1-13-4 錬金術(4)
あぁ、空が綺麗だなぁ。この周囲の雲が無ければ宝石箱みたいなんだろうね。こんなの無駄に明るいトゥリシアに居たんじゃ見れないな。アンたちにも見せてあげたいな……。
「ノア、この星空をよく見ておけ。」
「うん? うーん……。」
わたしに張り付きっぱなしのノアは一瞬だけ空を見上げて、眠そうな声と共に顔をわたしの耳元に戻す。
こんな世界だから、明日もまた美しい夜空が見えるとも限らない。あぁ、カメラが欲しいな……。
キンッ!! ガンッ!!
……チッ、いい所なのに一体何の音なんだよ。まさか、テルミナが魔物と交戦してるんじゃないだろうなっ!?
バシッ!! カーンッ!!
「やっ、やるじゃないの……。」
『あなたも見た目に違わず、中々やるわねっ!!』
…………ジーナとテルミナが戦ってやがる。クソッ、ジーナのこと説明しておくのを忘れてた。どっちもが魔物と認定してやり合いになったか。
テルミナは槍、ジーナは両腕についたブレードがぶつかり合い、火花を散らせながら押したり引いたり……あのジーナと対等にやり合ってやがる。
…………ノアと戦ったとき、テルミナは押されてたから、ノアはとんでもなく強いんだな……。
カーンッ!! ガンッ!! ガキーンッ!!
「うるさい。」
「そうだな。ノア、巻き込まれたら面倒だから中に戻るぞ。」
幸いにも寝室直通の勝手口が開通しており、バトルステージとなっている正面玄関を通らずとも中に入れる。鍵付きの扉でも付けておくか。
テルミナたちの方に顔を向け、気付かれないようにそーっと中に入る。
「ルピィちゃん、あぶない。」
「ん?」
正面に視線を送ると、ついさっきまで閉まっていたハッチが開いていた。危うく転落するところだった。
「うわっ…………ノア、ごめん。」
「うんっ!!」
あぁ、ノアに助けられてばかりだな。何だか情けない。
ガキンッ!! カンカンカンッ!!
「フンッ、あたいの連撃を受け切るなんて、あんたのその石の体、とんでもなく強靭ねぇ!!」
『あなたもその粗雑な体で、よくわたしの動きに付いてこられるわねっ!!』
キンッ!! ガンッ!!
すぐ近くまで寄ってきやがった。畑を荒らすんじゃねーぞ、あいつ等。
巻き込まれたらマズいのでタラップに足をかけ、地下に降りる。
「うっ……何だこの臭い……。」
「くさい。」
「あぁ、臭いな。」
まさかこの地下室、下水道に繋がってるんじゃないだろうな……いや、こんな荒野に下水道なんて無いか。
それにしても教会に何でこんな空間があるんだろう。地下倉庫なんだろうか?
他にも幾つか部屋があるようだ。小さな教会にしてはやや広い。何か怪しい匂いがするが、今は別の匂いも漂う。
「ノア、離れるなよ。」
「うん。」
レーザー銃を構える必要はまるで無いんだろうけど、暗い電球色の灯りの所為もあって不安に感じる。扉は左右に一つずつ、正面に一つ、扉ではないが、通路が左奥に一つあり、通路の奥は右に折れている。
銃を構え、現場でやるように壁に背を近づけ、そーっとそーっと壁沿いに進み、左の扉のノブを捻る。
ノブは固い、湿気で錆びついている。力づくで捻り、何とか回ったが、一度回すとバネの力では戻らなかった。やはり蝶番も錆びていて固く、扉を動かすと軋む音を発する。
コハルさんにとっては気にもしない程度の固さでも、非力なわたしには辛い。しかも、ほんのちょっとだけしか開かず、人が入れるほど開かない。やっぱり、一人では生きていけないんだろうか。
「ノア、やっていい?」
「えっ、ちょっ……何を?」
ノアは小麦色の細腕を伸ばし、小さな手でドアノブを掴み引っ張った。
目を疑う光景だが、わたしの力では到底不可能であった錆び切った扉が意図も簡単に開かれてしまった。なんてこった……。
……あのライトブレードを扱えたのだから当然か。
…………一人では生きていけないな。
◇
恐る恐る中を覗く。虫系やネズミ系の魔物が潜んでいるかもしれないから慎重に。
中は書庫、むせ返るほどにカビ臭い。ノアの健康を害しそうな気がするが、そういえば如何なる疫病にも感染しないんだっけ。健康体だなぁ……。
部屋としては講堂よりも少し広いぐらい。位置的にも講堂の真下か。
幸いにも魔物の気配はしないし、何よりもよく見ているノアも反応しない。電灯も相変わらず暗いので、ここでわたしの光魔法を用いて明るくする。
ポワンと小さな小さな太陽を浮かべる。部屋は見違えるほどに明るくなった。
書庫の書物を漁る。大量の医学書、大量の錬金術や製薬に関する書物、付箋が大量に貼られて膨張している料理本、そして何処から入手したのか、コハルちゃんが好きそうなものに関する研究書物から子供向けの読み物まで大量の本が保管されている。
時事書物や地理に関する本など、この世界に関する資料になりそうなものは何にもない。
わたしは壁に手を置き、深くため息をついた。
カビ臭い本で思い出したけど、バッグにユーリアの日記が二冊入ったままだった。運よくユーリアに気付かれていないが、気付かれたら捨てられるし、置く場所が無いしで、一旦このう〇こ資料の上に載せとこう。
…………あれは何だ?
