1-10-2 浄化(2)
塔屋から出る。
マギサ草は鋼のように硬い。試しに片足を上げると、縮んだバネが戻るように折れた茎は何事も無く立ち上がる。もし折れても魔力を吸収して元に戻るので問題は無いのだろう。でも、何だか心苦しい気がする。
『しかし、育ち過ぎたわね。よく生えてる帝国領では魔力の吸引の他にこうなるから国指定の駆除対象なの。』
さっきの金庫の奥のドームで見た花畑よりもまだ広大な花畑が広がっていた。
わたしが浮かせた小さな太陽は、この目で花畑を見たと同時に役目を終えたようにゆっくりと萎んで行き、消え去った。
そして、何処から飛んできたのか、蝶が何匹か飛来し、マギサ草の蜜を吸っている。
ノアは指先の妖光蝶を放ち、天を仰ぐ。金属製のような雲は相変わらず空を覆い隠している。これだともうマギサ草も成長しないだろう、多分…………?
いや、待てよ、ほんの少しだが、茎がうねりつつ伸びている。小さな突起も徐々に徐々に膨らみ、葉のような形になった。
「この環境でも成長するのかよ……。」
『国が危険視するほどの指定種は物凄い生命力だからね。他の種を駆逐してでも増え続ける彼も、こういう世界だからこそ、こういう厄介な植物が必要なのよ。』
「あんた、本当にあの殺戮兵器を開発した博士なのか?」
『プレディカドール。いい加減名前を覚えなさい。植物は趣味よ、趣味。どこまで伸びてるか見ましょ。』
一人勝手に先に進むユーリアを追いかける。
『うわぁ……伸びる伸びる……どんだけ成長してんの。きったない色の荒野に緑色と紫色がついて丁度いいわ。』
花畑は山の斜面下方まで伸びていて、紫色と緑色の荘厳な景色を見せる。
これなら斜面を降りられる。漸く地上に出られる。色んな感情が体の奥底から込み上げる。
「ノア、起きろ。行くぞ。」
「あれー?」
……ノアの目線の先、斜面の少し手前の所で葉と花がカサカサと動いている。あのインチコガネが草花に埋もれてるのだろうか?
「あっ!! うさぎさんだーっ!!」
厚く生え繁った草花から長い耳を持つ白い何かが顔を出す。確かにウサギだった。
……こいつはここへ誘い、落とし穴に嵌めたあのウサギだろうか?
茂みから出てきたウサギはECセルを抱え、後ろ脚で立っている。
「あいつはっ!!」
紛うことなきあの白ウサギだっ!!
『こんな緑も何もないとこにウサギだなんて……えっ? あいつ、両手にECセル抱えてんじゃん。シーフか何かが飼い馴らしてんの?』
「……奇遇だな…………あいつの頭をぶち抜いてやるッ!!」
『えっ……? ちょっ……ECセルなんて探せば幾らでも転がってるし、わざわざ殺してまで奪わなくてもよくないっ!? つーか、ノアちゃんの目の前だよ、抑えて、抑えてっ!!』
よし、あのクソウサギのおにぎり顔はこっちを向いている。
『だから抑えろっつーのっ!!!!』
その額、このレーザー銃でぶち抜いて…………っ!?
「なっ、何だっ!?」
ウサギの額に向かって照準を合わせ、トリガーを引こうとした。しかし、腕や手は一切の震えは無いのに、銃身はプルプルと震え出す。
『手震えてんじゃないのっ!!』
「だっ、黙れっ!!」
一度呼吸を整え、銃を引いて再び構え直そうと思ったその時、確かにウサギの額を示していたクロスヘアは大きく上方向に外れ、指は無意識にトリガーを引き、遥か南の方角に向かって発射した。
『うわぁっ!!!! ……耳が…………目がっ!!?』
撃ち出したレーザーは異様に太く、レーザーとは到底言い難い天を劈く雷に近い音と、両目の視力を奪いかねないほどの凄まじい閃光を発した。
「ウサギさん、まてーっ!!」
わたしの膝は崩れ、花畑に座り込んだ。あの音と閃光を直視しているはずのノアは何ともなかったのか、あのウサギを追いかけようとする。
『……ちょっ……何よその馬鹿げたレーザー銃は。違法改造にも程があるよ?』
「…………しっ、知らねぇよ。わたしはただ拾った銃を使っただけだ。」
咄嗟に手に取ったからどちらか分からないが、もう一丁は本当に違法改造でもされてたのだろうか。いや、違う。あのノアと出会った所から脱出するときに二丁共に使った。確かにどちらも同じ銃だった。だったら一体……っ!!
