1-14-4 それぞれの旅(4)
ローリエさん、行っちゃったけど大丈夫なのかな?
……まぁ、ローリエさんだし、大丈夫でしょ。それにしても、いい天気だなぁ。
コハルちゃんも野菜に混ざってゆっくりゆっくりと畑仕事してるし、平和だなぁ。あんな魔物が来なければいいけど。
『あっ、ノアさま、もう起きられたのですか?』
「ルピィちゃん。」
ん?
「ルピィちゃんっ!!!!」
『ノアさま、起きられたのであれば歯を磨き、顔を洗い……。』
えっ?
ちょ……っ!!!!
『ぐわ―――――っ!!!!!!』
『師匠っ!?』
ノアちゃんはミサイルの如く、壁の穴の前に浮かんでいたあたしに突進し、吹っ飛ばす。その後どこに行ったのか知らないが、畑の向こうで気が付いた時にはもうどこにも居なかった。
ノアちゃん、頼むからもっとね、もっと……静かにおしとやかに……ね?
「あっ、あのっ、ユーリアさま、大丈夫でしょうか?」
あぁ、畑の女神様があたしの下に舞い降りた。あたしを、あたしをあの丸い空の向こうへ連れて行って……あっ、女神様の手…………何だか猛烈にう〇こ臭い。何食ったらそんな臭くなんのって感じのう○この匂い。
「あっ、いけません。特性ブレンド肥料に触れた手で触れてしまいました。」
『手、洗ってね…………ぐふっ。』
◇◇
はっ…………知らない天井だ……。
『あっ、師匠、目が覚め――――』
『ぎぃゃあああああああああああああっ!!!!!!!!!』
目が覚めた瞬間に恐怖のウサ耳アンドツインテールのっぺらぼうがあたしを覗き込んできた。驚きのあまり、我が肉体から魂が分離し、ひゅるひゅると音を立てて天へと昇り、我が魂は雲に満ちた世界へ……。
おぉユーリア、死んでしまうとは何事だ。仕方のないやつだな、お前にもう一度機会を…………あったえなーいっ!! You DIED!! 死デース!!!! イヒャヒャヒャヒャッ!!!!!!
『いやぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!!!!!!』
『師匠っ!?』
絶望の淵に立たされる。完全に死んでしまった。これから、どうしよう…………?
「ウフフッ、戦いで傷ついたときは、篝火の横ではなく教会へ戻り、わたくしの元へ来てください。あなたを癒やしてさし上げます。」
いつのまにか、あたしの背後に太陽を覆い隠すほどの大きな大きなコハルちゃんが立っていた……というか、雲から突き抜けて上半身だけそこにあった。一体どこに足を着けてるの……?
「しかし、ユーリアさまは、ここにいらっしゃるにはまだ若すぎます。再びこのようなことが起こらないよう、わたくしは祈っております。ですので……。」
ですので?
「もう一度チャンスを差し上げます。ウフフッ……えいっ!」
えいっ? …………ってッ!!!!?
『おぎゃあああああああああああああああああっ!!!!!!!』
『師匠っ!? どうしたのですかっ!!!?』
…………知らない天井だ……えっ?
『おーい、師匠、何度も気絶しないでーーーー』
あー……真っ白なバニーガールのっぺらぼ…………ウッ。
『今度こそ気絶させません。わたしですよぉ、テルミナです。もう、いい加減顔を覚えてくださいよ。』
『…………覚える顔が無いんだけど……。』
心の臓に悪い。誰かこの子にマジックで顔を描いてくれ。
ところで、あたしは一体何をしてたんだっけ?
『あっ、コハルさま。』
「うふふっ、今度こそは手を洗ってきました。」
『コハルさま、いけませんよ。毒物を触った手を長時間洗わないでいたら、毒手使いになってしまいます。』
「ドクシュとは…………何なのでしょうか?」
アサシンや忍者職にたまーにいる、毎日毎日手を毒に浸すという狂気の沙汰を経て手に猛毒を獲得した超人を一般に毒手使いと言うけど、あのダークマターなら一日でそれを獲得しそうで何だか怖い。コハルさんの心境や如何に。
『あの、コハルさま、こんな難しい医学書を読むのですね。』
「ウフフッ、エーテルランドの医学書は難しくてぜんぜーん分かりませんので、再び書庫へ戻します。」
『ううん、これ、エーテル圏内の言葉じゃなくてデーツ語で書かれた医学書ね。何だか悔しいけど、正直言ってデーツは全世界の医学でも頂点だし、超難しい本だから医聖でもなければ普通の医学書の方がいいかも。』
えっ、マジで……。
『本当だ。これ、もんのすごくレアな本じゃん。』
『デーツ語、読めるの?』
『デーツ国の科学技術は非常に進んでて、学会でも必ずと言ってほど見かけるから、ちょっとだけなら読める……かも。』
『すっごーいっ!! 流石は師匠ですっ!!』
デーツ国の本って入手自体が非常に難しい。何でこんな所にあるのだろう。あのゴミと同じで捨てられたのだろうか。
「ほぇ~……わたくし、デーツという国を存じ上げませんでしたから、知らずに読んでました。」
『言葉だけでも分かるだけ凄いです。流石はコハルさまです。』
……デーツという国を知らないのなら言語も知るはずもないし……内容以前に書いてあること自体分からなかったんじゃ……?
