1-10-1 浄化
第10話
見渡す限りゴミの山、錆びた荒野、鼻を突く匂い、鉄よりも重い雲、そしてその雲に光を遮られた真っ赤な球体。
錆びきった景色を眺める。ここは最も高い丘の上、ここからはあの折れた橋もよく見える。でも、その先にあったはずのトゥリシア王国は全く見えない。その特徴的なシルエットすらも。
『そう言えば、あんたの名前聞いてなかったわね。あの子が言うにルピィちゃんって言ってたけど……』
クッ…………自己紹介したくない。言葉の響きが名前が性に合わない。
『……まぁいいわ。ルピィちゃーんって呼んでやるわ。可愛い名前ねぇ、全く。』
バッグから頭を出すユーリアを鷲掴みにしてわたしの顔の前に引っ張り出した。謎スキルが損傷して雰囲気が変わったなと思ったが、前言撤回、全く変わってない。
『ちょっ、ちょっと……名前聞いてるだけなんだけど?』
「ルピナスよ、ル・ピ・ナ・ス。可愛い名前してるわよね。笑いたければ笑いなさいよ。」
『……ルピナスね。いい名前してんじゃないの。ルピナスはマメ科の植物でね、その名前はオオカミに由来してるのよ。こーんな腐った土地でも逞しく生える姿がその由来。それに、花言葉に貪欲とか想像力とかあって……どうしたのよ、そんな顔して。』
握るその手が知らず知らず緩んでいた。余りにも予想外な反応。この呆けたわたしの顔は誰にも見せられないかもしれない。
「いや……何でもない。なぁ、あんたさ、本当にあんな人殺しの機械を生み出したのか?」
『何で今そんな話を……そうよ。紛れもなくあたしが、いや、あたし達が作ったわ。その研究所で量産もした。その量産体制は帝国のとある地方にもある。それがどうしたってのよ。』
少し気になった。こいつは悪なのか?
そんな事考えても功績からすれば完全に悪なのだから、考えるだけ野暮なのだが。だけど、この意識のまま行けば取返しの付かないことになりそうな気もした。
「……その辺の話、全部聞き出してやるから覚悟しなさいよ。」
『フンッ、勝手にしなさいよ。あたしは喋んないからね。』
……教会に戻ったら、後で例のブツで拷問だ。
◇
ここからは全方位かなり遠くまでよく見える。
周囲を見渡してある程度地理を把握しておく。あの折れた橋は北だから、ちょっと先に見えるコハルさんの教会が南、そこからほんの少し東に行った所にある明かりの群れが集落か。西には目立つものはなにも無く、ただただ茶色い砂の大地が続くのみ。
集落よりも更に東の方角、ずっと遠くに見える大きな大きな煙突のある建物は発電所だろうか。
ここで一つ気になるのは、北以外に海岸が見えず、本当にここは島なのかということ。アルカ大陸の直ぐ南に地図にない大陸があるなんて聞いたこともない。だからと言って、地図に無い島も聞いたことはないが。
東西と南はただひたすら続く荒野。見通せないだけでずっと遠くは海岸線が広がっているのだろうか。
いや、待てよ。あいつが、鉄の塊が言ってたゴミ処理場のワームホール……設置型転移魔法だろうけど……そうだ、コハルさんもあの集落の人は迷い込んだ人の集落って言ってたな。それならそれが至る所にあるということで……。
『おい、一体何を考え込んでるの?』
「……お前、この島のこと、どう思う?」
『どうって聞かれても、なーんも無い臭くて暗くて茶色い荒野だなぁって。それにしても何でこんなとこにラボを……くっそぉぉぉぉおおっ!!!!!!』
うるさい。甲高い声が耳に突き刺さる。聴力が下がる。聞くんじゃなかった。
『はぁはぁ……どうしてだよ……なんでだよ…………。ここ、何処なんだよぉ……。』
ここは何処なのか全く分からない。だが、海を泳いででも、地面を掘ってでも、空を飛んででも、何としてでも出なければならない。
わたしはただ、孤児院の運営費を稼ぎに出ただけだぞ?
