1-12-1 雷の魔法
第12話
大きな丘を登り切り、空の切れ目から差す日光に照らされた教会が見えてきた。
はぁ……やっと教会まで戻れた。あの時見つけた穴に入ってから何日経ったのだろうか。
『小さいけどあの日光に照らされて中々の荘厳な光景ね。』
「あれがおうち?」
「お家じゃないよ、教会っていうんだ。」
そういえば、ここはどの宗派の教会なんだろうな。教会には見えるから教会って呼んでるけど、こんな所にポツンとあるし、ユーリアのあの研究所が建物ごと飛ばされてきたということは、この教会もそうであると考えるべきだ。
……本当にこの建物は教会なんだろうか?
『……どうしたの?』
「あぁ、いや、何でもない。ノア、この辺で降ろしてくれ。これ以上行くと中に居る奴に見つかるかもしれん。」
「うんっ!!」
教会から少し離れた所、丁度丘へと登る坂の付け根の付近に降ろされた。
そういえばこの辺だっけ、あの傾斜路の洞窟があったところは。
洞窟らしき所に繋がった穴はあるけど、少し奥を見ると机やら棚やらの人工物で完全に埋もれていた。あの地震で埋まってしまったのだろうか。
『どうしたの、穴なんか見つめちゃって。』
「ここに奈落の底に繋がる洞窟があったんだ、あんたの研究所への入り口が何故か洞窟の途中にあったな。」
『げっ、この穴があの元凶を……』
元凶はあのウサギであってわたしではないんだが。
何が埋まってるかも分からないから、薄い板の上に土が積もって落とし穴みたいになってる所はここ以外にもあるかもしれない。気を付けないと。
「あんたも暇つぶしだとか言って資料庫に閉じ込めてキャノンボットの餌食にしようとしたり、あれはジーナも悪いけどヤケクソになってプレディカドールだっけか、その実験台にしようとしたあんたもあんただよ。」
ユーリアが二本の触手で自身の左右の頬らしき部分を押さえて天を仰いでいる。何だか嬉しそうに見えるが、名前を覚えて貰っただけでもそこまで嬉しいのか?
『やっと名前を覚えてくれた……これで心置きなく成仏できる……っ!!』
「いや、死ぬんじゃねーよ。というかあんた何教徒だよ。」
『嬉しすぎて穴があったら入りたい…………ぎゃぁあああぁぁあああっっ!!!!!! 塞がってるぅぅぅぅっ!!!!!!!』
意味が違うだろ……。
あまりに五月蠅いので、鷲掴みにしてバッグに押し込んだ。
◇
何日かぶりの教会。コハルさんたちは無事に帰れたのだろうか。
修理された扉の隙間から中を見る。コハルさんは大量の本を机に積み、じっと本を読んでいた。
『あっ、コハルちゃんだ。何の本を読んでるんだろう?』
わたしとユーリア、わたしの真似をするノアと三人揃って中を覗く。わたしとノアの左目、横になって両眼で中を覗くユーリアの合計四つの視線がコハルさんに注がれる。並みの無職の人間でも気付きそうだが気付かない。
「……気付かないな。」
『視線を一つ足してみる? 横になっちゃいなよ。』
「首痛めそうだな。」
……なに遊んでるんだ、わたしは。こいつは。
“あら、覗きはいけないわよ?”
『うわぁっ!!!!』
ユーリアの叫びで漸く気付いたか、コハルさんがこちらに気付いてテコテコと寄ってきて扉を開く。
「あら、ルピナスさま、ユーリアさま、エレノアさま、お怪我はございませんか?」
膝を屈め、身長の低いわたしたちと目線を合わせる。
「いや、問題無い。ありがとう、心配して来てくれて。」
コハルさんの顔に笑みが宿る。本当に美しい人だなぁ……。ルナクローラーの言うように体に血に魂に色んな理由があるんだろうけど、この人も同じく、わたしやジーナのように特定の場所からここに来てしまった迷い人なんだろうか。
「あら、ユーリアさま、お体の方は大丈夫ですか?」
『ううん、全然大丈夫だよ。だから、間違ってもあの薬は出さないでね。』
“警戒してるわねぇ。そう何本も出ないわよ。”
「いえ、在庫ならたくさんありますよ?」
『ぎゃああああああっ!!!!!! やめてぇっ!!!!!!!!』
“うるさいわねぇ、本当に。どうした子かしら……。”
両耳を貫通しかねないほどのゼロ距離での絶叫は、コハルさんとノアには効いていないのか表情一つ変えない。このキンキン声、耳痛くならないか?
