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1-14-5 それぞれの旅(5)

ここが集落か……。目と鼻の先とは言え、実際に来てみないと気付かなかったが、雰囲気がとんでもなく暗いな。さながら、この荒野に迷い込んでしまった人が集う絶望の町か……。


「ようようようよう、ねえちゃん、見ない顔だな? いいモン揃ってるぜっ!!」

「あら、おチビちゃん、こんなガラの悪い男の店よりアコニ商店に寄っていきなさいな。良い薬があるわよ?」


入って即、腕にリアルなウサギの顔のタトゥーを入れた物凄くガラの悪い大柄の男と、かなり背の高い胸がとんでもなく大きな褐色肌の美しい女性が客寄せにやってきた。どんよりとした集落には不釣り合いなぐらい陽気な野郎どもだな。


“あんまり相手にしない方が良さそうね。右側の教育に悪そうなだらしない超デカい胸した女とか見ていて超腹立つぐらいだし。蝶だけに。”


そうだな。ノアを連れてるし、さっさと離れよう。


「何だよ、このオレ様の客を取ろうってのか?」

「はぁ? あんたんとこは武器ばっかでしょ。それもゴミ同然の。あんな小さいか弱い子に武器だなんて、教育に悪いわねぇ。」


何だかカチンとくる言動だけど無視しよう。でもジャンクパーツとはいえ、武器なら見ておきたいかも。


「ほら、アタイの店に来なよ。よく見たら体ボロボロじゃない。良い薬あるよ。」

「この乳女の店よりもオレの店に来いや。見た感じ、おめぇシーフだろ。俺の目には狂いはねぇはずだ。いいナイフあるぜ。」

「あんな誰も買わない錆び切った包丁をこんな子供に売りつける気かい?」

「あぁ? 錆び落として研げば使えるだろうよ。」


あぁ、ウゼぇ……纏めて蜂の巣にしたいぐらいウザい……。まだルナクローラーとユーリアの方が数千倍マシだ……。



逃げるように路地を抜け、井戸のある広場までやってきた。広場の前には大きな酒場があり、昼間っから酔っぱらってる男性が何人か横になってて物凄く治安が悪い。無理もないか。


「あぁ、こいつ等はあまり気にすんな。飲んでなきゃやってられないんだろう。」


特徴のない地味な男が話しかけて来る。雰囲気からして話が通じそうな人だ、色々聞いてみるか。


「あんたもここに連れて来られたの?」

「口の悪いガキだな……。」


いけない、冒険者を相手にするような口調で話しかけてしまった。気を悪くしたわけではないようだからいいか。


「あぁ、そうだ。クレイマーシュって分かるか?」

「クレイマーシュって、ゼッペルの北東の密林にある滅びた国のことか?」

「滅びた? 冗談言っちゃいけねぇ、俺はクレイマーシュ治安維持部隊の第三部隊の兵士だったんだが、王城のトイレで小便して、外に出たと思ったらこの荒野。丁度一年前の話だ。待てよ、お前、滅びたって言ったな? もしや、時空魔法の罠にかかって未来に来たわけじゃないよな?」


またとんでもない迷い込み方をしたな。何でもありかよ。


「ここはクレイマーシュの近辺ではないな。あの辺は密林で覆われてるし、こんな荒野じゃない。」

「ちょっと混乱してきたな。お前が未来人か何かとして、いつ滅んだんだ?」


ちょっとどころか大分混乱している。未来人ってか。


「詳しい時期は知らないけど、もう何十年も前に滅んでるよ。クレイマーシュ国の大きな研究所で大事故があって、それで滅んだって。」


元治安維持部隊の男は腕を組み考える素振りを見せる。


「いや、待てよ、俺が小便してる時に先に横の便器で用を足してた兵士二人が、確か、王が合成魔物の開発をするから研究所が立つんだと言ってたな。」


……どの国も似たようなこと考えるんだな。血の気ばかり多くて民の事を考えないクソばかりだな、どこも。


「……聞くが、お前は西暦3518年の人間なのか?」

「いや、わたしは西暦3570年3月…………20日。」


この男が嘘を言ってるようには感じない。それに、相手の年代を考えると辻褄が合う。50年もあると、滅びた後にあれだけ荒れ果てるのも頷ける。


「マジか……あの酔っ払いも西暦3545年とか言ってやがったし…………すまん、時間をくれ……。」


男は目と目の間をつまみ、ふら付きながら路地へと吸い込まれて行った。

受け入れるのに時間が掛かるだろうな。だが、これは可能な限り大人数に話しを訊く必要がある。可能な限りとはいえ、ほぼ不可能だろうが。


“事情は分からないけど、この感じ、多分ランダムに人を拉致ってるわね。話しかける方が危険な場合もあるから、あなたに近い人から訊く方がいいわ。”