今まで何度も何度も遠征に出てるのに、こんな神隠しなんて遭ったこともないし、他の冒険者からも聞いたことないし、ギルド間で共有される事例を集めた本でも見たことがない。
『あぁ、クソッ!!!! う〇ちっ!!!! 出ないけどッ!!!! もう帰るっ!!!! おうち帰るっ!!!!!!』
「うっせぇ、声絞れ。さっきも言ったと思うが、お前の声は耳に突き刺さる。」
『知るかーっ!!!!!!』
ゼロ距離で絶叫しやがった。鉄やガラスを引っ掻いたような声が脳内で声が反射し、機械の脳みそが振動する。共振して脳が粉々になったりしないだろうな?
「……おい、ちょっと待て、お前は元の場所に戻れるのか?」
『そりゃ、そうだよ。あんたは何処からどうやって来たのか知らないけど、あたしは、仮設のラボから端末とネットを利用してここに辿り着いて、こうやって現地の端末に入って活動してるだけだから、何があっても壊れない頑強な箱に入ったラボ管理用サーバーさえ無事ならいつでも戻れるよ。』
こいつは命綱有りか。回線がどういう理由でこんな辺鄙なとこと繋がってるのかは分からないが、いざとなれば一瞬の内に逃げ果せるというわけか。
これは何としてでも繋ぎとめておく必要があるな……。
「なぁ、待ってくれ。お前には聞かなければならないことが山ほどある。」
『何よ、あたしを振り回しても何も喋らないわよ?』
「お前、オルビスに興味あるんだろ?」
『……何よ、あなた達二人をサンプルにしていいから、それを対価にプレディカドールに関する情報を出せということ?』
触手を腕のように組み、ふら付きながら右往左往する。良かった、対価だけに食いつかなかったらどうしようかと思ったけど、見事に迷ってる。
……もう3分ぐらい右にフラフラ左にフラフラ、考えるとき歩き回るタイプかお前は。結論が出るまでもう暫くかかりそうだな。
そういえばノアには更にレベルの高い5×5のキューブパズルを渡したっきりで
、ずっとカシャカシャ鳴らしてる。よく飽きないな。
ユーリアの方を向くと、左にフラフラ動いて右方向に折り返した時、ぴたっと動きを止めた。
『分かったわ。暫くここに残る。その代わり、さっき言った通り、データを取らせてね。』
よしっ、これで生産ラインを叩けるぞ。戻ったら早速ギルドに報告して工場の破壊と殺戮兵器の討伐だ。これで怯えることなく冒険者稼業を続けられるぞっ!
…………まぁ、戻れるのなら、だけど。
『えっ!? ちょっ、エレノアちゃん、もう一回その5キューブパズルを見せてくれないかな。』
「ノアだよ。」
『ノアちゃん、お願い。』
「うん、いいよ。」
ユーリアはノアの神業に見入ってる。思ったよりもこのクリオネに与えられるエサは多いようだ。絶対に逃がさないぞ。
『ぎにゃぁぁぁあああああああっっ!!!! 19.04びょぉぉぉぅぉぉぅぉぉぅぉぉぉぉぅッ!!!!』
ノアは何事も無かったかのように崩して、再び回し始める。パズル全然やらないから19秒の何処が凄いのか全然分からない。
「そんなに凄いの?」
『ばばばばばば……あばばばば馬ッキャ郎ッ!!!! その筋数百年のプロがぶん回しても1分切るかどうかだぞっ!!!?』
数百年……魔族とか龍族とか獣人とかだろうけど、それでもそんなにかかるのか……。つくづく、ここはチート野郎ばかりに出くわすな。
…………今更だけど歩きながらだと危ないし、飽きて抱き着く時はあれ持ったままだし背中に穴が開くので預かっておこう。
「むーっ!!」
『あぁーっ!!!! 返しなさいよっ!!!!』
「危ないからダメ―。ここは高低差が大きいし、つまづくものが多いから、後は帰ってからね。」
ノアは頬をぷくーっと膨らませて両手でポカポカとわたしを叩く。ついでに、ユーリアも二本の触手でビシバシ叩いてくる。前者は痛くないにして後者は割と痛いので鷲掴みしてバッグに突っ込んだ。
ところで、5×5のキューブパズルを与えて時間が経つけど、あの6エレメントキューブのレベルは上がったんだろうか。
≪情報≫
氏名:エレノア
特殊技能追加:6エレメントキューブ
レベル2の取得条件
・5×5ブロックキューブを完成まで40秒未満且つ30回連続で成功すること。
・光属性または闇属性のどちらか1つ以上所持し、且つその属性のランクがA以上の者。
