1-14-10 それぞれの旅(10)
ここかしらね。山賊たちの居城は。
匿ってる可能性があるとしたら、もうここぐらいね。無害だから手を出さなかったけど、もし匿ってたら……どうしてやろうかしらね。
……フンッ、あの時、あの子がそうだと分かっていれば、直ぐにでも腕を足を首を、握りつぶしてやったのに。
それにしても、廃材の寄せ集めの割に集落のあばら家よりもよく出来てるわねぇ。いい設計士と施工管理者を持ってるのね。
それにしても誰も居ないわね。襲撃にでも出たのかしら。
「ぬぉあーっ!!!! 人型の機械兵器だぁーっ!!!! テェキ襲ゥゥ!!!!」
一人居た。山賊らしくとてもガラの悪い胸毛の男は、拉げた鍋を曲がったお玉で何度も強く叩く。その甲高い音、苦手だからやめて欲しいんだけど。
「あら、ごきげんよう。留守番のところ申し訳ないんだけど――――」
「機械だろうがクリーチャーだろうが、その不気味な顔、首からへし折ってやらぁっ!!!!」
「うぉぉぉぉっ!!!! あいつを谷底に沈めりゃお頭から褒められるっ!!」
岩壁に付いた謎の大扉から賊たちが蟻みたいにわらわらと出てきた。お頭って、ここの山賊長は女なの?
…………うーん、臭いわねぇ。色んな意味で。
「あのっ、皆さん、どっ、どうかされましたか?」
「お嬢は引っ込んでいてくれ。ここはオレ等でじゅーぶんだっ!!」
―――――――ッ!!!!!!
……………みーつけた。
「おい、お前らちょっと待て、こっ、この機械兵、ちょっと、いや、ちょっとじゃねーぐらい様子がおかしくねぇか?」
「ぐぇ、なっ、何なんだ? 心臓の鼓動がおかしく…………。」
「かっ、体が動かねぇ……。」
みーつけた。
リリス・ネーヴェルハイムちゃん、みーつけた。
「ぷっ、プレディカ……ドール……………?」
「そうよ、あたいはあなたが作り出した、カマキリの名を持つ殺戮兵器、プレディカドール。」
「あっ、頭が…………どっ、どうして…………?」
「ふーん。どうして頭を抱えるのかなぁ。俯くのかなぁ? あたいの、あたいの顔を、あたいの顔をよく見るんだよぉ?」
「やっ、やめてください…………。」
「あらぁ、細い腕ねぇ……。こんな腕、今すぐにでもへし折ってあげたいけどぉ、でもそれじゃ面白くない。」
「いっ!!!!」
「こっ、こいつ、お嬢をどうするつもりだっ!!!!」
はぁ……こいつら、ちょっと威圧かけただけで動けなくなるぐらいのザコなのに。殺さない程度に痛めつけましょう。
「ぐわっ!!!! めっ、目が…………っ!!」
あたいのブレードに汚らしい血が付いちゃった。やっぱり、こんな体には血錆びがお似合いねぇ。
「さーて、五月蠅いザコは片付いたわね。フフッ、拷問の続きねぇ。」
「いっ―――― ぐあっ!!!!」
「……硬い腕ねぇ。こんなにも細いくせに、中に高密度の鉄でも入ってるみたい。流石は獣人、これじゃ足も同じかも。じゃあ、首はどうかしら?」
「あっ…………ぐ…………。」
「じゃあねぇ、この状態で質問ターイム。これから言うことに全て正直に答えて下さいね。」
「んぐ……………カハッ!!」
………………。
……………………。
「答えろっつってんだ、リリス・ネーヴェルハイムッッッ!!!!!!」
「んあっ…………おっ、オレは……………何も…………。それにリリスって…………ぐあっ!!」
「チッ、フザけんじゃないわよっ!!!!!! お前なぁ、お前、お前がヘリックを…………罪も無い何千何万も殺したんだろっ!!!!? 答えろッ!!!!!!」
“ハンッ、やかましい女だ。お前は邪魔だ。お前以外のここに居る全員を貰って行くぞ。”
――――ッ!?
こ……この声……どこかで……?
「誰ッ!!!?」
「あがっ…………はぁはぁ……ゲホッ……。」
あっ……やってしまった。リリスの首を放してしまった。
「あっ!!!! 待ちなさいっ!!!!」
腕を掴もうとしても、獣人特有の敏捷性の所為で、もうあんな所に。この鉄の体では幾ら掴もうとしても無理だろう。あれだけの殺意を振りまいて敵対してしまっている以上、もう間違いなく追いつけない。クソッ、ぬかったわ……。
……あぁっ!!!! もうっ!!!!!!