◇◇
『コハルさま、何処に仕舞うのです?』
「錬金ルームとは別に部屋がございます。そのドアの向こうです。」
『これですか? ドアの隙間から汁のようなものが垂れてるけど……。』
「あっ、そちらはう〇ちの部屋です。反対側です。」
『う〇ちの部屋…………ということは…………っ!!!! 頂戴致しますっ!!!!!!』
「だーめーでーすっ! 後にしてください……ウフッ♡」
あの扉には……近づかないようにしよう。それにしても教会に地下室か。教会の地下室…………カタコンベか何かがどこかにあるのかな。
三つのドアと、左奥に細い廊下。あの向こうには何があるんだろう?
『このドアですか? 硬すぎて引いてもちょっとしか開かないですっ!』
「あっ、わたくしが開けます。」
ドアの蝶番はコハルちゃんの力に屈し耳を劈くほどの悲鳴を上げる。油を差した方が良さそうかも。
『流石です、コハルさまっ!!』
「ウフフッ、これぐらいどうともないですよ。」
中は照明が点いていて、とても薄暗い。ちょっと広い部屋には書棚が並べられ、本が所狭しと並んでいる。
『ゲホゲホッ……カビ臭い……。』
「申し訳ありません。換気する場所がありませんので……ゲホッ……。」
『カビ菌、燃やしちゃう?』
『いや、そんなことしたら火事になるよっ!!』
こんな所に使う本を置いてるのか……。何とかして風を送って外に飛ばしたいな……あっ、あの風のリング……ローリエさんとルピナスが持ってるなぁ……。ルピナスなんかにやるんじゃなかった。
『あっ、わたし土属性や火属性ほどじゃないけど風属性使えるわ。カビ菌ぶっ飛ばそうか?』
そういえば……って、使えるのなら燃やすなんて発想しないでよ……。
◇◇
換気が終わり、臭いも随分とマシになったところで、中を探索する。
「照明を追加しますね。」
コハルちゃんの手に小さくも眩しい光の玉が浮かぶ。
『とっても明るく美しい光の玉ですねっ!!』
「ウフフッ、今度はルピナスさまにも怒られない小さな玉が出来ました。」
『……後でぼっこぼこにしておきます。』
「テルミナさま?」
『わたくしのご主人様に手出したのですね。許しません。この手でぶち殺します。』
「ご、誤解です。わたくしは魔力の調整が苦手でして、太陽のような大きな大きな光の玉しか作れず――――」
……テルミナちゃんのテイム元はルピナスな気もするけど。
それよりも色んな本があるなぁ。殆どが医学とコハルちゃんの好きそうなものばかりだけど……そのコハルちゃんの好きそうな本の上に二冊、横になった本がある。横にまだスペースがあるのに…………でも、この本の背表紙に見覚えがあるな。とりあえず、取って横に並べよう。
…………え?
『…………ちょっ!!!?』
「ユーリアさま、どうかされましたか?」
『あっ、いや、何でもないよ。何でも……。』
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい――――
ちょい待てぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!
なんであたしの日記がここにあるんだぁっ!!!!!!!!!?
