1-14-6 それぞれの旅(6)
ふと目が開く。さっきまで屋外に居たはずが、青白い照明で照らされた洞窟のような場所に……これはなんだ?
「あっ、あんまり動かないでください。」
アイビーの声がする。一人で洞窟まで運んでくれたのか?
というか、何だこの椅子、体中に付けられたケーブル、妙な被り物……全部のケーブルが四角い箱のような装置に接続されている。その箱からも様々な機器が接続されているが……。
……というか、何故だか分からんが体の痛みが無い。傷、塞がってる……のか?
「何とか簡易診断ができるぐらいには揃いました。オレ、こういうの得意なんです。」
あっ?
いや、待て。ちょっと待て。得意って……得意っていう程度じゃ済まないんが……。
アイビーはヒビの入ったモニターの、文字列が下から上に向かって流れる文字列をじっと見つめ、キートップが幾つか足りないキーボードで何かを打ち込んでいる。こんな機材の山々を、よくあのゴミの山からよく見つけてこれたな。
……聞きたいことが多すぎるな。それは後にしようか……。
「…………アタシはいいが、大丈夫なのか……?」
「送信に必要な機材はありませんでしたが、診断する程度なら、状態に関するデータを受信する機能が使えればいいので、多分大丈夫です。」
いや、そうじゃない。お前の心配をしたんだが……獣人は強いから大丈夫か。
……それでも心配だな。あいつ等の中に医者でも薬師でも居ればなぁ……。
「今のところ特に不具合が生じている感じはありません。ですが……。」
「おい、不安にさせるようなこと言わないでくれよ。」
いや、本当に。アタシの体はアイビーとその寄せ集めの機器に懸かってんだぞ?
「いえ、パロマさんの製造者の情報についてなんですが……。」
「あぁ……そんなの如何でもいいよ。製造者や所有者の情報なんて今時必要な地域なんて限られてるし、余程悪名高いクソなヤツが作ってなければ大丈夫だ。そんなこと無いだろ?」
「あの、一度消された痕跡があるんです。」
「……あれって、消せないんじゃねぇか?」
「はい。通常は改竄防止で製造者と特定の業者以外に消せないはずなんですが……。」
あれが消されてると………………端的に言えば人の形をした廃棄物だ。いや、別にそういう情報は存在するのならいいんだ、無いのはマズい。
アイビーが言葉を濁らせた特定の業者というのは即ち処刑人、アタシたちを廃棄する時や処刑する時にそういう情報は抹消することになっている。
まぁ……してもしなくても破壊されるんだから同じで、まじめに消してるヤツなんてどこにも居ないが。
「どこか別の領域に記録されているかもしれません。もう少し詳細に診断してみます。」
「あっ、あぁ……。」
◇◇◇◇
あー、ひどい目に遭った。何よあの変なハト、それにゴブリン爺ちゃん。ふざけないでよねッ!!
“絶対に殺す絶対に殺す絶対に殺す絶対に殺す絶対に殺す…………。”
「クソムシちゃん、もういい加減目の色黒くして落ち着きなさい。」
というか、何であたいだけ先に解けてクソムシちゃんだけまだ停止魔法が効いてんのよ。ちょっとだけ動くから手の上でぐにぐにぐにぐに動いてるし、足はガチャガチャしてるし、何千年も邪神に愛撫されて成熟した呪物みたいで気持ち悪いわぁ。どうせ解けたら何処にでも行くし、その辺に捨てていこうかしら。
“絶対に殺す絶対に殺す絶対に殺す捨てたら殺す絶対に殺す……。”
さっさと家に戻って壁にでも貼り付けておきましょ。針だと可哀想だから粘着テープを探さないとね。
「はい、到着。」
……した途端、ゆっくりガチャガチャしていた足がゴキブリンのような速度で動き出し、バッタンバッタン跳ねて地面に落ちてしまった。キモッ。
“ふっ、復活したわ……。これであのゴミクソをぶっ潰せる……。ミンチにするのは勿体ない……ゆっくりゆっくりすり潰して死に至るまでの間……断末魔を全世界に中継してあげるわ……。”
赤い二つの残像を残し、何処かに飛び去ってしまった。あの子を怒らせると肉片も残してくれなさそうだし……あぁ、怖ッ。
まぁ、クソムシちゃんは放っといて、今日探索したとこをマッピングしときましょ。
…………あら、人の気配がする。
いい感じに並べられたゴミの山に隠れつつ、そーっとあたいの家に近づく。
気配の大きさからしてあたいよりも小柄だけど、油断は出来ないわ。あの子みたいなことだってあるし、巨大生物よりずっと危険だわ。
入って直ぐ左の使ってない部屋を覗く…………誰もいない。
残りは突き当りの左右どちらかの部屋。左はちょっと大事な部屋だから扉もつけて鍵も掛けてるけど……閉まってるから右の部屋からね。
…………その右の部屋から声がするわ。
「診断終了です。幸い、何一つの異常も見つかりません。ただ、疲労が蓄積していますので、休息が必要と思われますね。」
「あっ、あぁ、そうか。それなら良かったよ。それよりも、アタシの製造者情報はあったか?」
「少し解析してみますね。」
……あの灰色の子と獣人の子……アイビーちゃんだっけ。別に使ってない部屋だからいいけど、こんなとこに機材を並べて、灰色の子に線を取り付けて……製造者情報……そうえばあの灰色の子はガイノイドだったっけ。痛々しい傷もみーんな塞がってるけど……?
