1-13-6 錬金術(6)
コハルさんは重そうな木箱をひょいっと持ち上げ、錬金台の上に置く。
“うわ……よく溜め込んでたわね、こんなに。”
中身はECセルのカプセルが大量に入っていた。ぱっと見で数百は行きそう。どんだけ溜め込んでるんだよ。
『なっ、なんでこんなに取り溜めてるの……使ったらリサイクルだよ。これ作るの面倒だから、エネルギークリスタルを詰め替えてまた売るんだよ。』
「えーっと、集落の方々から炊き出しのお礼に、殆ど使い切ってビーズほどのサイズしか残ってないようなものを貰うんですが、照明以外に使いませんから溜まるんです。それでいざ使い切って交換しようとすると無くなっちゃってて、こうなっちゃうんです。」
……報酬、何が何でもしょっぱ過ぎないか?
“本当にねぇ。あのクソニートどもをあなたの高性能な銃で一度全身蜂の巣にしてもらってもいい?”
いや、お怒りなのは分かるが、洒落になってねぇからやめろ。
『これね、錬金術で中身だけ一つにまとめる事も出来るんだよ。』
「えっ、そうなんですか?」
錬金術なんて使えもしないし、今後も一生使えなさそうだけど、とてもいい事を聞いた気がする。
武器によってECセルの使用量が違うし、使い慣れてるものに新品を入れるのなら感覚で残りの弾数も分かるが、その辺で出回ってる中古品のセルを入れると、感覚では分かり辛いから不安だ。クリスタルの大きさと照らし合わせればいいが、戦闘中のリロード時なんかそれが幾つも入っているポケットを漁ってスロットインしてるから、確認している暇もない。
そこで事前に中途半端な量のものを新品一つ分に纏められておけばそういう心配も無い。
……ユーリアはそんな芸当が出来るんだな。クソッ……でも、コイツは……罪は償なわなければならない。勿体ねぇ奴だ。
『じゃあ、試しにこのカプセルに補充してみようか。このカプセルは一応3クエタパスカルまでの耐圧はあるし、多分行けるでしょう。多分。』
「クエタとは……。」
『10の30乗。中で超新星爆発が起きたらどうなるのかな。』
いや、そっちじゃなくて、そんな身近な物の耐圧、そんなにあったんだなって。帝国の最高学府はそういうのも習うのか。
しかしユーリアは楽しいのだろうか、鼻歌を歌いながらカプセルと風の宝石を並べ、鼻歌を歌いながら触手で大きく円を作る。そんなノリで大丈夫なのか?
『うぉぉぉぉぉぉ……これは……ッッ!!』
“……本当に出来るなんて……この子…………。”
風の魔石は光りを放ちながら徐々に小さくなり、横のカプセル内で黄緑色の透明な球体が生成されていく。
『ギガパスカル、テラパスカル、ペタパスカルぅぅぅぅ…………ぷはぁっ、はぁはぁ…………これが限界だわ。45エクサパスカル分は補充完了。ちなみにエネルギークリスタルは規格で22ペタパスカルと決まってるから、頑張った方よ。』
“セル一個分のクリスタルの充填量のこと? いくらカプセルの耐圧が現充填量の遥か上だとしても規格を超えた過充填はよくないわ。”
『ううん、軍用で使うECセルの充填量は、同じカプセルで1クエタちょっと下ぐらいだから問題は無いよ。』
“…………ふーん、軍用と民間用で同じカプセルなのね。”
それにしても軍用か……戦闘機なんかに積んでたら撃墜された時に衝撃でそこら一体クレーターになるぐらいの大爆発が起こりそうだが……あぁ、それを見込んでのことか。
「お疲れさまです。ですが、風の魔石さんはあまり減ってませんね……。どうしましょう…………。」
風の魔石は二回りほど小さくなった。それでもまだ3センチ程は残っている。
ユーリアは触手をプルプルと小刻みに震わせている。
『今日の所は勘弁してよ……。』
「あんたがやるって言いだしたんだろ。これは生で置いておくと危険だろ? 全部やっちまえよ。」
『無茶言わないでよ、在学中に課題で出されたパーガトライトの……うぇぇ、思い出したくない……。』
二本の触手を体の前で交差させてブルッと震える。パーガトライトが全く何なのか知らないが、余程怖い何かなんだろうな。
「あの、このカプセルは頑丈なのですよね。では、このカプセルを開けて、それから……」
『わっ、ダメッッ!!!!!!』
コハルちゃんは持前のトンデモ腕力でカプセルの両端の蓋を引きはがそうとする。ユーリアは触手を限界まで伸ばしてカプセルを絡め取った。
