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1-01-2 星屑の荒野(2)

はっ!?

あれ……わたしは……?


クソッ、不用心にも座ったまま気絶していた。普通なら間違いなく死んでいるが……生きている……?


ここは間違いなくあの荒野だよな? 地獄じゃないだろうな?

ちょっ待てよっ!! 死んだんなら、死んだんならせめてあの子たちの生活の保障を――――?


目の前には裏返った巨大サソリが鎮座している。ここは……?


周囲を見渡す。景色は変わらずどこまでも続く錆びた荒野。死んでない……のか?

冷静になろう。目の前のサソリ、さっきのサソリなら、あれから動き出すことも無かったのか……?


……お腹が鳴る。あぁ、お腹空いた。人間の皮を被っただけの機械の体の癖に中途半端な身体が恨めしい。このクソが。このクソがっ!!

マグマのように滾る怒りをどこかに発散したい、けれどそんな体力すらも今はありゃしない。


はぁ……クソが。クソ野郎が。


「あのー……どうかいたしましたか?」

「うわぁっ!!!!」


天を仰ぎ目を瞑った途端に場違いが過ぎる程の柔らかく澄んだ女性の声がした。明らかにビビるものではないけど、人で言う心臓にあたる部分がぶっ飛んだ。


「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか。」


声のする方を見ると、白に程近い金の髪色をした優しそうな女性がしゃがみ込んでわたしと顔を合わせている。二度ビックリして心臓が破壊されかけた。

全体的に白基調で天使か女神か何かを思い起こさせる女性は、わたしと目線を合わせてじっと見つめている。


「あの……そちらこそ、どなたでしょうか?」

「コハルと申します。小春日和のコハルです。」


ドブネズミのように汚れきったわたしに向かって微笑みかける。そんな慈悲に満ちた目で見ないでほしんだが……。


「わ、わたしはルピナスって言います。」

「ルピナスさまですね。ウフフッ、可愛らしい名前ですね。」


ハッとした時には自分の名前を名乗っていた。必要が無ければ絶対に明かすことはないのに、何だか分からないが、名乗らなければならなければならない、そう感じた。

背後に何かいるのか? 実際にはいないが、凄まじい力を放つ強大な龍の背後霊のような、言葉に出来ないが何かがいるような気がする。

過去にそういう人に一度会ったことがある。確か龍族の人だった。


「あの、顔に何か付いていますか?」

「あっ、いや……何でも……。」


わたしはスッと立ち上がるとコハルさんも立ち上がる、そして膝に手を置いて目線を合わせる。人と話す時は必ず目線を合わせる癖があるのだろうか。


「ルピナスさまはこの島に迷い込んだのですね。」

「えーっと……その……。」

「おっしゃらなくても大丈夫ですよ。泊まる所もありませんので、教会に案内致します。」


コハルさんの聖女のような慈悲深さと、その背後にある力の者の威圧が混ざり合い、緊張の余りに声がでなかった。



コハルさんは少し背が高い。160センチ台半ばのギルド受付のヒバリさんよりも高そうだ。横に並ぶと140センチ台のわたしがより小さく感じる。何だか、コハルさんよりも更に高く比べ物にならないぐらいガタイの良い冒険者ばかりで慣れてるが、それ等よりも大きく感じる。体型はスラっとしていて、非常にバランスが取れた体型だから全然そんな事もないと思うのだが。


しかし歩く速度が遅い。わたしが速いだけなのかもしれないけど滅茶苦茶遅い。興味本位で観光にやってくる一般女性よりも明らかに遅い。

というか靴が薄いサンダルで明らかに鋭利なゴミが貫通してるはず。


「あの……痛くないですか?」

「うーん、少し足がムズムズしますが、これぐらいは大丈夫ですよ。」


眩しい笑顔でほほ笑む非常にマイペースなコハルさんから神々しさが少し退いて話しやすくなった気がする。

改めて顔をよく見たら何となくヒバリさんに似ている。


「あの、ここは何処なんでしょうか?」

「名前はありませんが、でも過去に星屑の島と呼ばれていた場所だと資料で見たことがあります。」

「星屑の島……ねぇ……。」

「これ以上の事は分かりかねますが、教会近くの洞窟を探せばもっと資料が出てくるかもしれません。」


洞窟に人工物である資料……紙ゴミの集積ポイントなのか、何者かによって溜め込まれる場所なのか、何か近代的なものがゴミに埋まっているのか……行ってみる価値はあるかも。


道路を横断する水棲亀のような速度で歩くコハルさんに合わせて歩く。

わたしなら一時間程度の距離を何時間もかかってるような気がする。そろそろ日が暮れるのか、天頂付近にあった不気味な程に真っ赤な円はすっかり地平の果てに寄っていた。けれど不思議と身体が辛くない。もしかして……。