「ウフフッ、冗談ですよ。あのような邪道な香りはわたくしでも苦手なのです。ですから、不必要な時には出しません。」
“だって。だから、そんなに怯えなくてもいいわよ。安心しなさい。”
「それにしても、とてももっちもっちした手ですね。あの、もしよければですが、触らせて貰えませんか?」
『えっ? あたしの手? いいよ、あたしの触手で良ければ。』
ユーリアは左側の触手を伸ばす。コハルさんは興味深そうな表情でそれを両手で掴み、親指でプニプニプニプニする。
…………わたしもやってみたいけど、こいつの事だから触らせて貰えないだろうな。
『えっ、あんたも触りたいのぉ?』
黒い顔に薄っすら見える丸いカメラらしきものが二つ、そんな表情だから窺い知れんが、心の奥では三日月が三つの嘲笑するような表情をしているのだろう。実際にクスクスと笑ってるし。
「ノアもぎゅーってしたいっ!!」
『あっ、ノアちゃん、良いけど力いっぱい握っちゃ駄目だよ。』
ノアはコハルさんの方を向く。ユーリアは残念そうに腕をだらんと垂らす。
「ぎゅーっ、ですか?」
ノアはわたしに抱き着く時と同じで、飛びつくようにコハルさんに抱き着く。わたし以外に懐くとは、これも聖女様聖母様聖天使様のようなこの人だからだろうか。
「あらあら、構いませんよ。ウフフフッ。」
ノアは無邪気に抱き付く。わたしはこの先どうなるかも分からない。本当はこんな環境の土地よりも、まだ幾分マシな孤児院で育ててあげたいけど帰る手立てもないし、そもそもノアを連れて冒険は困難だ。
いや、能力的には問題は無いが、見た目と反して随分と幼いし、色々と心配だ。
だから、とても不躾な話だけどコハルさんに預かってほしい。
…………でも、どう伝えたらいいものか。
“でも、ノアちゃんは何よりもあなたの事が大好きよ。言えば命令なんて何でも聞いちゃうし、あのぶっ飛んだ能力なら何も問題はないわ。あっ、その辺は鑑定者の守秘義務で教えられないから、前に言った通り、知りたいならレベルをどんどん上げなさい。”
「なぁ、精神年齢に関して何かロックされてないか?」
あのユーリアの前の人が言ってたように、あれは修復装置だったけど、当初、わたしを何かと間違うぐらいのバグのようなものが残っていたし、それを修復してもこれだし、何というか……これが本当にこの子なのか?
あの時、あの修復装置は白い玉になって、わたしの中に吸い込まれてわたしの光属性になってしまったから、もう一度あの場所に行って試すことも出来ないし……困ったなこれは。
“オルビス修復装置ね……。でもそれがあなたの体内にあるのなら、似たような魔法は使えるんじゃない? 色々と覚えて色々試してみなさい。”
覚えろって言ってもなぁ……。
“もし元の場所に戻れたら、一度ゼッペルに行ってみなさい。ゼッペルには大図書館も、この子のルーツの大樹の切り株もあるしね。おっと、コハルちゃんはそんなにたくさん医学書を出して何をしているの? 集落への炊き出しはどうしたの?”
「あっ、はい。あの、先ほど集落の方が治療して欲しいと酷い怪我をされた方を連れて来られまして――――」
“待ちなさい、また治癒魔法を使ったの?”
「はい。つい先ほど、この地へ来てしまった方でして……何だか変なんです。意識も曖昧で、うーとかあーとかしか言わないんです。体は火傷したように酷く爛れていまして、治療は行ったのですが……全身の火傷は消えたのですが、その症状だけは全く……。」
“はぁ…………もう、この子は……。”
『あー…………うー…………?』
「おい、お前まで変なものに感染したんじゃないだろうな?」
『感染…………? もしかして、白いジャージみたいな服に何か紋章が付いてなかった?』
「確かにチャック付きの白い上下でしたが、もうボロボロで紋章なんてついていたかどうかは分かりません。」
「その白いジャージがどうしたんだ?」
『……いや、もし紋章が入っていたのならだけど、帝国の人体実験に使われる被験者に着せる服なんだ。』
クソッ、また帝国絡みかよ……。殺戮兵器にしてもサソリにしてもサイクロプスにしても、マジでふざけんなよ、クソ野郎どもが…………。
“……知っているのなら教えなさい。これは命令よ。”
『あたしもあんまりよく知らないけど、帝国の被験者であの症状は細菌兵器の実験の可能性がある。細菌兵器と言っても感染症を引き起こして殺めるのではなく、人の脳や心臓に取り付いて強化させたり、洗脳して兵力として利用するんだって。さっき来た人はその失敗の可能性がある……。』
ルナクローラーは一度天を仰いで項垂れるように床を見下ろす。
“…………帝国も地に堕ちたわね……。”
『あの、ローリ……』
“ルナクローラーよ。”
『ルナクローラーさま、大丈夫ですか?』
“半端な敬語も要らない。ただの喋るフンコロガシとして扱いなさい。ところで、その細菌兵器はどこまで進んでるの? 一体何人に処置されたの?”
やはり、この虫は虫ではなく元々人間だったんだな。ユーリアが敬称を付けるぐらいだから相当上の人なんだろうけど、今はまだ触れない方がいいか。
『そっ、そこまでは…………。でも、この辺の研究はあのサソリを改造したライアーって研究者が絡んでるのは確かだと……。』
“フンッ、もし何か奇跡と偶然が重なりあってここから出られたら、真っ先に焼き滅ぼしてやるわ。”
ルナクローラーが掴んでる水晶玉が薄っすらと赤くなる。こんな所で暴発されたらここも集落も何もかも消し飛んでしまうぞっ!
“あぁ、そうそう。あなた、スキル欄にルナティカルエクスプローラーっていう呪いの塊のようなものがあるわよ。これは何?”