「……そうだな。ただ、探索は残ってるから、さっきの梨のお爺さんを探してみようか。」


路地を歩く。色んな視線を感じる。南区よりも治安が悪いように感じる。ついでにウサギの置物や人形が左右にポツポツと置いてあったり、ウサギに関する落書きも所々……昨今の件もあるし嫌な予感しかしない。今度はわたしを異次元の彼方へ連れて行く気か?


「……コハルさま、我を、我を御救いください……。」


道端で木彫りの女神像に必死に拝む女性がいる。コハルさん、どういう気持ちでこの街で炊き出しとかしてるんだろうか。


「あら、また会ったわね。」


うげぇ、さっきの腹立つ体した女性だ。何か変な物売りつけられそう。


“間違いなく碌なことが無いわ。逃げましょう。”


「アタイの店、もっと手前なの。あの広場に薬の看板あったでしょ、そこなの。色々おまけしてあげるから来て。」

「怪しい過ぎて気持ち悪いからいい。」

「そんなこと言わずにさぁ。」


右手を掴まれる。こいつ、意外と力が強い。これは商人とかのレベルじゃない。


「ルピィちゃんをはなして。」


ノアに左手を掴まれる。何故かノアの方が力が強く感じる。わたしの力が弱いのか?


「あら、この子………………フフッ、興味深いわね。」


右手を強く引っ張られる。ノアは対抗して左手を強く引っ張る。まて、わたしはゼッペルの市場で主婦等に引っ張り合いされる服かっ!!?


「バカッ!! 離せっ!!!!」


ノアの手が緩み、バカ女の手は握られたまま。マジか。


“ノアちゃん、離しちゃ駄目よ。あぁでも、あのまま引っ張られてたら真っ二つかも。”


「あら、離しちゃったのね。もーらい。」

「もーらい……じゃねぇよっ!!」


わたしは狩られた動物のように、引き摺られながら広場の方へと連れていかれた。


◇◇


大丈夫かな、あの不穏な煙……。


『師匠、大変。さっきの水ぜーんぶ抜けて無くなっちゃった。』


テルミナちゃんの声のする方を振り返るとウサ耳アンドツインテールののっぺらぼうで心の臓が止まりかけた。マジで心臓に悪い。


『師匠、いい加減慣れてくださいよ。』

『あっ、うん……ごめん。だけど水が抜けたって、別に何もしてないよね?』

『うん。何もしてない。突然、お風呂の水が抜けるみたいにすーっと水面が下がって、広い空間と小さな穴が見える状態。あっ、あと水が出続ける水色の何かが落ちてるけど、魔石かも。』


ちょっと気になるなぁ。ここにテルミナちゃんが居るということは、コハルちゃん一人っきりにさせてるし、急いで戻ろう。


『コハルちゃーん、入っちゃ駄目だよっ!!』


弾丸のように飛び書庫へ戻る。コハルちゃんはドアから中を覗き込み、呆然としていた。


『コハルちゃん、どっ、どうしたの?』

「た、たくさんの人骨が底に……。」


光り輝く玉は中を照らしていた。ただただ四角い空間の底に奈落へ続く小さな穴とは別に横穴が開いていて、その横穴から溢れるように無数の人骨が溜まっていた。そしてその中に水たまりの原因らしき水色に光る石、恐らく水の魔石だろう、無造作に転がっていた。


「どっ、どうしましょう……?」

『どうしましょうって言っても、ここは教会だし、これは恐らく共同墓地、カタコンベで、人骨と共に埋葬されていた水の魔石に傷が入って水が噴出して水没してこうなっただけだから、もうこのままでいいと思うよ。』

「そっ、そうなのですか? ……では祈りを捧げて扉は再び封印致しましょう。目を覚まさせて申し訳ありません。再び深き眠りの時が訪れるよう祈りを――――」


「オォぉォォッ、神ヨ……女神さマよ……。」


このカタコンベの何処かからか声が聞こえる。待って、また変な魔物が出てきたんじゃないだろうな?

