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1-10-3 浄化(3)

あぁ、クソ、ここ何処だよ。過去の思い出が写真となってむこうからこっちへ、あぁ、あんなことあったなぁ。こんなことも…………。

……早く孤児院に戻りたいのにどんどん遠ざかる。わたしは一体何処へ向かうのだろう……。


…………?


何だか臭い。何て言っていいのか分からない匂いが広がる。待て、本当に本当にわたしは何処へ?


「あっ、目が覚めました。」


“よく効くわね、その、何だっけ? それの名前。”


「う〇ちのちからですっ!」


“そうそう。変態さんにはよく効きそうなド直球な名前ねぇ。”


……聞き覚えのある声だなぁ……………………っ!!!!?


「ぐふっ!! ゲホゴホ……あ˝……ぐあああああ…………っ!!」

「わぁ、どうされたのですかっ!?」


“そりゃ、そんな刺激の強い物を飲ますとそうなるわよ。治癒魔法でよかったのに。あっ、泡吹いて気絶しちゃったわ。”



…………あれ、ここは何処だ?

わたしは一体何処で……寝ているんだ?

…………あれ? 今、過去イチ体が軽い。今なら空も飛べそうな気がする。

……成程、わたしは死んだんだ。何があったのか忘れたけど死んだんだ。

…………はぁ……クソッ、いつかはこういう時が来るとは思ってたけど、何で今なんだよ?

誰が孤児院を支えるんだよ?

誰があの子たちの面倒を見るんだよ?

どれもこれもあのクソウサギの所為だぞっ!!


“死んだのをウサギの所為にしないの。というか死んでないわよ。いつまで寝てるの? 早く起きなさい。”


「ハッ!? ……あれ、生きてる……?」


わたしは仰向けで……何してたんだっけ? あっ、そうか。あのサソリをあれよあれよという間に撃破して、その代償と空腹の合わせ技で倒れたんだった。それにしても、周囲を明るく照らすこの白い球体、わたしは出した記憶は無い。一体誰が……?


“早く起きないと、この子をあなたの顔に落とすわよ。”


ルナクローラーは何処で拾ったのか、触手が伸び切って反応が無いユーリアらしきものを六本足で掴み、わたしの真上でホバリングする。そんな爆弾みたいなもの顔に向かって落とそうとするな。


……こんな危険な場所で堂々と仰向けで寝続けるべきではない。そろそろ起きるか。またあのサソリみたいなのが来るかもしれないし。

しかし、何だろう、体の軽さは夢では無いみたいだ。わたしは久々に跳ね起きてみる。


“あら、元気ね。ウフフッ、コハルちゃんに感謝しなさい。”


躊躇なくユーリアを花畑にポイ捨てして、前脚の片方でとある方向を指し、その方向に向く。

ルナクローラーが向く先には花畑に正座し、眠っているコハルさんの姿があった。その手には例の黄土色の液体が入ったビンを大事そうに抱えている。あぁ、この光る玉はコハルさんが出したのか。


…………その斜め後ろにはキューブパズルに夢中のノアが同じ位置同じポーズで立ち、ただ只管それをクルクル回している。お前は地に根を張ったアルラウネか何かか?


「そういえば、わたしはまたあの液体を飲まされたの?」


“そうよ。流石は龍神の神薬、匂いと味はともかく、本当によく効くわね。さっきなんか満身創痍のあなたを完全回復させたんだもの。”


あいつ、あの鉄の塊に飲まされてから肩の傷は完全に塞がったし、限界が来ていたわたしの体は、わたしは機械の体、本当によく効く薬だな……。

コハルさんはわたしの為にこんな所まで歩いて来たのか。彼女には本当に頭が上がらない。


――――ポンッ!!


