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1-09-1 脱出

第9話


廊下の床や壁はヒビ割れ、天井の一部は崩落して床に鋭い瓦礫を撒き散らしている。何が出ようが、あのサソリや巨人を見てるともう何も怖くは……虫の大群は怖いな。

わたしは逃げるようにあの部屋に入った。


「わー、ぼろぼろ。」

「シッ、喋らないの。」


あの部屋、瓦礫の数は増えているけど、あの時のままだ。

やはりというか、袋小路で抜け道が無い。全て鍵が掛かっていた廊下の左右の扉のどこかに抜け道があるんだろうか……?


……あいつはもう、出てこないだろうな……?


◇◇


…………。


……あれ、あたしは…………?


いっ…………つつつつ……何だよもう、体全体が痺れるように痛いな……。

…………あれ、あたしって、何でここに居るんだろう。


…………あっ、あっ!!!!

そうだ……デルタに入って、何等かに改造されたプレディカドールを相手取って天井や床が崩れちゃって瓦礫でデルタが破損して、その衝撃で施設用サーバーが不具合を起こして、あたしが入ろうにも入れず、それで緊急で入ったのがこの壊れかけのボットだったんだ。


あっ、駄目だ。せっかくここを探すために身をデータ化して、どれだけの場所を巡ったか、漸く奇跡的に見つけて何とかサーバーに入り込めたと思ったら……。


…………全部あいつの所為だぞ。あいつが、無断でここに入ってくるから……。


…………。


……待ってても誰も来ないな。

…………詰み……か。


「わー、ぼろぼろ。」

「シッ、喋らないの。」


えっ、嘘っ!? 誰か来たっ!!

えっ? こいつ……ッ!! ちょっと待って、もう一人付いてきて――――


「あのボット、まだ動いてやがる……。」


銃を構えてるっ!! あたしを殺すつもりかっ!?



こっちへ寄るような僅かな機械の音を耳にし、咄嗟にレーザー銃を構え、振り返る。煙を上げ、火花を散らす一体のボットがふらふらと宙に浮き、ひび割れたカメラをこっちに向ける。


『待って、撃たないでっ!!』


聞き覚えのある子供のような女性の声、あぁ、あの人の声か。

確かに勝手にわたしが侵入したのかいけなかったんだろうけどさ、研究所中のスピーカー越しに散々煽り倒した挙句勝手にブチギレたり他人の所為にしたり……。イライラがマグマのように体の奥底から湧き出し、脳へ向かって昇る。


「……お前はユーリアか?」

『…………そうよ。』

「惨めなもんだな。こんなボロっちいボットにしがみ付いて。」

『仕方ないでしょっ! 行方不明になってたあたしの研究所をやっとの事で見つけたのに座標が動きまくって記録できないし…………今すぐにでもこんな体捨てたいのに、仮設ラボのサーバーに戻れないし……。』


座標が動きまくる……?

ここは地球上に固定された島じゃないのか?


『そんなの分からないわよっ!!!! 座標も、時間軸も動くし、そんなの……うわっ、やめろっ!! 壊れる!!!!』


ノアはユーリアの意識が入ったボットを何かと勘違いしたのか、両手で掴み捻ろうとする。ボットはバチバチと火花を散らし、白煙を上げ始めた。


「むーん……まわらないよ?」

『痛い痛い痛い痛いッ!!!!!!』

「あっ、しゃべった。」

『……いっててて…………。なんだよ、この野郎…………ん? よく見たらあなた…………■■■■……?』

「ううん。ノアだよ。」


四角いボットは既に壊れかけなのか、人名らしき部分に激しいノイズが乗り聞き取れなかった。だが、誰かに似ているのか、じっとノアの顔を見つめている。


『確かにな……もっと白い肌だったし、そもそも…………あぁ、違うな。あの子は……。』

「へんなのー。」


そういえば、四角いボットと似たような形で回る物といえば、あのクリオネみたいな形した白黒のロボがキューブ状のパズルを入れてくれてたな。

肩に掛けてたストレージバッグから3×3のパズルを取り出す。


「おっと……。」


パズルと一緒に出てきたあの白黒のクリオネが床に落ちた。


「出来れば無傷で持って帰りたいからな。」

『ふーん、可愛らしい人形を持ってるのね。そのセンス、嫌いじゃないわ……あら、それはキューブパズル? 懐かしいわね、それ。あたしもそれは得意でね……。』

「わぁっ!!」


ノアは緑の瞳を爛々と輝かせ、色がバラバラに並ぶキューブパズルをわたしから奪いとるように手に取った。


『ふふーんっ、あたしの1.23秒という記録は何処の誰にも破られて……えっ?』


白黒のクリオネを拾うまでの間に六面全ての色が揃っていた。さっき、確かに色がバラバラだったような?