“フンッ、ぞんざいに扱いよって。ワシは急遽、安定剤としての魂と、制御するに必要な力に富んだ魂が必要になった。よって、何にもならんお前の魂以外の全てを貰って行く。そこの獣人、お前は我が肉体の一部になるのだ。逃がさんぞ。”
…………思いだした。この声…………あの光る尿路結石を飲んだお爺さんっ!!
「ぬあっ、体が……何だこれ――――」
「体が光に――――」
「ゲホゴホ……かっ、体が――――」
ちょっ、待って、賊たちが消えるっ!? こいつもっ!!?
「待て、リリスッ!!!!!!」
あ…………クソッ、消えやがった……。
ふっ、ふざけないでよ……。
幾星霜の果て、ようやくリリスを見つけた。精一杯拷問して苦しめて全て聞き出して殺してやろうと思ったのに……消えやがった。
「…………おーい、お前ら、アイビー? バルバール? ……あいつ等、機械室の整理おっぽり出して何処行きやがった?」
……大扉の中から女の子の声がする。お頭……じゃないわよね?
と、とにかく、もしお頭だったら、なぜリリスがここに居るのか訊かないと。心の臓を整えて、いつもの笑顔で敵対させないように慎重に……。
「何処にも居やしねぇ……お前ら何処行きやがったっ!!? …………あぁ? あいつはさっきの……。」
「やっ、やっほー、こんにちわ……………って、あなたっ!?」
「何でてめぇがここに居るんだ?」
あの時の超絶時空魔法をぶっ放して、例のソウル何とかとクソムシちゃんをカッチカチに固めた女の子が出てきた。えっ、何でここから?
「お前、アイビーと子分等知らねぇ…………か?」
「アイビーって誰のことかしら。でも子分たちなら―――――」
その刹那、彼女はあたいの前ゼロ距離まで詰め寄り、銀色のライトブレードを首元に突き付けていた。
「おい何だその腕のブレードに付いた新鮮な血は。テメェは一体何をした? 言え。」
テルミナちゃんとは比べ物にならない速度、もはや縮地としか言えない移動方法で首元に。この目を以てして、全然見えなかった。
あぁ、時空魔法か…………いやでも、何も感じなかったなぁー……。
「早く言え。さもないと、てめぇの生首を防犯装置としてよく見える場所に設置してやるからな。それとも何だ、屑鉄にでもなりたいのか?」
今度はあたいが彼女の静かな威圧に押されている。正直に消えましたって言ったら恐らく首が飛ぶ。かと言って、良い言い訳が無い。
長らく戦場に居たあたいの勘だけど、速度以外にも色んなステータスがテルミナちゃんを上回ってるように感じる。唯一、力を除いて。
そして小柄なのにあたい相手に一切怖気づくことないその剛胆さ……流石としかいいようがない。サシで正面から戦ったら絶対に負ける。
“ジーナちゃん、パロマちゃんっ!!!! 二人とも、そこまでよっ!!!!”
「クソムシちゃんっ!!」
「おい、クソムシッ!! これはどういうことなんだっ!!?」
“パロマちゃんが戻ったその直ぐ後に妙な感覚がしてね。時空属性を中心に色々と魔力が乗った気を感じたの。”
「おせーよ、ゴミムシがっ!!」
“悪かったわよ。まさかこんなことになってるなんて。それにしてもジーナちゃんはどうしてここに?”
「それより、パロマちゃんだっけ、その剣を首から放してっ!! あっ、あたいは誰も殺してないっ!!!!」
「そんなことは分かってんだよ。その血の量だかんな。だが、少なくとも、アタシの子分の誰かを傷つけたってことだろうな?」
「ご、ごめんなさい、ちょっと頭に血が、いや、オイルが上がってて……。」
「言い訳はいい、後でしっかりとケジメ付けてもらうからな。」
「ひぃぃ…………。」
余程、あの殺戮兵器よりも殺戮兵器してるような能力がある気がするわこの子。中身がまともそうだから良かったけど、そうでなければ、あたいはとっくの昔に死んでるわね。
“ねぇ、ジーナちゃんは何でここに?”
