1-11 帰り道
第11話
斜面に生えたマギサ草の頑丈な根はグリップとなり、滑落する事なく斜面を下って行く。直登コースは危ないので少し斜めに山を回るように降りよう。
……それにしてもノアはキューブパズルを離ささず歩きながらクルクル回している。その状態でもわたしの言葉は理解出来るのか、来いと言えば付いてくるのはいいが、パズルに集中している状態で砂地だろうがマギサ草に覆われた斜面だろうが、足を取られることも踏み外すことなくポンポン降りていく姿は見ていて心臓に悪い。
「こいつ、マジかよ……。」
『凄いなぁ……この平衡感覚と体どうなってるんだろう。その小麦色の体の中、見てみたいなぁ……。』
「おいちょっと待て、冗談になってないぞっ!?」
ユーリアはノアに接近して膝とか腰とかを見る。お前はハエか。
何とかこの不安定な斜面を攻略し、ウサギのような小さな石像が並んだ平地に降りる。
『あっ、お地蔵さんだ。拝んでおこう。』
「オジゾウサン?」
ユーリアは触手と触手を合わせて擦り合わせる。何の願掛けだこれは。
この場所には岩のような残骸の塊や錆び切った大型機械が放置されていて、さっきの丘の上からはよく見えなかったが四角い大きな穴が開いていた。形状も穴の壁面も砂ではなく人工的なもの。位置的にはまだユーリアの研究所の上だろうから、ここはもしかして……。
大穴に近寄ってみる。落ちないように気を付けながらそーっと穴の奥を……。
「うわぁっ!!!!」
『ぎゃぁぁああああああああああっ!!!!!!!!!!!』
「わーっ、おっきなひとー。」
あの一つ目の巨人が鎮座していた。後ろ向きで、胡坐をかいて座り、首は力なく前に垂れている。体は最初に見た以上に傷だらけで、力尽きているようにも思える。
あぁ、ここはあいつがユーリアの殺戮兵器と戦った場所で、こいつはあの時壁を破壊して出てきた謎の巨人だ。
『帝国の改造モンスター……あれはサイクロプス……。なんであたしのラボに?』
「これもサソリもだけど、あんた等魔物を改造して兵器として使ってるの?」
『あっ、あたしの研究室ではそんな非道な事しないよ……あんな悪趣味なことをやるとすればライアーのクソ野郎しかいないっ!!』
「あんた以外にも研究者が居るのね。」
『そりゃあもう、数千人単位でいるよ。あたしは……あたしはその中でも上から四番目……あたしってば四天王最弱よねぇ…………くっそぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!』
ユーリアが絶叫したおかげで落ちかけたが、既の所で踏みとどまった。
落ちたら洒落になんねぇから黙れ。いや、マジで。
あと、あの巨人が死んでいて良かった。いや、鑑定しないことには死んでいるとは言い切れないから運が良かっただけか?
それにしてもあの鉄の塊……ジーナが居ないか身を乗り出して確認する。育ちに育ったマギサ草の根はここから少し西に行ったところまで伸びてきているので、そこに移動し、それを命綱にしっかりと太い根を掴み、目を凝らす。
『何探してんのよ。』
「あんたの言ってた、えっと……何とかドールで自我のあるあいつをね。」
『プレディカドールね…………。ってか何で自我が芽生えるのよ、戦闘用だけの彼等にはそんなプログラムしてないのに……。あいつ、本当に変だわ。』
「……彼等にはって、あんた、他にも何かロボットを作ったような素振りだな。」
『自我がある子に限定するなら、あたしの研究室で説明した通り、今までに八体の子を作ったわ。それぞれ、森林管理用に宮廷のメイド長に都市のインフラ管理用に……はぁ……みんな、生み出したのはいいけど構ってやれなくてさ、やっと構ってあげられると思ったらこんなザマでさ、はぁ……元気にしてたらいいけど。』
ユーリアは俯く。表情は無いが、その果てしない哀愁は伝わってくる。
『んっ? あのサイクロプスのケツの下に何か挟まってる。』
「はぁ? ケツの下?」
胡坐かいて座ってるそれのケツの肉と肉の間から、何か人の上半身のようなものが見える。
わたしとユーリアはじっと目を凝らす。わたしは目は鷹の目と呼ばれるぐらいには良い方なんだけど、30メートルぐらいある穴が深すぎるし、薄暗くて全然見えない。
「なんだろう、あれー。」
『うわっ、ノアちゃん、危ないっ!!』
ノアはあろうことか踵だけで地面を踏みしめ爪先は宙に浮いており、更に前のめりで穴の底を覗いている。
「ノア、危ないぞ、もっと下がれっ!!」
「わぁ、う〇ちっ!!」
う〇ち?