急いでECセルを引っ張り出す。やっぱり、ECセルの中身は完全に枯渇していた。クソッ、貴重なECセルが……。
「つかまーえたっ!!」
「えっ!? なっ、何をっ!?」
ノアはあのクソウサギに急接近していた。逃げていない感じからして、ノアの速度に反応しきれなかったのだろうか。
「…………あれぇ?」
だが、ノアの小麦色の手がウサギに触れようとした途端に色とりどりの紙吹雪のようなものを撒き散らして消えてしまった。持っていたECセルはその場に残されているが……何を今更……。あのクソウサギが。
『……野ウサギも転移魔法を使う時代なのかな?』
「ツノウサギ系統の魔物ですら低級の魔法しか使わないのに、何がどうなって、そんな大技が使えるようになるんだよ……。」
いや、待てよ。外の世界では滅多に出くわさないチート級の能力を持つもの、もう既にノアやコハルさん、あのルナ何とか、あと妖光蝶か、もう既に二人と二匹に出会っている。あのウサギもそういう可能性も捨てきれない。
もしや……あれがこの世界を出る鍵なのか?
「わぁ~、きれい。」
ノアはECセルを拾って中のクリスタルに見惚れていた。
……セルの端子にウサギのマークの小さな旗が刺さっている。お子様ランチのおまけか何かか?
『それはECセルって言うんだ。あっ、何コイツっ!? 待て、それはあたしの得物だぞっ!?』
ユーリアの声のする方でシャラシャラと何かが飛ぶ音がする。
“ルナクローラー。たった数文字じゃないの。いい加減覚えなさい。”
『うわぁぁぁっ!!!! 虫が喋ったァァァァァッ!!!!!!!!』
“うるさい子ねぇ…………あら、あなたは……? まぁいいわ。今はまだその時じゃないわ。それよりも。”
ルナクローラーは異変に気付いてここまで登って来たのだろうか。マギサ草の上に転がっていたECセルを器用に六本の脚で掴み、羽を広げてシャラシャラと音を鳴らしてこちらに向かって飛んでくる。
“これはあなたが持っていなさい。この中身はただのエネルギークリスタルではないわ。風に祝福された特別製ね。これをあなたの銃、ツヴィリングLRに挿すと弾が風属性になるわ。非常に高価な代物よ。”
「おっ、おう……。それよりも、心配をかけた――――」
『えっ、ちょっと見せてっ!!!!』
ユーリアが目の前に割り込んでルナクローラーと顔を向かいあわせる。会話の最中なんだからちょっとぐらい待てよ。
“あら、あなたは錬金術の心得が……。ほら、一瞬だけ見せてあげる。”
『えっ、えっ!? ちょっとよく――――』
“はい、だめー。”
お茶目な虫だな。それにしてもさっきから意味深な事を言ってやがるが……。
“あら、あなたはラ〇トセイバーを持っているようね。”
「ラ〇トセーバー? あぁ、このライトブレードか。」
『ビー〇サーベルじゃないの?』
こいつほど色んな呼び方がある武器は中々無いからな。大ヒット映画とかゲームとか、色んな影響があるのだとは本に書いてあった記憶がある。
“その中のECセルをこれに換装しなさい。風属性になるだけでなく、風の加護によって軽量化されるわ。”
軽量化……わたしの力じゃ持ってるだけで手がブンブン振られて扱えたものじゃないけど、それが無くなるってこと?