「あっ、あぁ、そっ、それなんだけど、あたいが追ってた、この殺戮兵器の開発者、リリス・ネーヴェルハイムを追ってここに来たの。」
「リリス・ネーヴェルハイム? そんな名前のヤツは知らないが?」
「…………えっ? 噓でしょ……。確かに資料にあった全部の写真とデータに全て合致する子がここに居たけど……いや、ネコミミは無かったけど……。」
その表情と声色から隠しているような感じは無い。
……冷静に考えてみれば、人違いという可能性もあるわ。聞いても知らない素振りだし、ネコミミ付いてたし…………。
「ヒッ!!!!」
「おいお前、よく確認もせず襲撃に来やがったのか? それにお前、匿ってるかもしれない程度の憶測で来やがっただろう? それでその血か?」
“パロマちゃん、剣を仕舞って。今はそのことよりも、何があったのかが重要よ。”
「あっ、あっ、えーっと、そのことなんだけど……。」
「冗談の一つでもブチかましたら首から上は無いと思え。」
「ひぃっ!! あの、えーっと、消えたのっ!! 神隠しみたいに消えたのっ!!!!」
三度首元に銀色の矛先が向く。
「冗談は無いと言ったはずだが?」
“いや、冗談じゃなくて本当みたいね。”
「クソムシ、どういうことだ?」
「あの、お爺さんの声で、“フンッ、ワシは急遽、安定剤としての魂と、制御するに必要な力に富んだ魂が必要になった。”とか言って、あたい以外の全員の魂を貰っていくと言ってみんな消えちゃったの。」
「クソムシに聞いてるんだが? ……まぁいい。これで何が起こったかは理解した。」
矛先が首元から離れ、解放された。それと同時に妖精の羽のように、左右二対の羽が背中から生える。今からあの工場へ飛ぶつもり?
「クソムシに頼むのは癪だが……ここ、頼めるか?」
“えぇ、地下施設の調査をする必要があるから、暫く滞在するつもり。外の建物までは手は回せないけどね。”
パロマちゃんは首を縦に振り、その場から消えるように居なくなった。
「ちょっと待って、あたいも行くわっ!!」
“行っても首チョンパされるかミンチにされるだけだから行かない方がいいわ。第一その鮮血、子分一人を傷つけたでしょ。怒りに任せて。”
「…………そうね、大人しくしておく。」
あぁ……あたいの所為とはいえ、散々ね……。
“やること無いんなら、地下施設の調査に付いていく?”
「……秘密基地に戻って寝るわ。」
“そう。おやすみ……いいえ、ちょっと待ちなさい。”
◇◇◇
『ぽーっぽっぽっぽっぽ、やはり、帰って来られたのですねぇ。』
「あのクソジジィを出せっ!!!!!!」
『おーっと、そんな大声を出さなくても、それに、その眉間のシワとその目つきでせっかくのお美しい顔が台無しですよ?』
「チッ……駄目なら力づくだ。」
『ぽるぽるぽるぽる。ほぅ、力づくで何を、どうなさるのでしょうか?』
こいつのバリアは異様なほどに強固で、そして密度も高い。風魔法をねじ込んで爆散させるにも隙間も無いな。何としてでもクソジジィからあいつ等をどこやったか聞き出さないと……あの野郎は何仕出かすか分からん。例え四肢が吹っ飛ぼうが……こじ開けるぞっ!!
『ちょっ、ちょっと、あのですね、一体何をなさるので……?』
両手に出しうる限りの魔力を集中させる。掌から一切の風を漏らさず、一切の光を漏らさず、限界まで圧縮をして……バリアに押し付けるっ!!
”ハンッ、そんなことをすれば腕が吹き飛ぶだろうに。”
――――クソジジィっ!!!!
「この野郎っ!!!! お前だろ、あいつ等を連れ去ったのはっ!!?」
”そうだ。お前の手下は、能力も無いのにエネルギーだけはあったからな。ちょっとばかし借りただけだ。ただ、猫獣人の手下だけは我が血肉となってもらう。”
「このクソ野郎っ!!!!」
”…………フンッ、使えそうだな。”
「何がだっ!!!!?」
”来い。”
『ぽるっ!? トキサダ様っ!?』
バリアが消えた。ほう、アタシを招き入れるのか。
……あいつ等はアタシが助け出す。そして、クソジジィとクソバトは……殺す。
◇◇
『トイレはここだよ。』
ガラス張りのブースとブースの間の通路の奥、左に行けば男子トイレ、右に行けば女子トイレ。フフンッ、最新技術で全く匂いもしないし音も外に聞こえない、便座も数千年の歴史のある企業が研究と実証を重ねて作り上げた最高級品だ。最高の座り心地で、その便座があれば他は何も要らない、一生引きこもってられるゾ…………あっ、いや、それじゃ長グソされて研究が進まな…………いよね?