『ちょっと待って、少し降りて見てみる。』
ユーリアは額に手を当てつつ、ゆっくりと降下する。
『あっ!!!! ぶーッ!!!! あっ、あれは……アッハッハッハッ!!!!!!!! はひぃーっ!!!!』
ユーリアは何か面白いものを見たのか、二本の触手をお腹に当ててゲラゲラ笑う。クソッ、一体何があるんだ?
危険を覚悟で光の玉を送り込むか。いや、どうにかしてあの巨人が完全に死んでるかどうかを確認しないと。
≪鑑定≫
魔物名:MNS8246555CYC082(改造サイクロプス)
ステータス:死亡
既に死亡しているため、詳細な鑑定は不可。
≪以上≫
あっ、今更鑑定されやがった。でもよかった、死んでるわ。死んでる所為で詳細は分からないが。
ネクロマンサーでも居なければ、もうあの魔物は動き出さない。周囲を照らす光の玉を創造し、飛ばす。玉は下方へ降りて行き、穴の底を明るく照らす。
そして目を凝らしあのサイクロプスのケツを見る。
「あれは…………ブフッ!!」
思わず笑いが噴き出る。ケツの下に挟まってたのはあのジーナだった。
ノアの言う通り、まさにケツからはみ出したう〇こみたいに尻に挟まれている。
ユーリアは宙に浮いた状態でロケットのように真上に打ち上がり、そのまま弧を描いてウサギの石像の前に落ち、大笑いしながらじたばたしている。そのまま笑い死んだか、全身に触手を絡ませピクピクと震えている。
「ちょっとぉ、笑ってないで助けなさいよ!!」
穴の底から機械兵器らしからぬ艶やかな女性の声が聞こえる。紛れもなくジーナの声だ。距離があるが、周囲がほぼ無音のためよく聞こえる。
「好きで巨人のう〇こみたいになってるわけじゃないのっ!!」
もう限界だ、笑いが体の奥底から噴き出してくる。抑えてしまったら体が大爆発してしまう。
「あーハッハッハッハッハッ!!!!!! なんだよその姿っ!!!! ヒィィィッアッハッハッハッハッハッ!!!!!」
全身が痙攣するほどに笑ったので心を抑え、呼吸を落ち着かせる。
「もう飽きるほど笑ったでしょう? だからあたいの元に来て引っ張りなさい。」
「ごめん、高すぎて近づけない。」
嘘、本当はノアの飛ぶ能力で近寄れる。けど抱きかかえられたまま飛ぶ姿は見られたくない。
「この裏切りものーっ!!」
ジーナのあの力なら、別に這い出せなくもないと思う。
……あの時、逃げちゃったから本当に裏切り者だけど……飛ぶ以外に近づく手立てが無いんだしひとまず放って帰ろう。
「ルピィちゃん、いいの?」
ノアが他人を心配するような素振りを見せたのは初めてだ。わたしのブーツの濃厚な香りを嗅いで本当に成長してしまったんだろうか。
ノアはわたしの目をじっと見つめる。そんな目をされると退くに退けない。
「し、仕方ないなぁ……ノア、飛べるか?」
「うんっ!!」
二本の触手でわたしの手を押し返しながら激しく体を左右に振るユーリアを無理やりバッグに突っ込み、わたしは背後からノアに抱き着かれる。
ノアの背には6本の青い羽が出現し、宙を舞う。
そして、舞いながら穴の底に降りてゆく。
◇
瓦礫の上に着地し、ノアは羽を仕舞う。
「あらまぁ、可愛い幼女ねぇ。肌が健康的な小麦色で、羽が生えて宙を舞うなんてエルフみたいねぇ。でもこの特徴的な緑の目……我がディアマンディ家に数百年に一度現れる伝説の騎士の目にそっくりね……。あなたの名は何ていうのかな?」
「エレノアだよ。」
ノアはジーナの姿に怖じることなく受け答えをする。この殺戮兵器を知らないからだろうけど、知らなくても普通は怖がるが……。
「あらまー、エレノアちゃんお利口さんね。このきったないケツに挟まってなければナデナデするのにねぇ。ねぇ?」
鉄の塊はこのケツを除けろと言わんばかりの顔でこちらを向く。
つーか、非力なわたしとノアと、あとついでにユーリアでどうサイクロプスの死骸を動かせというんだ。