コハルさんが抱えてる黄土色の液体の入ったビンの栓が飛んだ。同時に鼻の奥を粘液で濡らした筆で撫でられているような、ねっとりとした猛烈な臭いが漂う。


「わっ!! あら、わたくし…………?」


“あらま、あの子の温かい手で握ってたから反応が進んだのね。あっ、ルピナスちゃんはもうすっかり元気になったわよ。”


「そうなのですねっ! 間に合ってよかったのです……。」


やっぱりそうか……コハルさんには感謝しないとな。あのまま死んでたかもしれないし、そうでなくとも違う魔物に襲われていたかもしれない。


「コハルさん、おかげで助かりました。ありがとうございました。」

「いえいえ、お礼ならケプリさまでお願いします。ケプリさまがお伝えにしに来てくれなければ今頃どうなっていたことでしょうか……。」


“いいや、わたしは退避した時に逃げてたユーリアちゃんを見つけて追いかけただけよ。伝えたのはそのついで。”


……待て、ついでってどういうことだ?


「ユーリアさまとはどなた様なのでしょう……?」


“あそこでうつ伏せで伸びきってる白黒のクリオネよ。”


「あら、大変です。早速う〇ちのちからを……あらら…………」


コハルさんは立ち上がる際に蓋の開いた例の瓶を落として、その中身をぶち撒いてしまった。猛烈な臭いが漂う中、瓶を拾い上げるも、もう三分の一程しか残っていなかった。

…………花畑の、あの中身が掛かった部分が騒がしい。


“あら、大変。”


「あらら、これは大変ですね。」

「何が大変なの?」


“この薬は植物に対しても非常に強力な効果をもたらすの。具体的に言えば、小さな小さな貧弱なカブに振りかければ忽ちムキムキな大きなカブになる。そんな感じ。”


成長促進剤のヤバいやつかよ。


アレが振りかかったところのマギサ草はザワザワと音を立て、太く成長した茎から無数の蔓が伸び、それぞれが絡み合い、上へ上へと向かう。


「ジャックさまと豆の木みたいですね。登れば雲の上に行けるのでしょうか?」


“暢気なこと言ってないで離れなさい。巻き込まれて木の一部にされるわよ?”


「あらら……本当に大変です。あの、どなた様か存じませんが、動かないと巻き込まれるのです。」


“この子はエレノアちゃんっていうらしいわ。大爆発の爆風でも全く動じないほどの剛胆な子だから、コハルちゃんの力でも動かすのは大変だと思うわ。”


コハルさんは残った例の液体を一気飲みし、ノアの腰を掴んで中空の樹脂製の置物を持ち上げるように軽々と持ち上げる。ノアは地面から浮き、斜めになってもなおキューブパズルを回そうとしているが、集中力が乱されたのが気に食わなかったのか頬をプクッと膨らませて手足をじたばたと動かしている。


「むーっ!!!!」

「あわわ……エレノアさま、暴れないで下さい。」

「む――――っ!!!!」

「えっ――――あふっ。」


あろうことかコハルさんのこめかみにノアが持っていたキューブパズルの角が直撃した。


「コハルさんっ!?」


コハルさんは目を点にしてノアを持っていた手を離し、口から涎を垂らしつつふらつき、後頭部から倒れてしまった。


“思いがけないところで痛恨の一撃が入っちゃったわねぇ。あのコハルちゃんにダメージを入れるなんて、末恐ろしい子だわ。”


「こらっ、ノアっ!! 物持ったまま暴れないっ!!」


ノアは何事も無かったかのように再びキューブパズルを回す。

そして目の前では現在進行形でマギサ草が異常成長し続けている。飲まれるのも時間の問題だ。クソッ、わたしにはあの子を動かす力すらない。コハルさんは不可能だ。わたしは一体どうしたらいいんだろう?


無数の蔓が絡み合い太く成長した木のようなマギサ草の横からニュッと蔓を伸ばし、忽ちキューブパズルに夢中になっているノアの左腕に絡まってしまった。このまま取り込む気かっ!?