「何だか芳醇な香りがしますね。」
『えー? 何も匂わないよ? あっ、顔が無いからかっ!』
”……ルーナディアさま、男の人の方のトイレブースから、あの…………。”
えっ?
何か匂うの? 最新の消臭機能は例え電源を喪失しても消臭し続ける優れもので、寿命も逐一外して手入れさえすれば100年は――――
『えっ? なにこれ、臭い。』
う〇こが腐ったような匂いがする。マジで臭い。
「すごく…………長い間、じっくりじっくりと熟成されたようですね。」
こんなことが絶対にあってはならない。最強のう〇こ臭を完全消臭する最強の消臭システムが備え付けられている。最強の矛をへし折る最強の盾、矛盾の二文字を一刀両断する盾、最強の消臭システム。絶対に臭いわけがない。だが、臭い。とても臭い。
これは見に行かねば。
アトリウムに戻り、深呼吸をする。そして再び戦場へ。
『ちょっと便器の様子を見てくる。』
”ルーナディアさま、逆は大問題になりにくいとはいえ、そこは男たちの聖域です。あと、サラッと縁起でもない言葉を言わないでください。助けに行けませんよ?”
『師匠が行くのなら私も行くわ。一度見てみたかったもの。』
“女の人の形をした者は猶更駄目です。男性の聖域ですよ? 醜い男どもに囲まれて、あんなことこんなことされてしまいますよ?”
『…………ちぇっ……。』
……そういえば、今のあたしは性別云々どころか人の形をしていない……ふむ。やりたい放題だなぁ……。冗談だけど。
しかし、悪臭の元は何があっても断ちたい。だってここはあたしが建てた福利厚生施設だものっ!!
”どうしても行くのですか?”
「はい」または「いいえ」なら……イエス一択だ。もう、後戻りは出来ない。
“しかたありませんね。後悔しても知りませんよ?”
「あのー……わたくしは……?」
『師匠っ!! わたくしはコハルさまに付いていきますっ!!!!』
“頼もしい護衛ですね。わたくしはここで待っています。”
もう一度アトリウムへ戻り深呼吸をして、そしてそのまま戦場へインっ!!!!
ここは戦場、もとい悪臭を放つ男子トイレ。別名、男たちのヴァルハラ。小便器が八台に大便器ブースが五箇所。そのうちの一番奥の大便器ブースから黄色い香りを放っている。
どこのクソ野郎が流してねぇんだこの野郎……。
恐る恐る大便器ブースをのぞき込む。
…………。
――――――――アッ――――
『ウン=ティー「コンニチワッ!」』
立派なアルマゲドンを確認。すぐさま聖域から離脱した。
……。
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょい待てぇっ!!!!!!
致したら流すは常識だろぉっ!!!?
最強の盾は見事に新たなる最強の矛に防衛戦で敗れ、そして汚染され、黄土色の何かに変質し、脆くも崩れ去った。
“……さぞかしご立派なウン=ティー様が居られたのですね……。”
『うん…………。』
“せめて流されなかったのですか?”
『便器スレスレまで増水してたから、間違いなく詰まってる。』
そういえば、ウン=ティー様だけで紙ってあったか?
気になって再び突入してのぞき込む。紙らしきものは無い……こいつ、ケツ拭いたのか?
…………あれ、ペーパーホルダーの上にメモリーカードが置いてある。おいおい、こんな得体も知れないメーカーのメモリーカードなんて、違反も違反だ。
そう、このラボではメモリーカードは登録されたものしか使えず、それもメーカー指定があって帝国指定の超良いやつしか使えない。だがしかし、そのメモリーカードは帝国領土内の南の果て、メルカの電気街の闇市で買ったであろう無名の安物、それに裏返してみれば“エロ画像”と堂々とペンで書かれている。
……隣の便器で流したいけど、トイレットペーパー以外は流してはならない。一旦、所長権限で回収だっ!!
……ウッ、クッサ……。早く出よう。
“……なぜ再び突入されたのでしょうか?”
えーっと、たしかこのスイッチがシャッター開閉ボタンだったかな。ポチっとな。
ガラガラと音を立て、シャッターが下りる。クソッ、ウン=ティー様の芳醇な香りの所為で錆びてやがるな。
“…………臭い物に蓋をする、ですか。”
よし、臭いものに蓋をしたぞっ!! 物理しか勝たんっ!!!!