『えっ、何それ?』
ルナティカルエクスプローラー……あの金庫からの脱出後に脳内に出てきた横文字か。一体何の効果のあるスキルなんだろうか。ユーリアにお仕置きをした時に壊れたとか何とか出てきたけど……。
“ルピナスちゃん、何かやったの?”
「あっ、いや、昨日ちょっとユーリアに光属性の魔法を食らわせたら、そのルナティカル何とかっていうスキルの保護機能が壊れて劣化するようになったとか何とか鑑定で出たんだ。」
“スキルの保護機能……通常はそんなもの無いけどね。余程勝手に書き換えられたくないか、デバフてんこ盛りの呪いのようなスキルか、人工の寄生性の生物に寄生されて付与されたスキルなら、あるかもしれないけど。だけど、並みの光魔法じゃ壊せないけど、どうやったの?”
「いや、どうやったもこうやったも、コハルさんの雷をイメージして出したから分からないが……それよりも、そのルナティカル何とかのスキルは何に作用してるんだ?」
“そのまんま呪いの類ね。そのスキルがあることで複数のステータスの数値に異常値が出てるの。具体的には知能に関する能力が倍以上に上がっている。特性にも異常が出ていて、性格や行動がより凶暴的な方へ向くように弄られている。あとは…………っ!”
『どうし……たの?』
“いいえ、何でも。だけど、ランクダウン履歴が残っているわね。およそ一日前がランクXS、そこから数時間前までにランクDまで落ちてるわ。あぁ、ランクXSからDまで一気に落ちた時間帯があるわね……あぁ、あの時の、コハルちゃんの渾身の作を嗅がされた時ね。良かったわね、また嗅げば本当のあなたに戻るわ。恐らくね。”
嗅いだだけでそんなに……しかし、こいつもまた、帝国の被験者だったのか……?
“ユーリアちゃんの言う通りの腐敗し切った帝国なら、後二つを足した感染型の呪いのスキルの可能性はあるわね。それなら保護機能の付与もありうるわ。”
「可能性って、そこは細かく見れないのか?」
“わたしはそんなに万能じゃないわよ。けど、知性を上げて更に凶暴化させようとする理由……人としての良心を欠如させて、より凶暴な兵器を開発させようと感染させたの?”
ユーリアの顔を見る。こいつ、確かに出遭ってすぐは凶暴だったが、この体を得てから丸くなって、今に至るまで然程変わらないんだよなぁ。
それよりも、出遭って直ぐぐらいの凶暴さであんな兵器作れるのか?
“まぁ、今は様子見ね。ルナティカルエクスプローラーはどういうカビ菌か知らないけど、気を付けておいたほうがいいわ。”
……しかし、そんなバイオ兵器を身内にだけではなく、外にぶっ放されたら何もかもが凶暴化して変なことになる。特化する能力が知能なので魔力に深く関連するし、どんな難解な兵器でも使いこなせてしまう分、世界が火の海になる。
ユーリアは両方の触手で頭を抱えている。さぞ複雑だろうな。その何とかいうものの所為で殺戮兵器の開発に着手してしまったんだろうし。
『えぇ……またあのう〇ちのちからを嗅がされるの……?』
そっちかよ。
ほんの少しだけど真面目に心配してしまったわ。このクソ野郎が。無理やりにでも嗅がせてランクGまで落とすか。
しかし、ランクGまで落として更にランクを下げようとした場合残り続けるんだろうか?
通常のスキルであればG未満になることは無く、所定の機関で解除するまで残り続けるが、無理やり植え付けられたこの職も同じなんだろうか?
「あら、みんなお揃いなのねぇ。」
ジーナが扉を開けてその不気味な鉄の顔を露わにする。心臓に悪い。ユーリアは驚き慌てふためく猫のように猛スピードで教会の奥へ飛び去った。
「あら、白い何かが奥にぶっ飛んで行ったわね。」
“あなた、心臓に悪い登場の仕方するの、もういい加減にやめなさい。”
「虫の癖に相変わらずよく喋るわねぇ。あっ、そうそう。この写真渡し忘れてたわ。はい、コハルちゃん。」
「写真ですか?」
「はい、確かに渡したわ。じゃあ、わたしはそろそろドロンするわ。」
ジーナは本当に写真を渡しに来ただけで、開けた扉も閉めずに大きく跳躍して先ほどの丘の向こうへと消え去った。一体何なんだ、あいつは。
それにしても何の写真だろう。落ちていた面白そうな写真でもわざわざ届けに来たのだろうか?
“コハルちゃん、それ手で口押さえて絶句するほどの写真なの?”
「いえ、あの、その…………。」
“どれどれ……あら、ルピナスちゃん、肩、本当に大丈夫なの?”
