0-02 兎の日
第2話
ドアを開ける。内側に付いていたドアチャイムはカラリンコロリンと音を鳴らした後、ポロっと外れて床に転がる。何だか縁起が悪い。
「あらら……取れちゃったわ。あっ、ゆっくりしていってくださいね。」
コンクリート建造物の内側は、茶色い木材をふんだんに使った温かみを感じるバーのような内装。カウンターの奥は酒を置く棚……ではなく依頼書が張り付けられているはずの掲示板。
「それにしても、いい準備運動だったわねぇ。」
ヒバリさんは両手を天に突きあげ、気持ちよさそうに伸びをする。わたしは到底そんな気分になれない。ドアチャイムも落ちたし。
そのままカウンターの裏に回り、受付嬢としての顔を見せる。
「あら、ムーナさま、どうしたのですか? こんなとこで縮こまって。」
『ガラス全部割れる程の戦闘が起こっていて、隠れないわけないじゃないですか。あぁ、もう費用が……。』
「もう戦闘は集結しましたよ。ほら、カウンターの上に。」
いつものネコ型デバイスがカウンター上に置かれる。猫そのもののデザインだが、やたらメカメカしいデザインが目立つ。高いとこから飛び降りたらビス何本か弾け飛びそう。
『あぁ、ルピナス・ウォーレンズさまですか。』
これから気合を入れて行くぞって時に、このやる気のない口調と、電子音混じりの声で気が抜ける。あぁって何だよ。あぁって。
「依頼書が見当たらないが、ギルドで隠し持ってるもので何かいい依頼あるか?」
低ランク用で急を要さないものは大抵幾つか隠し持っている。低ランクの冒険者には訳ありが多く、治安の維持として軽微な依頼を安定して供給させる必要がある。小遣い程度でも切らすと野盗の増加に繋がるからだ。
『ふむ。しかし、カウンター裏にある依頼書の中には、既に碌な物がありませんが。もっと頑張ってステータスの上昇に努めてくださいよ。』
「ふざけんなよ。お前等冒険者協会本部の奴等の馬鹿水晶の所為でこうなってるんだぞっ!?」
こんな猫野郎でも逆らってはいけないんだが、つい声に出てしまった。冒険者教会のこの体たらくには我慢の限界。
『と言われましてえもねぇ……。確かにあなたは他の強豪勢からの評判は非常に良いのですが、本部はステータスを重視致しますからねぇ。』
なーんでステータスが見られないんだよクソがっ!!
クソがッ!! クソがッ!!!
『……そんな眉間に深いシワを刻んだ顔で睨まないでくださいよ。一国のお嬢様のような美しい顔が台無しですよ。金額になりそうなものと言えば……う~ん……アレしかございませんね。ヒバリさま、アレ、行きますか。』
「アレ……例の殺戮兵器に関する任務ですか?」
例の殺戮兵器…………大陸北方のプラトナス帝国が放ったとされる大量の人型の機械の塊で、様々な形状のものがあるが、特に両手に鋭いブレードを装備したものはSランクの戦士系職業でも歯が立たず、かと言って野放しには出来ず、ランクを問わない依頼としてカウンター裏で密かに眠っている。
ランクを問わないというのは、カネにモノ言わせて買った非常に攻撃力の高い兵器を所有する低ランクのボンボンでも可、名誉を追い求める者や大切な人に多額の報酬を送るための自爆特攻も可ということ。ランクも名誉もカネでは買えない。
そしてその依頼の対象は、例の遭遇して目が合ったら1秒も経たずにブレードを首に突き立てる殺戮兵器。勝利の女神がほほ笑めばGランクのボンボンでも一気にAランクだ。
命知らずがカネと名誉を求めて挑み続けるが、最早言うまでもない。そうして、その屍とガラクタが山となり、その依頼書は土に還ることも灰になることもなく暗がりで眠り続ける。
「まだやるべきことがあるから、済まないが断らせてもらう。」
『あなたでも駄目ですか。勝っても負けても報酬は出しますし、この先十年は保障してあげられますが。』
「間違いなく負けるだろ。それにわたしが居ないと十年後よりも先はどうなるんだ?」
『本部の方にも掛け合いますよ。聖職の者、何なら聖女の方も居られますし、彼等なら快諾すると思います。』
「うっ……くっ…………。」
『やりたくなってきましたか? あれは特級駆除対象なので大歓迎ですよ。行ってレーザー一発でも火球一発でも当てて負傷させても相応の報酬を支払います。一目見て逃げ出しても報告さえしていただければDランクの平均程の額を支払います。』
……クソッ、意思が揺らぐ。一発当てるだけでも孤児院を運営するに十分な賞金が手に入る……仮にでも倒せたのなら子供たちの暮らしが保障される……。
「だめだめ、あなたの帰りを待っている子がいるでしょう? ねぇ、ムーナさま?」