……さようなら、ウン=ティー。
「おまたせしました~。」
『師匠、出たよっ!!』
『あっ、コハルちゃん、水は流れたの?』
「はい。ですが…………。」
『どっ、どうしたの?』
『勿体なかったねぇ。』
「勿体なかったですね……。」
…………うん。これ以上口にしなくても理解した気がする。
そういえば、ここって、本来あるべき場所に無いじゃない。汚水配管って、本来接続されるべき下水管って、何処に繋がってるの……?
◇◇
休憩のため隣のブースに入る。大きな冷蔵庫が五つもある以外は至って正常で安心した。
『冷蔵庫、いっぱい入ってるね。』
「あらまぁ、缶詰がいっぱいあります。」
『ねぇ、この解る虫って字、何て読むの?』
『カニ「完全に理解した。」』
『……師匠、どういうことです?』
……通じてない。
コハルちゃんは全知全能である虫……ではなく甲殻類の缶詰を凝視しつつ、両手をチョキにしてチャキチャキと閉じたり開いたりしながら、ゆっくりゆっくりと胸の高さまで上げる。可愛い。
「チャキーン。思い出しました。カニさんです。」
手をチョキにした時点で……いや、イメージだけ出て名前が思い浮かばなかったやつか。
『カニって読むんだっ!! コハルさま、すっごーいっ!!』
解る虫か……そういえば、何でカニって解る虫なんだろう。
虫の癖に完全に理解しやがってぇ、何様だこの野郎ぅ。
“あなたたち、こんなところでのんびりしてないで、少しは緊張感を持ちなさい。”
この声は……全知全能のローリエさんっ!!
「ケプリさま、どうしてここに?」
『あっ、クソムシ、久しぶりね。』
”………虫が喋ってる…………いや、虫じゃない……この人…………?”
ローリエさんは羽を大きく広げ、こちらに向かって飛んでくる。
…………ちょっと待って、そこ、入口じゃなくてガラス――――
ガシャーンッ!!!!!!
その時、ブースのガラスが、砕け散った。
”なによ……こんなところにガラス窓が……。透明度高過ぎじゃないの。”
『ぎにゃあぁああああああぁぁぁぇぇぇ…………。』
『本当にクソムシはクソムシねぇ。硬すぎよ。』
「あっ、あの、だっ、大丈夫ですかっ!?」
”心配は要らないわ。脳みそは至って正常よ。どんなに出来の良い脳みそあっても見えるわけないじゃん。こんなハイテクガラスなんて。”
「いっ、いえ、お体のことですが……。」
『クソムシよりも師匠、大丈夫ですか?』
『だっ、だっ、だいじょうぶ…………じゃな―――――いっ!!!!!!』
あたしは打ちひしがれている。割れたガラスは一旦置いておこう。たったそこからこの距離で、一体幾つの不具合を見かけたんだ?
こんな、こんな、こんな、こんな……ことがあってたまるか――――っ!!!!
『師匠っ!! この缶詰でも食べて落ち着いてよ。』
『缶詰……?』
えっ、なにこれ、めっちゃくちゃヤバい形してる。
えっ、えっ? 元は円筒形だった感じの形だったのが、パンパンに膨張してるというか……というか、パンパンどころかベッコベコに膨張してない?
今にも爆発しそうなんだけど、劣化し切ったバッテリーとかじゃなくて本当に缶詰?
「こっ、これは何の缶詰なのでしょうか……。」
”これは絶対に開けてはなりません。北エーテル大陸の半島付近に伝わる伝説の発酵食品です。控えめに言っても、死にます。言うならば、これはパンドラの箱です。”
『北エーテルの半島って、ママの実家がある辺りじゃん。 ……あれ、これって……。』
ボコボコになるほどの発酵食品って……絶対に開けない方が良いヤツだ。匂いを感じないテルミナちゃんと、寧ろ大好きそうなコハルちゃん、どうか分からないローリエさんとコメットさんを除いてみんな死――――
待って、死ぬのあたしだけっ!!!!?
仲間外れはヤダァッ!!!!! 助けてーっ!!!!!!
『これ、王の間で開けて大惨事になったやつだ。』
”なんてとこで開けてるんですか……。”
「……あの、これ、発酵食品なのですね? わたくし、興味が……。」
『美味しかったし、缶のままだったら大丈夫だから持っていこう。あっ、このクサ豆腐っていうやつも面白そう。』
”クサ豆腐ではなくシュウ豆腐です。これも相当とんでもない匂いを放ちますので、こういう場所では絶対に開けないようお願いします。”
「臭豆腐ですか……ごくり……。」
『よし、冷蔵庫の缶詰、全部持って帰ろう。クサ豆腐~♪、解る虫ぃ~♪、青い魚ァ~♪ 熟成ニンニクゥ~♪ キャビア~♪ えっ、マジ、キャビアあんのっ!?』
”……ところで、口無いですけど、どうやってお食べに?”
