1-14-7 それぞれの旅(7)
あたしは今、畑に居る。そう、教会の畑だ。
……正確には教会の畑だった。
『何よ、このうにょんうにょんした気持ち悪い空間?』
「何処なのでしょうね……?」
畑の下に埋まってた変態をコハルちゃん……らしき人が雷で浄化して、それから、開いてしまった大穴を埋めようと三人で畑に行こうとしたんだ。でも、何歩分か進んで瞬きをしたら…………。
そこは畑ではなく、灰色の靄がかかった空間だった。床なんて無い。壁も無い。天井も無い。
『もしかして、あのクッソキモいクソ野郎のせい? コラーッ!! ここから出せーっ!!』
コハルちゃんとテルミナちゃんも同じ空間にいた。あたしはともかく、二人は浮いている。無重力感は無いけど……。
『あっ、師匠っ!!』
『えっ…………?』
不気味な空間に浮かぶ真っ白な体ののっぺらぼう。アッ、怖ぁい♡
『んぎゃああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!』
「わっ!!!」
『師匠、いい加減覚えてくださいよっ!! 何回目なんですかっ!?』
テルミナちゃんの顔はいまだに慣れない。誰か、この子に顔を書いてくれ……。
それにしても、あたしの絶叫は木霊しない。この空間はどこまでもどこまでも続いているのか?
“勝手に迷い込んできて、騒々しい地虫どもだ。”
『あっ、声がする。でも四方八方から聞こえるわね。』
……初老の男性のような声だが、心臓を冷たい手で握られるような、とにかく耐えがたい感覚が全身を襲う。
「あの、どなたか居られるのでしょうか?」
“……そうか、お前が……。ふぁっふぁっふぁっふぁっ……我の名は■■■■。”
名前の部分がノイズで遮られ、聞き取ることが出来なかった。
『でゅあぶちばちぶちみたいな雑音で聞き取れなかったんだけど、もう一度言ってもらってもいい?』
“二度は言わぬ。”
「あの、■■■■さま、ここに迷い込んでとおっしゃいましたが、ここは何処なのでしょうか?」
『コハルさまもでゅあぶちばちぶちって言った……。』
でゅあぶちばちぶち……あたしにはぴゅいぴぎぴわぁって聞こえた。声じゃなくて、古いラジオをチューニングしている時のようなノイズ。
それにしても体に周囲の灰色のもやもやが纏わりついてくるんだけど……。
さっきの触手の小さいやつみたいで気持ち悪い。えいっ、何処か行けっ!
“端的に言えば、ここは我の世界だ。時の狭間と言えば、通じるか。”
『時の狭間?』
「時の狭間……。創造した術者以外はトキワタリと呼ばれる管理者のみが干渉出来る術者独自の空間です。設定が非常に特殊だけど、あの荒野もそう。」
『コハルさま、分かりやすいです。でも、だったら何でわたしたちはここに居るのさ?』
“なぜ貴様等が迷い込んできたのかは我が訊きたいのだが…………うぬ? ……ふぬ、貴様らからあやつの気を感じる。そうか、霊廟ごと行方不明になっていたと思ってはいたが……ふむ。”
『……あのゴミクソド変態の仲間なのっ!?』
“フハハハハッ、あんなものが仲間とな。しもべだ。だがしかし、あれでも神官だ。貴様ら地虫よりも遥かに高貴な存在よ。貴様等がここに迷い込んだ原因は彼奴が持つ時空の魔力の残滓か…………。しかし、鴨が葱を背負って来よるとはな。偶然かどうかは定かではないが、あの年端も行かぬ女を侍らすだけで仕事をせぬ困った役立たずも最後の最後には役立ったようだな。”
「けがらわしい……。」
『……コハルさま?』
…………洒落にならないぐらい灰色の霧が体に纏わりつくんだけど。首から下は蜘蛛の糸のような霧にぐるぐる巻きにされて、残るは頭部のみというところなのに既に声でないし。つーか、結構きつい、中身が出るっ!! せめてテルミナちゃんだけでも気づいてよっ!!!! 助けてぇぇぇえええええええっ!!!!!!