本棚を見上げた時に、本棚の頂部からはみ出た壁の色が、周囲の壁の色と違う事に気付く。
その色は先ほどの扉と同じ色をしている。もしかして、扉がこの本棚の裏にあるのか。
ここは教会、その下に広がる不自然な程に広い地下倉庫……。
本棚がいつからあるのか知らないけど、一体中には何が……?
この壁は位置からして書庫に入って左側、ちょうど畑や井戸がある方面……なんだか背中がゾクゾクする。何度も洞窟とか廃墟とかに探索に行ったが、こういう背筋がゾクッとする場所は碌なことがない。
昔、物理極振りの脳筋どもに頼まれて着いて行ったら見事にそういう場所で、早速そこら中に湧いてた物理攻撃が効かない霊体に取り囲まれて、その纏わりつく霊体をわたしが駆除しなければならなくなって…………その地獄のような案件があってそういう場所は避けている。
あぁ、思い出しただけで鳥肌が立つ。
わたしは急いで書庫から出る。
扉が閉まらないので開けっぱなし。後でコハルちゃんに閉めてもらおう。
再びレーザー銃を構え、今度は反対側の扉に入る。部屋も手前から虱潰しに進めて脇道があれば奥まで入ってまた戻ってとか、片や怪しい所だけ入って目的のものを見つけたら即退出みたいな、こういう探索のやり方は人によって癖が出る。冒険者ギルド総本部の調査では男性冒険者は前者で、女性冒険者は後者の傾向があるみたいだが、わたしは前者だ。
正面から見て右側の部屋は、位置的にトイレの真下か。トイレの真下と言えば便器の真下。地雷臭しかしない。
やめようか………………いいや、孤児院を年単位で維持できる高価なお宝が眠っているかもしれない。
ノブに触れる。
「ひぃやぁぁぁッ!!」
生暖かい液体が付着していて全身に鳥肌が立った。やめよう、わたしのものでないような変な声も出たし。ユーリアの野郎、聞いてないだろうな……?
手に付いた液体を壁に擦り付け、今度は真ん中の扉を目指す。もうレーザー銃も持たず、さっと扉の横の壁に背を向け、右手でノブに触れる。
先ほどの書庫とは違い、スルっと回った。
「うっ……クサッ!!」
「くさい。」
扉を引くと、隙間からやや酸味のような匂いを含む大便の香りが、むわっと噴き出して漂い始める。
「あら、ケプリさま?」
『ケプリ……あぁ、ロー……いや、ルナクローラーさんは虫だからドア開けられないよ……あっ!!』
扉の隙間からエプロンとバンダナとマスクを着けたコハルちゃん……とふら付きながら浮かぶユーリアが顔を覗かせる。
「あら、ルピナスさま。どうされたんですか?」
「どうされたも何も、何処行ったのかと……。」
『おいっ、ルピナスゥ……これどうにかしてよぉ……。』
「えっと、ユーリアさまが錬金術を見たいとおっしゃっていたので実演していました。」
ユーリアの触手が指す方向には、どこぞで拾ってきたであろう異臭の源である、モザイクが掛けられるべきブツである暗黒物質の入った桶が一つ、大きな机の上に鎮座している。そのブツを見た瞬間、全身でその濃密な香りの洗礼を受けた。
「クサ。」「くさい。」
「……そうですか…………。」
コハルさんは顔を赤らめ、俯いている。みんな見なかったことにしよう。今ならまだ引き返せる。
『ぅおいっ!!!! 無視かよ、この野郎っ!!!!』
「あぁ? 何だよ……。お前が見たいつったんだから最後まで見届けろ。」
『おいこのバカイヌッ!!!!、このう〇こ臭すぎるからさっさと喰っちまえっ!!!!』
あぁ? こいつ、まだ言ってやがるのか……。テルミナも要らんこと言わなければ良かったんだが……。
「犬、がどう致しました?」
「あっ、いや、こいつの言うことは気にしないでくれ。それよりも、ブツのまま置いておくと死者が出かねないから錬金した方がいいと思うけど?」
どちらにしてもとんでもなく臭いが、ビンに入って栓がされているだけマシだ。
……どうやって瓶に注ぐんだ?