“その通りよ。まぁ、騙されたと思って入れてみなさいな。”
ライトブレードからECセルを抜き、バッグに突っ込んでルナクローラーから風属性のセルを受け取る。手に持った瞬間、体を風が包み込み、空高くに持ち上げられそうになる。だが、こいつの所為か、何だか少し臭い。
“コハルちゃんの畑仕事を手伝った後だからね。あれやこれや触ってるわよ。”
やっぱり汚い。売ればそれなりの額になるであろうものを汚したくないので、ユーリアを掴みその体で溝の汚れを取る。
『ちょっ、ちょっとぉっ!!!? 人の体を雑巾みたいに使わないでくれるっ!!!?』
「ユーリア、これ、匂わないか?」
『なっ、何よ…………臭くないけど……ってッ!!!! …………いや、ちょっとよく見せて……。』
“あなたなら、見ただけで製法が解るんじゃない?”
『…………ぜーんぜん分からないわ。』
“あら、残念ね。”
ライトブレードの中にそのセルを入れる。まだ電源も入れてないのに、柄の周りに風の渦が生じている。このまま電源を入れて本当にいいものなのかこれは?
『だけど、もし、このセルで大幅な軽量化が出来るのなら……あのセルが錬金術で生成可能なら……何としてでも…………。こら、ルピナス、早く電源を入れて。』
「あっ、あぁ。」
スイッチを入れると、握っている両手にほんの少しの振動を感じたのち、粒子状の薄緑色の刀身が伸びる。あれ、刀身は赤じゃなかったか?
『……それって、デルタのビー〇サーベルよね? 色も挙動も違くない?』
わたしぐらいの貧弱な腕力なら普通であれば、スイッチを入れた時点で腕が持っていかれる。しかし、これは多少の振動を感じる程度で、市販のショートソードと同様に構えることもできる。軽い。本当に軽い。感動さえも覚える。
“フフッ、お気に召したようね。”
ちょっと剣士の真似してみよう。右斜め上へ振り上げ、左斜め下に振り下ろす。そして左斜め上へ斬り上げ、右斜め下へ振り下ろす。うん、いい感じだ。
『…………チッ、ガンナー風情が生意気ね……。』
そのまま突き攻撃でその体をぶち抜いてやろうかと思ったけど、ここはグッと堪える。幾ら遠距離専門のガンナーでも一流のガンナーは不慮の接近戦に備えた防御手段として短剣術はもっているもの。この軽さでこの性能であれば、漸くわたしも一流への山道に一歩踏み出せたということ。
……試し斬りしたいけど、マギサ草はせっかくここまで成長したのだからちょっと気が引けるし、ユーリアはアレだし、あの塔屋はユーリアが怒るんだろうし、ゴキブリン連中は地面の下だし、クソウサギも消えてしまったし……こんなゴミの荒野、それっぽい鉄骨一つ生えてるところは無いのか?
“試し斬りしたいの? なら、おあつらえ向きなのがこっちに向かってるわよ?”
「おあつらえ向きのって、また妙な魔物が発生したんじゃないだろうな?」
“発生も何も、あなたが中途半端に手を出してそのまんまにしたやつよ。やるなら最後までやりなさい。”
地面が小刻みに揺れる。これはさっきのような地震では無く、何か足が大量についた重い物が走ってくるように感じる。ということは……っ!!
『ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!!!!!』
「チッ、やっぱりか。元気な奴だな。」
塔屋の遥か後方で何か赤い物体が飛び上がり、それはこちらへ向かって飛来してくる。
“フフッ、サソリも立派な虫なのに、馬鹿どもが玩具にしてくれちゃってね。”
赤い物体、さっきの巨大サソリが塔屋の上に向かって飛び降り、軽々と押し潰した。
『ぎにゃああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!』
「うるせぇ、黙れ。お前はこれでノアを連れて下がってろ。」
咄嗟に取り出したキューブパズルをユーリアに渡す。
“体も真っ赤、目も真っ赤で見事なまでにご立腹状態ね。いい試し斬り相手じゃないの。やっちゃいなさい。”
真っ赤なサソリはもう待ってはくれないみたいだ。
サソリはその長い尾を剣のように横へ振り回す。間一髪で避けたものの、今度は真上に振り上げ、その尖った尾を勢いよく振り下ろす。
鉄のように堅いはずの茎は千切れ、花弁や葉は宙を舞う。遅いので避けきれたが、この威力だと一撃でも食らえばただでは済まない。
“攻撃力は大幅に上がってるけど、雑だし遅いし……いいや、元から雑だし遅かったのかもね。はやいとこその尾を切り飛ばしてしまいなさい。”
間髪入れず巨大な尾を横に縦にぶん回す。躱すのは余裕だけど、常に恐怖が付きまとう。見つかれば大抵の場合は死んだと同然の職でそんなこと言ってられない。
安全な場所で浮いてるルナクローラーは、早くやれと言わんばかりにサソリの方を向けた右前方の足をクイクイと動かす。というか、何で虫に指図されなければならないんだ……?