『いーのいーの。缶詰は長持ちだから♪』
“缶詰だからとはいえ、皆が皆そこまで長持ちしませんが……。”
…………テルミナちゃんのバッグが魔窟に……。
”あなたたち…………まぁ、あの子に見張り任せてるから、いいけど……。”
『見張り?』
”何も感じなかった? あなたたちが階段から出てくる時に、このアトリウムの奥底からもんの凄い魔物の気を感じたのを。”
『ちょっと……えっ!? まっ、魔物がっ!?』
”だから、今は見張りを置いてる。”
ローリエさんは割れたガラス壁面から外に出て、入ってきたところとは反対方向を向く。
「ちょっとクソムシちゃーんっ!!!! あたい家帰って寝る予定だったよねぇっ!!!? 首めっちゃ取れそうなぐらい辛いんだけどぉっ!!!?」
”下の魔物に聞こえるから大声ださないのっ!!!!”
「首、取れたら一生恨むわよぉっ!!!!?」
…………あたしのプレディカドールの異常体だ。幸いにも点に見えるぐらい遠い所で視認されてないけど……急いでバッグに――――
『リンゴミカンパイナップルゥ~♪ フルーツミックスゥ~♪ あっ、牛乳パックに入ったプリンなんてあるんだ。』
”長期保管を想定された作りでないものは危険です。”
『ちぇっ。あっ、瓶に入ったクサ豆腐がある。』
「あっ、あの、良ければその…………ほんの少し中身を嗅がせてもらっても……?」
”だーめーでーすっ!!”
『じゃあ、上に戻ったら開けてみよう。』
「そうですね♡」
『バッグにイン♪』
退路を断たれた。
……もう絶対に入れねぇ…………。
”ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!”
『ねぇ、クソムシ、下品な声出した?』
”あんなドスの聞いた男の声なんて出せるわけないでしょっ!? って、魔物の気配が――――”
「ぐ……ぐぬぅ……貴様等か、騒ぐだけ騒いだ上で、我がキモータル家を下水で満たした不届き者は。」
◇◇◇
…………アタシはいつものようにあのクソジジィが居座る指令室に連れてこられたのはいいが、肝心のクソジジィが居やがらねぇ。
「ざけんなっ!!!! 何処だっ!!!!?」
『ハンッ、ワシは研究室だ。そんなところには居らん。』
巨大なモニターにはクソジジィが映し出された。顔こそはあの醜いゴブリン顔だが、体はもはやあの老い耄れではなかった。一体何があったんだ?
『お前の探しているものはコイツ等だろう?』
側面のモニターには、ケーブルやチューブが取り付けられたカプセルに閉じ込められたあいつ等の姿が映し出されていた。
……何て姿になっちまったんだ…………。
「この野郎、何しやがんだっ!!!!?」
『フンッ、ほんの少しエネルギーを頂戴するだけだ。ワシの体を構成するソウルゴーレムを制御するためのな。』
ソウルゴーレムって、あの黒い巨人?
…………なんてものを吸収したんだコイツは……。もう、完全に魔物じゃねぇか。
「おい、待てよっ!!!! 返してくれるんだよなっ!!!?」
『ハンッ、生かして返してやるとも。だが、さっきの通り、猫獣人は我が体に吸収させる。』
「今どこに居やがるっ!!!!?」
『フンッ、さぁな。だが、壁や床をぶち壊し、無理にでも到達しようとするのなら、コイツ等の命は無い。』
「クソがっ!!!!!」
手が出そうになる。だが、そこには居ない。
もし今、この目の前に関係ないヤツが出てきたら、乞食だろうが国王だろうがブッタ斬ってしまいそうなほど、今、この体を抑えることで精一杯だ。
『そこで取引だ。』
「クソ野郎ッ!!!! 何だ、おいっ!!!!」
『集落の西に教会がある。そこにコハルという名の聖龍の化身が居る。そいつを殺害し、龍の魂をワシに捧げよ。さすれば全てが不要になる。即ち、全てを無傷でお前に返すことが可能だ。』
……コハル……か。
ふっ、フンッ……名は聞いていたが一度も会ったことはない……な。だが、妙にトロくさいという噂を聞く……。
あたしはアサシンの経験がある。何度も修羅場を搔い潜ってきた。殺しは……慣れている。トロいのなら猶更余裕なのだろう。だが……。
「…………信用出来ないな。」
『ハンッ、では猫獣人は返さんぞ。手下も無事では済まないかもしれんな。』