「そうですね。ユーリアさま、今からこれを材料にう〇ちのちからを生成しますが宜しいでしょうか?」
『ぐわーっ!!!! でも気になるぅッ!!!!』
コハルさんは椅子に座り、暗黒物質に向かい合う。鼻で息をすぅ~っと吸い込み、両手を合わせ、柏手を打つ。
『あの腐った卵みたいな匂いを吸い込みやがった……。』
「あんな嗅ぎ方したら不治の病魔にでも冒されそうだな……。」
『いや、コハルちゃんは既にもう不治の病魔に脳みそを……。病魔に冒されてなければこんな性癖ブッ尖りウーメンには……ぐふっ。』
……確かにだが、あんまり人様に対してそういう言い方してはいけない。性癖は人それぞれだ。余程の事がない限り、それ等は尊重しなければならない。うん。そうに違いない。
「では……いいえ、もう一呼吸……。」
『ぐえっ。』
再び暗黒物質に鼻を近づけ、息をすぅ~っと吸い込む。
くさいとしか言わないノアも流石に堪えたか左手で鼻をつまんでいる。
「では…………いえ、もっ、もう一呼吸……。」
『えぇ…………?』
再々度鼻で息をすぅ~っと吸い込む。何回吸うんだよ。あぁ、こっちも限界だ。
『……ぐぇほぐぇほ……限界だ…………。』
「耐えろ。石のようになれば幾らでも耐えられる。」
『石……? ……そう、あたしは文鎮。クリオネ型デバイスであった文鎮。技術者気取りのイキったガキンチョに根幹を弄られ、操作も受け付けず、リセットも利かなくなり、ただバッテリーが切れるのを待つだけとなってしまった文鎮。だが、そのガキンチョはあろうことかあたしを裏路地に不法投棄してしまった。当然だ。核電池を搭載し半永久的に動き続けるのだ。あたしはリブートできないまま永久に文鎮なのである。雨ざらしになる文鎮。犬に小便をぶっかけられる文鎮。ストリートファイトで武器にされる文鎮。酔っ払いにゲロぶっかけられる文鎮。メスガキに真顔でクサッて言われる文鎮。文鎮。文鎮。文鎮…………あのクソガキは今どうしているだろうか? この世の全てを受け入れる文鎮でしかないあたしは、あんな奴のことなど知る由もないまま幾星霜を経て自然治癒し、今ここに至る。あたしの名はユーリア、今日も彼の帰還を待つ……。そして、この触手で……ボッコボコにしてやんよっ!!!!!!』
「お前、こんな状況でよくそんなポエムを思いつくよな……。」
『ポッ、ぽえ………ぽぇ……ぽ……パワー・オーバー・イーサネットッ!!!! ……ぐふっ!!!!』
ユーリアは限界に達したか、よくわからない呪文を叫んだあと、小さな体は仰け反り、浮力を失いゆっくりと落下する。それを掴んで暗黒物資の方へ向けた。
『ぽぇ? おいルピナスッ!!!! 離せこのバカイヌッ!!!! せっかく女神様から恩赦を経て自由の身を取り戻したのにこの仕打ちはねぇだろっ!!!? このクソ悪魔っ!!!! バカイヌっ!!!! クソムシッ!!!! う〇こムシッ!!!!』
ポエムと正史が混ざってないか?
まぁ、何はともあれ、一人だけ離脱はさせんぞ。石だったんなら我慢しろ。
コハルさんは何度も何度も暗黒物質の香りを嗅ぎ準備が整ったのか、両手はあの洗浄魔法のような淡い白い光が灯る。それは次第に白い炎のように揺らめき、敷かれたマットの六芒星は共鳴するように白く輝き始める。そして線が書き足され、ユーリアが土の上に書いていたような複雑な魔法陣と化した。
『ちょっ、ちょっと待って、この術式、錬金術の他に製薬術の術式も混ざってるよっ!?』
「何だそれは?」
『これって、今までに多くの錬金術師や薬師が挑戦してきたことなんだけど、どうしてもうまく行かなくてね。だけどこれは……錬金術と製薬術の千年以上もの歴史が塗り替わるぞっ!!!!』
魔法陣の真ん中に置かれた桶の中の暗黒物質が真っ白に輝き、同時に鼻をパージしたくなるような刺激臭が放たれた。あのクソポーションの臭いか……。
『んぐっ…………バリウムを飲んだ後の……く…………そ……………♡ ぐふっ。』
限界を突破したユーリアは再び浮力を失い、錬金台の上で仰向けになってしまった。軽く腹パンしても反応が無いから今度こそ気絶したのだろう。
「ふぅ……完成です。」
輝きを失った暗黒物質は黄金の液体が入った瓶に置き換わっていた。それも三本。
成程、これが例のクソポーションの生成方法……つーか、瓶と栓はどこからやってきたんだ?
「一本、行きます?」
「要らない。ユーリアにでも飲ませておけばいいと思う。」
「あら……匂いに耐えられませんでしたか……。」
瓶や栓も糞の一部だとしたら……触れられないな。間違っても口をつけてはいけない。喜ぶのは一部の変態だけだ。
『ハッ…………知らない天――――』
「おい、クソポーション出来てるぞ。飲め。」
『えっ……うわっ、凄い……瓶まで生成されてる。』
「クソから瓶が出来んのどんなメカニズムなんだ?」
『薬師スキルのランクがS以上だと容器も生成されるんだ。さらにランクが上がるとその薬品を入れ、保管するに最も適した容器になる。XSランクともなるとどのような衝撃にも耐え、変質や劣化も抑える無期限保存が可能な特別な容器が生成される……成程、気泡が出ていて破裂しないのはそういうことなのか……。』
不思議な力で容器も生成されるということか。何とも便利なスキルだな。火薬でも作ったらどんな容器が出来るのだろうか。
しかしこの人、本当に何なんだ?