見間違いじゃ……ないな?


『えっ、ちょっ…………?』

「ノア、どうやったの?」

「うーん?」


ノアにとっては然も当然のことらしく、首を傾げる。

あの白黒のクリオネから貰ったこのキューブパズルはトゥリシアでもかなりの高価格で売られている非常に高性能なもので、面中央のブロックとその裏側の面の中央のブロックがスイッチになっており、その二つを同時に押すと自動でランダムな模様に変化する。アヤメさんも得意で、見せてもらったことあるなぁ。

ノアから受け取ったそれを再びランダムな模様に戻して渡してみる。


『も、もう一回見せて。』

「うん。」


一瞬、カシャッと音が鳴ったと思ったら六面全ての模様が揃っていた。

指先の動きとか何一つ見えなかった。時間にして1秒未満は確実だ。とんでもない処理能力と運動能力だ。


『れ……0.43秒…………ぬぎゃぁあああああっ!!!!!!』


ボットの身でありながら、耳を劈くような奇声を放つ。ただでさえ煙に火花に、それでその大声の無理な出力で寿命が縮むんじゃないか?


「うるさい。あのサソリを刺激したら壁ぶっ壊して来てしまうから黙れ。」

『だって、だって、だってだってだって……サソリっ!? ウッ、このボット壊れそう……。』


四角いボットは小さな破裂音を立て、白煙を上げながら徐々に降下し、地面に転がる。


『せっかく時空に飲まれたあたしのラボを見つけたのに……。』

「……あんたさ、あの残虐な鉄の塊を作ったんだよね。」

『……そうよ、あのプレディカドールはあたしが開発したものよ。』

「ふーん……じゃあ元凶を見つけたからには絶対に帰さないわ。」


見す見す逃がしてはならないと例の白黒のクリオネを見せる。


『さっきの人形……それに入れというの?』

「そうだ。ただし、あんたの持ってる情報を全部喋れ。時間が掛かってもいいから絶対だ。」


四角いボットは大きい火花を上げて割れた隙間から赤い炎が見える。もうそろそろ限界だろう。


『……わかったわよ。』


ぐったりとしたクリオネのような白黒のクリオネの、その黒い顔面の二対の丸い目は一瞬だけ僅かに緑色に光り、ダレていた体に力を取り戻した。

同時に地面のボットは破裂し、黒煙と共にツンとする臭いが漂う。間一髪か。


『ふーん、この体……動きやすいわね。』

「あんたの本体を見つけた時は……覚悟しろ。」


ユーリアが入った白黒のクリオネは宙を舞って見せた。肩パッドのような部位はパタパタと開いたり閉じたり、あの触手を出してクルンッと回ってみせたり……もう順応してやがる。

可愛らしいけど少し腹が立ったのでレーザー銃でぶち抜こうかと思った。だがしかし、生憎あの殺戮兵器についての情報源はコイツしかなさそうなので、ぐっと堪え、銃を引っ込める。クソが。


「ルピィちゃん、ぐらぐらする。」

「本当だ、これはもう危ないわ。」

『あぁ……あたしのラボが……。畜生……。』


地面が激しく揺れる。天井からコンクリートか何かの欠片がパラパラと落ちる。さっきまで元気に舞っていたユーリア入りのクリオネは慌てるようにわたしのストレージバッグに潜り込んだ。摘まみ出そうかと思ったけど壊れでもしたら情報源が無くなるので手で無理やり押し込んだ。



戻りたくはないけど廊下に出る。こうなれば片っ端から扉を破壊して出口を探す他にない。


「このレーザー銃でそれっぽい所をぶち抜けば開くか……?」

『なっ……やめてよ、こんなにボロボロでもあたしのラボなんだから。』

「チッ、面倒な野郎だ。それよりあんたの研究所なら出口は分かるんじゃないの?」


バッグから顔を出すユーリア入りのクリオネを引っ張り出し、小さな両腕を引っ張って顔を近づける。体が僅かに振動して、顔もあたふたと右に左に動くもんだから可愛いし面白いけど、今はそれどころではない。