『たっ……もごもご…………んぐーっ!!!!!!』『とにかく、あのゴミクソキモド変態の仲間なら容赦しないわっ!!!!』
テルミナちゃーんっ!!!!
“まぁ茶番はこれまでにしよう。用があるのはコハル、貴様だ。”
≪情報≫
無属性の特性により、新たな属性をインストールします。
インストール:時空属性
ランク:
コア深部に時空属性の断片を確認。断片を紡ぎ合わせ、再インストールを行います。
≪インストール中≫
……ちょっと待って。また例の属性インストールが始まったんだけどっ!?
“ふっふっふっふっ……探し求めても見つからず、ふとした偶然で貴様に出逢う。成果が無ければ心を無にして気長に待つことも重要……か。ふぁっふぁっふぁっふぁっ!!!! コハルよ、私には貴様の真の姿である龍の、天地を統べる白龍のその血が必要なのだっ!!!! 我と共にメテオリティスの地へ赴こうではないかっ!!!!”
「先ほどから一人でペラペラ喋っておるようですが、あなたのお言葉からはどうも要領を得られません。端的にお申しください。わたくしにどのようなご用件が?」
“…………違うようだな。コハルを出せっ!!!!”
あたしに巻いていた靄は徐々に緩くなり、触手もいつものように動かせる。だが、その触手を遥かに上回る速度で漆黒の触手が靄から突き出し、一直線にコハルちゃんの元へと向かう。
「そのような如何わしい物には掛かりません。」
『あれの仲間だけあってド変態ねっ!! タコの酢物みたいに切り刻んで豚の餌にしてやるわっ!!!!』
テルミナちゃんは咄嗟に土属性で作り出したと思われる槍ではじき返した。だが、触手は違う場所から飛び出し、再びコハルちゃんを襲う。
あたしに出来ることは……雷属性……いや、時空属性は使えるのかっ!?
≪情報≫
インストール完了。
≪以上≫
あっ、終わった。同時に体に纏わりついた靄も無くなった。時空属性か…………?
ちょい待って、時空属性だけ得ても一体何が使えるのっ!?
これも雷属性と同じで少しずつ技を開拓するしかないんだろうけど、この状況じゃどうにも……。いや、とにかくやるしかない。考えている暇なんてない。
“おっと、あと少しであったのに。”
「……全盛期の動きを再現するには少々体が重すぎますね……。」
『コハルさま、いえ、イルミーネスさま、ここはわたくしが対処します。下がっていてくださいっ!!』
“ほう。お前がか。いい余興になりそうだ。”
触手は標的を変え、テルミナちゃんに向けて一直線に向かう。その気色の悪い触手を槍一本で受け止めた。
「テルミナさまっ!?」
『チッ、攻撃が重いわね。こんなクッソ重い触手で触ったら潰れるわよっ!! あなた、グロテスクなのもお好みなのっ!?』
“こやつが、龍の魂を宿す聖女の形代はこの程度ではやられぬ。”
ひと際太い触手はビンタで槍をへし折った。再び土属性で太い槍を生成するも一瞬でへし折られ、大剣を生成してもやはり数秒も持たない。
『こんのゴミクソチンカスド変態がっ!!!!』
テルミナちゃんは全身を炎で身を包む。コハルちゃんは口を手で覆いじっとその場を動かないが、そこで居たら間違いなく巻き込まれる。
『こっ、コハルちゃん、いや、イルミーネスさんか。こっち、こっち。』
「るっ、ルーナディアさま、一体何処へっ!?」
『あたしの名前はユーリア。大声出しちゃダメ。』
“ファッファッファッファッ、聞こえずとも感じている。無駄だ、この空間からは何人たりとも逃げおおせることは出来ぬ。”
『へーっ、よく言い切ったわね。あたし人じゃないもん。あたしは死んでよく動く石像に生まれ変わったんだ。でも逃げないよ。あたしは騎士像だもの。フフッ、コハルさまは主様だものねッ。 ……連れ去ろうものならお前が魔王だろうが神だろうが、ぶち殺す。絶対に生きては帰さない。』
火力が爆発的に上がり、凄まじい熱波が体を焦がす。灰色の空間は真っ赤に照らされ夕焼けの様。あのテルミナちゃんとの戦闘を思い出す。
いや、今はとにかく遠くへ、どうにかしてこの空間から脱出しないと。
«ヒント»
腕に時空属性を宿すことで空間を切り裂く力を得る。忌々しい空間は引き裂けばよい。
«以上»
ひっ、ヒントっ!?