“……トロ臭い子ねぇ。せっかくの狼の名も、太陽の名も泣くわ。”
サソリの攻撃を回避するのに必死で何が起こったのかよく分からないが、空が異様なまでに赤く染まる。
ギィィィィ…………
「…………っ!!?」
よそ見をしている内に目の前まで詰め寄られていた。尾は高々に持ち上げられ、大槌のような両手の大きなハサミも上がってる。二つのハサミで叩き潰す気かっ!?
“よそ見しないの。あと、手を貸してあげるから出来るだけ遠くに下がりなさい。”
バックステップで距離を取る。
二つのハサミは鈍い音を立ててぶつかり合った。あの音だと間違いなく即死だ。回避は余裕だし、逃げるのも当然余裕なんだけど、あのしぶとさと馬鹿げた攻撃力は……心臓が幾らあっても足りない。
それにしてもルナクローラーは何をするつもりなんだろうか。地に降りて赤っぽい水晶玉の上に乗って前脚二つを上げ、天を仰いでいるが…………?
ルナクローラーの向いている方向に小さな球体が縦に四つ、上から二つ目の前後左右に一つずつ、まるで立体十字のように並んでいる。
“さぁ、人の手に堕ち愚かな魔蟲よ、我が聖滅の輝きに焼かれなさい。”
水晶玉はより赤く輝き、同時に空も血のように真っ赤に染まる。立体十字の球体はそれぞれが重なり小さくなって一つの光る“何か”に変形し、天頂の雲に大きな穴が開き、赤い光が漏れる。
『やばいやばいやばいやばいやばいやばい…………。』
背後から声がする。振り向くと一心不乱にキューブパズルを回してるノアがいて、その後ろに隠れるようにユーリアがいた。おい、逃げたんじゃないのか?
“よそ見しないの。魔物はその隙を突いて、あなたを殺しにくるわよ?”
前を向くと、大きな尻尾をこちらに向け、大きく後ろに引いていた。クソッ、そのまま紐付きの矢のようにぶち抜いて来るつもりかっ!?
まずった、この方向にはノアが居るし、やっちまったか……。
“でもタイムリーね。この子も尾を引いて根本が丸見えだし、威力最小でも何も問題無いわね。”
雲は円形に切り抜かれたように穴が開き、この世のものとは思えない真っ赤な月が顔を覗かせていた。それに地面からも何だか黒い靄が煙のように湧き出してきている。一体何が起ころうとしているんだ?
“はい、準備完了。”
その時、雲の穴から音も無く細く真っ赤な光線がサソリに向かって照射された。
ピギィィィィィッッ!!!!!!
エビが焼けたような香ばしい匂い共に尾は根本から千切れ飛び、西側の斜面に向かって飛び、そのまま斜面を転がり落ちていった。
“魔力が勿体ないからこの程度だけど、フルパワーだったらこんな星なんてマントルごと…………あっ、成程、そういうことなの。伏せなさい。爆発するわ。サソリは昏倒してるから大丈夫。”
『えっ?』
ルナクローラーの言う通りに伏せる。
……そもそも何で、虫の指図をわたしは当然のように聞き入れているんだ?