「言え。」

『……くっ、仕方ないわね。その直ぐ左の扉、そこから階段で下の階に行けるわ。』

「そうか。ノア、ちょっと離れててくれ。」

「うんっ!」


扉のそれっぽい所をレーザー銃で狙撃する。ビンゴだ、扉は半開きになり、後は力づくで退路を開く。


『うぅ……ラボが、修理費用が……。』

「もうこのラボ自体使い物になんねぇだろ、諦めろ。」

『人の苦労も知らないで……。』


白黒のクリオネをバッグに押し込み、わたしとノアは階段を駆け下りる。


『んぎゃああああっ!!!!!!! 水没してるぅぅぅううっ!!!!!!』


一つ下の階層へ降りるとユーリアは絶叫した。絶叫は壁を反射し、階段室をビリビリと振動させる。潜んでる魔物に気付かれたらどうするつもりだろうか。


この階から下は黄土色の水で満たされており、否が応でもここの階から出口を探す他にないみたいだ。

階層表示ではここは5階、先ほどの資料室の階は最上階とすれば、かなりの範囲が沈んでいる。他に階段があればいいんだが……。


5階にフロア入る。やはり直下が浸水している所為か、先ほどの階よりも状況が酷く、地面から異臭を放つ液体が湧き出している。ここから先はブーツのわたしなら行けるが、ノアはサンダルだしどうしようか。


『おぎゃああああっ!!!!!! この階も水没してるぅぅッ!!!!!!』

「うるさいから黙ってろ。」


わたしは湧き出す謎の液体に足を突っ込む。ブーツ越しとは言え、なんだかピリピリする。


「ルピィちゃん、なんだかぴりぴりするー。」

「わぁっ、ノアっ!! 来ちゃ駄目だっ!!」


≪鑑定≫

氏名:エレノア

保有属性:風属性(ランクXYZ)、闇属性(ランクXS)

特殊能力

・如何なる疫病にも感染しない

・他者に蓄積した闇属性を吸収する

【能力不足により鑑定不能】

≪以上≫


クソッ、何だよ、毒沼に足突っ込んでる時に出るなよ。


『……これがこの小麦色の子の鑑定結果なら完全にチートじゃないの。何よ、XYZって、あんたのチャック開いてるわの略?』

「おい、お前も鑑定したのか?」

『こんな状況でするわけないじゃない。突然頭の中に流れたのよ。というか、この子さっき居なかったじゃない。彼女連れて廃墟探索にでも来たのっ!!?』

「わたしは女だっ!! つーか、誰が好きでこんなとこ二度も入るかっ!!」


……毒沼の中で何喧嘩してるんだか…………。


≪鑑定:情報追加≫

氏名:エレノア

種族:オルビス

特殊能力

・エルフィンフォーム

【能力不足により鑑定不能】

≪以上≫


『待ってっ!! この子、オルビスなのっ!?』

「あぁ、そうだよ。ついでに、わたしもオルビスだよ。」


ユーリアはバッグから飛び出して、触手で頭を抱えてその場でグルグルを回っている。一々可愛いのが腹が立つ。


『あぁクソッ!!!! 診断機も瓦礫の下だし、リリスちゃんの診断機は仮設のラボにあるし…………こんな時に、こんな時にっ!!!! うあぁあああああああああっ!!!!!!』

「黙れ、耳に響く。」

『……オルビス、オルビスはねぇ、あたしたち研究者の夢なんだよ。オルビスの謎を解き明かすというね。あたしは後少しのとこまで行ったんだ。でも……クソッ!! クソッ!!!! クソッ!!!!!!』


……研究所がこの状態で助かった。もし無事ならこいつに捕まって改造か分解されてしまうところだった。オルビスは現代の様々な技術をもってしても解明不能な貴重なものとは知っていたがそこまでとは。迂闊に喋らないようにしよう……でも、それなら何で、このクリオネの前の人は、アルマティアの女王様は知っていたんだろうか?


『ああああああ…………ハッ!! このこはオルビスということは、むっ、無効よ無効っ!!!!』

「何がだよ?」

『あのキューブパズルの記録は無効っ!!!!』


あぁ、あれを引き摺ってたのか。


「そんなの如何だっていいだろう? 足がピリピリするからさっさと行くぞ。」

『良くないわ。今度は絶対に負けないんだからねっ!!!!』


負けないって、人間じゃないから無効っつってたのに何だよこいつ……。

余りにもうるさいので掴んでバッグに押し込んだ。


それにしてもノアの保有属性もXS以上か。何なんだよ本当に。


ふざけんな。何なんだよ、このチート揃いは。ふざけんな、クソが。



鼻を摘まみたくなるほどの汚い水溜まりの中を歩く。通常であればヘドロやスライムのような魔物が出るはずが、全く出る気配がない。何にも出なさ過ぎて返って不気味。


ある程度進むと通路が瓦礫で塞がっていた。その方向は例の資料室、鉄の塊同士が戦い、崩落した場所。まぁ、あの衝撃なら致し方ない……待てよ、あいつとあの巨大生物との戦いはどうなったんだ?