「肩? ちょっと見せて。」
写真を覗き込むと、あろうことか、あの肩を負傷して痛みが全身に回って死にかけてた時のあの写真だった。あいつ、あのセリフは冗談じゃなくて本当に……それもわざわざ印刷までしやがって。
あんのクソの塊、後で顔をレーザー銃でポテトマッシャーみたいにして、茹でた芋絞り出してやるから覚悟しろ。
『……ジーナさん、帰った?』
“あら、いい所に。この写真見てみなさい。ルピナスちゃんがこんなことになってるわ。”
『えっ? ルピナスがあんなことやこんなことになってる写真?』
「おいっ!! こらっ!!!!」
ユーリアは触手を長く伸ばして手に持った写真を叩き落とし、すかさず宙を舞う写真を奪いとった。威力がかなり高くて手の甲が真っ赤になってヒリヒリしている。こんのクソ野郎が……。
『どれどれ…………この顔、よく撮れてるわ。この死にかけのトロンとした表情で命乞いをするような……何だか性的…………いい、これ、いいっ!! 永久保存版だわ、額縁に入れて祭壇に飾らないと………うわっ!!!!』
二本の触手を思いっきり引っ張る。わたしもカメラがあれば、あの伸びきってビクンビクンと痙攣するこいつを何枚か撮りたいぐらいだ。
『ちぎれるちぎれるちぎれるちぎれるぅぅぅぅっっっ!!!!!!!!!!』
「ルピナスさま、おやめください。」
「あっ、うん、ごめん。」
コハルさんの言葉はどれもこれも優しく、命令文であっても子供相手に叱るように柔らかい口調で喋るが、何だか逆らえないような雰囲気を感じる。これはルナクローラーが言っていた龍族のものの影響が強いのだろうか。
……ぶん回し過ぎてユーリアは伸びきって体をビクンビクンさせている。ちょっとやり過ぎたか。
「暴力は駄目ですよ。」
「ごめんなさい。」
『…………いや、大丈夫。うん、これぐらい慣れてる。振り回されなかっただけマシ。』
ルナクローラーは降下して水晶玉を床に置き、六本足で器用にあの写真を拾い上げる。
“じゃあ、この写真はわたしが預かっておくわね。”
「いや、捨てろよ、そんな写真っ!!」
“いいじゃない別に。”
ルナクローラーは写真を床に置いた水晶玉に張り付ける。まさか、ステッカー代わりなんじゃないだろうなっ!?
“水晶玉にステッカーを貼る馬鹿なんて何処にいるのよ。これはあなたが持っているアイテムバッグのように、インベントリとかストレージとかいわれてる機能があるの。”
貼り付けられた写真は水晶玉に吸い込まれていった。いや待て、そんなの仕舞うな、燃やしてくれっ!!
◇
…………あれ…………?
さっきまで居たコハルさんもルナクローラーも居ない。
そうか、壁にもたれ掛かったまま寝てしまったんだ。帰着早々のゴタゴタで疲れが一気に出たみたいだ。
…………一瞬でもいいから心が休まる場所が欲しい。
それで、ユーリアは何処だ?
一旦部屋の中を見渡す。講堂の大きな机の上にはコハルさんが読んでたと思わしき大量の本が積まれている。その本はどれも医学に関する本で所々付箋やメモ用紙が挟まれている。表紙を見ただけでも眩暈がする。
その難解な本をユーリアは開いて読んでいた。
「おい、ロボット工学と生体医学は別物だろ? 理解出来るのか?」
『……別物なんかじゃない。結構近いよ。特にオルビスに関する技術はね。それにしても、医学書でも特に高度なエーテルランドで使われるこれは……コハルちゃん、理解出来るのかな?』
「どうかいたしましたか?」
もう炊き出しは終えたのか、コハルさんが戻ってきた。
『これ、理解出来てるの?』
「いえ、エーテル語は理解できるのですが、内容は全く……。」
『おう…………。』
そりゃそうだわな。
エーテルランドはこのアルカ大陸の西の大陸の、更に西の果ての大国。そこまで行くと言語も異なるわけで、そこの言葉が理解できるだけでも凄いのだが……。
「分からない所はメモを取って、何か所も付箋を貼って、でも何が何だか……。」
ユーリアは二本の触手で考えるポーズを取る。
「可愛いですね、ユーリアさまのそのポーズ。カメラを持っていませんので今は無理ですが、今度写真を撮らせて下さいね。」
『えっ……うん、いいよ。』
わたしもあの伸びきって痙攣してる姿を撮りたい。カメラ、何処かに落ちてないかな……。
「あっ、あの……もう一つ、先ほどの痙攣している姿も……。」
『やだよっ!!』
何だかとっても残念そうな顔をしている。とてもよく分かる。
でもユーリアも腕を組んで何を考えているんだ。
「それで、あんたは腕組んで一体何を考えてるの?」
『あぁ、それね。医療の知識を取り入れたいなら、医学書よりも看護師が使う教本の方がいいのかなって。看護師を現場の技術者と見ると、患者の元に寄り添って臨機応変にあれやこれやする人向けの方がより簡潔によりグラフィカルに記載されてるから理解しやすいかもって。』
……それもそうだな。こいつ、あんな見た目でよく考えてるんだな。
コハルさんはそのユーリアの見解に両手を合わせ甚く感動している。
「そうなのですねっ!」
『いや、さっきのは経験からくる想像であって……。』
身を引いて押し返すように前に突き出した二本の触手を、コハルさんは両手で掴む。
「ありがとうございます、ユーリアさま。では本は地下倉庫へお片付けして……」
地下倉庫なんてあるんだな。まぁ、確かに、この教会は狭すぎるし……。地下倉庫で眠らせてもらおうか。
『……えっ、マジ…………?』
大量の本の山を纏めて持ち上げる。ユーリアはその50キログラム以上はありそうな本の柱を紙製の空箱一つ持つように軽々と持ち上げるコハルちゃんのその姿を見て触手をだらんと垂らし、ぼーっとその様を見ている。
『…………あの体のどこにあんな力があるのさ。』
「コハルちゃんは人間じゃなくてオルビス。」
『まっ、マジでっ!? …………いやオルビスだからってあんなちょっと長身だけど肉付きも胸もお尻も大きすぎない見事なバランスの超絶美しい体にあんな力は仕込めるわけないでしょっ!?』
「それは知らないけど、そういえば、この前普通に庭に置いてあった1トンぐらいの水瓶を軽々と持ち上げてたぞ。ロボット博士的にどうなんだそれ?」
『ヒィッ!!!! あたしのプレディカドールすらひと捻りじゃないのっ!!!!!!』
二本の目で両目である部分を押さえ、仰向けで左右にゴロゴロと転がる。白いボディーに黒い顔に目らしき薄っすらと黒い丸二つの無表情仕様なのに本当に表情豊かだな。カメラが無いのが残念だ。
「わぁ、どういたしました?」
大量の本を何処かに仕舞い終えたコハルさんが帰ってきた。その手には古びた分厚い本が一冊。表紙に何て書いてあるか表紙が分からないぐらい劣化してるけど、これは一体何の本だ?
