1-13-5 錬金術(5)
ふと目が覚める。ここはベッドの上、また知らない間に移動して寝てたみたいだ。今度もコハルさんが運んでくれたのだろうか。
……こんなんじゃ駄目なんだけどなぁ……。
ベッドから起き上がる。ノアは横ですやすやと寝息を立てて眠っている。コハルさんの姿は無い。ユーリアが居る気配もない。
『あら、起きてらっしゃったのですね。』
真っ白な体にのっぺらぼうな顔。心臓が止まるかと思った。
「……テルミナか。あいつ等は?」
『ジーナさんならさっきまで居ましたけど、コハルさまから事情を聴いて安心して丘の向こうへ跳んでいきましたよ。』
「いや、そっちじゃないが……コハルさんとユーリアは何処行ったんだ?」
『地下に居ますよ。わたくしも混ざりたいのですが、ここの警備を任されていますし、何より、色んな魔の物がおりますので……ハァハァ……お姉さまの…………♡』
……こいつ、どうしたんだ?
急に発情したような声色になったが……。
『はっ、いけませんっ!! この任務を終えるまでは我慢しませんと……禁断症状に耐えられる体にならなければなりませんね……。』
…………こいつ、大丈夫か?
体が小刻みに揺れているテルミナは講堂へと向かう。まさか、朝までずっと正面に立ちっぱなしなのだろうか。
「なぁ、玄関外に出るんなら、この寝室で待機してくれないか。そこの穴が不用心だし、コハルさんが地下に居るのならここの方がいいと思うが。」
後ろ歩きで寝室の前に戻り、のっぺらぼうな顔をこっちへ向ける。こんな時間だと完全にホラーだな……。
『それもそうですね……。分かりました。ではこの寝室で待機します。』
◇
ノアを置いて再び地下へ降りる。扉がほんの少し開いた例の部屋からは明かりが漏れている。二人の声も聞こえる。一体何してんだ?
「……あんた等、日中にあれだけのことがあったのに元気だな。」
『あっ、ワンコロは大人しく寝てりゃいいのに……。コハルちゃんがどうしてもって言うから錬金術を教えてるんだ。』
「素晴らしいです。やはり独学ではいけません。師匠は絶対ですね。」
コハルさんは目を輝かせている。勉強熱心なのは良いことだが、何よりも睡眠は絶対である。寝れる状態なら寝ましょう。
『しっ、師匠だなんて…………えへえへえへえへ……』
声色からして照れを隠し切れていない。こうして見ると何とも可愛い奴だ。
「あっ、あの……では、今から持ってきますので、ユーリアさまの錬金術をお見せして貰っても……。」
『なっ、何を……持ってくるの?』
コハルさんは頬を赤らめ、小走りで部屋を出て行った。嫌な予感しかしない。
“その予感は当たりね。まぁね、今日一日であれだけのものを見せられたのだから、もう慣れたんじゃない?”
あぁ、ユーリアにブツを錬金して欲しいんだな。慣れねぇよ、クソが。
『えっ、一体何をっ!?』
“ルピナスちゃんが鋭いのかユーリアちゃんが鈍いのか……兎に角、耐えなさい。じゃあ、わたしはお暇するわ。あのガラスの鳥も探さなければならないしね。じゃあね。”
「……あいつ、逃げやがったな。」
「ふぅ~ん……いい香りです……♡」
コハルさんのほんわかした声と同時に厳つい香りが部屋に充満する。
「お待たせいたしました。置く場所はここで宜しいでしょうか?」
暗黒物質、再び。
『マッ!!!!? ちょっ、一日に何度もやめてぇっ!!!!』
「ユーリアさま、よろしくお願い致します。」
『よろしくお願い致します……じゃないよぉっ!!!!!!』
暗黒物質の入った桶がドスンと机上に置かれる。既に臭いが部屋に充満しており、早急に錬金して消費しないと息が続かない。
…………何だかさっきと少し臭いの質が違う気がする。気のせいだろうか。
『ぬぉわぁぁぁぁああああっ!!!!!!』
「ユーリア、早く錬金してしまえ。そうでないと永久に臭いを放ち続けるぞっ!!」