「あっ…………むーっ!!!!」


左手を掴まれたことでキューブパズルを落としてしまった。ノアは頬をパンパンに膨らまし、怒りの感情を露わにする。


「じゃまっ!!!!」


ノアは腕に絡まった蔓を引き千切り、利き腕である左手で成長し続けるマギサ草の木にパンチを食らわせる。


“あの子もコハルちゃんに負けず劣らず力が強いわね。でも、ダメージを与えるだけ……?”


木からしてみれば威力は無に等しいが、左手で触れた途端に大木と化したマギサ草の所々に球体状の何かがポツポツと現れる。


“……三次元魔法陣はともかく、一度にこんなにもたくさん生じるのは初めてだわ。何よこの子、何処から来たの? あっ、いけない。一つ一つに超高レベルの風属性の魔法が圧縮されてる。”


三次元魔法陣って、ルナクローラーが見せたアレか?

高レベルの風魔法って……丸い魔法陣はもうざっと見ただけでも百以上はあるが、あれ一つ一つがその風魔法の魔法陣なのか?


“細切れになりたくなければ伏せなさい。一応、風属性に特化した防護魔法を掛けてあげるけど効果は期待出来ないかもしれないわ。”


ルナクローラーも地面に降りて羽を閉じ足も閉じて川の石みたいな見た目になってるし、コハルさんも仰向けで目を回してるし、ユーリアもうつ伏せで伸びきってるし、クソッ、わたしも伏せるぞっ!!


「むーっ!!!!」


ノアのとても不満そうな声と共に、背中越しに風が吹き荒れるのを感じる。風は徐々に勢いを増し、嵐のような音と共に木々を引き裂くような音もする。恐ろしくて顔も上げられない……本当にノアがやったのか……?


“……あなたの頭の少し上は風の刃が飛び交っているわ。上げたら顔が三枚おろしになるわよ。発動していない魔法陣はもう残り五個ってところだから我慢しなさい。”


宙に巻上げられそうになるも、地面を覆うマギサ草を掴み何とか耐える。色んな魔物と対峙したけど、こんなやつ知らないぞ……。


“ようやく収まったわね……。”


五分ほどの地獄を耐え抜き顔を上げる。

そこにあったはずの大木は引き裂かれ、丸い切り株の集合体がその場に残ってるのみ。異常成長したマギサ草の残骸は何処へ行ったのか、葉一枚残さず綺麗さっぱりなくなっていた。

……当のノアは、何事も無かったかのような表情で、ボロボロになったキューブパズルをクルクルと回している。何なんだこの子は……。


“とんでもない子を見つけたわね。しっかり面倒見なさいよ。あなたの言うことしか聞かなさそうだしね。 ……ね?”


「あっ、あぁ、そうだな……。」


孤児院に連れて帰れば……と思ったが、言う事を聞くのはわたしぐらいだし、しっかりと見てなければ駄目か。そりゃそうだよな、あの卵の中の時点で拒否するという選択肢もあったかもしれないのに、連れてきてしまったし。


「う~ん……あら? わたくしは…………何を……?」


“キューブパズルの角で痛恨の一撃を食らって気絶してたのよ。かなりの大ダメージだったけど、頭の方は大丈夫?”

「ちょっと頭がふらふらしますが……あらあら、豆の木がありませんね。どうしたのでしょうか?」

『んんんん~…………ぐぬふっ……あれ、あたしどうしてここに…………?』


コハルさんが目を覚ました後、程なくしてユーリアも目覚めた。ユーリアは逃げられないように回収しておこう。


『あっ、こらっ!! はな…………せ?』

「ユーリア、お前、一人逃げただろう?」

『おぎゃああああああああああっ!!!!!!!!!!』


耳経由で脳を振動させるほどの大絶叫。何にもしてないのに何も見てないのに絶叫しやがるんだ?

……さて、どうしてやろうか。あの液体もマギサ草に吸われ、コハルちゃんの体内へ消え、もう一滴も残っていないのだろう。惜しいな。実に惜しいな。このクソ野郎。


“ねぇ、コハルちゃん。う〇ちのちからってまだある?”