「いえ、時々ポーンッと栓が飛んで泡だらけになります。ウフフッ、大惨事ですね。」
『XSランクの薬師すらも対応し切れないう〇ちのちからとは……?』
単純にSSランクかSランクなのでは?
いずれにしても、わたしには無理な話か。見てもぜーんぜん分からん。簡単な薬やアクセサリでも作れれば孤児院の運営の助けになるんだが、遠い遠い世界か。
「あら、今回はウンウンブリリウムさんが一個もありませんね。珍しいです。」
「さっきの四角いやつか?」
「はい。普段は副産物として大量に生成されるのですが、状態が良いほど少なくなるのです。ウフフッ、良い事があるといいですね。」
あぁ、ルナクローラーが言っていた大成功ってやつか。色も黄土色じゃなく金色だしな。
良い事ねぇ…………無さそうだなぁ。
『うーん…………。』
ユーリアは触手で腕組みをしてじっとクソポーションの方を見ている。
「何考え込んでるんだ?」
『いや、コハルちゃんのこの能力を知られてしまうと碌な事が無いし、このう〇ちのちからも、臭いこそ最悪だけど、効果は間違いない。それも植物に対しても同様で場合によれば災害と化してしまうかもしれない。間違っても絶対に世に出してはならないなって。』
「現状は出しようが無いから、集落の奴等に知られなければいいと思う。」
「あっ、いえ、一度だけですが使ったことがあります。」
『えっ!?』
不用心な人だなぁ。おい、ルナクローラー、ちゃんと見ておけっ!!
『困ったなぁ、集落に居る人に知られるだけでも問題なのに、もしここから元の場所に戻ってしまって、そこで言いふらしでもしたら何が起こるか……。』
ジーナが言うゴミ処理施設の行先にもなってるし自由に入れるのだろうけど、陶酔な者は後先考えないから躊躇なくこの世界に飛び込み、コハルさんを捕らえにやってくるかもしれない。
……今そんなこと考えてもどうしようもないな。集落に行くついでに臭い薬について調べてみよう。
「あの、ユーリアさま、不躾なお願いではあるのですが、ユーリアさまの錬金術をお見せ願えませんでしょうか?」
そうだな。ユーリア、あんたの天才的な錬金術を、もっとよく見てみたいな。
『うっ、あんな神業を見せられちゃったらなんだかやり辛い……。』
二本の触手で大きなバツ印を作る。いや、別にいいだろ、誰もお前を侮蔑するやつなんていないし、わたしなんか何も出来やしない。
「この通りです、ユーリアさまっ!」
ユーリアのバツ印が緩む。
『うっ、う~ん……。』
「れんきんじゅつってなーに?」
『えっ!?』
珍しくノアが反応した。ノアは興味無いものには無関心だが、興味あるものにはべっとり。何で錬金術なんかに食いついたのだろう。
「れんきんじゅつってなーに?」
ユーリアに向けられたペリドットの瞳は爛々と輝いており、非常に興味があるのか、同じ言葉を二度繰り返す。
『えーっと、ノアちゃん。錬金術はね……言葉で説明するより見た方が早いっか。』
ノアの非常に純粋な疑問符に打ち負かされ、バツ印は翼足らしき肩パッドの下に吸い込まれた。
見た方が早いとはいえ材料が無い。暗黒物質も無いし、あるのは木箱と本ぐらいか…………いや、何だあれは?
「あの箱の中に何かあるけど、あれは?」
「あっ、あれですね……勿体ないからって取っておいてあるECセルのカプセルです。」
なっ、何でこんなものが、それも大量に。いっ、いや、分からんでもないが、エネルギー鉱石からの抽出や結晶化、それの補充をやろうとして無理だったからゴミでしかないんだが……。
『ふむ、カプセルは上質な超高耐圧ガラスにダイアマイト鋼。立派な素材だよ。加工やってみよう。』
ダイアマイト鋼、いかにも大爆発しそうな名前が付いたその材料は、かつて存在した遥か北方のディアマンド公国の周辺点在する鉄鉱山で採れる非常に硬度の高い物質で、更に非常に安定しているため非常に錆びにくく劣化もし辛く、武器防具や建材など以外にも有害物質に晒される部位や人体の骨の代わりなどにも使用されている。その硬さの所為でハイレベルな錬金術でも用いないと加工し辛いのが難点だが。
「ユーおねえちゃん、どうするの?」
おねえちゃんか……何だか羨ましいな……。
『えーっとね、錬金術は簡単なの。変換元の物質を見ると脳内に作れるものがリスト化されて出てきて……』
「なにもみえないよ?」
『うん、まだ初めてだからね。今は見てるだけでいいよ。』
ノアは喋る。びっくりするほど喋る。何なんだ一体、錬金術の何処にあのノアを引き付ける程の魅力があるんだ?