「あの、ユーリアさま……?」
『その薄汚い本がどうしたのですか? ちょっと見せて貰っても――――』
『だめぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
コハルちゃんは目を見開き、テルミナちゃんはウサ耳をピンッと立て、ツインテールは大きく揺れる。
……こんな閉所で大声を出し過ぎた。少しは自重しないと。
いや、それよりもこの日記は死守しなければ。犯人は言うまでもなくあいつだ。後で殺す。絶対殺す。
『ごめん、大声出し過ぎた。これはとんでもないエロ本だから駄目。18歳以下は絶対ダメ。ダメ絶対。』
『わたしぴっちぴちの21歳♪』
「わっ、わたくしも人間年齢だと20歳……だと思います。」
コハルちゃんはともかく、テルミナさん案外年上……。
『それよりも師匠、エッチな本は猶更駄目です。エッチなのはいけないと思います。エッチなのはいけないと思いますっ!!!! なので燃やします。』
ぐぬぬぬぬ……研究日誌も兼ねてたから燃やされるのも…………一体どうすれば、何処に隠し通せば…………。
何か話題を逸らせる本があれば…………ん?
『何だろうあれ。』
『あれは何だ? は通用しないですよ。』
『ううん、あの左の方の壁、本棚の上の壁に一箇所色が違う所がある。』
『…………よく見れば細い枠のようなものもある。怪しい……。』
「本当ですね。全然気づきませんでした。」
テルミナちゃんは隣の本棚の列に移ったのをみて、しれっと日記を他の本に混ぜて並べる。これで完璧だ。
『この本棚の裏ね。』
「ちょっと動かしてみますね。」
コハルちゃんが好きそうな本がびっしりと並ぶ本棚を軽々と持ち上げ、横に置く。
「こんな所にドアが…………。」
『ノブが錆び切ってるけど、開くかな?』
コハルちゃんにとって力で解決できないものなんて多分無い。
「あの、ユーリアさま、開けても大丈夫なんでしょうか?」
『位置からして、この書庫はあの講堂、その左だから、恐らくあの井戸の下……。』
「まさか、あのう〇ちの部屋と同じ部屋がもう一つあるのでしょうか。中は水で満たされているはずですし、開けない方がいいのかも――――」
『う〇ちの部屋…………? コハルさまの…………?』
「い、いえ、違います、あの井戸では一度も――――」
『頂戴致しますっ!!!!!!』
何だか、薬物ジャンキーを見ている気分だ。
でも、ノブはさっきよりも錆びていて、開くはずも無いから止める必要は――――
『あっ、回った。』
「えっ? あの…………。」
『水が溢れたらまずいから開けないでっ!!!!』
『あっ、開いちゃった。』
あっ。
『ぐわぁぁぁああああああっ!!!!!!!』
『あー…………真っ暗だわ。』
『溺れる溺れるぅっ!!!!!!』
「…………一時はどうなるかと思いました。」
ぶくぶくぶくぶく……あたしは魚。その辺の雑魚とは一味も二味も違うぜ。なんせ新鮮な鯵だ。鯵だけにな。
…………なんて惨めな鯵なんだあたしは。野郎の所為で起こってしまったビッグウェーブに乗ることも回避することも出来ずに流されて、世界の果ての荒野のド真ん中でピチピチ跳ねる雑魚どもに混ざって跳ねることしか出来ねぇ惨めな鯵に成り果ててしまった。畜生、誰だ、惨にも鯵にも参って入れやがったのは、もう散々だ。テメェは人参でも齧ってろっ!!!!
「あの、ユーリアさま?」
『あたしは惨めな鯵だ…………いつもそうだっ!!!!!!! 肝心な時にいつも失敗する…………誰もあたしを愛さないっ!!!!!! ちっくしょ―――――――っ!!!!!!!!』
「あの…………。」
『はっ、あたしは一体…………?』
……ビッグウェーブなんて起こっていなかった。
井戸の底のはずなのに水で満たされて無かった? いや、それもそうか。水はあっても満たされてるとは限らないし。
『なにここ。何にも見えないじゃん。』
「灯りを…………見渡す限り水面ですね。う〇ちの部屋よりも広く感じますが……ただの水たまりのようですね。」
……真っ暗な空間に、井戸の穴から月明りのような幻想的な陽の光が差し込む。嵐の後のような波一つ立たない静けさ、息を呑むような光景……。
…………何だかほんのり硫黄の香りがする。綺麗だけど絶対によくない水だなぁ。どこから来た水なんだろう?