…………腕に…………とにかくやってみよう。考えるよりも、とにかくやってみなきゃ。あの時のレールガンと同じだ。腕に宿らせるということは、ルピナスをしばいてる時のように空間をしばけばバリッとなって空間からスポーンッと出られるということ?
よしっ、やってみようっ!!
「ルーナディアさま、いえ、ユーリアさま、腕が銀色に……。」
『時空属性を得たんだ。ちょっと思いついたことをやってみようって。』
「時空属性を……。異空間に曝され、吸収し得るという現象は聞きますが、その比とは到底思えないのですが……。」
よし、腕にフルチャージ。これでルピナスの顔をビターンッとするように……。
『そーれ、ビターンッ!!!!』
まるで紙が破けるように空間が避け、隙間から橙色のレンガ造りの空間が見える。見覚えはあるが……もう何処でもいいっ!!!!
「空間が……裂けたっ!?」
『テルミナちゃんっ!!!!!! こっちっ!!!!!!』
待ってる暇はない。裂け目に突っ込めっ!!!!
◇◇
勢い余って橙色のレンガにビッターンッと全身を打つ。壁にビターン、それは我が美学。
「……こっ、ここは……?」
ポーズそのままにズリズリと落ちて地面にビターン。
体の土埃を払い、コハルちゃんの方を向く。このレンガに囲まれた部屋は窓は無く、ただ重そうな鉄の扉が一枚あるだけ。橙色の電灯は部屋中に散らばるキャンバスと画材、本が詰まった棚と灰色の時空の裂け目を照らす。
テルミナちゃんはまだ帰って来ない。いつもの絶叫のように声を出したはずだが、もしや聞こえていなかったのか?
「テルミナさま…………。」
『もう一度戻って見てくるよ。』
「お待ちくださいっ!! うっ…………。」
イルミーネスさんは両手で耳を抑え、俯く。コハルちゃんに戻ろうとしているのだろうか。
……周囲のキャンバスがうっすらと濃い紫色に輝く。単純に濃い紫色ではない、あの闇属性をガラス玉に封印した宇宙ガラスに似ている神秘的な輝き。
窓もない部屋に風が巻き起こり、部屋中のキャンバスに被せられた布が舞い上がる。キャンバス全てにコハルちゃんにそっくりの女性が描かれていた。
キャンバスから紫色に輝く砂粒のようなものが舞い上がり、天の川のように部屋中を流れ、そしてイルミーネスさんの体に集まる。
「コハルさまの体内に蓄積した闇の魔石が共鳴し、封印されていたわたくし、
イルミーネスが覚醒し、そして今回は……囚われた名もなき同胞の絵に宿る力がわたくしに……。■■■■、あなたは我が手で葬り去りましょう。」
『イルミーネスさんっ!?』
イルミーネスさんの手に赤黒い大きな鎌が現れる。それをこんな狭い部屋で振るとこっちも巻き込まれるよっ!!