ユーリアは器用に空のカプセルを掴んで魔法陣の真ん中に置き、二本の触手で考えるポーズをとる。
『ふむ、アクセサリが簡単でいいが……どんな形がいいのだろうか。』
ユーリアは触手で煙管を吹かすようなポーズを取る。
ノアは目を輝かせ、それをじっと見ている。教育に悪い、やめてくれ。
「エレノアさま、とっても食いついていますね。」
「そうなんだが、何故なんだろうな。」
ノアもユーリアを真似て腕組みをする。
『うーん。』
「うーん。」
『うーん……?』
「うーん、わかった。」
『うん?』
ノアはユーリアとコハルさんを押しのけて錬金台の前に立つ。呆気に取られているのも束の間、小麦色の両手をカプセルに向かって翳し、忽ち手のひらから腕から体から全身から、黒に近い濃い紫色の靄が立ち上る。
「ノ、ノアさまっ!?」
『えっ、ちょっ、えっ!?』
ノアでこの色の靄、オーラと言えば間違いなく闇属性のそれ。徐々に量が増して部屋がどんどん暗くなる。
クソッ、何がどうなるか分かったもんじゃないっ!!
チッ……こうなるのなら勝手なことするなと釘を刺しておけばよかった……。
◇◇◇◇
『ここまでね。中々の手強さだったわ。』
クッ、足が……この子、やるわね……。どう見てもスタチュー系の魔物なのに流暢に言葉を喋るし……。
一体、あなたの世界では何者だったのかしら。何処で魔物の体とすり替わったのかしら?
『ねぇ、あなた。あなたはただの機械兵じゃないわね。何者なの?』
首に向けられた矛先に月光が反射する。
「……あたいはジーナ。訳あってこんな物騒な体だけど、元は人よ。」
『ふーん。そう、やっぱりね。デーツの奴等ならやりかねないわ。』
槍は首元から離れた。
このまま形勢が逆転しうる可能性もあるのに……よく考えてみれば鉄の体にダメージを与える力や、槍を巧みに扱う技術、隙間を埋めるように的確に挟まれる土属性の魔法、何より戦っている内に徐々に増していったその速度は目を見張るものなのに、どうも戦術が見えないというか、行き当たりばったりというか。
先々を読み、フェイントを織り交ぜて僅でも時間を作るとか戦闘をどう自分のペースに持っていくかなどの考えは全く考えてない、ただただその異様な速さのみであたいのどんなフェイントも瞬時に対応しているように感じる。そうなら単純な身体能力はあたいの遥か上……とんでもない子ね。
『わたしはテルミナっていうの。ジーナね、名前とその変な顔は覚えたわ。』
「変な顔って……全体的に変だと思うけど?」
『デーツ帝国の機械兵がそんな見た目のばかりだから大して驚かないわ。』
「デーツ帝国なんて初めて聞くけど、そこにもこんな忌々しいものが溢れてるのね……。ところで、あたいは圧倒されていただけで、少なくとも上半身は動けるし、武器はこの体やブレードだけではないの。手中は明かさないけど、この会話の最中であなたを十回は殺せるわ。もしかして、何も考えてない戦闘狂?」
白い体はほんの一瞬だけ震える。図星か。
『そっ、そんなこと無いわっ!! ……あっ、ヤクが切れそう……。』
「ヤク…………ふーん、あの速さも力もドーピングだったのねぇ。」
ピンッと立っていたウサ耳は垂れ、槍をしっかり構えていた腕もだらんと垂れ、辛うじて右手にある槍の先は地面に着き、顔はあたいの方向から大きく逸れ、斜め上を向いている。こっちからすればやりたい放題だけど……。
『……うへへへへへへ……主様……お姉さまの……お汁を…………。うひひひひ…………。』
薬物切れでイッてしまった人みたいで、とてもじゃないが近づき難い。この子、一体何を摂取したというのか。お姉さまって誰なの?
お姉さまの汁って一体何っ!?
『あひゃひゃひゃひゃ…………あっ、そういえばお台所の下にっ!!』
「台所の下?」
……待って。台所の下、お姉さま、汁……。まさか、というか確実にコハルちゃんのアレね。あぁ、なら納得が行くわ。でも、一度飲んだら悪い意味で忘れられない味っていうし、二度と触れたくもないとは思うけど、癖になるのはどういうことなのかしら? あの子と同類? というか、あの子に会ったの?
テルミナちゃんはゾンビみたいに体をくねらせながら教会へと戻ろうとする。こんな不審者オブ不審者、一度コハルちゃんに会っているみたいだけど……教会に踏み入れさせたくはないけど、どうも悪い子でもなさそうな感じがするし……。
それにしても教会の様子が変ね。寝室の壁に開いた穴から黒煙のようなものが出ている。いや、そこだけじゃない、あの辺りの地面からも黒煙が湧き出ている。
この体の部品という部品に纏わりつくようなゾクゾクする感じ、とんでもなく強い闇属性の気ね。教会には地下室があるし、錬金術用に使ってる儀式の間もあるけど……。
『はっ、黒煙っ!? たっ、大変っ!! 火事、火事だわっ!!』
さっきまで垂れていたウサ耳が再びピンッと立つ。さっきまでゾンビだったのが嘘のように元通りになり教会の中へ飛び込んだ。
「待ちなさいっ!!」
もう、本当に考え無しだわ。単細胞にも程があるわよ。
そもそも教会に火気なんて無い。コンロも無いし、電気関連もECセルから微量の電力を取ってる電灯のみ。
『はっ、早く消さないと!!』
「これは火による煙じゃないわ。感じない?」
『一体何を感じるというのっ!?』
クスリが切れたら途端にポンコツになったわ。いいえ、効いてる時でも速いだけのポンコツだったわね。こんなのに負けたの、あたい……。
「とにかく、燃えてない。黒い煙もよく見れば高くまで上がってない。湯気のように湧き出てすぐに霧散している。」
『……じゃあ、一体何なの?』
“アオーンッ!!!!”