…………無理に行ったら間違いなく殺される。悔しいが、こうなってしまったあいつを出し抜けるほどの自信は無い。
だが、コハルというヤツを殺し、こいつに捧げれば……全くと言うほど信用出来ないが、僅かには可能性はある。
龍の魂とやらは間違いなく、あいつ等そっちのけで真っ先にコイツは食いつく。一瞬の隙が出来るかもしれない。その後、力を見せつけるために始末しようとするだろうから、絶対に気は抜けないが。
「チッ…………解った。それまで、絶対に手出すんじゃねーぞ。」
『期間は三日後の正午だ。ワシもやらなければならぬ実験が残っておる。期限は守れ。守らなければ、いくら龍の魂があろうと、無事では済まさぬぞ。』
「……もし、破るようであれば、あいつ等に手出せば、お前の首を貰う。」
◇
あー…………眠い。
この爺さん、さっきから一人でぺちゃくちゃ喋って、ノアはぽけーっと聞いてるけど、わたしは……辛い。
”このお爺ちゃんの農法、参考になるわぁ。”
話の内容……全く覚えてない。こいつ、よく聞いてられるな。
”あたしねぇ、こうなる前はガーデニングとか趣味で、薬師だったから色んな植物を育ててたけど、お爺ちゃんの話聞いててもっとこうすれば良かったかなぁって。超参考になるわぁ。”
「……蝶だけにってか。」
”先言わないのっ!!”
「おおっと、話過ぎたの。すまぬなぁ、話する人が居らんでの。」
”いえいえ、お爺ちゃん、参考になったわ。ありがとう。”
「ほうほう、不思議な蝶さんも農業をやるのか。もっと話してもいいかの。」
「あの、わたしたち時間が無いので、また今度にしていただけますか?」
「そっ、そうかのぅ。また来るんじゃぞ。あっ、このウサギのぬいぐるみ、近所の子から貰ったんじゃが、持っていけ。」
「……要らないなぁ。」
お爺さんの家を出る。もう来ねぇよ。
”ちぇ、もっと色々聞けると思ったのに。”
「今度はお前一人で行けよ、全く。」
あぁ、薄暗くなってきた。もう一日が終わるのか。チッ、何の収穫もねぇや。
◇
何のアテもなく、陰鬱な路地を広場に向かって歩く。
「おぉ、コニーのねーちゃん、酒と肉、持ってきたのかい?」
「えぇ、樽に何本もあるわよ。肉もたくさんっ!!」
「ぬひぃ~っ!! イイネッ!!」
…………なんだ、あいつ。アコニの方ではなくその横の……何というか、薄気味悪いぐらい肌が青白くて、やたら尖った意匠のスーツ着てて、やたら尖った髪型に、おぞましいぐらいの数のピアスをして……。
「で、お代貰ってもいいかしら。」
「人間も金銀財宝大好きよねぇ……。」
謎の男の手からは、金貨のようなものが泉のように湧き出し、ボロボロと地面に転がった。
「は~い、ゴールドシャワー入りましたぁ~っ!! ドウゾッ!!」
「確かに頂きました。またどうぞ、リアージュ様っ!!」
リアージュと呼ばれた謎の男は酒場の中へと入って行った。零れた金塊を拾っていた男たちはリアカーに乗った樽を大急ぎで運び込んでいく。あれが今晩酒場で出させる酒や食材なのか。
…………酒は飲まないが、肉は欲しいかも。久しぶりの肉だ。肉なんて孤児院どころか貧困に喘ぐトゥリシア最下層南区では滅多に見かけない。
だが、あの怪しい男には関わりたくない。
”関わりたくないで正解だわ。あれは吸血鬼。魔族の中でも異端も異端。”
「何で吸血鬼がこんなとこに居やがんだ?」
”さぁね。それは分からないけど、居場所が無かったんじゃない?”
拉致されてきた可能性もあるが、ヤベーやつの封印先がここという可能性も……。碌なことがねぇ。
肉は我慢して広場を通り過ぎようとした。
「ちょーどいいところに居んじゃん。店番頼むわ。」
アコニが窓から話しかけてきた。クソッ、油断した。
「何でわたしが店番をしなければならないんだっ!!?」
「あんたの所為で割れたじゃん。薬。」
「はぁぁ???」
「拒否権は無いわ。来なさい。」
出入り口から出てきてわたしの手を掴む。放そうにも力が強すぎて洒落にならない。
”何なのさ、本当に。ノアちゃんも行くよ。”
◇
「ここに座って、客来たら適当に薬出していいから。値段もふっかけるのよ。」
「何だコイツ…………。」
”本当に何だコイツ、だわ。ノアちゃん、こんなオバさんになっちゃダメよ?”