あれから音もしないし……勝っていて欲しいけど、逃げたなら……。


『……駄目か……。ここからあたしの部屋が近いけど……せめてアレだけでも無事であってほしい。』

「部屋?」

『ついてきて。』


ユーリアは触手でもう一方の通路を指し、一人先に進む。逃げる気じゃないだろうな?


『そこ、そのドアを開けてよ。』

「えっ、何で?」


ユーリアの触手は暗い廊下の突き当りの扉を指す。

幸いにもここだけ階段三段分は上がってるので水は来ておらず、水に押されることなく扉は開きそうだ。

だがそれ以前に、横にコンソールがある感じ、電子ロックだろうけど、この状況で開くのだろうか? かと言って全て探索し切れてない上に上階よりも広く、さらに魔物一匹出ないこの不気味な状況で荒い行動を取りたくない。


「今は扉を壊せないぞ? 下手な事して爆発したら生き埋めだ。」

『あの電子ロックは非常電源としてECセルが組み込まれてるから問題無いわ。パスワードは“812403840463596”。この触手だと押しにくそうだから、あたしの代わりに開けなさい。』

「はっ? いや……もう一回言って。」

『はぁ~……あんたも作り物ならこれぐらい一発で覚えなさいよ。』

「覚えられるわけねーだろ。」


そのままバッグから這い出てユラユラと扉の方へ向かい、大きなため息をつく。イラっと来たので背後からレーザー銃で撃ち落とそうかと思ったけど、破壊した時の音で今度こそ魔物を呼びそうだからやめた。


『この触手、押しにくいわね……。』


クリオネ型のユーリアは両腕の脇から長い触手を出して伸ばす。押しにくいと文句を垂れつつも、最初の三桁から先は、一瞬間をおいて拳闘士の鉄拳光速フルコンボ48の如く両方の触手で連続パンチするようにパスコードを入力する。


『ボッコボコにしてやったわ。フンッ。』


入力を終えてユーリアが汗をぬぐうようなポーズをしたと同時に、カチッと音がした。多分開いたのだろう。

自分のラボがこの状況で一々ギャーギャー言ってたのが、これはいいのか?


「何その技?」

『開いた開いた。じゃ、後はこの扉を引っ張って。』

「はぁ? 何でわたしがやんなきゃいけねぇんだ!?」

『いいから引っ張れってんだ。』


はぁ、今すぐコイツをレーザー銃でケツの穴でも開けてやろうか。

と言っても情報源ではあるし、何かこの島を出る手立てが見つかるかもしれないし、手伝ってやってもいいか。

扉のノブを下げて引っ張る。ビクともしない。湿気でヒンジが錆びてやがるのか?


『ごめん、押すんだった。』

「お前……そこ、お前の部屋なんだろ?」


今度はノブを下げて押す。ビクともしない。瓦礫で埋まってるのだろう。


『そんな……嘘よね?』

「現実を受け止めろ。それか何だ? ぶっ壊していいのか?」

『………………この際、仕方ないわ。構わないわよ。アレさえ無事なら、もう何だっていいわ。』


そんなに大切なブツなのか。

……まぁ、大抵の場合はあの設計図とかだろうし、それが手に入れば正確な攻略法も手に入るし、協力してやるか。

しかし、この不気味な状況で大きな音は立てれないし、さてどうしたもんか。


「ノア、無理を承知で聞くが、この扉を壊せるか?」

「むーん……やってみるっ!!」


まさか首を縦に振るとは思わなかった。風属性も闇属性も、神々の領域だが、一体どう破壊するのだろう。


ノアは直立姿勢で目を瞑り、数秒の後再び目を見開く。その澄んだ碧眼は薄っすらと青い光を放っていた。


≪情報≫

エルフィンフォーム展開。

≪以上≫


エルフィンフォーム展開の文字列と共に、ノアの背中に左右三本ずつ、計六本の水色の光の羽根が現れる。羽は背中から少し離れたレーザー状のような発光体で、それは太古のエルフ族には生えていたとされる半透明の羽そのものだ。


『えっ!? …………六本の羽根……せっ、セラフィ――――』


ノアの周辺から凄まじい突風が吹き、浮いていたユーリアは吹っ飛ばされて、子気味の良い音と共に壁に背中から叩きつけられた。同時にその内の二本が消え、風が止み、彼女の左右の手に白く輝くライトブレードに似た双剣が握られていた。