レベル2取得済み。取得後22回連続成功。同キューブ使用にて残り178回連続成功でレベル3取得。
≪以上≫
何のアナウンスも無かったけど取得してたんだな。レベル3もあるのなら……いや、危ないから後だ。
≪情報≫
氏名:エレノア
特殊技能:Wエレメントキューブ
・3×3ブロックキューブを左右の手に一つずつ持ち、レベル1と同じ条件を満たすと取得できます。
キューブを二つ投げ、上に向いている色に応じて下記の属性が発動。
白の光属性、橙の火属性、黄色の雷属性、青の氷属性、緑の緑属性、赤の無属性大爆発、加えて黒の闇属性、茶色の土属性、水色の水属性、薄緑の風属性、紫の重力属性、灰色の時空属性が追加されます。キューブに使う色は術者により自由に組み替えが可能だが、1個のキューブに対し6面全て異なる色にしなければならない。左右の重複、例えば左右共に同じキューブを使うなどは可能。
≪以上≫
3×3ブロックを漁る。あの異常な運動神経で危ないなんて言ってられない。運任せとはいえ、激レアの重力属性と時空属性を含めほぼ全ての属性が扱えるんだから、これ程のものは他にない。
『両手にキューブパズルは神業も神業よ。それに脳みそ何個も並列に使うし、片手で回す上に手も別々の動きをするから、いくらノアちゃんだって歩きながらじゃ危ないし。』
「そっ、そうね。そうだよね……うん。」
あれだけ気を遣ってたのに、目先の利益に捉われたら急に見えなくなった。本当にこういう貪欲なところは直したい。
貪欲さ……か。あんな目に遭ったのもお宝があるかもとあんな洞窟に入ったからだし、加えてあの研究所への扉に入ったからだしで。
でも、入ってなければ新たな魔法に出会うこともなかった。ノアに出会うこともなかった。ついでにユーリアに出遭うことも。
本当に、ここは何処なんだろう…………?
まぁいいや、早く戻ろう。
…………ん?
『何だか振動してるような音しない?』
地面が縦にガタガタ揺れる。これは膝によるものではない、明らかに靴底を伝わってきた揺れだ。
「うわっ、地震だっ!」
『早く逃げた方がいいわ。研究所……あんな感じになっちゃったし…………うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!!』
次第に縦揺れが大きくなる。こんな所で地震なんて最悪だ。地面がゴミの堆積物だから安定していない。確実に崩れ落ちる。
「ノア、塔屋に引っ込むぞっ!!」
「うん。」
ノアは相変わらずの無表情でキューブをクルクルまわしている。さっきもだけど地震にすら全く動じないし、肝が据わってんな……。
横揺れにはならず、数分後に地震は収まった。
塔屋には引っ込まず、今の内にゴミの山を下ろうと斜面に足を着けた途端、その斜面のゴミは流れるように崩れていった。さっきの縦揺れで固まってたものが緩んで砂の山のようになってしまった。
『砂で形成された土壌を強く継続的に揺らすと、その固まってたのがバラけて水みたいになるものね。だから普段は重いけど空気で満たされた土管も浮き出てくる……で、あたしはいいけど、あんたはどうやって降りるのよ。』
どうやって降りるか……ノアの方をチラッと見た。ノアはキューブパズルに集中し切っていて見られていることに気付いていない。
その頭には妖光蝶が留まり、羽根を開いたり閉じたり……。
『ノアちゃんと一緒に飛んじゃいなさいよ。』
「それは…………やめてくれ。」
まだ誰の目にも留まらない屋内だからよかった、だけど屋外で抱き着かれて、その状態で飛ぶのは……とても恥ずかしい。
『フンッ、今は手段を選んでる時じゃないでしょうに…………だけど、本当に救いようのない不毛な大地ね。地面を触っても破砕したゴミが土の代わりで砂みたい…………。』
クリオネ型ユーリアは片方の触手で地面に触れている。時折手を止めて、じっと地面を見つめている。
『この土壌で育つ植物は限られるわね……。あのマギサ草なら育つかな。』
「何で今こんな話を…………緑……そうかっ!!」
さっき得た緑魔法を試してみよう。地盤が緩いのなら固めてしまえばいい。根で増えるタイプの植物や根同士を強く絡ませる植物なら道を作れる。
「マギサ草って根はどうなってるの?」