『さぁ、そろそろですね。…………アモールさま、力なき我がイルミーネスに力をお貸しください……。』
裂け目は閃光を放ち、中からテルミナちゃんが飛び出して画材を押し倒す。
『あ゛―――――ッ!!!! もうこいつ強ぉーいっ!!!!』
あぁ、よかった。テルミナちゃんが帰ってきた。見た感じ無傷だし、その大切な顔に…………。
“フハハハハハハハッ、我からは逃げられぬぞ?”
絶叫は喉の手前で消滅した。裂け目は巨大化し、太い太いねちゃねちゃした触手が外まで出てきてしまったっ!!
「邪神■■■■、我がメテオリティスの地から去れ。」
“不甲斐ないものだな。かの地を納めなければならぬお主が、一騎当千で名を世に轟かせた将軍の孫娘の……クローチェと言ったか、十字架の名を持つ姫騎士と共に無様に敗れ去り、こうして龍人聖女を宿主にして生きながらえることしか出来るのだからな。”
『姫騎士……クローチェ?』
「生きながらえるつもりはありませんでした。それにアモールさまも忘れないでいただきたいですね。」
“アモールとは……そういえば、能無しの夢魔族が居ったな。まさか、あの雑魚の名か?”
凄まじいほどの形容しがたい圧がイルミーネスさんから生じ、あたしは壁に叩きつけられ、セラミックの体で重いであろうテルミナちゃんも仰け反り、壁に背を付けた。
「そうですか。わたくしは愚弄してもらって構いません。ですが、クローチェさまやアモールさま、メテオリティスの愚弄は万死に値します。」
“フッフッフッフッ、魔族の主たる貴様にどれほどの力があるのか、思い知っただろうに。”
再び形容しがたい圧が強まり、あたしを押し潰す。実が出る。マジで出る。まさか…………それが趣味なのか、貴様ァァッ!!!!!!?
“たが、今のお前を連れては行けぬ。体内に魂が存在が存在していることは把握していたが、これは想定外だ。私に必要なものは純白の力。貴様のような濁った黒い力は純白の力を弱める。あってはならぬ。”
触手は割れ目に引っ込もうとする。
イルミーネスさんからの圧が更に強まり、あたしは壁にめり込み、飛んできた砂粒や絵の具で壁に塗り込まれた。今日からあたしは壁である。壁に塗り込まれたイカである。あっ、サトゥルノ名物のイカせんべい食べたくなってきた。
もう嫌、ほんと、助けて。誰か助けて。
「待ちなさいっ!!!!」
大鎌を構えた時には腕は完全に引っ込み、ただ裂けて巨大化した時空の裂け目だけが残された。
「逃がさぬっ!!!!」
“魂だけを除去する力は我には無い。だが、まだ抵抗しようものなら…………生き埋めになるがよい。”
巨大な触手は再び裂け目から飛び出し、部屋中の什器という什器をなぎ倒す。
『こんな狭い部屋で暴れられたんじゃ戦えないわ。屋外の木造邸宅なら爆破してザコもろとも吹き飛ばすのに。腹が立つぅぅぅぅっ!!』
怖いよ、テルミナちゃん。
「フンッ、駄々をこねる子供じゃあるまいし。再生しないように患部を闇の炎でやいてあげるわ。」
“フンッ、やってみるが――――”
大鎌は濃い紫色の弧を描き、触手をいとも簡単に切り落としてしまった。
“ぐわぁあああああああああああああああっ!!!!!!”
耳に突き刺さるような奇声と共に時空の裂け目はゆっくりと閉じようとする。
あんなに威勢を張っといて、こんなに容易く退却するなんて……。
“クッ……我ともあろうものが…………ぐぉぉぉぉ…………。”
『とんだ猿芝居ね。』
「逃がしませんっ!!!!」
ヤバい、飛び込むつもりだっ!!