『カプセルはね、内部は負圧なの。使い切ってもマイナス8ペタパスカルはあるの。周囲のもの吸い込んでクシャってなるの。凄く頑丈だからコハルちゃんの力でも多分壊れないと思うけど万が一……あと両端の蓋のようなものはエネルギーの安定化装置と安全装置だから壊さないでね。壊すと治せないし専門の業者以外では解体も出来ない不良債権になるから。』
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
『いいよ、見た目もそれっぽいしね。怖いのよ、こういう見た目とても簡単そうなものは。こういうのは一般に出回らない方がいいんだよ、本当に。』
へぇ、そんな構造してんだ。だって超高容量の電池のような使い方されてるし、エネルギーの状態を安定化して供給する程度のものだと思ってたけど、こんなにも極高真空の状態で使用されてるとは思わなかった。
「というか、マイナス8ペタで今45エクサなら、お前相当な魔力で押して充填してるのか?」
『そうだよ。だから脳みそ爆発するレベルでキツいんだっての。』
理論上、8ペタまでなら気化すれば入るが、それ以上は押してやらないと入らない。どの程度の魔力を要してるのか知らないが無理させない方がいいな。エネルギークリスタル合成の件もあるし。
しかし、よく今まで壊れて事故が起きなかったな。軍用の件もだが、一般用途でもかなりの高圧だし、何度も再利用されるし、下層なんか特に扱いは雑だし、劣化していずれ大爆発でもしそうだが……。
しかしこのカプセルのガラスだけでも高性能だし、どうにかして加工出来ないかな。加工出来れば…………クソ…………やっぱり錬金術師になりたいっ!!
「あのさ、錬金術って何なの?」
『えっ!? なっ、何で今なの!!?』
今更が過ぎたか。ユーリアは驚きの余り仰け反るも、姿勢を戻しておもむろに右の触手を口元らしき場所に置いて考えるポーズを取る。
『錬金術はね、太古のこの星で、鉄や錫のような卑金属から金や銀のような貴金属を生み出そうとしたのが発端で研究されて、数千年後の時を経て、物質から別の物質に変換したり、物質から複数の物質を抽出したり、変換した物質からモノを作り出したり、こういう風に魔力物質を機器に充填したり、それはもう様々な事ができるようになったの。』
ふーん、そうなんだ。
「ほぇ~……そうなのですね。」
『唯一、精神を宿らせたり、逆に一定のレベル以上の精神が宿ったものを錬金術にかけたりは出来ないの。ここで言う一定のレベルというのは、生きた植物はいけるけど虫や菌類はだめという事。使うなら精神を昇華させる……つまりは殺めなければいけない。錬金術は科学との境界が曖昧で、もっと色々とあるんだけど、今この場で言えるのはこの程度かな。それで、何でそんな事訊くのよ?』
「自然現象を、例えば空気や炎とかを結晶にするってできるのか?」
『できるよ。かなり高度だけどね。ただ、水晶か何か、魔力として閉じ込めるための媒体が………………あ…………そうか。風の魔石に内圧を吸わせてカプセル内をクエタまで落としてそれから…………あんた、よく思いつくわねこういうの。』
かなり思考が飛躍したようだけど、そうか、風属性なら真空は誰もが使う極々一般的な魔法だ。
ユーリアはわたしに接近し、二本の触手を両肩に置く。
「近いんだが……。」
『これは一大事業になるわ。』
“あー……そういうのやめてね。製法ごと、ここから外に漏らしちゃ駄目。壁の向こうで聞き耳を立ててるテルミナちゃんもね。”
『あっ……気付いてたんだ。クソムシは騙せそうにないなぁ。』
「あの、入ってきても大丈夫ですよ。」
“クソムシじゃなくてフンチュウ。中に入ってきなさい。”
ドアからテルミナが入ってきた。
『家政婦は見た……………目無いけど。』
『目無くても見えてるよ。』
毎度毎度、そのパーツ無しの顔を見ると変な声が出そうになる。
……そういえばハッチが全開だったし、待機してる間に和気あいあいとした会話が聞こえて近くまで来てたんだなぁ。
待ておい、ノアは放ったらかしか。
『魔石かぁ、久しぶりに見るなぁ。』
『エーテルランドの方って、こういうの禁忌じゃないの?』
『ううん、今でこそデーツ帝国以外はエーテルランド王国として引っ付けられてるけど、核戦争以降は周囲みーんな敵みたいな地域だったから、魔石が発見されて以降は魔石を使った兵器が多かったの。今でこそ大きな兵器は無いけど、その頃の名残で魔石を加工した道具が多く作られてるんだ。だから、原石も時々見かけるの。』
“ねぇ、エーテルランドって、魔石が核以上のブツだっていう認識ある?”