「そういえば、さっき、あの子の声がしたわね。にっくきあの子の声が。」
言うまでもなくユーリアのことだろう。あいつ、上に置いてきたけど、我に返って恐怖して逃げるかもしれないな。早々に切り上げて上に戻らないと。
「……んんぁ~、我慢できないわぁ。あの子のことは置いといて、ノアちゃん、おいでおいで。」
「うん。」
ノアは瓦礫をものともせず、ピョンピョン跳ねながら鉄の塊に歩み寄る。
「はーい、なでなで……力は貰ったわ。それにしてもその目、よく見せて頂戴……うん、やっぱりあの子にそっくりね。顔も近くでみると本当によく似てるし……あの子は本当に残念だったわね。」
あの子って誰のことだろう。そっくりさんはこの世に三人は居るとかよく言われてるけど、似てるからノアと知らないその子を照らし合わせてるのだろうか。
「せっかく聖騎士としての力を手に入れたのに足に先天性の病気があったし……はぁ……両親に失望されてあの場所に棄てられたと聞いたし……何一つ関与出来なくて保護できなかったのがとても悔しい。」
棄てられたって……酷いな。あくまでも冒険者から聞いた話だが、ディアマンドのエルフは血や健全性を何よりも重視し、五体に重篤な何か生じていたり、そうでなくともその種族が本来持つべき資質や能力に欠損が生じていたり、また他種族の血が僅かでも入っていた場合にも容赦なく放逐、または切り捨てる冷酷な種族とは聞いたが本当だったとはな。
「どうしたのー?」
「うふふっ、大昔の思い出よ。あなた、強く生きなさい。さぁて、ノアちゃん成分を取り入れたことだし……ふぅ…………復ッかぁつッ!!!!」
鉄の塊は背で巨人のケツを持ち上げ、自らの力で這い出した。何なんだこの茶番は。
「力、あるじゃないか。」
「無かったわよ。ノアちゃんに力を貰ったのよ。」
鉄の塊はノアの頭をナデナデしている。当のノアは無表情でわたしの方を向いているが、どうでもいいんだろうな。
「それにしてもあの子、まだ生きてたのね。何処行ったか知らない?」
「いや、知らんな。存在すら気付かなかったから、この施設のサーバーの中に居るんじゃないか?」
こいつに居場所を知られると、情報を引き出す前に殺されてしまうかもしれない。感づかれないように慎重に……。
「……フンッ、完全に破壊してから戻ろうかしら。」
「脱出する時に通ったんだが、下の階にゴキブリンどもが湧いてたから、下手に破壊すると割れ目から湧き出してくるし、放っといても食いつくしてくれるから放置しといた方がいいと思う。クイーンも居るし。」
「あら、超危険性物じゃないの。触らぬ神に祟りなしよね…………あら……?」
サイクロプスの死体はバランスを崩し、前のめりになる。
「あらあらあら、危ないわねぇ。えいっ!」
ジーナは飛び上がり、死んだサイクロプスの横腹に回し蹴りを叩き込む。蹴りの衝撃で倒れる向きが変わり、そのまま横倒しになった。何十倍もの体格のコイツをたった一人で倒しただけあって、本当にとんでもない力だな……。いや本当に、こんなAIが搭載されていたら命が幾つあっても足りない。一つの支部どころか冒険者協会ごと滅ぼされてしまうのではとも思う。
「けどね、油断したわ。消耗し切ったあたいの上にケツで乗っかってきて、そのまま死んじゃうんだもの。まさか丸1日も下敷きとは思わなかったわ。」
無い髪の毛を靡くようなポーズを取る。格好つけてるんだろうけど、格好がつかない。
「フフンッ。……さて、あたいはもう行くわ。あの人を探さなければならないからね。じゃあね、ノアちゃん、ルピィちゃん。」
シュタッとその場で大ジャンプし、30メートル上の崖に飛び乗って、そのままもう一度大ジャンプして去って行った。何て跳躍力だ。
あの人って、この場合はユーリアのことだよな。情報を引き出すまでは何としてでも隠さないと。
……あの人? ユーリアのことは“あの子”って言ってたから違うのか?