『びったぁぁああああああんっ!!!!!!』

「ノアっ……それは……?」

「わかんないっ!!」


あの衝撃で無事だったのか、ユーリアはフラフラとノアの傍に近づく。


「おい、危ないぞ。」

『あっ、ああああああ……あれがオルビス…………凄いわっ!!!! データ取りたいけど簡易診断機すりゃありゃしねぇ、ハハッ!!!! しっかりと目に焼き付けてやるっ!!!!!! さぁ来いっ!!!!!!』


一人狂喜乱舞するユーリアを後目にノアは本能のままに双剣を振る。その太刀筋はあの鉄の塊に似る所があるが、速度が段違いだ。


『秒間に66回振りやがった……っ!!!!』


瞬く間に扉と壁の一部が文字通り粉々になり、風と共に宙に舞う。わたしは何も見えなかった。


そしてノアの双剣と背中の羽根は消え、いつも通りのノアに戻った。


『んにょわぁぁああああああっ!!!! 分厚い鉄の扉が粉微塵になったぁぁああああああっ!!!!!!!』


うっせぇ……。あれだけ勢いよく叩きつけられてよくこんなに大声出せるな。


「ルピィちゃん、ほめてほめてっ!!」


ノアは目を爛々と輝かせて全身でこっちを見る。

十歳ぐらいの見た目の所為で中身は三才児に満たないことを忘れさせる。やったことに対してはきっちりと正しく評価し、褒めなければ。今の時期は蔑ろにできない。


「はいはい、よくやったよ。でも、その能力はわたしが許可するまで使っちゃ駄目だよ。」

「うんっ!! わかったっ!!」


≪情報≫

エルフィンフォーム終了。

【!注意!】

・MP枯渇

・MP自動回復中……

≪以上≫


『自動回復だなんてチートの極みじゃない……。』


MPが枯渇……安易に使ってはならないな。通常であれば気絶するような程度の事でもピンピンしているのはその元気さ故か。キューブパズルを渡して一旦大人しくなってもらっておこうか。



中に入る。広い半円形の部屋にデスクと大量の情報機器に本に……あと誰かが映ってる写真立てとペンダントか。

……ここにも隙間や余剰スペースにウサギの人形や置物が置かれている。単にこいつがウサギが好きなだけなんだろうけど、先般の件ですっかり地獄への案内者と化していて何だか見たくないというか……。


『この写真、汚れちゃってるわね……最悪……。』


写真は汚損してしまっているが、その写真には3人の女性または女の子が映っていた。

真ん中に車椅子にウサギの縫いぐるみを抱えて座った笑顔の女の子……ノアに何となく似てるかもしれない。

左に背の高い美しい女性……誰だろう? でも……目付きは鋭いが体の輪郭は何となくコハルさんににているような……?

右は……わたしがツインテールを解いたときに似てる感じのある女の子……車椅子に座った女の子に抱き着いている。きっと仲が良かったんだろう。


「誰よ、この子たちは?」

『…………何で言わなきゃならないの? あの……そのさ……そのバッグに入れてほしいの。』


さっきまでけたたましく喚いていたのが急にしおらしくなった。余程大切なものか。汚くて入れたく無いけど情報を出させるための材料として使えるな。


「分かったわ。あと、そのペンダントは?」

『月のペンダントね。それは……どうしようか。』


ユーリア入りクリオネの両脇から二本の触手を伸ばしペンダントを掴む。


『……こんなもの身に着ける資格なんて無い。』

「どうしたのよ、本当に。さっきから感情がコロコロ変化しやがってさ。」

『うるさい。こんなペンダントいらない。欲しいならくれてやるよ。』


わたしの顔面に投げつけられる。とてもイラっと来たのでユーリアを掴み、ペンダントをグルグル巻きにしてバッグに押し込む。


『こらぁっ!! 絡まって解けねぇぞっ!!!!』


うるさいので腕が入る所まで押し込んだ。


ノアが夢中になってるブロックパズル以外の音が無くなった所で、ユーリアの研究室の中を見渡す。崩壊が進んでこうなったのか知らないが、かなり汚い。

見ても分からなさそうな本が山積みになっていて、枯れた植物が植わる鉢が周囲に幾つか。例の枯れた観葉植物にしても植物が好きだったのだろうか。他には他の難しい本よりも年季が入った、何度も何度も読まれたであろう天体に関する本と、瓦礫に押し潰され壊れた天球儀。