『あるけど、無いかもしれないわね。』
“なにその矛盾。”
『危険物という意識はあるけど、あまりにも一般化し過ぎて、原石そのものが危険だっていう意識は薄くなってるかも。ほら、車運転する時ってさ、危険な乗り物だと分かってても無茶な運転するじゃん。で、事故って大変なことになるじゃん。そういう感じ。』
“……魔石を全回収して一度滅ぼしたいわね。”
ルナクローラーが持つ水晶玉が血のような赤に染まる。これはマジなやつだな……。
『こっわ…………。』
『前にどこかの魔道具製造工場で砂粒ぐらいの魔石が爆発しちゃって工場そのものが消し飛んで全国ニュースになって、王様が雑な扱いダメーッて言ってたから大丈夫だと思うけど。』
「何だかとっても軽い王様ですね……。」
『砂粒で消し飛ぶの……。』
“ちょっと待って、エーテルランド地方って人が掘れるほどの浅い位置に魔石の鉱脈なんて無かったわよね? 近くても数少ない人魚でしか到達不能な北カルモ大海溝だし、高性能な潜水艇で潜って取るにしても余程慎重に一個一個採って運ばなければならないから非効率極まりないわ。”
『うん、鉱脈なんて無いわ。確か、何十代か前の王の側近の宮廷魔術師の人がう〇こから錬金術で取り出せたって話で、その魔術師もう〇こ以外に様々な植物から抽出できるように研究したり、それをその辺の錬金術師でも可能なように一般化してみたりしたみたいなの。』
『えっ!!? あたし以外にも居るのっ!!?』
……外に漏らす以前の話だな、それ。つーか、コハルさん以外にクソを錬金しようとした猛者が居たのか……。
ルナクローラーは前脚で自らの顔の両サイドをぺしぺしと叩いている。
“あの地域は太古から魔石のマの字も無い地域だったから、間違いなくその人が発端で……知らなかったからなのでしょうけど、何てことしてくれたのかしらねぇ……。それも一般化しちゃうなんて。”
だけど何処かで魔石は一粒で世界を滅ぼすほどの危険物だと知るんだろうけど、どうやって知ったんだろうか?
『あっそうそう、ママの実家の近くに三日月島っていう大きな島があるんだけど、確か、本当は円形の島で、魔石の欠片が大爆発した時に欠けたっていう伝説が残ってるわ。』
“あぁ……そういう…………よかったわね、最初の失敗が小粒で。”
錬金術師の実験場か何かだったんだろうか。まぁ、地球が砕け散らなくて良かったわ。
『それで、ユーリアさんは何をしてるの?』
『あっ、魔石をECセルの空カプセルに充填してるんだ。』
テルミナは充填途中の風のECセルを手に取って眺める。
『……凄い、色が違うし何だか風を感じる……。こんなこと出来るなんて……。』
『あれだけ魔石製品が出回っててやろうとした人居ないの?』
『幾らその辺に魔石が置いてあるような国の人でもそんなよく分かんないことはしないわ。爆発したらみーんな消し炭だし。』
まぁ、そういうことだな。
“ユーリアちゃん、そういうことよ。”
『ぐぇ…………でも後戻りは出来ないよ。』
まぁ、出来てしまったし後戻りも出来ないな。魔石のまま置いておくのは言うまでもないが、何より皆の夢が詰まったECセルだ。あのウサギの野郎が残して
いった風のECセルの威力は忘れられん。
『なら、わたしにもよく見せてよっ!』
『うん、いいよ。』
ユーリアは二本の触手で空のカプセルと先ほどの風の魔石を取り囲むように大きな円を作る。呪文のような言葉を唱え、宝石とカプセルは真っ白に光る。
カプセルから生じた白に近い緑色の霧が、風の宝石らしき粒へ吸われて行くのが見える。やがて、霧が細くなり、徐々に途切れ途切れになり、消滅した。
『ふぅ、成功成功っ! さっきよりは遥かに楽だわ。』
「ん? さっきよりも楽って、何をしたんだ?」
『風の魔石を利用して減圧させる術式を組み込んだ。しかし凄いね。素早く減圧してもカプセルには何の影響もない。すんごく頑丈。今一度、このカプセルの製造過程を調べてみたいわ。』
こいつ、何をさらっと高度なことを……。
『すごい…………ホタルん……いや、錬金術師やってる友達に見せてあげたいな。』
“ホタル……錬金術師?”