「あぁ……いつもの癇癪だから気にしなくていいよ。」
「そうなのですか……でもそのお姿……………とても可愛いですね。」
本を机に置き、両手の人差し指と親指で四角形を作り、その四角越しにユーリアの方を見る。
……その四角は一体何を表しているのだろうか。
ユーリアにはその謎ジェスチャーが伝わったのか、ぱたりと左右に転がる動作を止め、フワフワと宙に浮く。
そして二本の触手で大きなバツ印を作る。
『だーめ、これは撮影禁止。』
「駄目ですか……。」
撮影……よく分からんが帝国の方では知られてることなのか。まぁ、どうでもいい。
『この本は……もしかして”実践!家庭の錬金術100選”っ!?』
「錬金術をご存じなのですか?」
『ご存じも何も、あたしはその手のプロだよっ!!』
こいつ、ロボット博士とか錬金術のプロとか、こいつは一体何が得意なんだ?
『見ていいっ!?』
「はい、どうぞどうぞ。」
興奮気味なユーリアは二本の触手を器用に使い本をめくる。その触手の先ってナノサイズの吸盤でも付いてるのか?
『うわぁ~……懐かしいなこれ。あっ、それでコハルちゃんはどんな物質を生成するのが得意なの?』
「わたしは、う〇ちを用いて、う〇ちのちからというお薬をよく生成しています。あっ、ついでで申し訳ないのですが、その際に沢山のウンウンブリリウムが生成されるのですが、肥料としてしか使っておりませんので何か他に利用出来ないかなと。」
ユーリアはフリーズする。あれだけちょこちょこ動いてたのが嘘みたいにカッチカチに固まってしまった。
そういえば、あのクソ薬が匂いの通り、材料が大便だということを聞いてなかったのだろうか。
『…………うん。うん。ウンウンブリリウムまではいいよ、肥料とか爆弾とかの材料だからね。でもちょっと待って、それがあの薬だと言うの? というか、何のフンを用いて作ったのっ!?』
コハルさんは頬を赤く染める。その一瞬でユーリアは察したか、コハルさんの方を向いたままスーッと後ろに下がる。
「えっと、ルピナスさま、あの時ジーナさまにお渡ししたう〇ちのちからですが……」
「ジーナに飲まされたよ。さっきの写真の姿からここまで一気に回復したし、今まで空腹も感じない程の物凄い栄養だったわ。一回気絶したけど。」
空飛ぶクリオネは、一瞬わたしの方を向いて、そのまま部屋の隅までスーッと下がって行った。
『キッモ…………あんた、う〇こ食べる趣味でもあるの?』
「ねーわ。」
ユーリアはそのまま浮力を失い、背中から落下した。
しかし、体は別物でも魂が龍族なら、出すものにも龍族のそれと同等の力が宿るという考えはモノ的にアリなんだろうか?