天体に関する本はバッグに入れておくか。わたしも興味があるし。

他には……


「何だこれは。」


机の下、足元の本棚に古びた本が二冊。いずれも本の背表紙にタイトルは無く、二冊共に表紙の右下に日記と書かれている。パラパラと捲っても、湿気に苛まれながらも文字は滲んでおらず、引っ付いてもなく読める。ただ、あの天体の本よりも更にカビ臭い。


今読んでしまおうか。いや、こんな所では落ち着かない。バッグに入れようかと思ったけどユーリアが入ってるし、内ポケットに入るサイズだし入れておこう。帰ってじっくり読むか。


『おいコラァッ、こんなカビ臭い本突っ込むなっ!!!! ウッ、ゲホゴホ……くっせぇ…………。』


ユーリアがペンダントを解いて勝手に出てきた。


「これ、あんたの大切な本なんだろうよ。」

『……まっ、まぁそうだけどさ……』

「だったら大切にしろ。ほれ。」


バッグからはみ出てきた天体の本と共に奥へ押し込んだ。

それにしてもあいつの研究室なのに、あの何とかドールとかいうあの鉄の塊に関する何一つ見つからない。まさか、この下部から水が滲みだしてきている大型の情報機器の中か?

再びユーリアを引っ張り出す。


『ぎゃぁっ!! 首が取れるっ!!!! ンなとこ引っ張るんじゃねぇっ!!!! 痛覚があるんだから優しくしろっ!!!!!!』

「やかましいわ。」


そういえば、カビ臭いって言ってたな。嗅覚もあるのか……嗅覚ねぇ……後の楽しみとして置いておこう。


『そんで何? そんなゲス顔……何か企んでるんじゃないわよね?』

「い、いや……そんなこと無いが……。それより、あんたの研究室なら何であの何とかドールに関する資料が無いんだ?」

『プレディカドールね。あの資料はデータとして帝国の軍事研究施設のサーバーにある物と、まだ試作段階のが複数この部屋のこの電子ロックの掛かった金庫の中にデータディスクとして……。』


わたしがこっそり盗んだ日記が置いてあった所の直ぐ横、背表紙の文言を見ただけでも眩暈がしそうな程難しそうな本を何冊か退かすと番号を入力するコンソールが露わになった。


『つーか日記もねぇじゃん。クッソぉ…………あんなの見られた日にゃ……あぁああああああぁっ!!!!!!』

「うるせぇから落ち着けっ!!」

『うぅ……これなら金庫に入れておけば……もしかして金庫に入ってる? なら……“6277240766303535475945713821785251664274”っと。』


ユーリアが例のパンチであっという間に入力してしまった。さっきの研究室のキーも長いが、よくこんな長い番号を覚えてられるな……。

わたしの丁度左の方向からカチッと音が聞こえたので、合っていたのだろう。なんて野郎だ。


白黒のクリオネは上機嫌そうに鼻歌をフンフン言わせながらフワフワと金庫があると思われる壁へと飛ぶ。


『そう、ここよ。ここを触手でビシッと叩くと……。』


黄ばんだ壁だったものが霧散し、どういう仕組みか、把手付きの黒い鉄の壁が現れた。


『この金庫はね、原子爆弾が直撃して数十メガトン相当もの大爆発を起こしても壊れないの。』

「はぁ……そうなの。で?」

『番号を忘れたらただの壊れない金属の塊。チッ……。』


白黒のクリオネは触手を伸ばし把手を掴んでグリっと回し、引っ張る。

引っ張る……。

全身を震わせ、自身の推進力の限界を出してるのだろうか、動かない。


『ごめん、開かない。』

「……引いて駄目なら押してみれば?」

『引く以外にあるわけねぇだろうがっ!!!!!!』

「んああっ、もう、世話が焼けるっ!!!!」


ブロックパズルに夢中だったノアとわたしで力を合わせて引っ張るがビクともしない。多分、この湿気で錆びついたのだろう。

白黒のクリオネは項垂れ、そのまま謎の液体が溜まった床へと落ちそうになったので急いで拾い上げた。ここで壊れてしまうとあれやこれやの拷問が出来なくなってしまう。


『ねぇ、あんたさ……何かいいもの持ってないの?』

「はぁ? んなもん持って……あっ。」


あのユーリアロボが持っていた6本のライトブレードの事を思い出した。

わたしはバッグの奥深くを漁り、2本のそれを取り出す。


『あっ、そうそうそれよ、バッグの奥で見かけたそれ。あんた、デルタのビームサーベルを盗んでるんじゃないわよ。』

「デルタってあの白黒のことか?」

『あぁそうよっ!! つーか5本しかないじゃないのっ!! 1本どうしたのっ!?』

「あの1本は勝手に起動してあの廊下をピョンピョン跳ねて……」

『やっぱり。馬鹿野郎ッ!!!! あたしあれに小一時間追いかけられたのっ!!!! あの狭い書庫の中を暴れ回って、逃げても追いかけてくるからっ!!!! あと少しであたし壊れるところだったのっ!!!! 壊れたけどっ!!!!!! 間一髪で奇跡的に生きてたボットに入れたけどっ!!!!!! 意識遠退いて記憶も無くなりかけたけどっ!!!!!! あんたの仕業だったのねっ!!!!!? ざっけんなッッッ!!!!!!!!』