壁から抜け出して砂まみれの触手でぐるぐる巻きにして取り押さえた。
「ルーナディアさま、手をお放し下さいっ!!」
『駄目っ、帰って来れなくなるよっ!!!!』
割れ目は徐々に小さくなり、完全に塞がって消えてしまった。
「邪神■■■■……。」
『邪神? ……それよりも、この気持ち悪い触手の先っぽ、臭いし紫色の液体が染み出してるし、悶死しちゃいそうなんだけど。』
キャンバスやイーゼルの残骸の上に大きな触手が乗っかり、力なく垂れている。もう暴れることはないんだけろうけど、腐りかけなのか、う〇この匂いとか腐敗臭とはまた違う、えも言われぬ異臭が漂ってきている。うん。間違いなくこっちが死ぬ。あいつ、これを見越してわざと斬られやがったなっ!!!!!!!?
「……これはもう大丈夫のようですね。」
『大丈夫?』
「ダンジョン内の生物、それと同等のものです。」
巨大な触手は濃い紫色の蒸気を上げる。
『ダンジョン内の魔物と言えば、ダンジョンそのものが巨大な魔物のようなもので、ダンジョンは体内で、それでそこの魔物は抗体のようなもので、とか何とかいうやつ?』
「端的に言えば、合っています。ダンジョン内に侵入する冒険者は雑菌そのもの。なので、ダンジョンはそれらを排除するべく己の魔力で魔物の複製品を生成して送り出す。この場合、あの邪神の触手は邪神そのものの器、体を形成していた魔物のようなもの。クラゲみたいなものですね。排除する、または一部を己の管轄外で切り離すと跡形もなく消滅する。なので、いずれは消滅します。」
ドライアイスが昇華するように徐々に小さくなり、触手は跡形もなく消えてなくなった。
体はそうでも、あの邪神ナントカは本物……だよね?
『あっ、ドロップアイテムだ。』
触手があった場所に純白の長い棒が残された。この棒はたしか、この部屋には無かった。白いからあれば目立つはず。
「…………禍々しい気配は感じませんが、念の為触れないことをお勧めします。」
『棍棒かな? 重量感はあるけど、でもこのちょっと末広がりな感じの形状、棍棒でも警杖でもなさそう。っていうか、あのクソド変態からのドロップアイテムなら要らない。師匠、あげる。』
『えっ!!? でも、仕舞うところないし、こんな体だから大きすぎるし、いや、そんな体じゃなくても大きすぎるって……。』
コハルちゃんの棒と一緒ぐらいだし、スペアとして持たせようか。
いやいや、あのドロップアイテムだから捨て置こう。怪しい、何が何でも怪しすぎる。
『あっ、イルミーネスさん、さっき言った姫騎士クローチェについて話してもらってもいい?』
そのクローチェという人について、全く聞いたこともないけど、テルミナちゃんは、その人について、何か知ってるのかな。
「はい。えっ、あっ……えーっと……。あれ、わたしは…………? あっ――――」
『イルミーネスさんっ!?』
あの時のようにふわーっと倒れ、テルミナさんによって支えられた。時間切れか。
『おっ、おっも――――――いっ!!!!』
『なっ、何とか支えて、お願いっ!!』
イルミーネスさん、いや、コハルちゃんはゆっくりと床に寝かされた。目が覚めることはなく、静かに寝息を立てて眠っている。
『はぁはぁ……コハルさまの体、ほんっとうに重いわ。』
『そりゃ、このふんわりボディの下は金属の塊だし。』
はぁ、とりあえず、コハルちゃんが目覚めるまでは待つか。
……あんな触手が蒸発した気体が残ってるような密室で待つのなんて、本当は嫌だけど……。
それにこの白い棒は本当に何なんだろう。あんな奴の一部からドロップしたアイテムなんて……呪われてそうで嫌。
はぁ……どうしたものか。あたしも連戦で満身創痍だし、動きたくないし……。
“……ルーナディア……ソラリス……2名のユーザー登録が完了しました。”
『うわぁっ!!!! 棒が喋ったァァァっ!!!!』
『うわ、なにこれ?』
“マイマスター、ルーナディアさま。なんなりとご用件を。”
喋る棒だなんて、めっちゃくちゃに呪われてるじゃん……。いやいやいやいや、マジで怖い。
“マイマスター、ルーナディアさま。なんなりとご用件を。”
『ひぃぃっ!!!!!』
『師匠、これ多分ただの細いデバイスだよ。』
…………ちょっと、冷静になろう。これはただの棒なんかじゃない。テルミナちゃんの言う通り、デバイスなんだ。こんな細長いデバイスなんて知らないけど……うん、そうに違いない。
『師匠はこういうのよく知ってるものだと思ったんだけど。』
『そっ、そうだね……どうしようか?』
『ねぇ、あのドア、開けてもらってもいい?』
“マイマスター、ルーナディアさま。なんなりとご用件を。”
『わたしの言葉は無視かよ。』
……さっきのユーザー登録の時の機械的な声と今の声で声色がかなり違う。
それよりも、なんであたしの名前がルーナディアって名前になってるんだ?