『あれは根を横に横に広げるの。そして根から茎を出して増える。増え方はそれだけでなく根でも葉でも種でもマギサ草の部位なら何でも根を下ろしてどんどん増える。そしてそれぞれの株同士の根も、ある程度成長すれば繋がるの。』
恐ろしいぐらいの繁殖力だな。細切れにしてばら撒けば、それだけの数の株が出来上がるということは灰にでもしなければ駆除できないということか。
『そして寄生対象を絡みつけたら寄生して魔力を吸い上げる。そして根は鋼のように頑丈で並大抵の力では千切れない。魔力を帯びるほどより硬くなる。それで、それがどうしたの?』
「緑魔法で生やしてみるわ。」
わたしは一度見たものは覚えているが、その解像度は低く、ちょっとずつ異なる写真を複数並べられられると迷ってしまう。
だが、緑魔法をインストールした今は、マギサ草が体に寄生されてから、それの細部までイメージすることができる。わずかに違うだけの別種の写真を置かれても迷わず当てる自信がある。
『…………出来んの? それ。』
「いや、何だか出来るような気がするだけだが。」
四つん這いになり、穢れ切った地面に手を着いてイメージする。孤児院に自生するアサガオに似た蔓状の植物のように何をも利用する逞しい植物、花はキキョウのそれ、根はタケのように強固で、だが芋のように美味で、抜いても抜いても無くならないしぶとさはオキザリスのように、その性質は田畑を埋め尽くす悪魔のような植物、ラズベリーの如く……。
マギサ草のイメージを手に集中…………。
『あっ、あんた、足が光ってるよっ!!』
「わーっ、あしがみどりいろーっ!!」
何だか後方が青臭い。足が熱い。そして手は何も変わらず。
『うぬぬ……遠い遠い過去の逸話、魔法学として現代にも伝わる話には確か……“ただし魔法は尻から”…………。ヘイ、ユー、やっちゃいなYoッ!!』
こいつ、うっせぇ……。こいつの喜怒哀楽、長らくデータとして居たせいでバグっちまってんじゃねぇか?
しかし、まぁ、そんな所から出てくれては困る。立って足を確認した。
両足はブーツ超しに緑色に光っている。色の通り、これは緑魔法の色だ。
足からオーラだけは出ている。だけど何も起こらない。発動させるならブーツを脱げ、穢れ果てた大地に足を着けろという事か。
紐を緩め、片足だけ脱ぐ。丸1日脱いでないだけだが少し臭い。
深い溜息をついて地面に着ける。冷たさで鳥肌が立ったのと同時に、足に纏った緑色のオーラは地面に流れるように失せ、わたしの半径2メートル程の地面に小さな芽がポツポツ。何だよ、本当に足から出やがるのかこいつは。
『本当に生えてきやがった……。まって、あんた、一体何の属性が使えるの?』
使用したのは右足だけで、まだ左足には緑色のオーラが残っている。足がチクチクするので、まずは右足の砂のようなゴミを掃って、それからブーツを……あれ、ブーツは?
『ちょ………………えっ?』
「ユーリア、どうした……?」
ユーリアの声が妙に遠いと思ったら、一人遠くへ離れ、じっとこっちを見ている。そして、わたしの左後方から、息を強く吸い込むような、吐くような、そんな音がする。
「はぁはぁ……ルピィちゃんの……♡」
ノアはわたしの匂いが濃縮されたブーツを開き、顔半分を突っ込んでスーハースーハーと嗅いでいた。ちょ待て。マッ、マジで本当にほんま何なんだ?
『うっわ……ドン引き………不潔………好きすぎるのも大概にしなさいよ………。』
「……………………ノア、返しなさい。」
うっとりした表情で嗅ぎ続けている。犬か猫か何かかな?
あれほど欲しがっていたブロックパズルを渡そうとしても嗅ぎ続けている。
『不潔…………。もう諦めなさいな。』
「いや、無いと破傷風待ったなしだろ。」
不快感を体で表していたユーリアはふらふらと近寄ってくる。
ノアのそのトロンと蕩けそうな表情は満足した証拠だろうか、ブーツをポトンと落としたので拾い上げてユーリアに被せた。
『いぎゃぁぁぁあああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!』
ユーリアの絶叫、この数時間で一番声量が大きくて、脳内に鋭く尖った棘の付いた鉄球が飛び込んでそれが何個もグルングルン回ってるような感覚なの、本当に頭痛い。ほんま何なん?