一瞬迷ったが、ヒバリさんの一声で我に返った。
あんなの、一目見るだけでも気付かれて追い付かれて首が宙を舞う。どんなに運が良くても不可能だ。
『そういえば、確かアンジェラさまと申しましたか。彼女は聖女の素質があるようですね。』
「いけません。誰からも承諾なく品定めを、将来を決めるようなことをしてはなりません。」
『……仕方がありませんね。でも、いずれ本部からの視察が入るでしょう。聖女職は足りていません。救いを追い求める人々は世界中におります。覆い隠すのであれば早い内が…………。』
クッ、そっちも時間がねぇってわけか。でも、様々なギルドがあるとはいえ、この世界最大のギルドである冒険者ギルドを敵に回したら何処にも居られなくなる。どうにか……どうにかして……。
「あっ、そうだ。ギルドカード更新の時期ね。ついでに職業、変えちゃう?」
冒険者ギルドで就ける職業は数多あり、その内、戦士やシーフなどの誰でもなれる下級職は経歴やステータス関係無く自由に転職できる。その下級職のガンナーは血の気の多い傭兵で最前衛でバンバン撃ちこむのも居るけど基本は後衛職。銃の威力は高く、最小で最大の効果が得られる。わたしのような小柄な者にとっては楽なのだ。
「あっ、いや、ガンナーのままでいい。」
『更新には500エル必要ですよ。』
「あっ、そうか……今持ち合わせは無いんだ。期限はまだ大丈夫だろ?」
『あと五日です。頑張って依頼を熟して稼いで下さい。あれば、ですが。期限を過ぎれば解約アンド無職です。』
エルというのは通貨単位のことで、エルはこの国だけではなくこのアルカ大陸の通貨単位だ。数千年前にこの付近にあったとされる島国で長らく使われてたエンという通貨単位と西方の地のドルという通貨単位が合わさってエルとなったという説と、遥か北西の幻の島“黄金郷エルヘイム”の妖精の女王、エルドレーナから取っているという説がある。
『……あの、ヒバリさま、もうそろそろトレーニングに戻っても良いでしょうか? 腕が疼いて仕方が無いのです。』
「まぁ。そうですか。ウフフッ、構いませんよ。」
機械猫は軽々と跳び、ドスンッと床に着地してカウンター奥へ走っていった。
「トレーニングとは……?」
「アヤメちゃんに作ってもらった全自動ネコじゃらしにハマっているんですよ。体は機械で人語を喋るのに、中身は立派にネコですね。」
「ヒバリはん、ウチのこと呼んだ?」
カウンター横のドアが開き、作業服を着た黒髪で前髪パッツンの女の子、アヤメちゃんが出てきた。やや白い顔に少し黒い油らしき物が付いている。
「ううん、呼んでない。あっ、給湯器治った?」
「治らへんわ。つーか、ECセルの残量すらあらへんねやけど。」
「困ったわね。今晩はお料理も出せないわね。」
「あんな吞兵衛、放っとけばえぇやろ?」
アヤメちゃんは機械の修理が得意で、職業も西区に支部のある工業ギルド管轄のマシーナリーと呼ばれる職に就いていていつも何か修理している。職業は各ギルドごとに一つ、またはそのギルドでAランク以上であれば二つ就け、彼女の場合はマシーナリー以外に冒険者ギルド管轄の魔剣士という中級職にも付いていて探索に出ては趣味の魔剣集めをしている。
「あ、ルピィちゃんやん、久しぶりやんな。」
愛称は余計に恥ずかしい。慣れはしたが。
「あら、顔に油付いてるわよ。あとマシーナリー組合から除名されるかもしれないからヘルメット被りなさいよ。」
「でもこういうんはな、油に塗れてこそやで。」
「ヘルメットを被りなさい。」
「せっ、せやな。」
マシーナリーは名の通り機械の扱いに長け、ロボットやアンドロイドの類を治せる職でもある。加えてアヤメさんは特別で魔剣士になるにあたり必要な下級魔道士職のレベルを大きく超え、わたしよりも遥かに強い火属性の他にそれ以上の強さの闇属性を持ち、上級の魔法を使いこなす。
「せや、ルピィちゃん、依頼欲しいん?」
「うーん、あれば欲しいけど……」
アヤメさんは親指と中指をパチッと鳴らすと、着ていた作業服は忽ち黒基調の美しい着物に変化した。自分で開発したらしい。
「アヤメちゃんのその技術、本当に凄いというか、売ったら凄いと思うわ。」
「おおきにな、でも売る気ないんよ。売るんなら金貨積んで貰わなな。安売る気はあらへんで。」
どういう技術か分からないけど、魔術でもないらしい。どうも妖術と呼んでる獣人が使う魔術のようなものを応用したとか何とか。
「ほんで本題やけんど、ルピィちゃんにはその辺に捨ててある残量のあるECセルを取ってきて欲しいんよ。」
ECセルは大容量高出力の電池のことで、ECはエネルギークリスタルの略。