関わりたくない。このまま扉を閉めてしまおう。だけど、あの魔石になにかあれば大水害だ。あれだけでも何として回収したい。


『きったならしい下品なオッサンの声がするわね。誰か住んでんの?』

『住んでるわけ――――』


薄暗い部屋にウサ耳アーンドツインテールののっぺらぼう。


『ぎぃゃああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!』

『だーからわたしだって、もう、物覚えが悪いなぁ。』


凄まじい絶叫が何度もエコーする。我ながらよくこんな大声が出るもんだなと感心する。


「ヌォぉン……ソコにだレか居ルのか?」

『あんた一体むぐっ!?』

『関わらない方がいい。どうせ碌でも無い。コハルちゃん、あの水の魔石、取ったら天井にある井戸の穴から飛び出るから、あたしが中に入ったら急いで閉めて。』

「えっ? あの……本当に構わないのですか?」

『構わない。大丈夫、あたし、コハルちゃん譲りの雷魔法も使えるし、大丈夫だよ。』


困り顔のコハルちゃんと表情無しのテルミナちゃんを見届け、急ぎで水の魔石に向かって飛ぶ。


「ヒョォォォォ……何ジゃ、可愛らシい魂が我ガ褥に入り込ンで来よっタわ。」


よし、魔石を確保した。ドアも閉じられている。後は脱出するだけだ。あぁ、水が溢れ出る……水が水が……この魔石、何処に保管すればいいんだ?


「ウヒョォォォォ……こコからハ見えヌ、せメてその幼体だケでも触らせヨ。」


言葉からして変態感が漂って来る。決して地上に出してはならない。

……そうなると、必然的に倒さなければならなくなるな。どうしよう、ローリエさんも居ないし。


…………えっ!?


『うぉわぁっ!!!?』

「ウヒョヒョッうひょひょっ!! そコか、えェい、ソコかっ!?」


奈落の底に通じる小さい穴から触手のようなものが飛び出し、部屋中に散った骸骨を撒き散らしながらビタンビタンと暴れ回る。気色悪いっ!!

とにかく、早く外に出ないと…………っ!!!!


『ぬふっ!!!!!!』


触手に当たり、ビッターンと壁に叩きつけられた。

ビターンこそ我が美学……だが、あいつの前だと冗談も言えるけど、このセクハラ野郎の前ではそんな状況じゃない。

単純に痛いのと、あと触手がヌルヌルしていてとんでもなく気持ち悪い。


「ナーんじャお前は。人間ノ幼体デはなイノか?」


人間の幼体だったら何だってんだこのクソド変態が……あれ? 水の魔石が……魔石魔石……あっ、落としちゃってるっ!!!!


「ウヌヌヌヌ…………ツまらヌッ!!!! 幼体以外ノゾマぬッ!!!!」


ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!!!

早く拾わないと大惨事だっ!!!!!!


「ワレを侮辱しタ罪は重いゾ……。」


魔石を拾おうとした時、地面が何か所か陥没し、何本かの触手が飛び出してきた。ちょっとヤバいんじゃないかな、この状況。


「ヌホホほホホッ!!!! 鞭打ちノ刑に処さレるガよいゾッ!!!!」


触手はびたんびたんと部屋中を暴れ回る。幸いにも動きが雑で天井の隅に滞空しているだけで全てを回避できる状態。だけど、水の魔石が…………。


「ヌホッ!!!! ヌッ、高濃度の水ノ魔力ガ…………?」


水色の魔石から小さな光る何かが剥がれ落ちた。途端に魔石から鉄砲水が生じ、部屋の中に大洪水が生じた。


「オロロ、オロロろろろ?」


……欠け具合が絶妙なのか、地面に開いた穴と横穴でうまく処理し切れるぐらいの水量で、幸いにも天井まで水は来なかった。


「ヌフッ、これシきの水、痛クも痒クも無いワ。」


声の主には全くダメージは通ってなさそうだが、一旦脱出しよう。そしてコハルちゃんたちを集落の人たちを丘の上に避難させないとっ!!!!