『くっさぁぁぁぁああああああああっ!!!!!! 臭い臭い臭い汚い汚い汚いぃぃぃぃぃっっ!!!!!!!!!!!』
「何ヶ月も討伐に出ていた戦士の靴と一緒にするなっ!!」
ちょ…………そんなに臭くねぇだろ?
…………地面に落ちて痙攣しているユーリアの上に乗った靴を拾い、改めて匂いを嗅いでみる。
……ふむふむ、ハードな男性冒険者の靴だと、まだここがジャパンと呼ばれていた頃に作られて今なお超完全食として食い物の頂点に君臨してやがるク……いやナットウと呼ばれる食い物に似た匂いを発している。わたしのはそこまで行ってない……はず。
…………もう一度嗅いでみよう。
………………そんなに臭いか?
『おげぇ…………。お前、臭い物何度も嗅ぎたがるタイプか? この馬鹿犬め。』
「おい、そんなに臭いか?」
『おっ、おいやめ…………ぎにゃぁぁああああああああああっ!!!!!!!』
拒否するために長く伸ばした二本の触手は力なく垂れ、ピクピク痙攣しながら悶え苦しんでいる。わたしみたいな汗臭が漂う男だらけの冒険者界隈と違ってクリーンな環境で育ったのだろうから慣れてないんだろうなぁ。帰ったら真っ先に靴と足を洗おう。
「ルピィちゃ~ん……はぁはぁ、だいすき♡」
再びブーツを手に取った途端、温かい小麦色の肌がわたしの足や肩や頬に触れる。その言葉の末端にハートマークでも付いてそうなその声は、声質こそ変わらないがほんの僅かに大人びたようにも感じる。わたしの靴の匂いを嗅いで大人びるとはどういう事だ。製作者、説明しろ。
まぁ、でも酔ってるのだろう。もしくはネコにマタタビ、ライオンにゾウの糞みたいな。ゾウの糞…………。
もう一度ブーツの匂いを嗅いでみよう。
…………うん、大したことないな。これはユーリアが悪い。
◇
芽が出て十分ほど、全く成長する気配がない。もしかして、わたしの緑魔法、全く使えない?
あの地底の岩屋で得た光属性のようにランクCスタートならまだしも、まだランクEだったからこんなものだろうか。使うは使うほどランクは上がるけど、この程度だと1ランク上げるにしても、億単位使わないと上がらないだろうなぁ……。
……全ての髭を前に向けてケツを振り、目を光らせる猫のように、ノアがずっと狙ってるもう片方のブーツの中の緑色のオーラが消えない。脱いだら秒で盗られてまたあの状況だし……どうしようこれ、どうやって降りよう、これ。
『もうノアちゃんに抱き着いてもらって飛んで降りたらいいじゃん……うっ、まだセンサーに匂いがこびり付いてる…………アッ、吐きそ♡ ………ンオェェ…………。』
「そもそもあんた、口付いてないだろ……というかこれ、クワガタムシでも住んでそうな木の匂いじゃねぇか。この都会育ちが。」
『んなわけあるか。もっと、こう、藁の中でよく発酵したナットウの香りというか、体に良さそうなう〇この香りというか……ン˝ォェェェェ……………。ぐふっ。』
「体に良さそうなう〇こって何だよ……。」
待っても埒が明かない。さぁ、両方を天秤にかけるぞ。さぁさぁどっちに…………。
『…………ノアちゃん、寝てるわよ。やるなら今じゃない?』
…………ノアはブーツを奪いとるために集中し過ぎて疲れたのか、わたしの背中で眠そうな顔をしてる。
でも、万が一ということもあるし…………そうだ。
ブーツを脱がず左足を上げ、地面を強く踏みつけてた。
その途端に芽だけだったマギサ草は急成長し、茎を伸ばし葉が生い茂り、そして末端から蕾がポツポツと顔を出す。花は咲いていない。思いつきでやってみたけど概ね巧くいった。左足にあった緑色のオーラも消えたし、なんだ、脱がなくていいんじゃん。
「ってか、何でこんなに半端なのよ……」
『緑魔法のレベルが低いんじゃない? 緑魔法は晩熟だから、ランクAぐらいまでは植物の成長を促進する魔法がやっとだわ。そもそも土壌に種も何も無いのに芽を出させるにはどんな魔道士でも最低ランクSSは必要だと聞くけど……あんたランク幾らよ?』