千年近く前にこのアルカ大陸の北部にある、エルフ族が住まうディアマンドという地にて発見されたこの地球上のエネルギーを溜めに溜めた水晶で、大陸外にも浸透し、現代のエネルギー事情の主流となっている。
ただ、原石の取り扱いは困難を極め、特殊な加工を施されて安全装置の塊に組み込まれた状態のECセルと呼ばれるものにしなければ到底使えない。
「当然やけど原石やないけんな、その辺のゴミでえぇで。ボイラーに突っ込めるやつで、せやからロボの残骸から抜いてくればえぇわ。」
簡単そうなのでアヤメさんの依頼を引き受けようか。
「えっ、あれ切れてたの?」
「さっき言うたやろ。ほんまつこうたらそのまんま、整備せぇへん過ぎやわほんま。あの状態で過負荷ぶっかましたら爆発するで。」
でも何処から得ようか。なんせ残骸から得たものでも余裕で使えるものばかりで、どのギルドにも所属しない者の資金源にもなっている。
高負荷のものに使うし、上層から転がり落ちてきたものみたいに状態の良いものが運よく転がってればいいんだけど。
「ルピィちゃんはいつも一人なん?」
「……そうだけど。」
「一人やと今後辛いで。はよパートナー見つけなよ。ウチがなったってもえぇで、こう見えてBランクやさかい、力になったるで。」
わたしは色んな冒険者と組むことがあるが。独りの方がやりやすいから誰かに属したりはしない。だから、今後一切パートナーを持つつもりはない。わたしは無言で首を横に振る。
「まぁしゃーないな、ルピィちゃんらしいわ。いつでもなったるで。その気になったら声掛けてな。」
依頼を受け、わたしは湿気たドアノブを回し外に出る。
「ヒッ!!」
外にはわらわらと無数のウサギが集まり、その全てがこっちを向いていた。鳥肌が立った。
「どないしたん? せや、忘れとったわ。この安モンのレーザー銃、修理終わってはるわ。」
「あっ、そっ、そうだ。忘れてた。」
安物で無名のレーザー銃、案外長く持ったなぁ。もう売ってないんだろうな。
「銃士はんが銃忘れとったら何が出来んね。スカタンやなほんま。」
「えっと、代金は……。」
「そんなもん要らんで。サービスしとくさかい。んでも、それもう限界やで。もう直しきれんわ。貸しとったレーザー銃、返さんでえぇからそれ使い。」
限界……か。
「ルピナスさまの安全が一番ですから、アヤメさまの言う通り、それをお使いください。」
『いえいえ、それ、ギルドの所有物ですから、お返し下さい。』
「ムーナさま?」
『規則です。というか、それ以前に常識です。破棄したわけでもありませんし。』
「ううん、返すわ。ありがと。」
いつものレーザー銃、やっぱりこっちの方がしっくりくる。トリガーを引いても出ない事があったので、電源の異常かと開けても分からなかったから、よく話すアヤメさんに修理を依頼した。そのアヤメさんが言うのだから確かなんだろう。
「ジャムっとるみたいやけん、チャージコンデンサやチャンバー辺りが限界やな。あんまりバシバシやると爆発して指一本二本お釈迦様やで。」
「あっ、あぁ……そうなの。」
「使うななんて言わへんけど、命大切にしぃや。あと、あんたの体も気ぃつけな。」
アヤメさんは優しく微笑み、肩をポンと手で触れる。
「せやけど、あんた汗凄いな。何か怖いモンでもおったんか?」
「あっ、えっ……何かさっきから物凄い数のウサギを見かけたんだけど、西区の方で運搬船から食肉用のウサギが逃げ出したとか聞いてない?」
「何や? 知らんでそんな話。」
「えっ、だって……。」
ドアノブを回して扉を開ける。さっきまで居たはずの無数のウサギは居なくなっていた。
「あっ、あれ……、さっきまで数百匹ウサギがいたはずなのに……?」
「数百匹? んなアホな。」
「どうか致しましたか?」
「ルピィはんがな、そこに数百匹のウサギを見たいうとんねん。西区の方で肉ウサギが逃げたっちゅう話、聞いとらんわな?」
「いえ、それなら真っ先に依頼が来るはずです。ここでそのぐらいの数見たというのなら西区だけで収まりませんのでここも来るはずです。」
「せやろな。ルピィはん、疲れとるんやわ。もう依頼はえぇから、帰って寝るんやで。あっ、メンテナンス必要ならウチに言いや。ずっとメンテしとらんやろ?」
……そうだな。ちょっと腕の調子も……いいや、時間が無い。
それにしても幻覚? んなわけない。しっかりとこの目で見た……とはいえ、触ってはないが。
あぁ、もう時間が。アヤメさんにもう一度ありがとうと伝え、再びドアノブを握った。
◇
路地を突っ走る。確かにさっきまで感じたウサギの視線は全く感じない。何だったんだあれは?