「“ルーナディア”さま、こっちですっ!!」

『コハルちゃん、危ないよ、井戸から離れてっ!!』

「ぬフぉうっ!! 女神サマの、幼キ女神さマの声ジャっ!!!! そコかっ!!!!」


水底から触手が飛び出し、天井を突き破った。大穴が開いた天井からは陽の光が差し込む。


「オォォォォンッ!! まヴしい、体ガ焼かレるッ!!!!」

「そうですか。では、戦女神の光で焼き滅ぼしましょうか? それとも、わたくしの領分である闇で焼き滅ぼしましょうか?」


コハルちゃんの口調が明らかにいつもと違う。声色は同じなのに、凄まじい怒りの気を含んでいる。


「ぬフォフォッフォふぉ、どちらモ良いノ。どチラも良いのぉッ!!!! ぐひゅひゅ……幼き二人の女神さマに鞭で打たレたよウな快感、ウヒョヒョヒョッ!!!!」

「……けがらわしい……。」


えっ?

ちょっ、リピートアフターミー?


『こっ、コハルさま……そういう事を口にするの……?』


普段のコハルちゃんとは思えない、ゴミを見るような目でじっと触手を睨み続けている。横にいるテルミナちゃんも呆然とその姿を見つめているように感じる。


「ルーナディアさま、そこから離れて下さい。テルミナさまもです。」


コハルちゃんはこちらを向き聖母様のようにニッコリとほほ笑む。対応に凄まじい絶壁を感じる。言葉通り、急いで遠くに離れる。巻き込まれると間違いなく消し炭だ。

……ルーナディア? って誰だ?


「コハルさま、このイルミーネスに力をお貸しください。…………お望み通り二つの雷により、この穢れを浄化致します。」


……イルミーネス?

一体、誰――――


「邪神の使い、アディスの穢れし手先よ、我が戦神コハルさまの力にひれ伏すが良いっ!!」

「むふォーっ!!!! アッ、■■■■さマーッ!!!!」


白と黒のフラッシュと共に耳から耳へ貫通するような爆発音が響いた。幸いにも鼓膜の無い構造のおかげで一時的な聴覚のフリーズで済んだけどどうしても塞げない目が…………コハルちゃんは大丈夫なの?


『ヤバい、耳がひび割れそう。』

『テルミナちゃんは鼓膜、無いよね?』

『石像ボディだからね。耳の穴は無いわ。4つの耳でしっかり聞こえるけど。』


フリーズしていたカメラセンサーが復旧し、何とか目も見えるようになった。異常発光体に対する防護策を考えないとな。コハルちゃん? は冷静な目つきで井戸のあった所を見つめ、手を合わせていた。


雷ですっかり水は枯れていた。あの魔石はどうなったのだろう。あの程度で含有する魔力を使い果たしたわけではないのだろうし……。

いや、そうじゃない。


『あっ、あの……あなたはコハル……ちゃんだよね?』

「……わたくしは、コハルさまの体に宿る魔――――」


コハルちゃんは目を開いたまま意識を失い、スーッと後ろへ倒れる。


『コハルさまはわたくしがお守り致しますっ!! うわっ、めっちゃ重ッ!!』


テルミナちゃんが体を支え、事なきを得た。美しい皮膚の下は金属の集合体なんだし、実際多少の衝撃でもノーダメージだから支えなくても多分……。


「あら、わたくし、また意識を……? やはり治癒魔法は控えないといけないのですかね……。」


今の原因はそっちじゃない。

いつものコハルちゃんに戻っているみたいだけど、どう説明したらいいのだろうか。


「あらあらあらあら、大穴が開いています。一体どうしたというのでしょうか?」

『コハルさま、凄いです。白黒のねじねじした雷がドッカーンッて、おかげで穴の底の変態は消し飛んじゃいましたよ。』

「ほぇ?」


コハルちゃんはこっちを見る。いや、雷魔法はコハルちゃんのおかげで使えるようになったけど……。


『この大穴はあたしじゃないよっ!!』

「そうですよね…………。まっ、後で埋め戻しましょう。」


……ここ、井戸だったんだけど、水はいいのだろうか。


『あー、でも消えてよかった。昔似たようなことあったけど、あんな変態ゾンビ、寝てる時に出てきたら大惨事だわ。』

『あれで消滅しなかったら誰の手にも負えないと思う。』


似たようなことって……? 