「あっ、はい。ここに小瓶に入った高濃度のう〇ちのちからプレミアムがあります。」


ぷっ……プレミアム……?

またとんでもないブツが出て来やがったぞ。小瓶だが、中身は綺麗な金色の不透明な液体。通常版も濁ってて光は透過しないが、それよりも更に濃く感じる。濃厚なのだろうけど……。


“あの子、たまーに錬金術が大成功するんだけど、あれはその大成功したものなの。匂いは無印よりも強烈だから蓋開けたら死ぬわ。死んでても生き返るけど死ぬ。ユーリアちゃんに嗅がせるにしても十中八九殺してしまうからやめておきなさい。”


やっぱりか。だが、それはやり過ぎだなぁ。けど、残り二か一は無事なんだろうから…………。


「コハルさん、その金色の液体の入った小瓶、貰っていいかな?」

「はい、勿論です。」


“あなた、正気?”


何故、虫に正気かどうか疑われなければならないんだ。まぁ、傍からみれば正気では無いんだろうけど。


『ちょちょちょちょ、そっ、それをどうするの?』

「こうするんだよ。」


ユーリアを脇でロックし、今の内に新鮮な空気を吸い込む。わたしは長く息を止めていられる方だが、そもそも機械の体なんだから、無呼吸だったらこんなアホなことも無いんだがなぁ。

さぁ、息が続く内に、ユーリアが暴れない内に、この小瓶の栓を…………っ!!


『ぴっ!!!!!!!!!!!!!?』

「んぐっ!!!!!!?」


ユーリアは断末魔と共に一瞬にして意識が無くなり、体を激しく痙攣させている。かく言うわたしも、まさか鼻どころか皮膚を通してあの猛烈な臭気を感じるとは思わなかった。全身であのネチャッとした腐った大便の香りを感じる。何という拷問だ。


“もう、馬鹿ねぇ。その小瓶を貸しなさい。”


ルナクローラーはその六本足で器用に瓶を掴んで、一滴も零さずノアの元に持っていった。


“ノアちゃん、ちょっといいかな。この匂いって大丈夫?”


「くさい。」


“そう。やっぱり臭いのね。じゃあ、再びルピナスちゃんの下へ。”


一体何の確認なんだよ……ってか、おい、帰ってくるんじゃねぇ。もう息が限界だぞ。ユーリアも面白いぐらいにブリブリブリブリと痙攣してるし、触手も感電したテヅルモヅルのように可笑しい動きしてるし……こいつ、気絶してなお、わたしを…………。


“あら、ユーリアちゃんを盾にしても無駄よ。”


ヤバい、息が限界……っ!!!!


「んぐわぁぁぁ……………っ!!」


“やっと口を開いたわね。えいっ♡”


「えいっ? ………ぴゃっ――――――!!!!!!」


このクソムシ……後で蜂の巣にしてやる…………。


“ウフフッ♡ でも、この薬はね、弱い弱いあなたたちの助けになってくれるの。だから、我慢しなさい。”



…………ハッ!?


“あら、早い目覚めね。”


強い吐き気と共に目を開くと、真っ暗な空……ではなく、目と鼻の先に白黒の何かが居た。


『るぅぅぅぴぃぃぃぬぁぁぁすぅぅぅぅっっ!!!!!!!!』


白黒の何か、それは顔面に接触寸前まで迫ったユーリアだった。あぁ、クソが、わたしを無防備にしやがって……あのクソムシの所為だぞ?