あれ、小さな波がやってきた。音はしなかったけど、どこかで水滴が水面に落ちたのかな。
『あそこ、時々水面が盛り上がってる。』
「あら、山が出来たり無くなったりしてますね。」
本当だ。水の底から突き上がるように水か液体か何かが噴き出してる。底にどこかと繋がってる穴が開いているのかも。
『ちぇっ、つまんないの。』
「ウフフッ、良かったです。骸骨さんが大勢いらっしゃったらどうしようかと。」
『教会なら地下にカタコンベがあるってパターンが多いけど……もしかして水に沈んでる? 師匠、どう思う?』
……ありうる。
ただ、沈んでいたら……骨から染み出るお出汁で大変うまみのある井戸水に……。おげぇぇ…………。
「う~ん……水に沈んでいるのであればそのままにしておきましょう。静かに眠られている方を起こしてはいけません。」
というか、どうしようもない。井戸の水を全部抜くのは、設備からしても不可能だ。ドアを閉める時はゴミが引っ掛からないように確実に閉めよう。水面がここまで来た時は水が漏れ出てしまう……というか、こんなパッキンも何も無い鉄のドアで水の侵入なんか封じれるのか?
しかも引く方だし、水圧で浮いてジャーっと……。どこかにオーバーフローを阻止する穴でも……その穴って何処に繋がってるの?
『あっ、後ろからめっちゃくちゃ強い魔力の波動を感じる。』
「そうなのですか?」
……微量の魔力変動を感じる。同時にほんの少し爆発音が聞こえる……?
『ちょっと外見てきてもいい?』
『師匠っ!! 待ってください、わたしもっ!!』
『テルミナちゃんはコハルちゃんの傍に居てっ!!』
何だか嫌な予感がする。急いで外に出て、東の方角を確認しないと……。
◇◇◇
クソッ、何だってんだ……?
“あなたよりもこの子の方がずっと頑丈なのに、何で守ったの? あなた、今の爆発でボロボロよ? 皮膚の下の部品が見えてるわ。”
「ばっ、バカかお前は……。いてぇっ!!」
“……馬鹿なのはあなたの方よ。あなたが居ないとどうしようもない子たちが、あなたを心から慕う子たちが…………えぇ、今回だけよ。あなたのような半端に生命を得た不完全な子を治すのは骨が折れるのよ。”
「おっ、俺は……?」
「気にするんじゃない。」
目で見える部分だけでも酷い状況だ。手は皮膚が剥がれ、金属製の骨格が見えている。ケーブルも切れて感覚もない。頭上からもオイルが垂れる。
ただ、どうであれこれしきの事。こんな事で音を上げていてはシーフもアサシンも務まらない。アタシはあいつ等と違って魔法が使える。だから、あいつ等の代わりに剣や盾にならなければ……ならなければ、ただの腰抜けだ。
“じっとしていなさい。まだ間に合うわ。”
さっきから黒煙の中心で何かが湧きたつような感覚がある。それに変だ。黒煙の中なのに普通に呼吸が出来ている。
“とんでもないゴーレムが誕生したようね。アダマンデスゴーレムの非じゃない。無数の死霊が練り合わされて、間接的に触れることすら命に関わるような化け物が生まれた。”
ブゥーン…………。
凄まじい振動数の重低音が響く。耳に悪い。骨にも悪い。全身が微振動でギーギーと音を立てる。クソッ、こんな所に居たんじゃ全身が砕け散ってしまうっ!!
“姿を現したわね。禍々しい……。”
煙はある場所に収束し、徐々に真っ黒な巨人のような姿と化す。冒険者時代も巨人には出くわしたことはないが、文献で見たことがある。だが、真っ黒な巨人といえばカーボン系だが、ここまで大きいものは知らない。何だこいつは。巨人初対面がこんな得体も知れない奴とかふざけんなっ!!
「フンッ……腐ってやがる。早すぎたのか。」
“あら、トキサダさんね。お爺ちゃんがこんな場所でどうしたの? 危ないわよ。”
「ハンッ、ワシを誰だと思っておるのだ?」
“イチジョウ・トキサダさん。一部の龍族のみ名乗ることを許される、変わった名を持ったあなたは確かに屈強な龍族だけど、だったけど、老竜も老竜ね。死んじゃうわよ?”
……何でこいつはアタシの知らないことを………………鑑定か。クソチートが。
それにしても、このクソジジィは龍族か。腐っても龍族なら、手出さなくてよかったな……。
「フンッ、さぁな。だが、腐っていても使える。我が肉と生る前にこいつ等を捕らえ、吸収せよ。」
ブゥーン…………。
クッ、せめてこの重低音をどうにか……待てよ、この炉で腐敗させられた血肉は発電で使うんじゃないのか?