遥か西の遥か下方でレーザー砲がチャージされるような音がする。そして核爆発でもしたかのような猛烈な爆風と聴力を失いかねないほどの爆音に光に振動に……そういうことか。こいつの真骨頂は攻撃ではなく、その隙を突いて部位を切らせて、油断させておいて爆殺するのか。最初から体当たりして追い込んで自爆すりゃいいのに回りくどいやつだな。
……このいざこざで頭から抜けてたが、あの教会の畑に出た個体も自爆装置が付いてたな。つーか、今回もちゃんと鑑定してくれよ。
“油断しないの。まだ本体は生きてるわよ。”
「あっ!!!! ノアはっ!!!?」
振り向くとノアは何事も無く立った状態でキューブパズルを回していた。その体の右側には砂がびっしり付着している。
ちょっと待て、あの爆風で何事も無く立ってられるとかどんな体幹してんだ?
“よそ見しないの。本当にあなたは冒険者なのかしら?”
尾を無くしたサソリの方を見た途端にそれは大きく飛び上がり、こちらに向かって落下してくる。
……チッ、躱せるにしてもノアは動かない。当初の通り、ぶった切るしかないか。
“しょうがないわね。物理防壁展開。”
ライトブレードを構えた途端、目の前に六角形の透明な物体が幾つも張り巡らされる。これはバリア魔法か。
“面倒だから最大で掛けてあげたわ。こんなのあったら、どの攻撃もノーダメージで緊張感も何もなくなるけど、試し斬りが目的だからもう何でもいいわ。”
サソリが落ちてくる。いや、あいつ……右のハサミで左のハサミを引き千切って…………。
“掛けておいて正解ね。伏せなくていいわ。耳の穴に指突っ込んで目瞑りなさい。”
ハサミをこちらに投げつけてきた。クソッ、落下攻撃はフェイクか。
ハサミは隙間から光が漏れ、途端に大爆発した。さっきのよりは爆発力は小さいものの、ほぼ目の前で爆発した所為で威力はとんでもなく大きい。だが、音と光以外はバリアにより軽減され、石ころ一つ当たらずに済んだ。何なんだこのハイスペックフンコロガシは。
“はい、もう何度も油断しない。敵をよく見なさい。あの子、あの爆発で裏返しになったわ。試し斬りは今の内よ。”
そうだ。こうなってしまったら胴体にあるメインの自爆装置が作動してしまっている可能性がある。
もう迷わない。一思いにぶった斬ってやる。
薄緑色の刀身を出し、剣を斜め上に振り上げる。途端に体の奥底からマグマのような熱を感じる。これは高位の火属性魔法を使う時に感じる熱だ。
“フフッ、面白い子ね。あなたは銃士だけど剣士に、それも魔法剣士に向いてるみたいね。”
一旦剣を引き、目の前に戻すと、刀身は炎のような朱色に染まっていた。一体、何がどうなってるんだ?
“何やってるの。そのまま斬り飛ばしなさい。今ならその風属性にあなたの火属性が乗って面白いことになるわ。さぁ、炎の竜巻で粉微塵にしなさい。”
……あいつの言う通りにしよう。騎士が剣を捧げるように、刀身を上に向けて掲げる。
…………あれ、なんでこんなポーズをしてるのか。振り上げて振り下ろせばいいのに、自然とこんなポーズになる。
刀身はより赤みを増し、炎のように揺らいでいる。このまま何も考えず無心でやってみようか。
“……逃げておこう。エレノアさん、あなたも逃げるのよ。”
ライトブレードを振り上げず、そのまま天に向かい突き上げた。足元から熱風の渦が生じ、それは瞬時に広がり、わたしを中心とした大きな熱風の渦と化した。口が勝手に動き、すっかり忘れていた上級火魔法の本来の呪文を小声で唱える。
途端に熱風の竜巻は真っ赤に燃え上がり、巻き込まれたサソリは上空に突き上げられる。
ライトブレードを下げ、再び強く突き上げると竜巻は広がり、甲羅はボロボロになり体液を撒き散らすサソリは、わたしの向いている方向に吹っ飛ばされた。炎の竜巻は密度が薄くなり消滅したものの、刀身にはさっきまでなかった渦巻を纏っていた。
突き上げたライトブレードを引き、落下しつつあるサソリに向かって振り下ろす。すると、あいつの言う魔法剣士のように刀身から真っ赤な三日月型の刃が生じ、残像と衝撃波を伴い真一文字にサソリへ向かう。それは落下したサソリに直撃し、長手方向に真っ二つに分断され、機械の体内を曝し、数秒の間を置いて炎上した。
…………という感じに、余計な事考えず無心になってやってみた結果がこれだが、いや、本当に…………何なんだこれは?