『ホタル・フローライトっていうの。あっ、そういえばあの子のママもホタルで、子供にホタルって名付けてから自分は名前を変えたみたいなんだけど、あれって何なの?』
『ホタルに蛍石……。』
“……フローライト家は有名な錬金術家系なの。というか、世界三大錬金術師の一つで、宝石の錬金に長けた家系で、名前は世襲制ね…………で思い出したけど、多分、魔石量産の原因の宮廷魔術師の名前、ホタル・フローライト……最初のホタルね。”
『原始ボタル……。』
『えっ、クソムシ、その話本当?』
“確か随分昔に読んだ帝国の最深部に厳重に保管されてる錬金術の本に書いてあったわ。なんせ相当古い本だし、その家系には爵位やら手厚い待遇を与えたけど手柄は王族が持ってったから、その真実が書かれた本が少ないのよ。”
厳重に保管されてる本の内容を言っていいのか……?
『…………ホタルん、そうだったんだ……知らなかったなぁ……自分では何も言わなかったし、錬金術を教えて貰えばよかった。』
「いえいえ、テルミナさま、ここに居られるじゃないですか。」
『え˝っ、あたしっ!? 待って、駄目駄目、今日はもう無理だよっ!! これ全部カプセルに充填するかガラス固化しなきゃいけないし……。』
『今じゃなくていいわ。 ……師匠、今度必ず、お願いします。』
『しっ、師匠っ!!!?』
「ウフフッ、師匠、わたくしにもお願い致します。」
『師匠…………えへえへえへ…………。』
師匠……か。最初出遭ったときはあんな感じだったのが、地上に出てすっかり人気者になりやがって。
“はい、では残りも早く充填して頂戴。”
『あっ、コハルちゃん、カプセル沢山使っていい?』
「はい、構いませんよ。」
ユーリアは触手で器用にカプセルを掴み、四つほど取り出して錬金台の上に置く。
四つのカプセルは次々と減圧されて、魔石は次々と充填され小さくなっていく。
「なぁ、この紫の魔石は闇属性なんだろ? 闇属性じゃ減圧出来ないし、どうするんだ?」
『……あっ、そうか…………。そうだっ!! テルミナちゃん、魔石を使った魔道具ってどんな感じの物なの?』
『どんな感じって、単純にガラス玉の中に封印したものが多いかな。それに命令術式を組み込んでどんなことをするのかを決定するみたいな。』
『なるほど。』
ユーリアは触手で円を作り、今までに無い程に深く集中する。触手は淡く橙色に光り、半透明の触手の中を光る何かが右の付け根から左の付け根へと巡り、クリオネの体を通して右から左へと回転するように循環し続ける。
『使うのはガラスと魔石だけ。両端のダイアマイト鋼はまだ使わない。』
触手に囲まれた魔石とカプセルのガラスのみ白く光り、真空のカプセルが爆発するのではと思えばそうでもなく、静かに二つは融合し、一つの渦と化す。
『……まず、カプセルのガラス質の器と風の宝石を練り上げて安定性を上げ、次に残り3つのそれを外皮として……形は何にしよう……球体じゃ面白くないしな……』
チラっとわたしの方を見る。
『髪留めにするにしても、あんたは、低い位置で結ったツインテールだし、コハルちゃんは……』
「あっ、いえ、お構いなく……。お気持ちだけで結構です。身に着けるものだと、何だか怖いものがありますし……。」
『わたしは風属性が使えるからいらないわ。ツインテールだし。』
『そうよね、こんなもんどんだけ安定させても怖いもんね。テルミナちゃんはいいなぁ、風属性が使えて。 ……そうだいい事を考えた。』
ユーリアはこっちを向き、ずんずんとわたしに接近する。
“えっ、わたしは無視? 要らないけど。それよりも、危険物の錬金中に目離さないの。”
『火属性の持ち主なら、風属性にも興味があるわよね。腕のサイズを測らせて。』
「なんでよ……確かに興味はあるけどさ、下手したら腕一本無くなるやつでしょ、これ。」
『大丈夫よ、大丈夫。』
右の触手を口らしき所に当て、ウフウフとほほ笑んでいる。何か企んでやがるな……。
ユーリアは繋いで円となった触手を解き、わたしの腕を触手で巻く。何だか生暖かくて気持ち悪い。錬金中に円を解いても錬金は中断されず、渦巻いたままだが、別のヤバい物質に変質したりしないだろうな?