でも、あの変態野郎が世に出なくて良かった。何なんだあれ、なんて悪霊が教会地下のカタコンベの奥底に封印されてやがるんだ。

…………あれ、瓦礫の上にさっきまでとは違う色に輝く何かが落ちてる。色からして水の魔石じゃないし、そもそも水が出ていないから水の魔石じゃなさそうだし……。


穴の中へ降り、謎の魔石に近寄る。魔石らしきものは様々な色に輝いていて、一体何の属性かも分からない状態だった。とりあえず慎重に地上へ引き上げよう。


『ねぇ、これが何の魔石か分かる?』

『何だろう、こんなの知らない。でも、魔石って感じがする。』

「綺麗ですね……。でも何でしょう、少々禍々しい気も感じますが……。」


……ローリエさんに聞いてみようか。とにかく、何処か安全な場所に保管しないと……。


『ねぇ、さっきよりも若干小さくなってない?』

『小さく?』


…………よく分からないな。これが水の魔石がコハルちゃんの雷で変質したものであったとしたら明らかに小さくなってるけど……。


「あの、間近で見てみたいのですが、触らせて貰ってもいいですか?」

『あたしが触れてるから多分大丈夫だと思うけど、絶対に落とさないでよ?』

「ウフフッ、気を付けます。あら……?」


コハルちゃんの手がこの魔石らしきものに触れた瞬間、七色の霧を伴ってドライアイスのように昇華し消えてしまった。


「あらあらあらあら…………消えてしまいました。」

『魔石が何事も無く消えちゃった……。何の事故も起こらずに……?』


……一体何だったのだろう、あの物質は。自由に鑑定が出来ればこんな疑問も無いのに、ローリエさんが居れば何か分かったのに。


『まぁ、いっか。』

「そっ、そうなのですか?」

『でも、井戸無くなっちゃったよ?』

「どう致しましょう…………。」


人骨のお出汁が滲みた水なんて……だけど、あれでも生活用水だし、畑にも必要だし、どうにかして水脈を探すしか無いのかなぁ。



「はい、来客一名様、御成ぁぁりぃぃぃっ!!!!」


わたしは広場にあった薬のマークが書かれた看板の店に無理やり連れ込まれた。中は誰もいない。ただ、このバカ女の一人芝居の声が響くのみ。


「本当はバイト君が居たんだけど逃げちゃってねぇ。」

「……帰っていい?」


正直、あのガラの悪い男の店の方が気になる。


「ダメに決まってんでしょ?」

「なんだこいつ…………。」

「はい、商品見る、買う。常識でしょ?」


おそらく集落イチ話が通じない人だろう。スラムのごろつきと同じで一般常識が通じねぇ。クッ、ここは大人しく話に乗るか。


バタンッ!!!!


“ノアちゃん、中に入ってもドアノブを持ってゆっくり閉めるの。こんなボロっちいとこだと勢いよくしまっちゃったらドアが壊れちゃう。請求されちゃうよ?”


「ルピィちゃんっ!!」

「ちょっ、ちょっと、ドアはゆっくりと閉めなさいよっ!! 壊れちゃうじゃないっ!!」


少し遅れてノアとプラムも店に入ってきた。ノアを連れて教会に戻っていてほしかった気もするけど、それはノアが駄々をこねるか。


“うわっ、何ここ、めっちゃ虫の体に悪そうな臭いがするんだけど?”


確かに臭い。板張りの店内の壁に棚が並び、様々な瓶や包み紙が置かれている。おそらく、その中に殺虫成分のある薬があるんだろう。どこで仕入れたのか知らないが、粗悪品だと人体にも影響が出てしまう。ここは手早く適当なものを買って出た方が良さそうだ。ただ、手持ちのお金…………数百エルだな……。


「その棚のもの、どこで仕入れたんだ?」

「えっ? それ全部アタイが作ったわ。」

「はぁ? 冗談言うんじゃない。」


“………………あたしの鑑定だと、この人フザけた見た目に反して相当ヤバいわ。超ヤバいわ。蝶だけに。”


「何が超ヤバいんだ?」

「何一人で会話してんのよ?」


“あっ、コイツに念話は聞こえてないから気にしないで聞いて。つーか、周波数を得るの無理。ムリゲー。蝶だけにチョー無理。コイツ、全体的にステータスが超高い。平均してXSランクと言ったとこかしらね。”


またXSランク……バケモンの巣窟かここは。もう慣れたけど……慣れたけど……っ!!