いや、そんなものどうでもいい。記憶の中にあるゴミ捨て場に向かう。
さっき通らなかった路地…………っ!?
さっきまで見なかったウサギがいる。何匹も。何でだ? 今日は何の日だ?
それよりも……確かゴミ捨て場はこの先を左に曲がった所、おそらく先客がいる。
「おっと嬢ちゃん、この獲物は俺たちチーム山猫の物だぜ。」
到底山猫とは思えない、横にも縦にも長い熊のような大男が狭い路地を塞ぐ。その奥のゴミ捨て場では小柄な盗賊の群れがせっせと部品を回収している。
見た目と直感での判断ではあるが、この大男は先ほどの横長よりは遥かに上みたいだ。
「銃を下ろしな。俺は格闘家で盗賊のAランクだぜ。ほら、レーザー銃も蚊に刺された程度だ、見てみな、このレーザー銃でやられた跡を。嬢ちゃん、俺に勝てるのか? フハッ、俺は奴等を真っ二つにしてやったぜ。」
ぱっと見、人間どころか鉄の塊を引きちぎるぐらいはある。せこせこゴミ漁りしてるのが不思議なぐらいだが、どうせ罪もない人間をヤってこうなったのだろう。どうせなら殺戮兵器を真っ二つにしてほしいものだが。
しかし、やるにしてもこの大男の言う通りその筋骨隆々の体は防御面もガッチガチだろうし男の弱点である股間も硬いのだろう。格闘家のランクアップは依頼の他に火の海やマグマが滾る火山に身を置いて鍛錬する必要があるというし、間違いなく火に強い。何から何まで不利だなこれは……。
ゴミ置き場も複数の路地が接続されてるし……チッ、ここは諦めてイチかバチか回り込むしかないみたいだ。
「家帰ってクソして寝な。」
刺激せず、大人しく立ち去る。はぁ、そう巧く行かないか。
走りに走って大通りに飛び出る。50メートルほど北の路地からゴミ捨て場にアプローチしよう。
そう思い、そこから20メートルほど走った所で自動運転の大きなトラックが目標の路地から出てきた。そのトラックには大量の機械の残骸が積まれている。もしかして先を越されたか。
「クソッ、お零れも落としやがらねぇ!」
「大親分にどやされるゥ!!」
暫くして路地から先ほど見かけた数人の盗賊と、ついでに数匹のウサギが飛び出してきた。これは黒だろうな。
トラックは遅い。わたしなら追いつける……のか?
トラックは南へと向かう。ここから南って、海岸沿いの廃墟群に行くのだろうか。あそこは無人のゲートがあって、人が居なければ開けられず通れないはずだが。
ひたすら走り続ける。周囲から再びウサギの視線を感じる。左右のビル群を見るとほぼ全ての窓と屋上と、ゴミ箱と路地と、蓋の空いたマンホールに電柱の上、錆び切ったシャッターの前に放置された水槽の中、ビルの壁に取り付けられた壊れたエアコン室外機の中、街灯のガラスの中……その全てのウサギがこっちを向いている。
「うぉらぁっ!!!! 待ちやがれ、それは俺のもんだっ!!!!」
鳥肌を立てる暇もない。
トラックは加速し、既にわたしより若干速い。瞬発力はいいが持久力はあんまり無いのでそう持たない。幾ら走っても離される。トラックは一切のゴミを落とさず南へ南へと下る。次第に周囲に霧が生じ、周囲のビル群も霞がかかる。
それでもトラックは南下を続け、先の無い橋に差し掛かっても直進を続ける。もしかして、故障しているのか?
