もう一度焼きサソリにするにしても今の内だ。


「わっ、畑が踏み荒らされてますっ!!」

「シッ、静かにしてっ!」


巨大サソリは壁にを突き始めるまでに畑の中を動き回ったのか、植わっていたと思われる葉物野菜は無残にも横たわっている。


「はわわ、どうしましょう……皆さんの食糧が無くなってしまいます……。」


クソッ、コハルさんの心情を考慮すると逃げるという選択が無くなった。この草木一本も見当たらないこの世界のこの異質な土壌だと、芋一個育てるのも大変だろう。それも集落に出しているなんて、それが荒らされるとなると死活問題だろう。


「あんた、この刀持って。」

「えっ、刀ですか? 刀ですか……集落の子供たちと紙の筒でチャンバラごっこしたぐらいで、現物は初めてです。あの時は楽しかったですね。外しちゃった時に紙の筒で樽を叩いて壊してしまいましてみんなに大笑いされてしまいましたが……。」


紙筒で樽を破壊……???

まっ、まぁ、非常に心許ないが、気休めでも柄と鞘を握らせる。あの力なら素手でも大丈夫そうだけど一応……。


「分かりました。何かあれば体を張って皆をお守りします。では……ルピナスさま、こちらへ。」

「えっ? あれこっちに来るかもしれないし、用があるなら早くしてよ。」


コハルさんの方へ寄ると、両手でわたしの背中を包み、ぎゅっと抱きしめる。

……うぅ……お腹の奥が鉄のように硬い……。


「幸運になるおまじないです。どうか、ご武運を。」


≪システム情報≫

オルビスシステムアップデートを開始します。

Type:SOLARIS

Version 1.00 -> 1.10 アップデート完了

・無属性:ランク最適化完了 ランクG -> B インストール、ラーニング機能追加。インストールとは特定の相手から属性を受け取ることが出来ます。属性ランクはGからBまで。ラーニングは特定の相手から主に特技や魔術を瞬時に覚えることが出来ます。

・鑑定魔法追加:相手や物を鑑定を行うことが出来ます。不完全なため、詳細な鑑定は行えず、鑑定そのものが不可のものもあります。


≪以上≫


「なっ、何だっ!?」

「どっ、どうされましたか?」


頭の中から気泡が立ち上るような感覚と共に脳内に文字列が浮かぶ。こんなこと一度も無かったが、ここに来てから2回目だ。


≪鑑定≫

月影(妖刀)

作者:不明

ランク:SS

属性:闇

旧所有者:ツバメ

・所有者に合わせて形状を変える妖刀。所有者がコハル・メランナ・プリマヴェーラへ変更となるため刀から薙刀へ変化します。

≪以上≫


更に脳内に文字が流れ込む。見ようとした覚えがない。

……プリマヴェーラ……そしてメランナ……何処かで聞いたことある名だな。えっと、何処で聞いたんだろう?


「わぁっ、薙刀になっちゃいました……。」

「どうも所有者に合わせて形状を変えるみたいで……薙刀術とか棒術とか出来るの?」

「はい。薙刀術は存じ上げませんが、棒術は何故だか分かりませんが、勝手が分かるのです。」


何故だか分からない……記憶が無いのか?

いや、今はそれどころではない。窓から眺めているだけでは畑が壊滅してしまう。



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