“老いからくる焦りでしょうかねぇ。愚かな。年甲斐もなく力を追い求めず、そのまま老い続けていれば、八龍の一体として威厳を残せたというのに……。”
「ハンッ、ワシには子が居らぬ。ワシが死ねば時空の龍の席が空く。得体もしれん輩に座らせるわけにはいかぬ。」
“愚かねぇ。ゾンビドラゴンの体で君臨し続けるつもり? それとも、若返って……?”
「誰が死龍だっ!! 穢らわしいっ!!!! うーぬっ、ゲホゴホ………。」
“あっちのゾンビに構ってる暇は無いわ。こっちはもうじき固まってゴーレムになる。”
「おい、今から逃げるのか?」
“んなわけないでしょ。放置したら大変なことになる。無数の死霊が固まって出来たゴーレムだから猶更だわ。それに、そろそろ心強い助っ人が――――”
「真・打・登――――」
遠くから物凄い勢いで声が迫って来る。そして、何かとても硬いものが分厚いアクリルの板にでもブチ当たったような音がした。
「いった――――――――――いっ!!!!」
“あら、これだけ魔力の気が滅茶苦茶になっても、まだバリアが残ってたのね。流石は八龍の一体だけあるわ。”
「ハンッ、一体二体増えようがどうでもえぇわっ!! ソウルゴーレムよ、目の前の二匹と一匹を食らうのじゃっ!!」
ブィーン。
“ジーナちゃんっ!! 上よ、あのゴーレムがバリア上部を突き破ってるっ!!”
「りょーかいっ!!」
……何だあの人型の機械の塊はっ!?
ちょい待て、あれはアサシンの間でも物議をかもした殺戮兵器……マジかっ!?
「……痛っ……!!」
「おい、アイビー、どうしたっ!?」
「……ぷ……プレディ…………?」
アイビーは頭を押さえ、とても辛そうな表情をする。あれがアイビーの何を、全て忘れてしまったこいつの何を…………?
まさか、あれに家族を、大切な人を殺されたってのかっ!?
「おい、クソムシっ!?」
“……仕方が無いわね。あなたの風属性と相性が悪いみたいだし、アイビーちゃんの心の傷も痛んでるのならさっさと逃げちゃいなさい。”
「フンッ、無理だな。お前が通れてもその獣人は通れまい。」
「パロマさん、オレは大丈夫だから、一人で逃げて下さい。」
「んなわけあるかっ!! お前も来るんだよっ!!」
“パロマちゃん、何か良い策あるの?”
こいつ、風属性については触れたけど、時空属性については触れなかったな。
“流石ね。効くわ。それもかなり。攻撃に関しては決定打にはならないけどね。”
よしっ、相手を牽制する小技は幾らでも持ってる。それをぶっ掛けて、あいつの脇からすり抜けて逃げるっ!!
「なぁにこいつ、斬っても斬っても斬れないんだけどっ!?」
“ソウルゴーレムって言うらしいからね。怨霊の塊、まぁ、気体みたいなものよ。”
「クソムシちゃーん、あたい、こいつ無理っ!!!!」
“今からそれを硬くしてくれる子が行くから待ってて。”
硬く?
アタシはそいつを停めてすり抜けて逃げるだけしかしないぞっ!?
“まぁ、敵が来たら分裂するイワシみたいなものね。停止魔法とかストップとかシュトッペンとかで動きを止めたらそれも出来ない。”
あぁ、そういうことか。よく効くんじゃないか。
“だけど、その程度の小技、時空魔法使いのわたしにとって呼吸するようなものだから、あなたは逃げなさい。”
嫌味かこいつは。まぁいい、今は――――。
「うわっ!! なっ、何ですかっ!?」
「舌噛むぞ。」
あいつの体に向かって――――
「あら、灰色の妖精さん………… ん? あの抱えてられてる子……何処かで……?」
「固まれっ!!!!」
“あら……? あら、あらあらあらあら…………。”
「なんじゃっ!? あやつから柔軟性が無くなって……どういうことだっ!?」
「よしっ、今なら抜け出せるっ!!」
“わたし、上半身の一部だけかと思ったのに、まさかの全身麻酔? ちょっと待って、そんなに大規模な時空魔法なんて……あの子、まさかわたしにも見破れないほどのステータス偽装をっ!?”