“特に魔力は超ヤバい。規格外。錬金術も製薬術も規格外。ヤバい。超ヤバい。ヤバ過ぎてキモい。こんなデタラメ、敵に回さないで。最後に、蝶だけに。”


「何よ、すっごく険しい顔してアタイの顔なんか見てさ。商品を見なさいよ。」

「あんた、もしかして、製薬術とか錬金術で商品を作ってるのか?」

「あら、当たりよ。」


……製薬術、極めると適切な容器も生成されるんだっけ。ならこのビンも包み紙もそうならこいつ……。


「なぁ、もし機械の体にも効く薬ってあるのか?」

「あら、珍しいものに目を付けたわね。あるわよ。」


バカ女はカウンター奥の部屋へ入っていった。

……バカ女とは言ったが、もしかしたらそうも言えないのかも。


「はい、これよ。」


女は小瓶に入った怪しく光る緑色の液体を持ってきた。


「……核物質じゃないだろうな?」

「んなわけないわ。ナノマシン液剤よ、じゃあ500,000エルね。」

「ごっ、ごじゅ……あるわけねーだろっ!!!!」


“……相場より少し高いけど、これぐらいの価値はあるかも……。”


相場って……こんな薬、世に出回ってるのか?


「ないなら駄目ね。はい、100エル。」

「何も買ってねぇのにカネとるのかよっ!?」

「薬はね、持ってくるにしても細心の注意を払わなきゃならないから面倒なの。少しの揺れでも温度の変化でも変質しちゃう可能性があるからね。」


“ナノマシン液剤はそんなデリケートな薬じゃないから払う必要は無いわ。”


「その薬、その程度じゃ変質しないだろ。」

「あら、周りには他のデリケートな薬が置いてあるのに。家、狭いんだもの、除けるのに細心の注意を払わないとねぇ。」


くっ……こいつ……。


「世の中カネなのよ、カーネ。」


女は手のひらを上に向けて親指と人差し指で丸をつくる。この女はカネを意味してこのジェスチャーなんだろうけど、トゥリシアやその周辺と帝国南部では侮辱を意味する。カネを意味するのは帝国中部から上とその近辺の公国……帝都付近の出身か。


“……名前も何とか鑑定できたけど、この人の名前…………?”


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、カネよカネ。早く100エル出しなさい。」


“エール・フィリア・トゥリア・ディアマンディ…………。”


「……どこかで聞いた名前と似てるな。」

「アタイの名前? アコニよ。コニーちゃんでいいわ。」


……聞いてもねぇのに名前を言いやがった。プラムの鑑定が正確なら偽名だろうが……それにしてもコニーって、何かの冗談かよ。ウサギ運最悪過ぎだろう……。


「はい、500エル。合計で600エル。払いなさい。」

「何でだ……?」

「あっ、スマイル1,000エルで合計1,600エルね。」


この野郎、あれやこれやでどんどん積み上げやがる。チッ、こんな世界でカネもクソもねぇだろっ!!


「あっ、そうだ。そこの横のエルフちゃん、このお面いる?」

「いらない。」

「じゃあ、横のツインテールちゃんにあげる。」

「いらねぇよ。」


机上に置かれたのはキツネやウサギなどの顔を模したお面、それも五枚。


「また額増えてんじゃねーだろうな?」

「これはサービスよ。」


無価値なものに1,600エルも取られ、それなりに額が出そうなものは0エルか。十中八九曰くつき、最悪は呪物か。

…………テルミナにでもやるか。のっぺらぼうのままじゃ心臓に悪いしユーリアがうるさい。


「お面はもらうけど、500エルしかやれんぞ。手持ちの限界だ。」

「…………まっ、まぁいいわ。手打ってあげる。」


“心の中で舌打ちしたわね。シケてんなぁだって。ヤバそうなブツ処分出来たからまぁいいかなぁだって。”


わざわざ報告しなくても分かってるよ、そんなこと。


“だけど、そのお面、良いわね。呪われてないし、キツネの面は魔力を大きく上昇させて、ウサギのお面は運と運動能力を底上げ――――――ルピナスちゃん、ノアちゃん、伏せて。”


「は?」


“出来るだけ部屋の真ん中の方に寄って。それで、今すぐに伏せなさい。”


突如、激しい振動を伴う爆発音が背後から響いた。


「きゃっ!!!! なっ、何っ!? あああああ、ヤバい、薬瓶が……セーフ。」


背後は教会のある方。一体何が?

まさか、またコハルさんが何かで雷を落としたのか?