“人の所為にするのも大概にしなさいよ。まぁでも、これであなたたちの無属性の能力が各段に増したわ。効果はまだだけどね。”


「痛い痛い痛い痛いっ!!!! ユーリア、触手でビンタすんのやめろっ!?」

『はぁぁぁ? 何言ってんだコイツ、もう百発ぐらい食らいなさいっ!!』


“ユーリアちゃん、やめなさい。”


ルナクローラーの一言で、ユーリアはその手を止め、触手を引っ込めた。ルナクローラーが右前脚で指し示す方を見ると、コハルさんはノアを膝枕し、本人共々深い眠りについていた。


“もう日付は替わったわ。ここが時間という概念のある地ならね。あっ、そうそう、マギサ草の根が山ほど掘れたわ。食べなさい。”


気付かなかったが、わたしの頭元に大量の白い根が山ほど積み上げられていた。マギサ草は根が芋のようで、昔は食用として利用していたらしい。わたしは茎と葉と花が付いたものを被り付き、茎を引き千切って捨てる。


“あっ、そうだ。マギサ草は茎や葉だけでも根付いて増えるんだってね。”


「そういえば……何か聞いたことあるな……。」


斜め上を向いて考え事をしようとすると、視界の端にユーリアの姿が目に入った。


「おい、待てユーリア、逃げようとするなよ?」

『……ここに見えない壁がある。』


何もない方角をじっと見つめ、手で透明な何かを触れている。触手は何も無い所で不自然に潰れ、何かに押さえつけているように見える。


“それはコハルちゃんの障壁魔法。わたしが知る限り最強の障壁魔法よ。本当は物理か、魔法の類のどちらかしか不可能なんだけど、この障壁は見事に両立している。それも不壊にほど近い高水準のね。あぁ、わたしもこんな姿でなければ、弟子としてあれやこれや教えてあげるのに………あっ、今の聞かなかったことにして。”


『こんな姿でなければって、元は何だったの?』


“だから聞かなかったことにしてって言ったのに。でも、ヒントだけなら……あなたがよく知る人に近しい人よ。これ以上は絶対に駄目よ。正体を知られると、わたしに掛かった呪いの力が強まって戻らなくなっちゃうわ。”


でも、あの時鑑定した時は虫だったよな。名前もルナクローラーで……でもエラーを吐いて異常終了したし、一体何なんだ? それに呪いって……?


“詮索しない。ほら、早く食べないと茎が伸びて根が痩せるわよ?”


「あっ、あぁ、そうだな。」

『あたしがよく知る人…………?』


“……あなたはもう寝なさい。”


ルナクローラーはユーリアと向かい合う。何をしたのか、ユーリアは忽ち浮力

を失いゆっくりと地面に降りて仰向けになったまま動かなくなってしまった。


“簡単な催眠術よ。わたしも根を一本貰おうかしら。”


「……フンコロガシって、糞を食うんじゃなかったのか?」


“なーによ、あんなもの食べるわけないでしょ? ウフフッ、こんな姿だけど、わたしにも尊厳ってものはあるわ。”


……待て、尊厳って、あんなもの飲まされたわたしは一体何なんだ?


“あんまり深く考えないの。あれはブツを錬金して生成された薬、あんな匂いだけど薬なの。”


…………薬か。まぁ、薬だよな。でなければ、大便を食った変態クソ野郎に堕ちてしまう。薬だと思うようにしよう。実際そうなんだし。


“かつてはジャコウネズミの糞を用いたコーヒーなんてあったものね。”


………………何だそれ?


“過去の戦争で絶滅しちゃったから、拝見することすらもう無理だけどね。あなたも、もうそろそろ寝た方がいいんじゃないかしら?”


こんなところで……いや、今更か。仕方が無い、もう一度ここで寝るか。コハルさんの障壁魔法、こいつがここまで信頼してるんだし、わたしもあの光魔法と雷魔法を見せられたんだ、きっと、大丈夫なのだろう。


“フフッ、やっぱり冒険者には向いてないわね。”


…………。



ふと目を開く。

相変わらずそこに存在する重い雲は薄っすらと明るくなっていた。もう朝か。


“あなた、一番乗りね。”


「おい、今何時だ?」


“さぁね。ユーリアちゃんなら分かるんじゃない? まだ寝てるけど。”


デバイスの中に時計機能でもあるんだろうか。

そういえば、コハルさんとノアはまだ寝てるのだろうか。二人の方を見ると、夜中に見た時と全く同じ体勢で眠っていた。ノアは兎も角、コハルさんは膝、大丈夫なのだろうか?