イルミーネスさんもルーナディアって言うし。あたしの名前はユーリアだっていうのに。
“……ルーナディアさま?”
『あっ、いや、特に何も無いけど……。』
“了解です、ルーナディアさま。”
ルーナディアか……。まぁ、悪くない名前だけど。
『このドア、開かないんだけどーっ!!』
テルミナちゃんは頑張って扉を開けようとしているが、見た目通り錆びついているからか開かない。
コハルちゃんの力を借りたいところだけど倒れたまま深い眠りについてしまった。心にも体にも、魔力的な要素にも限界が来てたんだろうなぁ……。
『ひーらーかーなーいーっ!!』
ノブこそ何とか動いたが、やはり引っ付いてしまっているのか開かない。あたしの雷の魔法、レールガンで破壊出来そうだけど、こんな狭い部屋で使うのは危険だ。
……それに、ここは地上ではないかもしれない。あたしが壁に埋まりそうなほどめり込んだけど、崩れてどことも繋がる感じは無いし、壁が分厚かったら違うかもだけど……。
『あー、もうっ!! こんな壁火魔法で溶かしてやるぞーっ!! うおらぁああっ!!』
『あーっ!! だめ、やめてっ!! こーんな狭い部屋で火魔法ぶっ放さないでっ!!!!』
いつになるか分からないけど、このまま待とう。待つしかない。
”マスター、なんなりとお申し付け下さい。”
……喋る棒が知らぬ間に直立して浮いている。何なんだろう、この棒みたいな謎デバイス。何だか信用は出来ないけど、聞くだけ聞いてみよう。
『あのドアを開けたいんだけど、どうやればいいの?』
”この部屋にはたくさんの物があります。錬金術により、鍵の生成も可能です。土魔法が使えるのであれば、機器内部の構造をサーチすることも可能です。”
あたしの命令は聞くんだなぁ。
というか、ノブが回る時点で解錠されてるんだよなぁ。
『師匠、よく見たら鍵穴がドアの上にも下にもあるんだけど。』
うーん? ……あっ、足元と上端付近に小さな鍵穴がある。ノブを合わせて三つもあるって……。ここ、やっぱり牢獄なんだろうか。
『内部構造のサーチって、どうやるんだろう……あっ、もしかして、全自動ダンジョンマッピングするときみたいにやればいいのか。』
『…………なにそれ?』
『地面に手を着けて、地表ちょっと下ぐらいにネットを広げるように念じたらマッピング完了しちゃう魔法。』
便利な世の中だなぁ……。土属性、ほしいんだけど。
”はい、そんな感じです。”
『うん。じゃあそんな感じでやってみようっ!』
そんな感じって……デバイスなのにやんわりとした事も言うんだね。言葉の感じから素晴らしい人工知能が入ってるんだろうけど、ガイノイドクラスの高性能なものが入ってるんじゃなかろうな。だったら、その棒に収まるほどの高性能なCPUがどんなものか見てみたいかも。
『えーっと、じゃあ額も着けちゃおう。』
テルミナちゃんは、真っ白な手をドアに触れ、額もドアに押し付ける。
”ところで、ルーナディアさまは、高い所はお好きですか?”