『…………帰ったよね?』
ユーリアはタイミングを見計らってったか、ジーナが視界から消えたと同時に崖上からゆっくりと下へ降りてきた。
「帰ったよ。」
『良かったぁ……あんなイレギュラーの塊なんて見たくもない。』
「そっちじゃなくて自分の心配をしろ。」
さてどうしたものか。ずっとバッグに入れっぱなしも何だかなぁとは思うし、教会だといつ来るか分からないし……。
そもそもこのクリオネ型デバイスに入ってることを知らないから、もうそのままでいいか。
◇
ノアに抱きかかえられ、宙を舞う。深い深い穴の底から天へと舞い上がり、錆び切った大地に足を着ける。
そういえば……もしかして、このまま空を突破したら外の世界に帰れるんだろうか。いや、やめておこう。ノアの体に負担をかけるだけだ。
『あれ、なんなの? あの一箇所だけ、空が割れて陽が差し込んでる所があるんだけど……』
「今から行く所。ボロボロだけど、一応あれでも教会だよ。」
『あっ、教会…………下ばかり見てたから気付かなかった……。』
「どういうことだ?」
『いっ、いや、何でもない。』
重い重い雲が割れた場所、幾つか丘を越えた先のその場所にはコハルさんの教会がある。なぜあそこだけ雲が割れているんだろうか、この世界から生還するための手がかりが含まれていそうだし、この辺も尋ねてみよう。
「そういえば、ここから見た感じが何だか、まるで魔界にある教会みたいだな。」
『なにそれ?』
「あっ、いや、とても有名な冒険小説に“フレニアと月の魔女の冒険”ってのがあるんだけど……あっ、いや、普段はそんな本読まないけど、孤児院の子に読み聞かせてるから覚えてんだ。」
稼ぎに必要な技術や知識に関する書物はよく読むけど、小説は自発的には読まない。子供のためとなると読むことがあっても、あまり記憶には残らないな。
『……知らないなぁ、そんな本。』
「あぁ、帝国は厳しい検閲があるから売られてないんだな。」
いや、でもおかしいな。ゼッペルと山脈を隔てて接している帝国領地のメルカっていう学園都市兼オタクたちの街には売ってたとは聞いたが……いや、大陸外から仕入れた怪しいブツが集まった闇市があるぐらいだから置いてあっても不自然ではないか。
『それにしてもあんた、孤児院でボランティアか何かしてるの?』
「……あぁ、その話は長くなるから後だ。さっき研究所に入ってきた所に巨大なサソリが挟まってた。もし出てきてたら危ないから警戒して。ノアも。」
「うんっ!!」
ユーリアは二本の触手で考えるポーズを取る。
帝国絡みなのは分かってるが、あの鉄の塊といい、あの改造サイクロプスといい、またお前らなのか。
「なぁ、あの生物兵器も研究者のことも、知ってること教えてくれないか?」
『……さっきの通り、改造生物は間違いなくライアーだわ。あいつは虫や動物や海洋生物、果ては植物や菌類まで兵器として培養して使役する研究者でナンバー3。だけどあいつ、狙ったものは滅多に作れないし、珍しく作れたものは欠陥品とかでセンス全く無いのに、何であんなやつが……。』
それで、失敗作が投棄されるのか。迷惑な野郎だ。
ユーリアは二本の触手で頭を抱えて俯く。
「これ以上は今はいい。そのライアーって奴の残虐さと厄介さが知れただけで十分。だけど、わたしが聞いたからアレだけど、喋って良かったのか、それ。」
『研究所も破壊されて、研究データも盗まれて、研究所を捜索してる間に部下も他の研究室に移っちゃったし、どうせ、みーんなはく奪されて、あたしもオズやカテーナの奴隷に…………今更もういいのよ。』
「さっき言ってたオズワルドとかそのカテーナってのは誰だ?」
『カテーナはナンバー2であたしと同じ女性。恐らく最も残忍かもしれないわね。エルフでもディアマンドではなく希少なエルフェイムのエルフを捕獲して、特殊な装置でソーマと呼ばれる特殊な魔力を抽出して、絞り切ったら焼き殺すを繰り返してたから。それ以外にも数々の人体実験をやってるとの話だし、絶対に近づいちゃだめ。』
「そのソーマというのは何なの?」
『たしか、不老不死とか若返りの薬だったかな。ごめん、末席だからその辺全然知らない。』
カテーナか。今のところ恐らく最も警戒していた方がいいかもしれないな。生身じゃないけど、世界的に見て希少なオルビスは実験材料にされそうだし。
「それで、オズワルドは?」
『……それだけはごめん。そいつ名前だけにしといて。そればかりは何がなんでも言えない。』
二本の触手を交差させて拒否をする。その体はほんの少し、震えているように感じる。情報は消去法でナンバー1ってとこか。
それにしても、もう研究所も試作品のデータも、あの金庫の中のものも何もかも失って、時々奇声は上げはするけど、大人しい時は随分と静かなものだな。
「ねぇ、ユーちゃん、こわいの?」
歩きながらわたしの首周りをスンスンスンスン嗅いでいたノアが身を乗り出す。やっぱり少しだけ成長したみたいだ。
『ゆ、ユーちゃん…………フフッ、怖くないよ、あんなの。』
「うそだよー、だってぷるぷるしてるもんっ!」
ユーリアはノアの顔を見つめ、そして俯く。
『子供は騙せないな…………また今度話すよ。』
ノアはぷくっと小さく頬を膨らませた。
思い通りにならなくて不満そうな顔というより、何だか素直になれない子を叱ってる時ようなそんな顔。つうか、こんな短時間に急成長って、わたしの匂いを嗅いだからか、わたしの匂いを嗅いだからなのかっ!?
まともな水場を見つけたら、体を洗って、服や靴もしっかりと洗おう。あぁ、水魔法が欲しいな。