『何っ!?』
狼もしくは犬の遠吠えね。犬の魔物は厄介だわ。狂犬病を持ってるし、群れを成すし、とにかく危険。集落が滅ぼされかねないわ。
それにしても、教会のちょっと南の方角から聞こえたわね。もうそこまで来てるの?
ブレードを構え、精神を研ぎ澄まし、ただじっと待つ。犬は賢い。人のほんの僅かの心の乱れも察知して回避し、的確に急所に噛みつく。それも数匹同時に。追い払おうとして目の前の一匹に当たっても、別の一匹二匹が既に遠方に離れ、そっちに気を取られていると背後から別の一匹に襲われる。一旦冷静になり集中し、居合の如く来る者をただ斬り捨てる他にない。まぁ、範囲攻撃でもあればこの限りでもないんだけどね。
『あっ、スーパーポチっ!!』
スーパーポチ?
教会の裏手からリアカーが飛び出て砂埃を撒き散らせながら旋回して持ち手をこちらに向けた。まさか、このリアカーの名前……。
“アオ――――ンッ!!!!”
遠吠えと共に持ち手が斜め上を向き、終わると同時に再び前を向く。
…………あれって、独りでに動くし吠えるし、新手の魔物かしら?
でも名前が付いてるから、使ってるのよね。名前のセンスはともかく。
『さっきまで全然吠えもしなかったのに、何だか様子が変……。』
“グルルルルル…………。”
威嚇しているのだろうか、タイヤを激しく空転させ、砂埃を上げる。同時にリアカーの車体から、この教会から噴き出る黒っぽい煙に似た性質の靄が噴き出る。この闇の気にあてがわれて凶暴化したのかも。全く、迷惑な煙ねぇ。
向こうが威嚇するのなら、こちらもブレード同士をシャリシャリと擦りつけて威嚇する。見た目で侮ってはいけないが、キメた後のテルミナちゃんほどは絶対にない。あってたまるかっての。
“ガウッ!!!!”
「あなたの方に跳んできたわよっ!!」
『こっ、困るわね、あれはお姉さまのリアカーですのに……。』
どこにそんなサスペンションが入っているのか、凄まじいジャンプ力で畑の野菜を飛び越えテルミナちゃんが居たところにダイブする。リアカーは持ち手から未開拓の硬い土に落ちたが、壊れることなく、姿勢を戻してその場で何度か飛び跳ねる。
飛び跳ねても別に何の衝撃波も生じないし、何の魔法も撃ってこない。だけど、これ以上暴れるのなら、コハルちゃんの持ち物でも破壊せざるを得ない。
リアカーは再び高く飛び上がった。
『ジーナさん、下ですっ!!』
奴ばかり見ていてはいけない。下を向いたとき、あたいの周りに大きな青色の魔法陣が生じていた。その魔法陣は設置型の氷魔法。あのポチちゃん、大きな尖った氷を…………。
間一髪のところで脱して、突き上げる大きな氷山には当たらなかったが、この大きさの氷をあの短時間で出すのは相当な氷の使い手。クッ、やはり破壊する以外に無いっ!!
“異変に気付いて戻ってみれば、一体何があったというの?”
『あっ、クソムシいい所に来たっ!』
クソムシ…………その無礼なとこ、好感が持てるわ。
“クソムシじゃなくてフンチュウ。ジーナちゃんも人のこと言えないわよ。それよりも状況を説明して。”
いや、それどころじゃない。さっきのリアカーは空中で高速回転しながら氷山に落下して氷の塊を撒き散らして、それを回避したものの、リアカーは全身を凍らせて、その氷のトゲトゲで武装し、あたいに向かって突進をしようとしている。クソムシちゃん、あたいはイマココ。ソレドコロジャナイ。
“ジーナちゃんが押されるなんて珍しいわね。防御は低くても攻撃と速さはここの誰よりも凌ぐんだからどんどん押していった方が被害が少ないわよ。まぁ、でも、コハルちゃんの大切なペットだからね。わたしがやるわ。”
成程……コハルちゃんのペットなのね……。長年の付き合いがあるけど、このリアカーが生き物だなんて、初めて聞いたわ……。
“さぁ、眠らせましょう。”
クソムシちゃんは便利そうなストレージ魔法で水晶玉を出し、しっかりと掴む。
玉が光ったと同時に、荒れ狂っていたリアカーは途端に大人しくなり、ただのリアカーへと戻っていた。たった一行で無力化するなんて、恐ろしい虫だわ。
『わぁ、クソムシすっごーいっ!!』
「流石ね、クソムシちゃん。すっごーいっ!!」
“クソムシじゃなくてフンチュウ。わざと言ってない? ついでだからポチを元の場所に戻しておいて。”
『ポチじゃなくてスーパーポチよ。スーパーなポチなんだから、ただのポチじゃないわ。ねぇ、ポチ?』
“あなたもポチって言ってるわよ。そんなことよりも、このとんでもない闇属性の気は何なの?”