『えっ!? きゅっ、急に何?』
「あっ、わたしは大好きよ。高いとこ、王城の尖塔の先っちょのポールに登って、城下町や遠い遠い山を見るのが好きだったの。」
『うへぇ……あっ、あたしは……。』
テルミナちゃん程好きでもないけど、別に苦手でも無い感じ。あの時大きな改造サイクロプスの死骸があった試験場だった場所を覗くのも平気だし、そもそもこの体は浮遊出来るし、何度もふっ飛ばされてるし……。せっかくの体なんだから、逃げたりぶっ飛ばされたりとかでなく、もっとしっかり楽しんで飛びたいかも。
”そうなのですね。では、屋外に出てのお楽しみですね。”
どういうことだろう……。まさか、跨ったら魔法の箒みたいに飛べるんじゃないだろうな?
『チーンッ♪ ドア構造のマッピング、出来ちゃった。あっ、この建物自体もマッピングすればいいんだ。』
『ちょっと待って、とりあえず分かったことを紙に書いてもらっていい?』
その辺に落ちてた繊維質の厚みのある紙と黒鉛筆を拾い、慣れた手付きでシャカシャカと鉛筆を動かす。
『大体こんな感じかな。』
この短時間で素晴らしく精巧に描かれたドアの構造、脱出に必要な鍵穴の部分はより細かく、職人に見せればそっくりそのまま再現出来そうなほどの出来栄え。この子、本当に騎士なのか?
『師匠、ぼーっとしてどうしたのさ?』
『あっ、もんのすごくよく出来た図面だなぁって、見惚れてた。すごいね。』
『サーマイト家の人はみんなこんな感じに描けるよ。わたしも子供の頃からこういうの得意だったんだ。パパやお兄ちゃんはもっと上手。』
成程。血か……やっぱり才能だね、何でも。はぁ……。
”サーマイト……。”
『うん? どうしたのさ?』
”いえ、鍵ですが、一回限りなら鋼でしょうか。”
『あっ、わたしの言う事に答えてくれた。』
“あっ、いえ、先ほどは失礼しました。鋳鉄瓶もありますが、鍵穴が素直に回るとは思えませんので粘りのある金属がよろしいでしょう。”
『このかったーい金属じゃだめ?』
テルミナちゃんは何処から取り出したか、銀色に輝く立方体を取り出した。
『今作ったんだけど。』
今作ったって……土属性、便利でいいなぁ。いや、ちょっと待って。
『さっき聞いたときは大した物質は作れないようなこと言ってなかった?』
『うん。だけど、思いつきでやってみたら出来たの。レベルアップしたんだと思う。』
マジかこの子……。
”…………テルミナさま、土属性の腕は素晴らしいのは理解出来ますが、錬金術による生成物ならまだしも、土属性により生成した物質は錬金術には使用出来ません。”
……あれ、テルミナちゃんは自己紹介したっけ?
『えーっ、なんでっ!?』
”土属性と錬金術の相性が悪いからです。非常に高レベルな錬金術師であるのなら………いえ、心配は無用かもしれません。”
白い棒についた汚れが動く。くるっと回ってこっちを向いたのかこれは。目、どこに付いてんの?
『非常に高レベルな錬金術師…………師匠っ!!!!』
『えっ、あたし、出来るのっ!?』
”出来ますよ。”
『師匠はう○ちから魔石を取り出したり、魔石をガラスに混ぜたり出来るんだぞっ!!』
”えっ? 魔石を……?”
『こら、勝手にぺらぺら喋らないのっ!』
『師匠は凄いんだぞーっ!!』
“……後で詳しくお聞かせ願っても構いませんでしょうか?”