ノアは興味無さそうにぼーっと窓の外を見ている。キューブパズルでも渡しておこう。
「じゃあ、出るから頼むわね。」
「頼むんじゃねーよ……。」
”まぁ、誰も来ないんだろうしさ、目ぼしいものがあったら貰っておきましょう。”
◇
一時間ぐらい経ったけど、だーれも来ない。当然と言えば当然か。
ノアは夢中になってキューブを回してるし、プラムは薬の置いてある倉庫を物色している。わたしもまじめに店番せずにひと眠りしよう。あぁ、疲れた。
「おう、アコニのねぇちゃんは居らんか?」
寝ようとした時に限って客が来やがる。
「あっ、あの、アコニさんでしたら今外出中で、わたしが店番をしてます。」
「ほーぅ、可愛らしい店員だな。」
……背丈は低いけど妙に筋骨隆々で、何となくドワーフに似てるな。だが、全身至るところが古傷だらけで右腕が無い……顔も傷の跡が……。それに、見た目に反して穏やかそうな雰囲気だが、同時に、その背後に威厳を感じるというか……。
「ふんぬ、参った。古傷が痛むから痛み止めを買いに来たのだが。」
”古傷の痛み止め……お爺ちゃん、何処の傷が痛むの?”
「ほう、虫が念話をしてくるとは、ローリエ嬢のみかと思ったが、世界は広いな。顔じゃ。」
この人もあいつと同じでローリエと呼んでる。知ってる人なのか?
”顔用なら、成分的にこれね。ルピナスちゃん、虫の体じゃ持ち上がらないから取って。”
≪鑑定≫
名称:顔用の痛み止め
【成分構成】
・カルシウム塊:腐った肉付きの淡水魚の骨、ハイパーマッカチンの殻、巨大ジャンボタニシの貝殻、それぞれの錬金物
・粘り成分:パッション・バナーナの腐った実、腐った牛脂、それぞれの錬金物
・痛み止め:枯れたフレアリーフ、ストレスで真っ赤になったシルバーカクタス、それぞれの錬金物
・ウンウンブリリウム:人糞の錬金物
以上の三つの生成物を製薬術を介して作成。成分は極めて特殊ではあるが、効果は一般的な痛み止め薬と同等の薬である。
≪以上≫
……ヤベぇものが煮詰まってるんだが???
”成分がヤベェのはお薬業界ではよくあることなのよ。”
「おう、それだ。代金置いとくぞ。ところで、見ない顔だが名前は何と言うのだ?」
「わっ、わたしはルピナスだ。」
”あたしはプラム、この子はエレノアちゃん。それであなたは?”
「ほう、虫が喋るか。ワシはジョン・スミスだ。ありふれた名前をしておるが、よろしくの。」
”もはや身元不明者ね。”
「ハッハッハッハッ!! まぁ、似たようなもんじゃの。アコニのねぇちゃんが帰ってきたらまた頼むと言っておいての。」
ジョンさんが外に出ようとするも、ちらっと窓から外を覗いてこちらに戻ってきた。
「あいつが、リアージュが居るな。」
「あいつは一体何なんだ?」
「吸血鬼とだけしか知らんが、元の世界ではあのリアージュの、キモータル伯爵家は有名だったらしいな。あいつはどうも好かん。」
この屈強そうな人でもあの変なヤツは苦手なんだな。近づかないようにしよう。
「リアージュ・キモータル……あいつは伯爵家の三男坊だ。」
「あれがまだ二人も居るのか。」
「ねぇちゃんの調べでは長男はヒフニート、次男はヒキニーツ、そして三男のリアージュ。長男次男は吸血鬼らしく引きこもりで、三男だけが、あぁやって四六時中人に接触しやがんだ。長男次男はどこに居るのかは知らんが、実質的に害があるのは三男だけ。ねぇちゃんがどこで手に入れてるのか知らんが、輸血パックを与えてるからあぁで済んでるが、それと酒と肉が無くなれば……大惨事だな。」
”引きこもりニートにリア充かぁ。ヒフって何だろうね。”
「……よし、戻ったか。じゃあの、お嬢さん方。」
ジョンさん、片腕無いし大丈夫だろうか。でも……もし襲われても片腕だけで始末出来そうな気もする。どんだけの修羅場を搔い潜ってきたんだろうな。