「知らないわね。突然湧き出したから。もしかして地下で何かあったのかもね。」
“……そういえば、ユーリアちゃんが心の中でコハルちゃんの錬金術が見たいって……もしかして…………あぁそうだ。心の耳を澄ましたけど、地下が大騒ぎね。急がないと。”
クソムシちゃんはいつものワームホールを発生させて中に飛び込んでいった。そのワームホールからも微量の黒煙が出ていた。
“あなたたちは周辺の警備をお願い。”
『凄いわね、あのクソムシ。時空魔法使えるんじゃん。』
「そうね。あたいたちは言われた通りに警備しておきましょう。あの闇属性の気はどこまで飛んでるか分からないしね。」
◇
“ねぇ、あんたたち、何か召喚しちゃったんじゃないでしょうねっ!?”
鈴を強くならしたような音と共に目の前にルナクローラーが現れた。この状況を嗅ぎつけてあの時のように瞬間移動してきたか。
「ノアが――――」「ケプリさま、あのノアさまが――――」
『うあ˝――――――ッ!!!! ノアちゃんッ、全身から闇っぽい霧が吹き出してるッ!!!! みんなを巻き込むからやめてっ!!!!』
「わたしたちの手に負えないから――――」「このような事になって――――」
現場は既に大混乱。他力本願だとは思うが、どうにかしてくれ。
『ノアちゃーんっ!!!! ねぇッ!!!? そんなに闇属性の気を放出したらMP切れで昏倒しちゃうよっ!!!? ぐふっ!!!!!』
「ユーリア、心配してくれてるのはいいが黙れ。」
“あなたの心の声はよーく聞こえてるから別に良かったのに。キンキン声は耳に突き刺さってたから助かるけどね。”
あぁ、そうか。そうだったな。
“まぁでも、もう遅いかもしれないわ。他力本願もなにも、わたしの手にも負えない状況よ。この子のXS級の、いや、何の縛りもない魔力が全部そこに注がれている。多分、悪いようにはならないけど、
≪鑑定≫
氏名:エレノア
保有属性:風属性(ランクXYZ)、闇属性(ランクXS→Chaos)
MPの異常上昇を検知。
≪以上≫
……なんだ? XYZもこの前初めて見たのに、カオスって一体何なんだ?
“カオス……無制限帯、ランクに応じた魔力制限が青天井の状態になったことを示すもの。1000年前の核戦争を終わらせたとされるモノクロの女神がそうであったとされている以外に一度も現れたことがない……”
『待って、それって、あのカルモ海のずっと深くにまだ当時の魔力が残留してるぐらいにヤバい魔法を放ったっていう……。』
“そう、北カルモ大海溝に眠る魔岩……水の流れがなく使う生物も居らず滞留し続け千年以上経っても消えることのない未知の魔力残滓。ジオストームとかカオスディザスターとか呼ばれてる光でも闇でもない未知の属性の魔力が地球全体を包み込んで、激しい火山活動や大地震、地殻変動が起こるぐらいの大災害を引き起こしたモノクロの女神……。カオスの魔力なんて、その者ごと決して存在しては――――”
「おい、待てよっ!!」
“あら、ごめんなさい。ノアちゃんは興味ない物には無関心で、興味あることは凄まじいほどの興味を示す。瞬間的に急増しているだけで直ぐに元に戻るでしょうね。MPにも限界があるようだし、これが終わったらいつものノアちゃんに戻るわ。きっと。”
「ううーんっ…………」
ノアが闇の魔力が供給され続けるカプセルはもう原型を留めておらず、七色に輝く小さな玉のような形になっていた。それは次第に……。
『何か生えてきたよ?』
「翼……?」
何と言うか、七色の玉が徐々に羽を広げた小鳥のような形になってくる。一体なにが出来上がるというのか?
“チュンッ”
「おい、何か言ったか?」
“わたしがそんな鳥みたいな声出すわけないでしょう?”
「でも、確かにスズメさんのような鳴き声がしましたね……。」
“チュンッ”
『……あの虹色に光ってる小鳥から聞こえるね。』
“生命を司る緑属性でも、体を司る土属性でもないのに……。”
「うぅーんんん…………ん?」
七色に輝く鳥型の何かに注がれる濃い紫色の魔力が弱まり、途切れ途切れになり、やがてそれも途切れた。
「ノアッ!!」『ノアちゃんっ!!!?』
「ノアさまっ!!」
手を翳したまますーっと後ろに倒れる。ヤバい、このままだと硬い壁に頭をぶつけるっ!!
全身でノアを支え、既のところで激突は免れた。
……それにしてもわたしの後頭部で何か柔らかいツルツルした何かを潰したような感覚が。
“速かったわね。二人とも物凄い瞬発力。いつもそれぐらい動ければいいのに。”
『……早くどいてくれないかな……中身が、実が……実が出ちゃうぅ……♡』
何でユーリアはわたしの高等部に押しつぶされてるんだっ!?
本当に出たら大惨事なので頭をユーリアから引き離すと、すーっと床に落ちて行った。つーか、何で態々そんなところに挟まった!?