“大丈夫よ、あの子は強いから。”


強いからで済むのか……?

まぁ、一旦置いといて、また少しお腹が空いてしまった。あのマギサ草の根は…………なんだこれ?


“マギサ草の根は茎や葉を付けたまま他の根と密接させて放っといたらお互いを結び付け合って一個の塊になるのよ。単独なら細くなるだけ、だけどね。こうなったらもう硬くなってるから歯じゃ無理よ。”


とんでもない生命力だな。何がどうなったらここまで進化するのだろうか。

しかし、葉と茎だけでも根を下ろすほどなら、ノアが細切れにして吹き飛ばしたあれもまた何処かで根を下ろして広がるんだろうな……。まぁ、草一本見かけないほどの不毛な土地だし、別にいいか。


“さて、もうそろそろ戻りましょうか。”


ルナクローラーは地に降り、あの透明な球体をどこからか取り出し、その上に乗り再び宙に浮く。球体は薄っすらと青く光る。


『うわぁっ!! 何っ!!?』

「あら、わたし……ウフフッ、寝てしまいましたね。」


“あら、眠り以外に混乱や魅了などのマインド系の状態異常は何でも解いてしまう魔法なのに、ノアちゃんには効きゃしないわね。やっぱりデバフの類全てに完全耐性があると効かないのね。”


「ノアの能力が見えるのか?」


“あら、逆に聞くけど、見えないの?”


見えるわけないだろ……。


“見えないのなら、もっと精進しなさい。”


チッ…………まぁ、いいか。だけど、ノアの能力、一体どうなってるんだろう。闇属性も風属性もあの異常なまでのレベルで、あの跳躍力に爆風にも動じない体幹と剛胆さ、ライトブレードの出力に耐えうる力に、あの器用さに過集中、もしかして知能も高いのかもしれない。

………………ノア、本当に何者なんだ? あのクリオネが色々言ってたけど……ノアはオルビスだけど…………。


「う~ん…………」

「あら、お目覚めですね。では、教会へ戻りお顔を洗い、歯を磨きましょう。」


コハルさんは膝と腰に腕を差し、お姫様抱っこのように抱え、何事もなかったかのように立ち上がる。いや、普通は膝が痺れるだろ、いや本当に。


“あの子、雷属性は完全耐性だからね。”


「神経の痺れは雷属性なわけないだろ……。」


……あれ、ユーリアは?


“あんたの後ろ、ずっと遠景を見てるわよ。”


『…………あたしは……。』

「ここに残るとか言うわけないだろうな?」

『いっ、言うわけ…………ないだろ。』


“じゃあ、全員、教会まで戻りましょう。ほら、じたばたするノアちゃんを抱えたコハルちゃんが待ってるわ。”


「むーっ!!!!」


手足をじたばたと激しく動かした所為で、履いていたサンダルが吹っ飛んでしまった。

……あの飛んだ時によく脱げなかったのと、こんな不安定な地面をよくあんなサンダルで歩けるものだな……。


「ウフフ、元気ですね。では、自らの足で歩いて帰りましょう。」


ノアをそっと降ろす。

何も履いていない方の足を上げ、じーっと自らの足の裏を凝視する。


「何か踏んだのですか?」


足の裏からコハルさんの方に顔を向ける。


「うーん……何も付いてませんね。念のため、治癒を施します。」


コハルさんの右手の人差し指が薄っすらと白く光る。


“やめなさい、この子の体は闇属性、闇に対しての傷は光、あなたの半端な治癒魔法では不可能よ。自滅するだけ。”


「……そうなのですか。」


指先の淡い光りは指先に吸い込まれるように消滅する。ルナクローラーにはわたしの見えないステータスが見えているのかは知らないが、ノアの体の属性は見た目通りか。


“ディアマンドとエルフェイム両系統のダークエルフが混ざったような変わった性質をしてるわね。魂だけであっても、あの二つは絶対に混ざらないのに……。オルビスだし、その器に何か秘密があるのかしら……?”