“錬金するときのポーズは色んな流派があって、そのポーズは錬金術を行うにあたって必要なことなんだけど、それを解く行為はご法度なの。錬金が中途半端な所で中断されてしまって、その後の理由はあなたの思った通りで、変質してゴミクズと化すのならいいんだけど、未知の危険物に変質したり、核物質に変質したり、手に負えないものが出来上がってしまう。だけど、ユーリアちゃんは離しても錬金は異常終了せず一時停止状態になってるし…………わたしが若ければ……あと五じ――――”
『ぶえっくしょんっ!!!!』
『うわっ、びっくりしたっ!!!!』
本当にびっくりした。テルミナのくしゃみでルナクローラーが言いかけてたことが中断されてしまった。
“わたしがあと五年若ければ、ユーリアちゃんはわたしの研究対象だったのに……。”
……五十年って言いそうになってなかったか?
と思ったら目を真っ赤に光らせ、水晶玉も見たこと無いぐらいに赤黒く光らせ
、持てる最大限の殺意を持ってこっちを見ている。
『ごめんごめん、何だかギラギラした粉が鼻に入っちゃって……』
こいつに鼻なんて無いはずだが、本来そのパーツがあるべきそれぞれの場所にそれぞれの感覚があるんだろうか。目だって見えてるんだし。
「はい、タオルです。少し臭いですが……。」
『こっ、これは……コハルさまの香り……っ!!!! 家宝に致しますっ!!!! ……んぐんぐんぐ…………チーンッ……はぁはぁ……コハルさまの成分とわたくしの体液が混ざり合い…………天孫降臨ッッッ!!!!!!』
この白い変人は置いといて、とにもかくにも今はユーリアの錬金術だ。
『ギラギラした粉…………あっ、錬金中の物質からちょっとだけキラキラした煙みたいなのが上がってる。』
“この感じ、早く錬金しないと成分が昇華してしまうわね。まだガラスの成分だけ昇華してる感じだけど、これが魔石の成分となると大事故になるから早くしなさい。”
『急がなきゃ……こらルピナス、もう一回腕出せっ!!』
おい、そこからかよ。もうこの際何の形でもいいんだが。
『子供らしく、随分と細いわね。機械の体にしても、よくあんなレーザー銃や魔法放っても変形しないもんね。』
「うるさいな。放っとけよ、成長しないんだから。」
『はいはい、今度診てあげるわよ。よくあるのよ、腕に疲労が蓄積してるのを知らずに、戦闘中にバキッと折れてそのまま破壊されちゃうのってね。』
「うっ……。」
細い腕を触る。全く気にしていなかったけど、あの反動の無いレーザー銃はともかく、あの何とか言うレーザーライフルの反動は確かに金属疲労が蓄積して部品が飛んだり破断したりするかも。これならパワースーツとか欲しいな。
『そんな顔しないの。ほら、もうすぐ形になるから。』
わたしは再び錬金台を見る。カプセルのガラスの部分と魔石は渦を巻き混ざり合ったそれは、飴細工のように長く引き伸ばされ、そしてユーリアの手によって円形になるよう繋がれ、腕輪として体を成す。
錬金の際の輝きを失い、透明なガラスの中に細い薄緑色のインクを流し込んだような美しく、そして素朴な見た目。
“あら、綺麗。”
「ほぇ~……綺麗です。」
『すごーい……高級宝石店で売られてる魔道具なんかよりも断然綺麗だわ……。』
『あぁ、うん。でもなんか足んないわね……。まぁいいか。テルミナちゃんも高級宝石店超えって言ってるし。ほら、ルピナス、5億エル払え。』
「押し売りかよ。なら要らねぇ。」
『そう、じゃあ、あげない。』
何なんだこいつは……。
『あっ、発動用の術式入れてない。えーっと、真空魔法の術式は……。』
例の如く触手で円を作り、緑色のドーナツを囲って、ブツブツと何かを呟いている。
“術式の書き込みは本人のセンスが強く出るから楽しみね。”
ブツブツ呟いて早3分、ブツブツの速度が当初の倍になったような気がする。どのように書き込まれるのか知らないが、一体どれだけ長考しているんだ?