偽装も何もしてねぇよ、というかそんな高尚なことシーフや低レベルなアサシンには出来ねぇよ。
……それよりも……ははっ、まさか、あんな巨大なものの動きを停めちまうとはな……やった自分でも驚きだ。
「今なら脳天から股の先までぶった斬れそうねっ!!」
「ハンッ、ふざけよってからにっ!! ソウルゴーレムよ、動けっ!! 硬くともこやつ等を捻り潰すなど造作もないだろうっ!?」
「お・そ・い・わ♪」
脇を抜けてバリアの外に出た途端、あの殺戮兵器の体を持った何かは、両腕の鋭いブレードをゴーレムに向かって振り下ろした。見惚れてはいけないが、嵐のように荒れ狂う風属性の魔力を刀のように極限まで収束させ、巨体を真っ二つにする姿は、あんな体でもありながら美しさをも感じる。
「すごい…………。」
「あぁ、あんな雑な体の殺戮兵器なのに、あんな真一文字に巨人を斬っちまうなんてな。」
アイビーはネコが何かを見つめるように目を見開いてその姿を見ていた。
“手負いの身なんだから、さっさとずらかりなさい。あっ、あんまり西の方に行かないでね。返って近づいちゃうから。”
……どういうことだ?
「まぁいい。アイビー、飛ぶぞ。」
「うっ、うん。」
◇◇◇◇
ふぅ……見事に真っ二つになったわね。何なのよもう、不法投棄の山から蚊の群れでも発生したのかしら?
“帝国の廃棄物処理装置、ボナコン。それを改造した大型発電機。人も機械も生きたまま処理するんだから、そりゃもう悪霊も大発生するわね。”
「なにそれ?」
“……タラスクは?”
「知らないわ、そんなの。」
“……そう、遥か先の未来には無いのね。良いことだわ。”
「ハンッ、これしきの事でやられる身でもないわ。」
真っ二つになって横倒しになったゴーレムの右側の体から七色に光るちょっとトゲトゲした玉が宙に打ち上げられた。花火でも上がるの?
“核は真ん中に無かったのね。こざかしい真似を。”
「フンッ、ワシは知らんぞ。ソウルゴーレムの体内で動いたのだろう。だが、ワシはこれさえあれば良い。ふむ、核は熟成されとるようだな。」
“ジーナちゃんっ!! あれを真っ二つにしてっ!!!!”
「合点っ!! クソムシちゃんっ!!!!」
「ハンッ、ワシが何かを忘れているのか?」
「生憎、あたいは時空属性が効きにくい体のようでねっ!!」
あたいに斬れぬものなど、無いっ!!!! ……多分。
「ポーッポッポッポッポ。ならワタクシの時空魔法ならどうゾ?」
どこから飛んできたか、目の前を灰色のハトが横切る。同時に体が鉄の塊のように固まり、振り上げた腕が下りなくなってしまった。顔は動くけど首から下は全く駄目。何なの一体?
“このハト……このわたしの時間も止めて……魔法が使えない。これじゃ解除も出来ないわ。”
「どこほっつき歩いていたのだ?」
「ぽるぽるぽるぽる。申し訳ございませんゾ、我が主殿。」
「まぁいい。この魂の宝珠が手に入ったのだ。これを体内に取り入れることで数百万、数千万の魂を取り入れるのと同然。一騎当千の神龍と同等の力を得ることが出来る。」
“とんだチートだわ。かつて全世界を蹂躙し尽くした、あのアルマティアの龍族も地に堕ちたものね。”
「フンッ、好きに言うが良い。」
「ぽるぽるぽるぽる。早く飲むのですゾ、主殿。」
「ハンッ、分かっておる。」
光り輝く尿路結石……ちょっとイガイガしてる玉を飲み込んでしまった。間違いなく食道に引っかかって窒息死するやつだ。あっ、でも干からびても龍族だし老いてより食道も硬そうだし、イガイガの隙間で――――
“冗談を言っている場合じゃないわ。あれを見なさい。”
「ぬおっ!? ぬおおおおおお…………。」
「主様、かつての体を取り戻しましたゾな。万々歳でございますゾ。」
さっきまで干からびたゴブリンのようなお爺さんが、すっかり筋骨隆々になり、こめかみからは禍々しく輝く黒い角が生え、額からも同じく黒い角が突き出し、背丈こそ低いものの何処ぞの魔王のような姿と化してしまった。なんなの、あの増強剤……三日三晩ところか数千人抜きできるじゃないのっ!!!!