「確か……Eだったかな。」
『…………意味わかんないわ。』
両手の触手で考えるポーズを取る。それはともかく、成長させる魔法ってあるのか。イメージしてみようかなと思ったけど、どうイメージしていいやら。
地面に両足を付けた状態で、ノアがわたしのブーツを嗅いでる所、わたしに抱き着き、幼いながらも艶やかな声色で呟いたあの言葉を。
『今度は両手が緑色に光ってるわよ。』
「今度は手かよ、ややこしいな。」
でもあれで、あのヤケクソで成功したらしい。この属性の魔法体系どうなってんだこれ。
しゃがんで蕾の付いたマギサ草に手をかざす。掌から流れ出るように緑色のオーラは抜け、マギサ草を包む。蕾はゆっくりと開き、一輪の花を咲かせた……。
一輪だけかよ。
もう片手でも同じことをして、また一つの蕾が花開く。
…………
………………
埒が明かねぇ。
「ごめん、やっぱ役に立たないわ。」
『まぁ、全くの無からマギサ草が生えただけでも良かったじゃない。』
「良かったってなぁ……。」
試しに他のよく見る植物をイメージしたけど、緑色のオーラすら出なかった。
そしてマギサ草をイメージしたらやはり両足にオーラが生じる。
無意識に右足で地面を強く踏むと、今生えているマギサ草の隙間を埋めるようにマギサ草が生えてきた。
左足で地面を強く踏むと、さっき生えた分が成長し、蕾を付けた。さっき生やした分はこれ以上成長しなかった。
「これって、蕾まででも根は強いんだよね。」
『ううん、この程度ならまだ細くて弱いかな。強い日光を当てて光合成をさせるか、数輪の花が咲く事で地面に滞留する魔力を吸い上げ始めるのでそこまで成長させるか、そうしないと太く強くならないわ。』
待ってられない。
でも、光合成か……。よし、やってみよう。
両手を前に突き出す。イメージするは春先の温かい日光、強い光属性と弱い火属性の小春日和……いや、小春日和は秋か。
『あんたさ、もう宮廷魔術師にでも賢者様にでもなれるわよ。普通、あんたみたいな二つ以上の属性なんて持ってるのも稀だし、合成なんて以ての外。ねぇ、聞いてる?』
発生させたミニ太陽は直径1メートルも無いぐらい、これ以上だと干からびかねないし、この程度でいいだろう。
何だか足元がゾワゾワする。
足元を見ると、マギサ草が急成長してどんどん大きくなっていく。わたしはマギサ草を体に取り入れてから、そのマギサ草に触れても魔力の吸収が無くなった。寧ろ体の奥底から魔力が泉のように湧き出るような感覚すらある。
『何よこれ、この程度の量繁殖してるのはよく見るけど。この花の大きさは何なの? こんな大輪、見たことないわ。』
美しい紫色のラッパ状の花で埋め尽くされ、葉が隠れてしまった。それでも徐々に茎は横へ横へと広がり、赤錆びの土壌は紫色の花壇と化した。
……花壇であってはいけない、安全に下へ降りるには花畑でないと。
『ねぇ、ノアちゃん寝ちゃったわよ。』
ユーリアの触手が指す方を見ると、マギサ草に囲まれ仰向けで眠っていた。その胸には妖光蝶が留まり、羽根を広げている。
困った。いよいよ帰れなくなってしまった。せっかく脱出したというのに、なんでこんな不安定で急斜面な山の頂上なのか。
◇
この場所では危ないのでノアを起こして、半分眠ったままの彼女の肩を持ち、半ば引き摺りながら塔屋に引っ張り込む。冷たい床が嫌なのか、わたしに抱き着いたまま眠ってしまった。
「マギサ草ってこの硬いコンクリの床に生えるの?」
『基本的にはさっきのヴリゴキーヌみたいに、地面に何等かで土を発生させる必要があるわね。コンクリートにも魔力があれば寄生するけど、無ければ割れた面に僅かにでも土が無いと難しいわ。そういえば、土から根で増えて行って、その根が太く網目のようにしっかりと絡まって栄養が行き来できるまで行くと、蔓植物みたいに地面から這い出てコンクリートの床まで行くみたいな事もあるわね。』