「うわっ!!!!」
燃え盛るサソリは自爆装置が生きていたのか、はたまた別の要因か、例の如く大爆発し、破片や砂を撒き散らす。最早わたし以外に悲鳴を発する者が居ない。
ルナクローラーが居ない今でもバリアはまだ有効なのか、破片は目と鼻の先で止まり、荒れ果ててしまった花畑にパラパラと落ちる。
…………ここに来てから散々遭遇した巨大サソリは自力で倒した。だけど、わたしはどんな顔していいか分からない。今のは何だったんだ? つーか、自力じゃないだろ、あれは。
とりあえず、ライトブレードを仕舞おう。非常に貴重な特殊セル、無駄にしたくはない。
スイッチを切ろうとした時、その刀身は収束するように消えず、ガス欠したかのように刀身が消える。
……まさかとは思うが、あれで貴重なセルを使い切ったんじゃないだろうな?
セルを取り出す。何度も目を疑ったが、カプセルの中には何も無い。何も無い。何にも無い。なーんにも無い。
「ふっ、ふっざけんなクソが。」
……あぁ、クソが。まぁ、でも、そう旨い話は無いか…………。
…………あっ、ヤバい。腹が鳴る。やっぱりあのクソ汁じゃ限界か。
クソ野郎が……こんなところで意識が遠退かないでくれ……。
◇◇
はぁ……はぁ……付き合ってられるか。
何なんだよ、あのサソリ、走る核弾頭じゃないの……。
…………あれ……まさか、いや、間違いなく、あっ、あいつが……あのあいつが、ライアーが開発していた生物兵器じゃないか。何でこんなとこに居んの?
手に負えなくなったとか、帝国の生物兵器として保管してたけど期限切れだとかでこんなわけわかんないとこに捨てた?
つーかここ、秘密のゴミ捨て場だったら何もかもが最悪じゃん。あんなのが大量に捨てられてたら命が幾つあっても足りない。それに、あたしのラボはゴミってかっ!? ふざけんな。ふざけんな…………。ふっ、ふざ…………ふっざけんなっ!!!! ふざけんな――――――ッ!!!!!!!!
…………あと、何あの大きな虫、脳内に直接語り掛けるように人語を話すし、三次元魔法陣だけでも異常なのに、四次元の展開図みたいに並べて、それを合成して……四次元魔法陣とか……駄目。ホラーどころの話じゃない。あいつ何様なの?
ライアーの増える生物兵器よりもあの虫が、ルナクローラーとかいう虫の方が怖い。敵対したら何処に居ても殺しにくるわ……。
“あら、わたしのことがそんなに怖い?”
『ぎゃあああああああああああああああああっ!!!!!!!!』
“あなたの絶叫、一々感嘆符が多すぎるのよ。減らしなさい。それにしても四次元魔法陣なんてもの、よく知ってるわね。”
『ややややややや、やややや、やめやめやめやめ…………やめてぇぇえええええっ!!!!!!』
“まだ敵対もなにもしてないでしょ。わたしはあなたの真実を知っても何もしないわよ。だって、わたし関係無いもの。”
『ぎゃああああああああっ!!!!!!!!!!!』
“はぁ、やかましい子……それにしても、あのサソリはあなたがよく知ってる人が改造したのね。わたしはそっちに腹が立つわ。そのライアーって奴のこと、もっとよく教えなさい。”
『いやああああああああああああっ!!!!!!!!!!』
“バカッ!! もうちょっと声を絞りなさいっ!!!! ……あら、逃げちゃった。仕方のない子ねぇ。でも、その内に化けるかしら。あの子、感染してるみたいだしね。ルピナスちゃん、いいえ、ソラリスちゃんに浄化してもらわなきゃね。”
◇◇
触手を引っ込め、肩を閉じ、白いロケットのようなこの体が許す限りの速度で、遠くへ遠くへ、より遠くへ逃げる。あれが絶対に追いつけない速度で、絶対に追いかけてこない僻地まで。
あんなデタラメが居て溜まるか。幸いにも敵対はしていないが、ライアーは……戻ってもあのデタラメを極めた衛星レーザー兵器みたいな攻撃に巻き込まれないように注意しよう。一旦何処かに避難だ。
……何だろうあの教会、物凄くボロボロだけど……こんな何も無い荒野で身を隠せそうなのはあそこぐらいか。横の集落なんかもっとボロボロだし変な人居たら危ないし……。よし、降りよう。
肩を開き、くるんと一回転して縦になり、ゆっくりゆっくりと降下する。化け物が居る可能性もあるし、慎重に行こう。
「どうしたのでしょうか、ルピナスさまも、ジーナさまも出て行かれたっきり帰って来ませんし、もう日が暮れますし、心配です……。」
中から優しそうな女性の声がする。ルピナスの名前が出てきたし、あいつはここに住んでたんだな。それよりもジーナ…………って誰?