その時、荷台から何かがぴょんと飛び降りた。走って近づくと、それは真っ白なウサギだった。どこまで行ってもウサギが居やがる。何なんだこいつら、何わたしの方を見るんだ?
ウサギは背を向け霧の向こうへ跳ねてまたこっちを見る。暫く見ていると地面を嗅ぐような仕草をしてまたこっちを見る。何か落ちているのかもしれないと付いていくと、なんとその横にはECセルが転がっていた。クリスタルもまだ大きいほぼ新品の上物だ。
ECセルに近づこうとすると、あろうことか白ウサギが両手でECセルを抱え、そのまま橋に向かって飛び跳ねる。
アヤメさんの依頼をふいにはしたくはない。このままではギルドの建物中のお湯が出ない。孤児院の建物を治せない。子供たちが泣く。
白ウサギを追いかけるも、わたしよりも遥かに素早く、橋の途中まで来てこっちの息が切れる。機械の塊の癖に中途半端に人間に近い自分が憎い。膝に手を付き呼吸を整える。白ウサギはも疲れたのか、それとも挑発しているのか、白い霧に覆われるも薄っすらと見えている。トラックは……もう橋の下か。
再び追いかけるも無情にも霧が急に濃くなり、数メートル先が見えくなった。
もう追いかけるも何も危険だ。橋が折れてるし、当然整備されないので穴が開いてる箇所もある。
もう向いている方向すらも分からない。周囲を確認するときに回るんじゃなかった。もう足元も見えない。何だか疲れたし、帰るにしても少し待機しようか。
◇
橋の欄干を背に、レーザー銃を構え周囲を警戒しながら待機する。もう一時間は過ぎただろうか、薄っすらと橋のシルエットが見えるまでに視界が回復した。もう足元も見えるし、歩き出してもいい頃だろう。
曇っていて太陽の方向は分からない。途中で折れているので歩いてみれば分かるだろう。そう思い歩き出した。
…………歩いても歩いても橋は続く。もう南区に入ってる頃、もしくは折れた所についてるはず。だけど地面が際限なく続く。なによりも、凄まじく大きな生物の視線を感じる。敵意は無いが……なんだかさっきのウサギに似ているような気がする。更に歩くと、朝に孤児院を出たはずが空の色もどんどん暗くなる。
不安が過る。
引き返そうと振り返ると、そこは折れた橋の先。
「おいっ、待てよ……っ!?」
思わず声が出てしまった。
わたしが通ってきた道が無いのだ。持前の3コンマ5の視力で目を凝らして見ると、うっすらと縦長キノコが見えるが、次第に黒っぽい霧が遮り見えなくなった。わたしは逆を行ったのだ。そして何故だか分からないが橋が繋がって、そして対岸へ。
確か太古のこの国にヒガンとかサンズの川とか言った死の国の伝説があったよね。子供たちに絵本の代わりに何処ぞの商人が作った歴史書を絵本に仕立てたものを読み聞かせたら泣いたっけ。……困った。どうしよう。
本当にどうしよう。
◇
折れた橋に座り、宙に浮いた足をブラブラさせながらぼーっとする。
帰る方法を考える気が起きない、泳いで帰るなんて非現実的過ぎる。つーか、あのウサギは何処行った?
腹いせにECセルの残量も気にせず、対岸に向かってレーザー銃を撃ちまくる。爆音と共に赤い閃光が黒い霧に吸われ消える。減衰するので意外と射程が短くて届いていないだろうけど。クソッ、こうなるのなら容赦なくウサギをぶち抜いておくべきだった。
「どうすりゃいいんだ……?」
声に出る。
レーザー銃を撃ちまくる。
……そうだ。このエネルギークリスタルを譲渡して依頼を完了させれば良かった。
バンッ
「うわぁっ!!!!」
レーザー銃のコア部分が青白い閃光を発して爆発した。アヤメさんの言う通り、このタイミングで寿命を迎えた。非常に運が悪い。というかこんな状態のものを乱射したわたしが悪いのだが。
咄嗟に片腕で顔を覆ったので大した怪我は無いが、腕の薄い皮膚的なものが少し剥がれて配線とか金属の部品とかが見えている。
わたしも作りものなんだなと実感する。
兎に角出口を探さなければいけない。わたしは立ち上がって背後を向く。そこは茶色い砂漠の様。鋼鉄が霧化したかのような重く黒い雲と日光を届けない真っ赤な太陽、冷え切った風と鼻を突く異臭…………。
ここはどこだろうか。