「あんたは植物博士なの?」
『植物はただ趣味よ。』
無理みたいなので諦めて抱き着かれたまま壁を背にしゃがみ込む。そういえば本当に何も食べて無いし何も出してない。
あの鉄の塊に無理やり飲まされたう〇このちからが効いてるんだろうか。
◇
目が覚める。疲れが限界に達してたからか何の夢も見なかった。
少し信用できない節のあったユーリアは階段の下方向を見ながら宙に浮いている。
『虫が上がって来ないか見ていてあげてたのよ。感謝しなさい。』
「ありがと。何時間ぐらい寝てた?」
『2時間と21分。今は何時か分からないけどね。こんな場所なのに随分とスヤスヤと寝てたじゃない。』
2時間もあれば、さぞかしあの花畑も広がっているだろう。
わたしの首元に鼻を寄せてスンスンするノアを起こし、塔屋の扉を開けようとした。
だが、ノブは確かに回るが押しても開かない。
『えっ、開かない?』
「開かないわね。少し動きはするんだけど……」
何度も押してるとほんの少しだけ開き、眩しいほどの日光が差し込む。その隙間からは扉の下半分ほどを青々とした葉が埋め尽くしていた。さっきのマギサ草がもうこんなにも大繁殖したのだろうか。
『……繁殖力、本当に半端ないわね。』
隙間から見えるマギサ草の茎は未だ成長を続け、孤児院横の海でたまに釣れるテヅルモヅルのようにウネウネと動き、タコの触手のように隙間から中へ侵入しようとしている。
『キモ…………早いとこドアを開けないと、完全に埋もれて開かなくなってしまうわ。根もだけど、成長し切ったこいつの茎は鉄のように硬いの。』
「ふわ~ぁ…………。」
『ノアちゃんが目を覚ましたわね。そうだ、ノアちゃんにぶった切って貰いましょ。』
とは言え、こんな狭い場所でライトブレードやノアが出した光る剣をぶん回したら塔屋ごと破壊しかねない。レーザー銃で蝶番とクローザーだけスマートに壊して扉を外してもいいけど、一発が細いから結構消費するよな……。
『ノアちゃん、このドア、壊して。』
「ノア、待ってっ!!」
「う~ん…………ふわぁ……。」
ノアは背中に羽も出さず、ライトブレードを持ってるわけでもなく、ただ、ドアの表面に左手を着ける。
「ノア、一体何を…………?」
黒いドアの表面に一瞬だけ丸く大きな何かが表示され、それは薄緑色に輝き始めた。
『うわっ!!!!』
「ぬおわっ!!!!」
爆風にほど近い衝撃を受け、階段の手すりに叩きつけられた。同時に後方からやや柔らかく反発力が小さいスライムのような物質を勢いよく壁に叩きつけたような小気味の良い音が響く。
それは一旦置いといて…………何だか瞼越しに強い光を感じる。全身はほんのり温かく、花畑にいるようないい香りが広がる。あぁ、このまま眠りたい……。
『んんんんあ˝あああああああっ!!!! 何よ、もうっ!!!! ビターンッ!!!!って、ビッタァァァアアアン!!!!!!って!? ビタミンC10000000ミリグラム配合っ!!!!!!!! びったぁぁぁあああああああああああああんっ!!!!!!! ふっざけんにゃーっ!!!!!! ……舌噛んじゃった。舌無いけど。テヘッ♡』
……うっせぇ…………。
瞼を開くと、楕円形の穴から青々と茂ったマギサ草が溢れんばかり……既に溢れて塔屋に入り込み、わたしの足元まで来ていた。何が何でも成長し過ぎだ。
『ぐふぇ…………背中いったぁ…………ノアちゃん、風魔法が使えるのはいいけど、制御不能状態ね……。このラボの外壁は隕石が落ちても耐えられるほどの耐久性があるのに、ドア枠ごとぶち抜くなんてね……。ドアを抑えてたマギサ草もあの風魔法に押し負けず、壁や枠が負けたんだから大概だわ。』
ノアは外で妖光蝶を指に乗せてじっと見ている。
……ノアが起きてるのなら、もうここで居ても仕方が無いな。外に出よう。