ユーリアは震える触手で大きな円を作る。俯き、ブツブツと呪文のようなものを唱える。呪文か……わたしはそういうの覚えられないし、呪文じゃなくイメージで出来たらいいのにな……。
「あっ、あの、少しお待ち頂けますでしょうか?」
『ほわっ!? えっ、なっ、何っ!?』
コハルさんにより呪文が中断される。そして徐に桶に鼻を近づけ、すぅ~と臭いを嗅ぐ。
『…………コハルちゃん、もういい?』
「もっ、もう一度だけ……?」
ユーリアは触手をぷるぷる震わせ、天を仰ぐ。こいつは限界ギリギリなんだろうが、限界を迎えるとコハルちゃん以外にブツを処理できず、わたしも死んでしまう。ここは何としてでも耐えて欲しい。
「うふふっ♡ もう、構いませんよ。」
5分ぐらい嗅ぎ続けてようやく満足したようだ。こういうのはここに持ってくる前に堪能してくれ。
ユーリアは震えて波打つ触手で再び円を作り、口調もたどたどしく何とか呪文を唱えている状態。これでうまく行かず、ブツがブツのままだとコハルさんを残して全滅だ。
……徐々に二つの茶色いブツが輝き始める。段々とブツ全体が真っ白に光り、少しずつ形が変化していく。よしっ、うまく行ったかっ!?
「うわぁ、凄いです。こんな立派な形……素晴らしいですっ!!」
ブツはサイズ違いの小さな飴色の立方体が一個と、無数の黒い立方体。そして、コハルさんの時には無かったペリドットのような黄緑色の宝石の大きな原石が二つに、濃い紫色の宝石の小さな原石が大量に生成された。うまく行ったようだが……これは……?
『…………えっ!?』
「何だこの宝石?」
「何でしょうね、この宝石?」
“凄まじい魔力を検出したから急いで戻ってきたわ。”
ルナクローラーが目の前に現れた。わざわざワープして戻ってきたのか。
“そりゃ、あんな魔力を感じ取ったら誰でも戻ってくるわよ。”
「じゃあそのついでにだが、この宝石は何だ?」
“はぁ~……どうしたものかねぇ……。”
珍しく困ったような声を出す。そんなにヤバいものなのか?
“魔石。分かる? これは魔石。まーせーき。しかも高純度の魔石だわ。はぁ、桑原桑原。”
『魔石っ!!!!?』
「これが魔石…………。あんな核兵器級のものがこんなにカジュアルに生成されるもんなのか?」
魔石一粒で世界が滅ぶと言われる魔石。説明は省くが、それがこの場所に、今わたしの目の前に黒の魔石一粒二粒……。
“んなわけないでしょ。ユーリアちゃんの錬金術師のランクがヤベェのよ。その一帯が何故だか複雑な隠蔽が施されていて、さっきの魔石を生成した時に感じた魔力で一気に解けたけど……ノアちゃんの時も似たような感じだったけど、何もかも遅すぎるわ。”
……慌ててるのか、言っていることがよく分からない。隠蔽?
『えっ!!? あたし、そんな…………そんなに高いの?』
“…………XYZね。問題点はそこじゃなくて、ランクもここまで来ると、鉄から金など材質を変化させたり、最大数から更に量を増やしたり、ノアちゃんみたいに生命を与えたり、そういう錬金術のユニークスキルを生じるんだけど、あなたはエネルギー体の生成というスキルを持っている。だから、魔力を持つ者の糞などに溜まった魔力を魔石として取り出せるの。”
待て、ノアもXYZ級なのか?
『マジで…………じゃあ……。』
“錬金術は今後一切禁止とします。”
『ンぎょあああああああっ!!!!! 待って、えぇっ!!!!???』
“叫んでも駄目です。こればかりは異次元に葬っても、もし爆発すれば次元の壁を突き破って隣接する別次元に大ダメージを負わせるから駄目。”
『もぎゃあああああああっ!!!! あたしのアイデンティティがっ!!!! あたしから錬金術を取ったら何が残るのぉぉぉぉぉおおおおおっ!!!!!?』
……お前の経歴は一体何なんだ?
“この魔石はどうにかして処分しないといけないわね。”
「それよりも、これは…………。」
“さぁ。知りたければ額を貸しなさい。”
額?