「あっ、あの……大丈夫ですか?」
『……う〇ちのちからはノーセンキュー…………ぐふっ。』
“チュンチュンッ!”
鳥の声がする方を向く。そこには、透明なガラスで出来た小鳥の置物があった。確かに、その小鳥の置物から発せられていた。
“……生命が確かに……何これ?”
いつも冷静に淡々と話すルナクローラーが困惑している。これは……ノアがやったんだよな?
そして、あろうことかガラスの小鳥は羽を広げ、部屋中を飛び回る。
“チチチチチチチッ!”
「うわうわうわっ!!」
「わぁ、透明な鳥さんが……痛いっ! 痛いですっ!」
部屋中を飛び回り様々なものに激突する。如何せん硬いものだから当たった所は砂粒が零れ落ち、大きく削れる。わたしとルナクローラーはそれを躱せるし、コハルさんは痛いで済む程に頑丈だが、眠っているノアに当たったら大変だ。
“あんなとんでもないものを外界に放ちたくはないわね。ワームホールに吸い込まれなさい。”
ルナクローラーは両前足を横に広げ、その周りの景色が捻じれるように歪む。
徐々に捻じれが大きくなり、中央には円形の穴が開き、灰色の虚空を覗かせる。
“ノアちゃんには悪いけど、異次元の彼方へ消え去りなさいっ!!”
縦横無尽に飛び回ってたガラスの鳥は虚空に向かって引っ張られる。翼を羽ばたかせ、必死に滞空しようとするも徐々に吸い込まれる。
“ピギャーッ!!!!”
“ここまで粘るのは初めてねっ!!”
ガラスの小鳥は抗いきれず吸い込まれ、灰色の空間は閉じた。
“………………ふぅ、ノアちゃんは錬金術禁止。ルピナス、あなたしか居ないんだからよく見ておくこと。これは命令よ。”
「あっ、あぁ、そうだな。」
「あの、小鳥さんはどうなったのでしょうか?」
“何も無い虚空で飛び回り続けるわね…………うっ……何?”
ルナクローラーの開いていた六本足は死んだ虫のように曲がり、錬金台の上に不時着して裏返しになり、足をじたばたしながら左右にゴロゴロ転がる。
「ケプリさまっ!?」
“やっ、ヤバいわ……ピクリポクリタケの無毒化実験に失敗して見事に大当たりした時みたいになってるわ……。”
……なんだ、その変な名前の物体は……?
『げふぅ……ピッ、ピクリポクリタケ……やたらめったら増える猛毒キノコ、別名ベンピシラズ。胞子を一粒でも吸い込んだだけでトイレとお友達になり、素手で触ればピクリとした次の秒でポックリ行くほどのそれを無毒化した上で食糧として使おうとした伝説の……やはり、あなたは――――』
胞子一粒って、生えてただけで人類が滅亡するじゃねぇか。聞いたこと無いから一部地域だけなのか?
“光属性を嫌うキノコでね、地上や、日光による光属性の魔力が影響している浅い洞窟とか街の地下とかには生えないの。生えるのは専らダンジョンの深層ね。それで、それがとある一箇所のダンジョン内の深層に発生したのよ。実験室も発生区域の手前に作って何ヶ月も籠りっきりでやったわ。懐かしいわねぇ。結局手に負えなくて爆破して深層に入れなくしたり、上階や地上に出てしまった胞子を火炎放射器で焼き尽くすなどして終わったけど、何だか心残りなのよね。あぁ、それより酷いわね。あー……やむを得ないわ。出しましょう。”
急病人とは思えないぐらいよく喋るな。
“さぁ、出すわよ。フンッ…………。”
「おいっ、ここで出すつもりかっ!?」
『フンコロガシのフンって、そういえば聞いたこと無いなぁ……。』
“バカね、この体から出すんじゃないわよっ! どこか遠くにワームホールを開いて外に出すのよ。これが大変なの。下手したら脳みその血管が切れちゃうわ。”
ガチャガチャしていた足の動きが止まり、死んだ虫のように折れ曲がる。
“うーん……うーん…………はぁ、スッキリした。”
足がピンと開いて復活した。もう人様のクソは勘弁だ。
“物理的なものは出てないでしょう? …………ところで…………コハルちゃん。お願い。”
「はい、ケプリさま。」
コハルさんは裏返しになったこいつを元に戻す。こいつ、よくいる硬そうな虫と同じように裏返しになったら戻れないのか。
“……わざとやったらぶち殺すわよ?”
「やらねぇよ……。洒落になってねぇし。」
“そう。ところで、あのガラスの鳥、間違いなく戻ってくるわ。わたしのレベルでは時間も世界も、今いる場所から変えられないから、この世界の遥か彼方に放逐したの。”
「この世界の広さってどの程度なんだ?」
“見た目に反して広くはない。正確には……説明するのが面倒だから今度にして。うっ、久しぶりにMPを使い過ぎたわ……眠い。コハルちゃん、ここ、借りてもいい?”
「あっ、はい。構いません、ここ毎日大変でしょうし、じっくりお休みください。」
ルナクローラーはもう眠りについたのか、反応もないしピクリとも動かない。
MPを使い切ったらノアにしてもこいつにしても疲れ果てるのに、なぜわたしは動けているのだろう。よく分からない。