“半分はあってる……かも。残り半分がよく分からない。光り輝く魔力と物凄く黒々とした魔力が雷に乗ってスパイラルして落ちたって感じ。”


「さっ、さっきの振動で倉庫の中のブツは大丈夫なのか?」

「あっ、ヤバい。確認しないとっ!!」


コニーは再びカウンター裏へ入っていった。今の内に外に出よう。



外に出て教会の方を見る。しかし特段変化は無く、教会もちゃんとあの場所に建っている。この井戸と酒場のある広場を見渡しても、飲んだくれた人々は変わらず眠っていたり蹲っていたり……。希望を失い、生気も失っている。どうにかして元の世界に戻せないものか。


“今は自分の心配をしなさい。教会は一度戻って確認した方がいいかもしれないわね。”


「おぉーっと、さっきのねぇちゃんじゃないですかい。」


うわぁ……生気に満ち溢れた人だ。商魂逞しいクソ野郎どもめ。


「雷が落ちようが大爆発が起きようが、バルバールの武器商店はいつでも絶賛営業中ですぜっ!!」


……プラムの言う通り、今は教会の方を優先したい。武器も見たいが……。


“温度差が激しいわね。希望を失った人と何にも変わらない人。この人は鑑定した感じ商人でも何でもなく、ただの山賊だから、見た目通り碌でもないわ。”


碌でもねぇな。


「ちょっと後にしてくれないか?」

「いやいや、いけませんぜねぇちゃん、いや、お嬢ちゃん。さっきの雷は魔物の襲来かもしれやせん。いい武器は早い者勝ちですぜ。さぁ、引っ張ってでも連れていきますぜっ!!」


腕を引っ張りずるずると広場の反対側へ連れていかれる。何なんだこいつ等。山賊だったら、今すぐにでも合法的にハチの巣に出来るが?


“ノアちゃん、今度は引き止めないの?”


「きもちわるい。」


なっ、何がだ?


“あの巨漢が汗臭くて高圧的で脂ギットギトで口が臭くてハゲハゲしくてキモいの?”


「うん。」


何故だか分からないがホッとした……いや、待て、腕を握られてるのはわたしで、もう片方の手は綺麗なはずだが?


「おい、バルバールっ!!」

「んあぁ? 誰だオレ様を呼び捨てにしやがる野郎は?」


全身フード付きマントで覆われた如何にもシーフという感じの痩せ型の小柄な男が、倍以上ある大男を呼び止めた。手が緩んだ隙に腕を抜き、距離と取った。

それにしても、バルバールか……変な名前してやがるな。


“今ならヤれるわよ。だけど、それでもBランクはあるから、背後を取り損なったら、それなりの覚悟がいるけどね。珍しく魔力も欠片も無いけど”


あれでBランク……見た目通りかなり危険だな。


「はぁ……はぁ……それどころじゃねぇぞ。」

「なんだ、ビーンじゃねぇか。どうしたんだ、息切らしてよぉ?」

「おっ、お頭が帰って来ねぇんだっ!!」

「いつもお頭を呼び出すあの爺さんの話が長引いてんだろ?」

「待て、お前、あの工場での異変、爆音とか黒い人型の何かとか気付かなかったのかっ!?」

「あぁん? ぜーんぜん。」


“……このビーンって男、こいつも山賊だけどガンナーみたいね。ランクもB+で手練れだわ。ただ、あのバルバールって男と同じで魔力を感じないけど。”


ガンナーか……。あんまりガンナー同士が出会うことなんてないからな。まぁ、ガンナーでもコソコソとした隠密行動が嫌いな奴等が群れた過激な傭兵集団ならよく出くわすが。

さて、今の内にこの場から離れよう。どいつもこいつも、碌でもねぇ。



……教会に戻ってはきたが……誰もいない。正面玄関の横の井戸があった辺りに大穴が開いてる。底は瓦礫の山で塞がってるけど、あの雷と何か関係があるのだろうか?


“人の気配が無い代わりに、凄まじく邪悪な気配が漂ってるわね。蝶なのに鳥肌が立ちそうなぐらい邪悪。それもキモい方面の邪悪さだわ。岩塩の塊投げつけたいぐらいよ。”


退散させるどころか殺してしまいかねないんだが……。

しかし、ルナクローラーはあの雷に気付いて戻ってきてそうだが、東の果ての件もあるし何か戻れない事情でもあるのか?



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