“声は耳から、念話は額から。”
額を近づけりゃいいんだな……何だってんだよ…………っ!!!!
“そう、それ。”
コハルさん、あんたさぁ……。
……しかし臭いの違和感はそういうことか。しかし、あー……何だか色々と心配事が湧き出る。
“しかしあの子のは分かるけど、この子も凄まじい量の闇属性の魔石ねぇ。毎回これだけ出ていて、こんな山が出来るほど蓄積し続けるってどういうことかしら?”
「そもそも、一体どういった魔力が排泄されるんだ? あの魔力量を考えれば黄緑色の魔石はこれだけじゃないはずだが。」
“使われなかった量が出ると思っていいわ。あの子は魔力のキレが良いし魔力の瞬発力もいいから必要になったらなった分だけ出せて、それも概ね使い切る。キレが悪ければ不要な時も垂れ流しになるし、使うとなると今度は大量に出て使い切れずに出ちゃうの。この子の場合は理由は別だけどね。”
まぁ、体の中に不要な魔力が残りっ放しだと内臓に影響が出るから出るようになってんだな。しかしそれだと全く出ないと思うんだが……。
“行動を先読みして準備してたけど、キャンセルされて残されたものが時間が経って溶け込んだんじゃないかしらね。因みに黄緑色や薄緑色は風属性の魔石ね。”
……知らず知らずに無駄にしてたんだな。まさかそこまで……気を付けないと。いくら状態異常にならない特異体質にしても、表面に出ないというだけで体にはダメージが蓄積するのだろう。それは絶対に避けなければ。
“さて、ユーリアちゃん、呆けてないで現実を見なさい。”
『……ちょっといいこと思いついちゃった。』
“…………言葉になってないけど、イメージは伝わったわ。わたしの専門は生物工学だからECセルの仕様とかよく分からないけど、非常に危険だからやめておきなさい。”
一体何をするつもりなんだ?
『ううん、大丈夫。その程度の圧力じゃ壊れないよ。コハルちゃん、ECセルの空カプセル貰っていい?』
コハルさんは人差し指で下唇を押さえ、じーっとあの子産のウンウンブリリウムの方をじっと見ている。
『どっ、どうしたの?』
「何だか、あま~い香りがします。」
特にそんな香りはしないが、コハルさんは小さな飴色の立方体を手に取り、猫か犬のように鼻を近づける。
「ふわぁ~……良い香りです。」
『…………………コハルちゃ~ん?』
「ちょっと…………ペロッ。んん~♡」
ユーリアはピシッと凍り付く。強めに叩いても微動だにしない。
“何とも業の深い絵図ねぇ。コハルちゃん、もはや別物とはいえ、流石にそれは汚いわよ?”
ユーリアはゆっくりと地面に吸い込まれ、背中からビターンッと小気味の良い音を放ち、背を地に着いた。
『タウリン5000兆ミリグラム配合、りぽびったーん……ぐふっ。』
「甘いです~♡」
キャラメルみたいな見た目だけどクソである。もう一度言う、クソである。我々は決して忘れてはならない、クソだという事実を……。
“ウンウンブリリウムは糞では無いわ。だからって安心は…………出来ないけどね♪”
異臭元の全てを錬金し終えたことで、部屋に充満していた匂いと入れ替わるように甘い匂いが広がる。
この匂い、どこかで……、どこかで入手したような……。
あー、えーっと、どこかで……。
「ユーリアさまも嗅いでみてください。」
コハルさんはしゃがみ込み、床で伸びきったユーリアの顔に押し付けるように例のブツを持っていく。こいつの鼻、この黒一色平たいモニターのような顔のどこにあるんだ?