余りの大声に耳がキーンってなる。こいつが入ってるこの小型ロボの声帯の帯域はどうなってんの。

申し訳なかったとは思ってるが、余りにもうるさいのでユーリアの長い触手を掴み、ブンブンと回す。


『ちょっ!!!? やっ、やめっ……うわあああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!』


勢いで回り、捻じれが戻って逆方向に回り、反動で正方向に回り、捻じれで逆方向に回り…………ブンブンブンブン。

何だか心の中がスッキリした気がする。


『うぇ……あっ…………あんた、あっ、あたしに何か……恨みでもあるの……?』


そりゃぁねぇ。何時間か前、あのトラップ部屋で酷い目に遭ってるし、あんたが開発した鉄の塊に何人も殺されてるし、わたしだってあの鉄の塊に何度も酷い目に遭ってるしね。まだ回し足りんぞ。この恨みの塊、どう晴らそうか?


白黒のクリオネはそのままぐったりして、触手は垂れ、小さな小さな体はピクピクと痙攣している。耐えられなかったか。


「ねぇねぇ、それかして。」

『えっ、こいつをどうするんだ?』

「むー。ちがう。」


この気絶してるこいつ渡そうとしたら違った。

ノアはわたしが握るライトブレードを指さす。ライトブレードは柄だけの状態でこそ誰でも持てるが、エネルギー体の刃を出すとその出力で腕を持って行かれる。並みの戦士でも構えるだけでも精一杯だ。


「駄目、ノアのその腕じゃ折れちゃうよ。折れると痛いよ?」

「むーっ、かしてかしてっ!!」


子供らしく駄々をこねる。あの力じゃ持つことすらも出来ない。


「駄目。」


エルフィンフォームのそれと似ているが、あの感じだと絶対に出力が違う。それは絶対に持たせられない。


「ちっちゃなおねぇちゃん、いいの?」

『……いいよ……使っちゃいなよ……。』


油断した隙にガクガク震える触手がバッグを漁り、一本のライトブレードを取り出し、ノアに渡してしまっていた。


『いっ…………いいデータが取れ……る…………。』


片方の触手の先を天に突き出し、そのままへたりと力が抜けて意識が無くなった。わたしは白黒のクリオネを無造作にバッグへぶち込み、ノアから取り上げようとしたが遅かった。


「わぁ、すっごーいっ!!」


ノアは両手で柄を持ち、真っ赤なエネルギー体のブレードを照射していた。クソッ、手遅れか……。


「ノアっ!! 危ないよっ!!!」


しかし、ノアはライトブレードの出力に腕を持って行かれることもなく、余裕の表情で構えている。わたしとそう体格も変わらず腕も細いのに、一体どういうことだっ!?


「まっ、待って、ねっ、ねぇ、腕とか辛くないの?」

「ううん、へいきっ!」


嘘だろ。どんなにムキムキの戦士だってそれなりの人型ロボット兵器だって、あの高エネルギー武器を手にすると腕を持っていかれて、そのまま野生のライトブレードと化してしまう。ましてやこの細腕だ、持てる訳がない。いや、でも現に持っている。ブレードを出して震えもせず構えている。

だけど……ちょっと良くないけど……ユーリアじゃないけど……どこまで出来るかやらせてみようか。


「じゃ、じゃあ、あの黒い金庫のあの蝶番……いや、分からないか。わたしが指さす角の部分を斬り飛ばしてみてよ。」

「うんっ!!」


ノアは両手でライトブレードを構え、先を天へと向け、振り下ろす。

耳を劈く音と無数の火の粉が舞い、目を覆った。金属の焼けた匂いが漂い、わたしは目を開けた。


「むふーっ!」


蝶番ごと金庫の隅が切り落とされ、断面は熱で変色しているが鑑のように光沢がある。

ノアはそれのブレードを出したまま、褒めてと言わんばかりの表情でこちらを見る。真っ赤な光りに照らされたその自信満々な表情が眩しい。


「それ仕舞ってからね。滅茶苦茶危ないから。」

「はーいっ!!」


ライトブレードは柄だけになる。わたしはそれを預かり、バッグの奥へ仕舞おうとするが、伸びきったユーリアが引っ掛かって中々入らない。仕方が無いのでユーリアを投げ捨ててブレードの柄を押し込んだ。


『びったぁぁぁぁああああああああんっ!!!!!!』


小気味の良い音で壁に当たった。何だか胸がスッキリした。

つーか、なんで声に出して言うんだ?