……ちょっと待って、ガイノイドだったら……あんな凄まじい魔力が必要な時空魔法をなぜ使えるの?
「あっ、ありましたっ!! ……オズワ――――」
「おい、ネコ耳を尖らせてどうした?」
アイビーちゃんは首をガクガクさせながらゆっくりゆっくりとこっちを見る。盗み聞きはここまでね。
「獣人は鋭いわね。本当に。」
「おっ、お前はさっきのっ!!」
「ごめんなさいね、ここはあたいの家なの。まぁでも、その部屋と左手前の部屋は使ってないんだけどね。好きに使っていいわよ。あと、アイビーちゃんはそんなに怯えなくていいからね。」
アイビーちゃんは震えながら無言を突き通す。まぁ、こんな狭い洞窟でこんな巨体に出くわしたんだから無理もないけどさ。
……だけど、よーく見たら本当にあのリリス・ネーヴェルハイムによく似てるわね。
「うーん…………?」
「ちょっ、ななななななな、なっ、なん……で……しょう……か?」
もっと近づいて見てみてもいいけど、漏らされたら清掃が面倒そうだからいいわ。こんなとこに居るはずないし。でも……この技術力……あの傷を全部塞いだってことは……いや、ちょっと機械工学を齧った人ならこの程度のことなら出来るわね。オルビスじゃないし、ガイノイドの体なら知れてるし。
「まぁ、ゆっくりしていきなさいな。」
放っといても問題なさそうだし、マッピング箇所忘れそうだからさっさと部屋に入ろう。さーて、鍵という名の握力でガッチガチのドアノブを回しましょ。
これを突破できるのはコハルちゃんだけね。あの人の手がかりももうそろそろだから、目途が付き次第コハルちゃんたちに挨拶を済ませないと。
…………もう残る箇所があそこしか無いのよねぇ。近づきたくなかったけど、残るは教会からずっと南の遊園地の横にある山……無数の核兵器を収容したミサイルサイロだけ。
◇◇◇
よりにもよってあいつのアジトだったとは……。敵意は無いけど、体は殺戮兵器のそれ、いつ自我を無くして襲い掛かってくるかも分からない。
「診断はもういい。製造者があるのなら誰だっていい。アイビー、今は震えてないでここから離れるぞ。」
……そういえば、こいつ、製造者がオズ……何とかって言ってやがったな。オズか……。あんまりオズで始まる人名を知らないが、一つだけ、その一つに一人やべぇヤツが居る。帝国の……ヤツの配下の……。まぁ、誰でもいい。登録さえされていれば誰でもいいんだ。
一人震えるアイビーを引っ張り、洞窟の外へ連れ出す。そして震え続ける体を抱き、アジトの方へ飛んだ。
◇◇◇◇
……引きずる音がするわね。二人とも出て行ったのねぇ。寂しいわぁ。じゃあね。
……資料は揃った、残るはあの山だけ。
マッピングもだけど、かき集めた資料もざっとしか目を通してないから、今後のためによーく見とかないとね。どうせ機械の体なんだから頭も二個欲しいし、腕も4本ぐらいは欲しいわねぇ。どうせなら阿修羅像みたいに顔を付けて千手観音みたいに手を大量に付けて……。
…………完全に殺戮兵器だわね。人型の殺戮兵器かぁ……。ただ人々を殲滅するだけなら人型よりももっといい形状もあると思うけどね。それに、これ、人型とはいえ、完全に金属部品の集合体。形だけじゃないの。
はぁぁ、なんでこんなのに祖国を滅ぼされなければならないのかしらね。
……そういえば、あの子たち、部屋をちゃんと片付けて出て行ったのかしら。使わない部屋とはいえ、あたいはそういうの気にするわよぉ?