『…………あっ、えっ!? ちょちょちょっ……ちょっと待ってっ!!!! あたしにそんな趣味なーいッ!!!!!!』
「いえいえ、良い香りですよ、嗅いでみてください。」
『そんな趣味ねぇっつってんだろーっ!!!!!!?』
コハルちゃんは立方体の物質をユーリアの顔に押し付けようとする。
対してユーリアは絶叫しながら二本の触手を並行に伸ばして拒否している。
なんなんだこの絵面。つーか、うるさすぎて何も思い出せねぇ。
『あっ…………でも、何これ……甘い匂いがする。』
コハルさんの力に屈して押し付けられ、観念したか仕方なく嗅いでいる。
『あー、これ、アンバーグリスだ。』
あっ、そうか、龍涎香か。成程確かに……よく知ってたなこいつ。
そう、それは大きなクジラの糞に極稀に含まれて、極稀に浜辺に打ち上げられる石のような物質。それは独特の甘い香りを発し、上層のお貴族様にも大人気で、そういう依頼が出る事がある。出たらそりゃもう取り合いだ。
そして思い出した。孤児院の前の浜辺でアンが拾ってヴィオラさんにあげてたわ。
でも何で、体内にそれが含まれてるんだか。
……クソッ、何かが気管支に入った。今この部屋にあるものだと、何の粉末が入っても体に悪そうだが……。
「これは…………ウフフッ、わたしの家宝です。」
ユーリアの体の色んな所から妙な匂いのする白煙が噴出する。情報量が多すぎてオーバーヒートでもしたか。
“何となく言い出すとは思ってたわ。ところで、この子のウンウンブリリウムに非常に高濃度の闇属性が含まれてるから、魔石ほどじゃないけど処理方法を考えないとね。”
「ほわぁ~。どんな匂いがするんでしょうか。」
何の迷いもなく手で取り、黒々とした立方体を鼻に近づける。置いたまま手で仰いで嗅ぐという事もせずに。
「末恐ろしいな。」
“末恐ろしいというか、もう手遅れだわ。”
やっぱりというか、コハルちゃんはぽかんと口を開き、うっとりとした表情で明後日の方を見つめる。
『…………今度は一体どんな香りなの?』
「宇宙の果てに旅行しているみたいです……。」
試しに暗黒物質を手で仰いで嗅いでみた。甘い蜜を良い感じに焦がしたようなビターな香りするけど、少しタンパク質多めの大便の匂いが混ざっている。
肥料と変態向け商品以外には使い道は無いだろう。
『ちょ、あんた……いくら犬だからって自発的に嗅ぐんじゃないわよ……。』
チッ、単純な好奇心だったのに、ユーリアの前ではやるもんじゃないな。
“はいはい、それよりも魔石よ。絶対に触らないでね。めっちゃくちゃ危ないから。”
「ユーリア、この宝石どうするんだって。ここにあっても何等かで割れてしまったらこの世界ごと消し飛ぶだろ?」
『あぁ、あれね。核廃棄物の処理みたいに、何か物質を足して安全な形に変形させてみようかと思って、ECセルの空カプセルの特殊ガラスを使ってガラス固化してみようかなと思ってね。』
核廃棄物……これも同じなら半減期までに何億年かかるんだか。
ユーリアは緑と紫の宝石をじっと見つめる。
「でも何でそんなことを思いついたんだ? というか、どうやるんだよ?」
『魔石とエネルギークリスタルの性質は似てるの。密度は段違いだけどね。エネルギークリスタルは錬金術で一度気化させて真空にしたカプセルに充填するの。だから液化とか気化することは出来ると思うんだ。』
“あれが出来たのなら性質が似てるこれも出来るだなんて、安易に考えない方が良いわよ?”
『けど、もしそうなら、どの物質にでも親和性があるし、何なら武器から機械まで何にでも属性を持たせられると思うんだ。ただ、生命が宿るものには無理かな。だからあんたに風属性をインストールさせるような事なんて出来ないってこと。…………待って、これはプレディカドールに属性を……』
「おい、妙な事考えるのはやめろ。」
『冗談よ、冗談。もうあたしの手元には何一つ残ってないんだから。』
二本の触手を組んで、ずっと下を向いて考え込んでいる。
ユーリアは何かを思い出したか、ふと前を向いた。
『いっそ、試してみよう。』
嫌な予感しかしないが……一体何をだ?
“この子の思考にあったもう一つの方法、魔石を使ってあの風のECセルを作るかなり強引なやり方ね。”
『やってみなきゃ分かんないよ。』
やってみて失敗したら消し飛ぶんだろうし、そんな奇々怪々な実験を軽いノリではやるべきではない。だが、興味は物凄くある。魔石もこのままここにあるべきではないし、博打に乗ってみるか。