『よしっ、ライタブルッ!!』
緑色のドーナツの表面に青白い光の筋が走り、基板の表面の回路を描くように一周する。
“…………待って、一体幾つの機能をぶち込んだのかしら?”
『……風の魔法、昔学部で習ったもの思い出すだけ全部。使えもしないのにやらされて、でもいつか使えるかなぁで全部覚えてたから、多分、4桁は行ったかも。』
“……上級の魔導書クラスよ、それ。普通なら受け付けないか、僅かな衝撃で生成物ごと粉微塵になるのに安定している。ちょっと貸しなさい。”
持っていた水晶玉を錬金台に置き、代わりに緑のドーナツを持ち上げる。落としてくれるなよ、わたしの夢が詰まってるんだから。
“ちょっと機能に特化した鑑定を…………。”
「なぁ、ユーリア、それをわたしに――――」
『さっき要らないって言ってたじゃん。』
チッ、こいつ……………………まぁ、いいや。こいつの施しは受けねぇ。それ以前に5億エルも払えるか。
“……これは5億エルの価値は余裕であるわ。ユーリアちゃんの言った通り、初級の1ページ目から上級の端までほぼ全部詰め込まれてる。一部ちょっと足りないけど、そんなもの些細な問題よ。”
『それ、魔道具というか、もう兵器じゃん。』
「風属性に適性が無くても風の魔道士になれるのですね。」
“あー、でも……使用者の最低レベルがかなり高く設定されてるから、魔力に関する数値、知力や魔力、精神力やMPなどの数値を総合して算出したランクがA以上なければ初級すら怪しいかも。ルピナスちゃんはまだまだね。”
こいつ……結局使えねぇじゃねーか……。そんなうまい話は無いよな……。自力で強くならないと。だけど火属性がSランクだっていうのに総合したらAにもならないのかよ、クソが。
“この辺は錬金術師が持つステータスの数値が色濃く出るから、魔道具を作ったとしても錬金術師がハイレベルだと使用者もハイレベルであることを求められるから難しいのよね。”
『ねぇ。ということは、あたしのステータスは……?』
“さぁね。知りたければ鑑定のレベルを上げるのよ。”
『あたしのことなのに何で教えてくれないのさ……。』
“おっと、まだ闇属性の魔石が山ほど残ってるわよ。風の腕輪を使って充填してみなさい。天才錬金術師、ユーリアちゃんなら出来るわ。”
ユーリアは照れているのか、触手を変な形にくねらせてモジモジしている。何とも単純な奴だ。
◇
ユーリアは次々と闇の魔石をカプセルに封入し、残り何粒かという所でガラスと融合させ丁寧に握りこぶし大の球体に仕上げていく。風の宝石とは違い、ガラスに溶ける性質とそうでない性質が混在しているのか、黒に近い紫色に染まったガラスの中に、まるで宇宙が広がっているような、様々な色をした美しい星々や星雲が広がっている。
「うわーっ、美しい星空ですっ!」
『凄い……自分で作っててあれだけど、まさか宇宙ガラスになるとは……。』
『何十時間でも見てられるわ……。宝石商や貴族の間で奪い合いになりそうね。』
「闇属性の術式は記入しないのか?」
『闇属性の魔法は属性の保有者が少ないし、なんせ複雑怪奇で魔術方面に進んで大学院にでも入ってそういう研究室に配属にでもならない限りは触らないから知らないんだ。』
“わたしならいつでも教えてあげるわ。闇属性はわたしの領分だしね。わたしの実験を兼ねたスパルタ教育に耐えられればだけど。”
『えっ、遠慮しておきます……。』
「丁度いいじゃん、受けろよ。闇属性の魔道具なんて面白そうだし。」
『ローリエさんの講義、めっちゃくちゃ厳しくて有名なんだ……。火を知るために護摩行を3日、水を知るために滝行を5日、大地を知るために魔物で溢れた密林を踏破させられ――――』
“それぐらい当然よ。そうでもしないと、精霊の岩屋は受け入れてもらえないわ。あと……分かってるわね?”