「力が漲ってくるようだ。これはいい。ふぁっふぁっふぁっふぁ……ふぁーはっはっはっはっはっはっ!!!!」
「では早速、次元龍として、遠くへ飛び去るハエを撃ち落としてみてはどうでしょうかゾ?」
「うぬ、そうしよう。我が体、形だけではないことを証明してみせよう。」
ムッキムキのお爺さんは、あたいの後方にむけて右手を差し出す。あの方向は、あの灰色の妖精ちゃんが飛んでいった方だ。
まずいわね、まだ解けないし、あのハトが首を傾げながらこっち向いてるの無性に腹が立つし……。
「ねぇクソムシちゃーん、あなたもまだ解けないのっ!?」
“無茶言わないでよ……キェェァァーッ!!!! 腹が立つわーっ!! このわたしを出し抜くなんて、数兆年早いってのっ!!”
「ぽーるぽるぽるぽる、無駄な足掻きよ。ポーッポッポッポッポッ!!」
“ムキィィィィッ!!!! 腹が立つ腹立つ腹立つぅぅぅ!!!! 後で殺す。絶対に殺す。ブッコロゼッコロよっ!! 生きたまま破砕機でミンチにしてやるわっ!!!!”
目を真っ赤に染めたクソムシちゃんがあんなに取り乱すのは珍しいわね。無理もないけど。
あのムキムキお爺さんの指先に濃い灰色の魔力体をチャージさせてるわ。もう阻止は難しいわね。
……灰色の妖精ちゃんと黒髪の獣人ちゃんには申し訳ないけど…………黒髪の獣人…………?
…………待って、あの顔、耳を取ったらリリス・ネーヴェルハイム……特級戦犯に似てるかも。
“ジーナちゃん、あのアイビーちゃんについてなにか知ってるの?”
「ううん、リリス・ネーヴェルハイム特級戦犯に似てるかもって。」
“特級戦犯……あんな子が?”
「この体、殺戮兵器プレディカドールを作った子の一人なの。他にはユーリア・ロトスA級戦犯が居るわね。」
“…………。ちょっと聞いてみたいことが出来たかも。”
「ん? どうしたの?」
“いいえ、この停止魔法が解けて、あのクソバトをいい感じのミートボールにしたら、後は頼めるかしら?”
「えー、これからやることがるのに、あなたクソムシなんだから自力で転がして谷底にでも落としなさいよ。」
クソムシちゃんの目が血のように真っ赤に染まる。このままではとばっちりを食らいかねない。
「えっ、えぇ。構わないわ。あれぐらいなら余裕よ。」
“そう。頼もしいわね。”
「ぽるぽるぽるぽる。もうそろそろチャージ完了かもしれないですゾ。」
「おお、そうだな。では、行けいっ!!」
灰色のレーザーはバリアを破壊し、荒野を突き抜ける。何かに当たった音はしないが…………?
“今、ずっと西の方から凄まじい雷と光と闇の複合魔力を感じたわ。教会があるあたりが不気味に輝いたし、なんだか胸騒ぎがする。”
「こいつのレーザーが着弾したのかしら?」
“違うわ。こんな汚らしいロートルの汚らわしい魔力じゃない。光属性はコハルちゃんのものだわ。間違いない。だけど、闇属性……これは明らかに違う。誰のものでもない。一体何が起こってるの?”
「ぐぬぅっ!?」
「主殿、どうされましたゾ?」
お爺さんは胸を押さえ苦しそうにしている。
やっぱり、老体に増強剤は無理があったのね。心臓とイチモツが爆発しなければいいけど。あっ、今何処かで別の爆発音がした。色んなものが爆発する日ねぇ。
“そういうことよ。強さに溺れた愚かな人……。”
「ハンッ、やはり不完全であったか。フンッ、一時撤退だ。」
「ぽるぽるぽるぽる。その前に、そこのクソムシのファストトラベルのデータも消去して、外へポイ捨てゾ。もう、二度と来るでないゾ。ポーッポッポッポッポッ!!!!」
ハトの高笑いと共に抗えぬ何かの力で大きく吹っ飛ばされ、クソムシちゃん共々荒野の真ん中に転がり落ちた。
「一体何なの、あれ?」
“キーッ!!!! あのクソバト、ミンチにするだけでは飽き足らないわ……生きたまま死なない程度にプレス機で潰して死なない程度に硫酸をかけて死なない程度に火炙りにして破砕機で生きたままミンチにしてやるわっ!!!!”
仰向けになってヤバいレベルでブチギレてる。これは下手に話しかけると憂さ晴らしに遭うだけだわ。あぁ、桑原桑原。
“フンコロガシに転がされ続けるがいいわっ!!!!”