この握力で錆びきったノブを回し、再び外へ出て正面の部屋へ。あぁ、やっぱり全部残して行ってる。これは診断機なのよね。あんなゴミの山からよくかき集めてくみ上げたもんだわ。ガイノイドの診断が出来たのなら、あたいの体も見れるのよね。使い方は分からないけど。
でも、あたいも機械の体になって色々勉強したのよ。だからすこーしぐらいは触れる。診断したということはこの画面に繋がった端末にデーターが残ってるということ。
どれどれ、あの灰色の子のこと、とても興味があるから見ちゃいましょ。
…………
………………
何よ、この数字とアルファベットの塊は。ぜーんぜん分からないじゃない。
……あら、画面の切り替えが出来るみたいね。あら、今度はちゃんと分かる文字で書いてくれてるわね。
えーっと、Y_No.04_Paloma.OS……正常。何これ?
パロマ……ドットオーエス……灰色の子の名前?
下はよく分からない単語がずらーっと並んでるけど緑文字で正常と書かれてるわね。健康体という意味かしら?
あっ、一番下に製造者ってあるけど、製造者はOzwa……ッ!!!?
「曲者っ!!?」
……誰も居ない。確かに、右斜め後方から強い寒気がしたんだけど――――
バチバチ…………
「えっ……きゃっ!!!?」
端末は青白い煙を上げて砕け散った。
「あぶな……クッサ…………あたいが生身だったら無事じゃ済まないわ。あたいが大好きだった映画に出てくる、このメッセージは自動的に消滅するってやつっ!?」
それは冗談にしても、一体何が起こったっていうの……?
あっ、待って……さっきまで無かったウサギの絵柄が書かれたトランプが地面に突き刺さってる。周囲を伺うも誰もいないし何の気配もない。気持ち悪……。
……フンッ、テロリストなら処理しないとね。あんなもの、居ちゃいけないの。居ちゃいけないのよ……。
念のため何時でも戦えるようにブレードも磨いておかないとねぇ。
……それに、そろそろ、ここも捨てなきゃならなくなるわね。ゴミは置いといて、部屋に戻って資料に目通しましょう。
……見つけたらタダじゃ済まないわ。
◇◇◇
そろそろアジトに続く谷が見えてくる頃か。岩も木々もなく、集落東側に広がる谷に至るまで何もない、振り向けばあの工場が丸見え。チッ、つくづくシーフやアサシンには辛い地形だな……。
谷に入る。もうあと少しだ。
遅くなっちまったな。あいつら、飯がねぇだとか服がねぇだとか喚いてねぇだろうな?
「なっ、何ですかここは?」
「アタシの男くせぇアジトだ。まだ少し先だがな。」
アタシ以外に女でも居りゃいいんだがなぁ……如何せん全員男で、揃いも揃って日常生活を送るための能力が無い。
……待てよ……女か……。
「あっ、あの、何ですか?」
「後で重要な使命を与えっから覚悟しろよ?」
「えっ? あの、その……使命って、なっ、何ですか?」
さて、あの大扉までもうそろそろか。
「お頭が帰ってきたぞっ!!」
「うわっ、おじさんがいっぱい出てきたっ!!」
「ハハッ、おじさんかっ!! そうそう、今日からそのおじさんたちの世話をしてもらうけどいいか?」
「えっ?」
「まぁ、拒否権は無いがな。」
むしろ拒否されたら困る。あのクソジジィの呼び出しが今後増えそうな気がするし、あのジジィは信用出来ないから自力で何としてでも出口を探さなければならない。そうなると、このアジトに滞在できる時間も減ってしまう。
「悪い、遅くなっちまった。」
「お頭、長くなるんなら事前に言ってくだせぇ。ビーンの野郎が心配してましたぜ。なぁ、ビーン……あいつどこ行きやがった?」
「小屋に引きこもってご自慢の銃でも磨いてるんじゃねーですかい?」
「あんなに慌てて俺様に報告してきやがったのに、よく分かんねぇ野郎だな。それよりお頭、このガキはどうしたんですぜ?」
猫耳を垂らし、不安そうな顔でアタシの背後に隠れようとする。バルバールのこのマフィアの武闘派構成員のような悪人顔は慣れてるが、こいつにとっては……そうだな、すぐには無理があったな。
「あぁ、お前等と同じだ。魔力も何も無い。頭と力と根性はある。仲良くしてやってくれ。」
「頭と力と根性だぁ?」
アイビーはぎゅっとアタシの腕を握る。バルバールの威圧で体を掴む力が徐々に強くなる。痛い。クソ痛い。中身がクソ硬い鉄骨じゃなかったら複雑骨折待ったなしだろうな。
バルバールもその暑苦しい顔をアイビーに近づけんな。
「おい、アタシの命令だぞ。」
「おい、そこのガキンチョ、俺達に認められたくば力を示せ。力だ。ここは力が全てだからな。」
はぁ……バルバールは本当に人の言うことを聞かねぇ野郎だ。よく働くのはいいんだが、もうちょっとこう……言うことを聞いて欲しいんだが?