「もしかして、治癒術か治癒魔法か使えるんですか?」

「はい、治癒魔法を少し。」


治癒魔法は光属性と闇属性の両方の持ち主の中の極一部のみが使用出来るという非常に貴重な魔法。ごく稀に光属性単体で使う者もいる。

ただ、それはタブーだ。全世界のほぼ全ての医師を束ねる医師会、確か、オラクルテール医師会だったかに禁忌として指定されてしまっている。故に使用者を一人を除いて見たことが無い。


……どう見ても地球上のどこでもない、この荒野でなら大丈夫だろう、ちょっと試してみたい気分に駆られた。


「じゃあ、この裂傷を治してみて。」


その辺のボロ布で巻いていた腕の傷口を見せる。レーザー銃の爆発によって生じた裂傷、大した事はない……のだが。


「あら、早く水で洗い流さないとばい菌さんが入っちゃいますっ!」

「治癒魔法でちゃちゃっと……。」

「駄目です。」


何で治癒魔法が使えるのにそこは拘るのか。

中途半端な身体なので人間の傷口みたいに水で洗えないし、かといってこんな身体なのに黴菌による感染症には感染するし、そして自然治癒力もあるので

放置していれば傷口は塞がる。わたしは極めて難解で奇妙奇天烈な身体をしている。


「えっとお水さんは確か……。」

「水はかけられないよ。もし、可能であれば、その治癒魔法を見せてくれないかな?」


何より試したいこと……これは機械の身体にも、より人に近づけてつくられた、オルビスと呼ばれるガイノイドの類にも効果があるのかという所にある。治癒魔法は機械の身体には効果が無いと聞く。ただ、治癒魔法の使い手は非常に希少なためデータが少なく信憑性が無い、故に試してみたい。


「…………仕方ありませんね。本当は魔法に頼り切らず、お医者様にお見せしたり消毒を行う必要があるのですが……。」


コハルさんは右手の白く細い指を差し出す。その指先に淡く白い高密度の魔力を含む光が灯る。謎が多い治癒魔法も擦り傷一つ治すにもイメージのみでの行使は不可能で、数センチの本一冊分に及ぶ非常に長いスペルが必要だと聞いていた。どう詠唱しているのかも知りたかったが、彼女もあの子と同じで無詠唱だった。


もはや魔を付けて良いのかも分からない聖なる魔力が宿る指先で、わたしの裂傷を優しくなぞる。指先の動きに沿って、その裂傷は塞がれていった。

時間経過以外では治らない裂傷が治ったのだ。


「すごい……。」

「これで綺麗に塞がりました。重ね重ねですが、必ずお医者さまに診せて下さいね。」


腕が治ったついでに身体も軽くなった。これはもう医者に診せる必要がない。あらぬ病名を押し付けられてカネを毟り取られるだけだ。


「完璧じゃないの。どうして自身の治癒魔法をそんなに信頼していないの?」

「…………。」


俯き、少し間を置く。数秒後にコハルさんは口を開いた。


「……だって、もし見た目だけで完全に治ってなくて、感染が広がったら……だからです。」


ウフフとほほ笑み、表情を和らげる。その表情の裏には何か真意がありそうだけど、これ以上は追求しない。



やっとの事で最も高い丘の上に辿り着いた。日が落ちて既に天が指し示す陽光もなくなっている。ただ、他の方角が心なしか明るい。

目を凝らすと、遠くにある大きな人工物から煌々と青白い光が発せられている。また、違う方向は明かりがポツポツと見えるポイントが。もしかして人が住んでいるのか?


「えーっと、あの遠くの大きな建物が工場で、手前のあそこが人々の集落です。」

「こんな所に人が住んでるの?」

「はい。ここに迷い込まれた方々が暮らしている集落になります。」

「…………ここから出られる方法って、ある?」

「………………残念ながら……。あっ、でもですね、えーっと、あのその……。」


無理して励まそうとする。何だか申し訳ない。


「……もう暗いので教会へ向かいましょうか。」


時期的に満月のはずだけど、月光は空を貫通しないのか全く見えない。ECセルを使用する街灯すらもなく全く見えない。


「……光の精霊エルルーチェよ、我が旅路に光の加護を……。」


コハルさんは胸に手を置き、詠唱を始める。彼女の身体は光を放ち、それはそれは満月の月光のように、目の前の水銀灯のように、燦々とした真夏の太陽のように、強く強く輝く。というか明るすぎて光源の彼女を直視出来ない。もう数キロ先が余裕で見える。


集落と思わしきポイントの近く、この丘よりは低く、集落よりは高い場所に教会らしき建物が確認できる。


もう元の世界に戻る事は出来ない。少なくとも今日はお世話になろうか。


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