「そうだ、あのう〇このちからって在庫ある? 出来れば、出来が凄く悪い方がいい。」
「えっ、えーっと……確かお台所の戸棚の中に……。」
コハルちゃんはテコテコと廊下へ歩いて行く。よく考えたら、あんな濃縮されたブツの香りを放つものを台所に入れておいて、爆発事故でも起こったら匂いが染みついて料理どころではなくなると思うが。
『……とんでもないわね。仲良く出来るかと思ったら……。』
「そういうものが好きなだけで悪い子じゃないから仲良くしてあげろよ。」
『あんなものを愛でる子を好きになれるかしらね……。』
ユーリアは深くため息をついた。わたしも溜息一つ。いや、二つ。
『ねぇ、ノアちゃんはさっきからルピナスの耳の後ろとか首周りとか腋とかケツとかの匂いを嗅ぎまくってるけど、あんたも道を踏み外さないようにね。』
「やだ。」
『やだって……。』
そういえば、もうノアはキューブパズルを与えてもいいか。
バッグに手を突っ込みキューブパズルを探す。その手に何か湿気を帯びた四角いものが当たる。
引っ張り出すと、さっき研究室で拾った天体に関する本だった。
「これ、あんたのでしょう?」
『えっ、あぁそうだけど……こんな汚い本、持ってきてくれたんだ。』
「あんた、植物も好きだけど星とかも好きなの?」
『えっと……うん。今でこそ本物の星空が見れるけど……やっぱりみんなと一緒に見たかったな。』
「本物の?」
『いや、こっちの話よ。』
ユーリアは窓から空を見つめている。
わたしはかび臭い本を机の上に置き、再びバッグに手を突っ込み、3×3キューブ二つをノアに渡した。
「ノア、片手で一つずつ、両手で合わせるの。出来る?」
「うーん?」
頭に大きな疑問符が浮いてるような声を出す。
試しに片手で持って回そうとしたが、回るどころかつるんと滑って無理だった。それにしてもキューブが小ぶりとはいえ、手の大きさに対して一杯一杯だから回せるんだろうか。
『マジか、それやんのか?』
「わたしより少し大きいけど、手ちっさいことをすっかり忘れてたわ。」
ノアは片手で器用にクルクルと回して色を合わせるが、途中で何度か滑って落としてしまう。それでも頬を膨らませたりキューブを投げつけたりせず、何度も拾っては挑戦し続けている。
「すぐ癇癪を起こすあんたよりも優秀よ。」
『ぐぅ…………なんて集中力……。』
これで6エレメントキューブが強化されてほぼ全部の属性が同時に出せるのは頼もしい。しかし、出来ても3×3のキューブのみで、5×5以上は手の大きさからして不可能だ。皮膚のすぐ下は機械の塊のオルビスはロボットの類と同じで成長はしない。ここは人間と真似て欲しかったけど難しいのだろう。
でも、何だろう、ノアの身長が少しだけ高くなったのは気のせいか?
『うぉああああああああああああっっ!!!! ノアちゃん両手共に揃ったぁぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!!』
ノアは両手に持つ揃ったキューブを見せつけるように誇らしげな顔をする。
やっぱり身長伸びたか。いや、気のせいか。頭を撫でてやろう。
「ルピィちゃん、ありがとう。」
「……頑張ってね。」
猫の顔を撫でてやった時のように、とても気持ちよさそうな顔をする。もっと撫でて撫でてと言わんばかりに顔をスリスリと動かす。
『タイム3.12秒ぉぉぉぅぅぅぅぅっっ!!!!! クッソ速ぇぇぇぇっ!!!!』
「えっ……そういえば……言っちゃ悪いかもしれないけど、1秒未満30回連続だわ、あれ覚えるの。」
一人興奮するユーリアは一瞬フリーズし、そのまま触手をだらんと垂らす。
ノアは何事も無かったかのようにそのままリトライを繰り返す。要らないこと言うんじゃなかった。
「ルピナスさま、ありました。思いっきり失敗した、う〇ちのちからですっ!!」
十分以上かけてやっと見つけたかコハルちゃんが帰ってきた。その手には無数の札が貼られた大きめの木箱を携えている。
「なっ、何で木箱?」
「封印の木箱です。地下倉庫の隅にありまして、元は何も入っていなかったんですが……なんと、この木箱、消臭効果がありまして、失敗作を保管するには丁度良かったんです。」
「中身は一本だけだよね?」
「十本ほど……どうしても入らなかったものは捨てちゃいました。」
中身を割らないように、木箱をやさしく机に置く。割れたら死の一文字。
ユーリアはノアのキューブパズル合わせを観戦している。わたしはユーリアを鷲掴みにし、机の上に置いた。
「ユーリア、覚悟はいい?」
『ちょっ、ちょっとせっかく見てたのにっ!!』
わたしは木箱の蓋を開く。瓶詰されてるのに既に卵や魚介類が腐ったような激臭を放つ。う〇この匂いは大好きなはずのコハルちゃんも顔を退ける。
「うっ、邪道です……う〇ちはお腹の中で熟成されてこそなのに…………お腹の中で熟成されていない人工のう〇ちはう〇ちじゃありません……」
『待って待って待って待って待ってぇっ!!!!!! それどうするのっ!!!!!??』
木箱の中からクソポーションを取り出す。激臭でもはや立てる状態にないユーリアのその顔の前でポンッと栓を開けると同時に黄色いガスが噴き出す。いざ黄泉の国へ。
『ギニャアアアアアアアァアアアアアッ!!!! クサァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!!!』
うん、ガスマスクは欲しいな。隙間だらけとはいえ、ほぼ密室だし。わたしも気絶しそうな匂いだ。
あんたの作ったあの鉄の塊でたくさんの冒険者が亡くなって、わたしも何度も死にかけて、そしてあのキャノンボットの仕打ち、そしてわたしを中に残したままあの金庫の扉を閉めようとした。その罰の残りだ。