◇◇◇
くっ、体がボロボロでうまく飛べねぇ……本当はラプターで一気にアジトまで飛びたいんだが、今それを展開すると、出力に負けて体がバラバラになって死んでしまう。
「うっ…………。」
「おいっ、大丈夫か? 苦しいのなら言えよ。」
とは言っても、見渡す限り荒野で、集落の横の崖下にあるアジトも遠い。
……あそこにさっきと同じようなゴミの山があるな。さっきみたいなゴーレムが発生したら怖いから近づきたくもないが、身を隠せるとしたらあそこしか無いか。
「うぅ…………。」
「おい、どうしたっ!?」
「頭が…………。」
畜生、あの殺戮兵器を見てから何だかおかしい。一体どうしたって――――
「うわっ!!!!」
「なっ、何だってんだっ!?」
東の方角、そう遠くない所で白と黒がねじり合ったような何かが雷のように落ちた。凄まじい爆音が鼓膜を刺激する。
「落雷か……? 確かに重い雲が出てるが……ってか、落雷地点の周辺は雲が無いな。まさか教会に――――」
急に心臓が手で掴まれてるような、冷たい手で掴まれてるように感じた。
シーフやアサシンを長年やってきたので分かるが、嫌な予感しかしない。お前は逃げられない、どこに逃げようとお前の心臓はわたしの手の中……そう言いたいのか? あんのクソジジィ……。
「うわっ、パロマさん、後ろ後ろっ!!」
「あんまり大声出すな…………今度は何だってっ!?」
真後ろから灰色の太い触手のようなレーザーがこちらへと飛んでくる。何なんだあれ……あの巨人が放ったのかっ!?
間一髪のところで回避して事なきを得たが、当たってたら間違いなくお陀仏だ。
しかし、飛んできた方を見ても巨人の姿はもう無い。あの殺戮兵器が倒してしまったんだろうが、なら誰が……?
「パロマさんっ!! 前っ!!」
「前? うぉわっ!!!!」
うねるような軌跡を残し、レーザーはこちらへターンして飛んできやがった。ふっざけんなよこいつ…………。
回避するも三度こちらへと方向を変えこちらへ向かって来る。埒が明かねぇ……。こんの糞がッ!!
「アイビー、しっかり掴まってろ。」
「うっ、うん。」
風魔法で捻じ曲げてやる。タイミングがムズいが、余程のヘマをしない限りは全部に被弾するわけじゃない。多少食らっても、生で食らうよりはマシだ。
薄緑色のオーラとして視認できるほどに圧縮した風魔法を手に薄っすらと張り巡らせ、小盾を持つように左手を差し出す。レーザーが手に当たる瞬間に弾き返す、パリィのような技だ。振る角度も重要で、ミスるとあらぬ方向に飛んで周囲に被害が出る。荒野だからって、人が居ないわけではない。
「来いっ!!!!」
当たる瞬間に受け流すように振り、レーザーの方向を変える。クソッ……このレーザー、重すぎる。肩から破裂したような音がしたけど、今更だ。だが、こんなボロボロの体ではやるべきではなかったか……でも、絶対に生きてコイツを、コイツ等を守り通してやる……。
「クッ…………どっか行けおらぁっ!!!!」
「凄い……曲がったっ!」
生じた爆風と共にレーザーは左斜め後方に吹っ飛び、あれだけ曲がってたのが嘘のように一直線に遠くの地面に突っ込み大きな土煙を上げて消滅した。クソが、もう二度と飛んでくるな。
クッ、確実に肩をやったな。バランスも取れねぇ……あのゴミの山に不時着だ。
◇◇◇
見渡す限り色んな家電製品からロボットの残骸から色んなものが迷宮のように
並んでいる。ここなら暫くは身を隠せるか。チッ、どうしたものか……。
あのクソムシに治療を頼むのは癪だが……。
「あのっ、パロマさんはガイノイドですか? それともオルビスですか?」
「あぁ? 何でそれを……オルビスなんて高尚なモンじゃない。安物のガイノイドだ。」
「安物なんかじゃないです。今から道具を探してきます。」
「あ? ……一体何が出来るってんだ……。」
アイビーはゴミの山の間を駆け抜け、何処かへ行ってしまった。
意識が遠退く……あぁ、ここで果てるのか。まぁ、とにかくアイビーが無事なら今はいいか。こんな荒野の真ん中で死ぬなんてな。フンッ、アサシン職で人を殺しまくってるからどんな仕打ちでも受け入れるしかないな。
これでもかなり良い方だ。神様はやっぱり居たのか?
いいや、居るわけがねぇ。