どうしようか、話しかけてみようか、それとも、あの虫が撤退するまで白い物体としてこっそり避難するかそれとも…………。
「あらまぁ、何でしょうか、クリオネのお人形が浮いています。」
『えっ?』
「あらあら、喋りました。不思議生物です。」
普段のあたしであれば絶叫を上げていたが、聖母と言えるほどの風貌の非常に美しい女性を見て全てが喉の奥へと消えて行った。
『あの、その…………。』
「ウフフッ、ゆっくりしていって下さいね。あっ、そうです、アレを準備して待ちましょう。きっとお疲れですし、怪我もしているかもしれません。」
女性はプラチナブロンドの長いサラサラヘアを靡かせ、再び教会の中へと入っていった。
教会の中に入ってみたが、ガラスは割れてるし、点いてる照明もジリジリと音が鳴りとても暗い。一体いつからある建物なんだ?
「ウフフッ、これでどんなにお疲れでも元気いっぱいです。」
……何この匂い?
何だろう、めちゃくちゃ臭い。単に臭いのでなく、この世の臭さを一点に集めて煮詰めたような、直に嗅いだら一週間ぐらい寝込む程の匂いがどこからか風に乗って鼻を刺激する。
「あなたも一本どうですか?」
女性は不透明な黄土色の液体が入った瓶を見せる。瓶の底からは気泡が立ち昇る。エアを抜く構造なんて無い瓶に栓……爆発しないんだろうか?
……臭気はこの瓶からだな。この液体、何なの?
『……あたしはこんな体だから飲めないよ。それよりも、その液体は泡が立ってるし密閉してると爆発するから危ないよ。』
「そうなのですか。では栓をポーンッと。」
『ポーンと………………っ?』
栓が抜かれ、黄土色の液体は途端に泡立ち、ちょっと黄色みがかった白い泡が噴き出す。それは忽ち黄色っぽい色のついた気体となり…………。
『――――――――ピァッ!!!!!!!!』
その気体の強烈な香りに体の奥底で同時発生した無数の絶叫がぶつかり合い、まるでお腹の中に宇宙が創世されたかのように大きな爆発を繰り返す。
………………匂いの原因はこいつか。何なんだよう、もう。こんな所に来てこの荒野の砂みたいに屑鉄堕ちするのはごめんだよ……。
「あらクリオネさま、床に落ちちゃいました。やはりキツ過ぎましたか……。あら、ケプリさま、お帰りなさいませ。」
“コハルちゃーん、ちょっと来てもらっていい? あら、ユーリアちゃん、見事に伸びちゃってるわね、左右の肩パッドの先と下の方の穴からビンテージ機器の基板のような匂いしてる蒸気出てるし、どうしてこうなっちゃったの?”
「えっと、その……これをですね、ポーンッと。」
“ポーンッ……あっ、それ開けちゃったのね。”
「はい、クリオネさまが密閉していると危険だと言って居られましたので
開けちゃいました。」
“確かにね。栓が吹っ飛ぶ分にはいいけど、瓶が爆発しちゃったら危ないものね。いいえ、それどころではないのよ。コハルちゃん、ちょっと来てくれるかな?”