「ゲホゴホ……やっ、やめてあげて下さい……一体ユーリアさまは何の罪を犯したのでしょうか?」
「後で説明するわ……オェッ!」
ユーリアは仰向けで完全に伸びてしまった。その顔に一滴、その原液を垂らす。黒い樹脂質の顔に雫が当たるとシュワーと音を立てて液は蒸発した。
少しばかり痙攣していたのが完全に静止してしまった。
急いで栓をして、部屋の換気をする。精製されたものは体に悪いものでは無いとは言え、ここまで匂いが酷いと下剤と何ら変わらない。
「ルピナスさま、やりすぎではありませんか?」
「あっ、うっ……ごめんなさい。」
「わたしではなく、ユーリアさまに。」
声のトーンが変わった。その顔に笑みは無く、静かだが、おそらくかなり怒っている。
わたしはユーリアを持ち上げ、何度か頬を叩いてみる。
『うっ……うーん……』
「よかった、起きた。」
『ここは…………あぁ、そうだ。あたしはあの匂いを…………って、クッサぁぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!!!!』
顔に垂らした液を拭きとっていなかった。二本の触手で顔を押さえたまま一頻りじたばたした後、ユーリアは再び気を失って伸びてしまった。
「えーっと、わたしの洗浄魔法で取りましょう。」
コハルちゃんの指先に白い光が灯り、ユーリアの顔や体をなぞるように液体を拭きとる。みるみる内に綺麗になり、あの研究所内の一件で付着した汚れが取れ光沢のあるクリオネ白黒ボディを取り戻した。
「はい、綺麗になりました。ユーリアさま、起きて下さい。」
『う……ん……?』
仰向けのまま二本の触手で背伸びをしてフヨフヨと浮かび上がった。
「ウフフッ、背伸びのポーズも可愛い……♡」
『ふわぁー、もうずっと悪夢しか見てなかったのに、凄くいい夢を見たな……。』
「あの、どうされましたか?」
『ううん、何でもない。ありがとう、あの薬はちょっと……匂いが酷かったけれど、体も軽くなったし、いい夢が見れたよ。』
「そうですかぁ、ウフフッ、どういたしまして。」
コハルちゃんの手とユーリアの片方の触手が合わさった。
「ねぇ、ユーリア。」
『何よ、珍しく名前を呼んじゃって。』
「わたしはやり過ぎたとは思ってないよ。でも、ごめん。」
『フンッ…………いいよ、薬としての効果は抜群で、夢の中だけど友人と逢えたし。』
ユーリアは二本の触手の先を見つめていた。
「では、このう〇ちのちからは肥料として処分致しましょう。匂いが余りにも邪道過ぎます。う〇ちはお腹の中で熟成されてこその香りなのです。効果はあるのですが、このグレードでは使い物にはなりません。」
『植物にもあげてるの?』
ちょっと待て、これをマギサ草に与えたら童話に出てくるような大木になったんだが、量を調整しているのだろうが、一滴でもヤバいんじゃないか?
「はい、一滴を数百億倍に薄めて撒くと植物が元気になるのです。」
『おおう…………。』
一滴を数百億倍に……それで元気になるぐらいなら、土じゃなく、荒野の砂の上でも直に育てられるんじゃないだろうか。
コハルちゃんは鼻と口を手で覆い、斜め上を向いてじっと考える。
そして数秒後、両手を合わせ、何かに気付いたようにこっちを向く。
「思い出したのですが、う〇ちのちからを捨てた場所に、植物が生えてくる事があるのですが……。」
「種があるわけではないのに、こんな草木一本生えないような土地に植物が生えてくるって、どういうことだ?」
「中身をドバーッと撒いたらすぐに生えてくるんです。捨てた場所によって毎回葉っぱが違うんですが……」
『ドバーッと……?』
「そうです、中身をドバーッと撒くとニョキニョキと……。」
『ニョキニョキと……。』
ユーリアは体や触手をくねらせ、妙なポーズをとる。考えるポーズのつもりなのか?
しかし、彼女の言う通りここは草木一本も生えない不毛の土地で、仮に他所から飛ばされてくる生ごみの所為で植物の種があったとしても生えて来ず、そのまま腐り果てるだろう。まさかとは思うが、死んだ種子が蘇生しているとか……?
いや、そもそも腐敗するにしても分解されるにしても菌が必要だしハエのような虫も居るはずだが、少なくとも改造サソリやローチやフンコロガシ以外の虫を見ない。ローチは召喚されて出てきた魔物だから数に含まない方がいいか。
……よく分からんが、種があって、単純に活性化しただけか?
『それは、生ごみが堆積してある所?』
「あっ、はいそうです。ここからずっと南に下ったところでして、集落の方がよく生ごみを捨てるところなのですが、元から匂いが酷いので処分する時に使ってます。」
種、あるんじゃないか。それなら納得か。
「捨てる時は数百億倍にして捨ててるんだろ?」
「はい。でも井戸の水が少ない時は水の量を減らしています。」
数百億倍だと一滴に対して水は…………何リッターだ?
『待って、一滴の量は0.04ミリリットルとして、百億がゼロ10個で1立方メートルが1000リットルで…………』
計算を間違ってなければ400,000立米か。
1メートル四方のコンテナが脳内でゴロゴロ。こんなところにそんな湖みたいな量の水なんて間違いなく無いし、絶対にそんなに薄めてないだろ。
まぁしかし、さぞかし青々としたジャングルになってるんだろうな。
……近づきたくないが、食糧問題を解決するには避けては通れない。
『……ねぇ、それで、なんだけど、この主成分は誰のもの? こんなの、龍の糞でもなければ作れないよね?』
えっ? 待ってこいつ、あれで何にも察してなかったのか……?