『ヒィッ!!!!!!』
ルナクローラーの目が不気味な程に真っ赤になる。本当の名前で言われると一生クソムシのままだから仕方無いのだろうけど……。
しかし、岩屋はあの岩屋か……。岩屋なんてすんなり入れて何か自動的に属性を与えられたけど、そんな妙な条件って……いや、こいつ、実験を兼ねたって言ってるし、絶対に嘘だな。
『ねぇ、この宇宙ガラスというの、もっと小さいものって作れる? とっても綺麗だからペンダントとか欲しいなって。』
“はーい、1億エルね。”
『クソムシ、師匠に魔石を錬金するのあんなに渋ってたのに、なに調子に乗ってんの? ふざけんな、このクソムシベンジョムシウ〇コムシゴミムシっ!!』
“本当にもう、罵詈雑言の四文字ね……冗談よ。綺麗だからって、魔石の成分が溶け込んだガラス玉で発動しなくても魔道具なんだから。特にあなたはそれでも騎士なんだし、場所を選ばない戦闘狂の面もあるから、割れると危険だしやめときなさい。”
『じゃあ、身に着けずに大切に持っておくからお願い。』
“……本当かしらね。騎士、正確には姫騎士なんだから、もっと清楚にすべきなのに、とんでもないお転婆な――――”
『これでどう?』
『うわぁーっ!!!! ありがとう、師匠っ!!』
ルナクローラーが喋ってる間に涙のような形の小さな宇宙が誕生した。鎖は両端のダイアマイト鋼製の部品から取ったのだろうか。
『さっそく着けちゃお…………あれ、頭の……何かに引っかかる。頭に何が…………?』
テルミナは頭部にあるウサギの耳に触れようとする。まさか、今の今まで自分の頭にウサ耳があることに気付いていなかったのか?
『えっ? えっ!? ちょっ……何か長いのが……何これ?』
『あのね、テルミナちゃん。あなたの頭にウサギの耳が付いてるんだ。』
「ウフフッ……とっても可愛らしい耳です。」
ユーリアはダイアマイト鋼部品でサッと金属の鏡を作り出し、テルミナの方へ向けた。
『えっ、えっ!?』
「多分だが、あれに混ざってたウサギの死骸とあんたが混ざってそうなったんだと思うが、元に戻す術は無いから受け入れるしかないな。」
……まさかと思うが、今まで散々振り回してくれたあのウサギの死骸じゃないだろうな?
『……えっ…………うそ……。』
「受け入れろ。」
『…………わたしの顔面キモーイッ!!』
はっ?
そっち?
「…………良かったですね、ウサギさんの耳が生えてることでショック死しなくて。」
ショック死はしないだろうが…………。
『何これ、めっちゃくちゃのっぺらぼうじゃん。見た子供たちが泣いちゃうわ。誰か目と鼻と口とつけまつげ付けてよっ!!!!』
「ウサ耳は何ともないのか?」
『えっ? ウサ耳超カワイイじゃん。控えめに言ってもヘヴンだわ。これでウサ語が喋れたらウチのルーナちゃんと一日中喋ってられるのに。』
……なら良かった。
『あー……ルーナちゃんを思い出しちゃった……もう会えないのねぇ……呑んでなけりゃやってられないわっ!!』
『呑む?』
『あーっ、こんなところにコハルさまのエキスがっ!!!!』
コハルさんのエキス…………。表現はともかく、机の端に集積された例のう〇ちのちからにテルミナの魔の手が。
止めようにもウサギのDNAの所為かやたら素早く、気付けばもう手元にあり、その栓が抜かれようとしていた。
「あっ、あの、ここで開栓をしては――――」
『ッぽーん。』
慌てふためく野生のウサギの如く、目の前の出口を求め、転倒し四つん這いになりながらも出口に滑りこもうとしたが間に合わず、意識が黄色い気体と共に消えた。