「ノアについての詳細も見えているのか?」


“守秘義務違反よ。見たいならあなたも鑑定レベルを上げなさい。”


そんなもの、どうやって上げるんだよ……。それに、鑑定できるようになったのは昨日の話だし。つーか、守秘義務って何だよ、お前はノアに鑑定していいかどうかの許可を取ったのか?

訊こうとルナクローラーの方を見たら『さぁ?』と言わんばかりに両前脚を上げ、明後日の方向を向いている。ちょっと腹が立ったが、虫相手に喧嘩するのもどうかと思うので、怒りを体の奥底へ仕舞いこむ。


“我慢はよくないわ。怒りの感情は火属性に対応する。火属性の魔法で発散できるわよ。”


「どの口が言ってんだ……?」

「あっ、大変です。そろそろ炊き出しの支度をしなければ間に合いません。」

「炊き出しって、もしかして集落の人間にか?」

「そうです。」


“……あのね、いつまでもそのままではいけないわよ。まともな土は教会の庭と北の果樹園だけだから農業は困難にしても、せめて何か、彼等に自立してもらうように努力させなきゃ。”


まだ会った事もないし何人いるかも分からないけど、集落の奴等は元は外の人間で、一人ぐらいは自炊する能力はある奴は居るんだろう?

……いや、これもコハルさんの性質なんだろうな。コハルさんも相当献身的な性格だし、コハルさん自身も聖母様のようで、甘えたくなるのも分からんでもない。


“かと言ってあの薬は知られるわけにはいかないし、ちょっと使い方を誤ったらあのマギサ草みたいになるから…………これならわたしもあの研究を完成させて、荒れ地が広がるマルスの地でもマギサ草のように育つ野菜の種を広めてから、あのバカに嫁げばよかったわ。全く、一国の……あら、口が滑っちゃうとこだったわ。戻れなくなっちゃう。”


「お前、本当に前は人間だったんだな。」

『ちょっと待って、あなたさっきマルスって、マルスって火星のことじゃなくて、プラトナス帝国の空軍基地があるところよね?』


“空軍基地なんてあったかしら……? ともかく、何を掴んでも絶対にわたしの本当の名前と誰であったかは聞いちゃ駄目。こればかりは一発でただのフンコロガシにされちゃうわ。”


ユーリアは腕組みをして片方の触手の先を口元に置いて考える。何か思うことがあるのだろうか。


「あっ、あの、申し訳ありませんが、わたくしは一足先に戻らせていただきますね。」


“待ちなさい、わたしも同行するわ。さっきの通りだけど、体内に大量の闇属性が蓄積してるし、よく見ていないと大変なの。倒れてたらそれこそよ。”


「エヘヘ……ごめんなさい。」


“頼まれても治癒魔法は絶対に使っちゃ駄目よ。そういう事を嫌う団体もいるし、集落に何が潜んでいるか分かったもんじゃないし。”


難儀なもんだな。でも、いいボディーガードが居て良かったな。


コハルさんはぺこりと一礼して来た道を戻る。ルナクローラーはシャラシャラと音を立てつつ彼女に着いて行った。

わたしとユーリアとキューブパズルに夢中なノアはこの場に残された。


『…………待って、いや、考えたくないけどあの人……いや、そんなわけがない。ローリエ様は確か数十年前に行方不明…………………あわわわわわわ…………。』


ユーリアの体に開いた小さな穴や顔と胴体の間の僅かな隙間から蒸気のようなものが噴き出す。オーバーヒートしてしまったか。そのローリエって人は一体誰の事だ?


『…………たっ、大変だ……もし本当だったら、あたしはとんでもない不敬を…………。』


余程偉い人だったのだろうか、ユーリアから噴き出す蒸気の量が増える。一応宙には浮けるみたいだからこのまま連れて帰ろうか。



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