コハルちゃんは自信満々な表情で、右手人差し指を自身の方へ向ける。
ユーリアはフリーズした。
「トイレの下の空間から塊を拾うか、スカラベさまが転がしているものを貰ってきて……。」
ユーリアは浮力を失い、回転しながら床にペタンと転がり仰向けになった。その顔は虚ろで、じっと天井を見つめている。気持ちは分からんでもない。
『…………余計なお世話かもしれないけど、あなたねぇ、少しは恥じらいを知りなさいよ……。』
「あっ、地下の錬金台でう〇ちのちからを精製していますので、見学致しますか?」
『ねぇ、聞いてる? 聞いてるの????? ねぇっ!!? ねぇってばっ!!!!!!?』
全く聞いていない。いや、聞いてはいるが、嬉々とした表情ではぐらかしているのか?
ユーリアは仰向けの状態から少し浮き上がり、ゆっくりと体を反転させ、そして激しくガンガンと床に顔を打ち付ける。
『おぎゃあああああああっ!!!!!!!! 黄色い泉ぃぃぃぃぃいいいいいいああああああああっ!!!!!!!!!』
「あの、突然どうされたのでしょうか……?」
「あんたのせいでしょうが。」
それにしても、キューブパズルに集中してるノアは、あの強烈な黄泉の国の香りに対して何ら反応を示していない。プレミアムの時は無表情だが臭いって反応したが。
「ノア。」
「なーに?」
両手に持ったキューブパズルの動きが止まり、顔を傾け、まさに疑問符が頭上に浮いているような表情で見る。何も感じていないのだろう。
「さっきの、臭くなかった?」
「コハルおねーちゃんのにおいがした。」
わたしの頭上に大きな疑問符が浮く。
「エッ、わたしの匂いですか?」
少なくとも口臭は全くと言ってほど無い。ぽかんと開いた口から見える歯は真っ白で手入れが行き届いている。お腹の中も上半分は綺麗なのだろう。下半分は知らないが。
『きいずみぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!!!!! イエロぉぉぉぉストぉぉぉぉぉぉン国立ゥ公ぅ園んんんんんんんんっ!!!!!!!!! ヨミぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁあああああああっ!!!!!!!!』
うっせぇなこいつ。踏み潰すか。
コハルさんは意にも介さず自らの腋をスンスン嗅いでいる。少なくとも、体全体からはあんな匂いは発していない。一体何の匂いに反応したんだ?
ノアは2つのキューブパズルを机の上に置いて、コハルちゃんのスリムなお腹に顔をうずめる。
「ノアさま、どうされたのですか?」
「おなかのなか、くさい。」
お腹自体は別に臭くもない。寧ろいい匂いがする。
お腹の中の匂いは……何等かの形で出力しなければ分からない。
コハルちゃんは頬を赤く染めて、ノアの背中をぽんぽんと優しく叩く。
ふと、夢の中でアンに渡した闇属性を吸収するための杖の存在を思い出す。
「あの、コハルさん。」
「はい、ルピナスさま。どう致しましたでしょうか?」
「確か、闇属性の魔法は使えないんだよね。」
あの時、鑑定魔法が動作したときに確か、闇属性と重力属性はロックされていたな。原因は不明だが。
「本来は使えるはずなんだ。原因って何だか分かる?」
「いえ、全く存じ上げませんが……。」
そりゃそうだよな。分かってたら原因とか探るし。少なくともわたしは。
コハルさんは自身のお腹に顔をスリスリと擦りつけるノアを見つめる。
『ぬわっ!! あっ……あたしは一体……?』
床に顔をガンゴンガンゴンと打ち付けていたユーリアが我に返った。
『はっ、ここはっ!?』
「ユーリアさま、落ち着きましたか?」
「奇声を上げながらずっと床に顔を打ち付けてたよ。黄色い泉にでも行ってたのか?』
『黄色い泉? なにそれ?』
ついに壊れたか、こいつ。
「だけど、よく傷一つ入らないな、その体。」
『すっごく頑丈だね。あれだけぶん回されても触手だって千切れないし。』
そういえばユーリアの体はオルビス修復用のデバイスだったな。コハルさんもオルビスだし、同じくオルビスのノアの認知機能を修正した時のように、どのように封印されているかどうか診る事が出来るかもしれない。
「ユーリア、あのさ、ステータスが封印されてるかどうか診る事ってできる?」
『見れるわけねーだろ。リリスちゃんが使ってた診断機なら診れるかもしれないけど、もう瓦礫の下だろうし無事じゃないと思うよ。そんなことならもっと早く言ってよ。』
診れる診断機があるのかよ。ノアのこともあったし、こいつの研究室に入る前に話しをしておけばよかった。
あっ、疲れが……ひと眠りさせてもらうか。
「うわあああああああっ!!!! 助けてくれっ!!!!」
外から中年男性のものと思われる大声が響く。レーザー銃を構え、壁に張り付く。ユーリアは慌てふためき、逃げようとするので掴んでバッグに押し込んだ。
地面は激しく揺れる。巨大な生物でも走っているのだろうか?
まさか、あの巨人がもう一体居るんじゃないだろうなっ!?
「わたしも戦います。」
コハルさんは物干し竿として使っていた例の棒を構える。コハルさんは一撃必殺要員で後衛についてもらおう。
……前衛はどうしようか?
いや、とにかく外を確認しなければ。あの巨人で無いことを祈るばかりだが……。