アタシも理由もなく誰彼信用して言ってんじゃねーんだ。
「おい、つーか、誰がいつ、力が全てだと言ったんだ?」
「あっ、あの……力で示すというのは……?」
「書いて字の如くだ。ジョンソンッ!!!!」
おい、アタシの話を聞いてくれよ……。
「持ってきやしたが、砂袋はどの程度の固さにしやすか?」
「コンクリートの塊でも詰めとけっ!!!!」
「コンクリートは、崖から突き出た壁を引っ剥がさないと無いでやんすよ?」
「だぁーっ!!!! もう何でもえぇわいっ!!!!」
クソッ、この脳筋どもが。
……今日のバルバールは特段機嫌が悪いな。留守中に一体何があったんだ?
「おいガキ、お前は見た感じ獣人だな?」
「あの……あの砂袋を殴ればいいんですか?」
「ほぅ、頭はあるみたいだな。あとは力か。柔い砂袋はもういい、この地面から突き出た太い鉄骨を折ってみせろ。」
バルバールは地面から突き出た十字架のように組み合わされた太いH鋼を指差す。こいつは洗濯物を干すときに使うし、リチャードやヘンドリックがよく懸垂してる必要な柱なんだが?
今すぐにでも筋トレするつもり満々のタンクトップ着たリチャードもヘンドリックも、端の方で不安そうな顔でこっち見てるんだが??
「おい、バルバール、お前ちょっと引っ込んでろ。アイビーもこの柱は要るやつだから……。」
「では、この柱を折ってみせます。」
「ハッハッハッハッ、決まりだな。折れなかったら消えてもらうぜ。」
んああ~……こんのクソどもがぁ……。
ひん曲がる程度で済むことを祈るばかりだな……。
「では……。」
「……アニキ、何だか急に寒くなりましたね。」
「馬鹿野郎、黙って見てろっ!!」
心做しか、周囲の空気がひんやり冷たく感じる。アイビーの周りに黒っぽい靄が舞ってるし少し頼りない拳にはそれが渦を巻いている。こいつ、本当に魔力が無いのか?
「行きます。」
魔力のようなものが拳に収束する。
拳が柱の下部に接触する。
柱は大きく変形し、根本から折れて激しく回転しながら宙を往く。
やがて、柱だったものは砕け摩擦熱で炎を纏う。
成層圏に突入する隕石のように複数に分裂して谷の壁面にぶつかり、轟音や振動と共に深く深くにめり込む。
そして、谷の一部は砂煙をまき散らしながら崩壊する。
幻でも見ているのだろうか?
「あっ、アニキ……綺麗さっぱり無くなりやしたね……。」
「おいおい、待てよ、待ってくれよ。どんなヤツでも普通凹むだけだろ……?」
「一体どうしたらあんな吹っ飛び方するんでやんすかね……。」
ジョンソンと行方不明のビーン以外全員は一切の不動、あのバルバールでさえ、呆けた顔でこの有様を瞬きせず見ている。
「これで……良かったのですね?」
……いや、よかぁねぇけど……つーか、なにもかもよかぁねぇよ。それよりも何だ、その華奢な体に宿るその糞馬鹿力、見た目と力が釣り合わん獣人には会ったことはあるけど、こんな狂ったほどの力を持ったやつも居やがるのか?
……敵に回したくは無いな。絶対に。
「あっ、あの…………。」
気づけば、行方不明のビーン以外全員が地に両膝を着き、深々と頭を下げていた。
「お嬢、これからはオレ達……いえ、わたくしどもめのお嬢でございます。何卒……。」
意味は分からんが、兎にも角にも完全に服従したということだ。
「……アイビー、安心しろ、お前は認められた。これからこいつ等をお願いしたい。もし言うことを聞かずに反抗するなら優しくぶん殴ってやればいい。頼めるか?」
アイビーは困惑する。無理もない。
というか、そもそもこいつは家事とか出来るのか?