『ゴルァッ!!!! 優しく扱えっ!!!!!!』

「あっ、ごめん。それはともかく、金庫が開いたぞ。」

『えっ? ……うわぁっ!!!! 原子爆弾でもブチ壊れない金庫が壊れてるっ!!!!……何てこった何てこった……うわぁ…………というか、というか、というかっ!! このサーベルで……ムフフッ、あたしの技術力は世――――ぐわーっ!!!!!!』

「うっせぇ、黙れ。」


ライトブレードじゃなくてノアも褒めてやれよこいつ……。

しかし殴りがいのある体だなぁ。こいつが頑丈なのか分からないが傷一つ入らないし。


金庫の中を見てみようと近づくと、ユーリアはプルプル震える長い触手でわたしの頭を思いっきり叩き、我先にと飛びつくように中を見る。


『えっ、ちょい待って、ちょいちょいちょいちょいちょいちょい…………えっ? マヂ? ちょーいちょいちょいちょい…………んっ……ぎ………ぎゃぁぁあああああああっ!!!!!! あたしの日記が無いっ!!!!!! あの子たちの設計データも無いっ!!!!!!!!!』


鼓膜が炸裂しかねない程の声量で絶叫する。

盗まれたのか何なのかは分からないが、あの鉄の塊どもの設計データが無いのは物凄く痛い。結局またあの鉄の塊に怯える日々が続くのか。


『……うわぁ、嘘だろ……誰だよ、誰だよ誰だ誰だ誰だ誰だっ!!!! 持って行ったのは誰だっ!!!!!!!!!?』


ユーリアは二本の触手で金庫をガンガン叩きながら絶叫する。

そして、そのプルプル震える触手で頭を抱え、俯いて首を左右に何度も振っている。


『ああああああああああああ困ったああああああ………あの子たちの設計データまで持ってかれてるし……あああああ…………うわぁぁぁああああああっ!!!!!!』

「あの子たちのって、あの何とかドールの試作品のことでしょ?」

『プレディカドールっ!!!!!!!!!!!!!』


キンキン声の絶叫が右耳から入り脳みそ経由で左耳から飛び出る。殺す気か。その声もノアには届いていないのか、無心でキューブパズルを揃えては崩し、揃えては崩しを繰り返している。


「あぁもう分かったから……。」

『……………………あの子たち、プレディカドールのような人型の兵器として遣われる子たち以外にも大学院の課題で8人の子たちを造ったんだ。』


急に声が細く小さくなる。長い触手を縮め、顔を斜め上に向ける。


『あたしって本当にこういうの向かないよね。造ったら造りっ放しだし……子育てって言うのかな、そういうのを全くしてないし……今も元気に現役でいるんだろうかな。』

「作りっ放しって、停止させて倉庫の奥にしまい込んでるのか?」

『違う。みんな帝国のサポートとして病院とか警察とかに送り出した。多分、今も働いてる……と思う。』

「なら会いに行けばいいじゃん。」

『……そう簡単には行かないのよ。あたしだって自由に動ける身じゃないし。』


…………フンッ、こいつにも色々あるんだなぁ。一瞬、あれを開発したという罪を忘れそうになったが、忘れてはならない。


「そういえば、あんたはどうやってここまで来たんだ?」

『……さっき言わなかった? あたしは搭乗型の端末でデータ化してネットワーク経由でここを探し出したの。』

「じゃあ、本体は何処かにあるんだな。何処だ?」

『そっ……それは言えないよ。』

「フンッ、絶対に聞き出してやるぞ。」


こいつのお陰で死人が出てるんだ、絶対に聞き出して司法機関に突き出してやる。


『それにしても何であの子たちの設計データも……?』


ユーリアは金庫に入り二本の触手で中を漁る。


『んっ? 何だこれは……?』


古びた一枚の紙が金庫から落ち、宙を舞って巨大な情報機器から湧き出した水たまりの上に浮かぶ。その紙には最上級職の一つの召喚士が書くような独特の術式がびっしりと記載されている。

召喚士は主に宮廷お抱えの魔道士系列の職の一つで、主に神獣や聖獣と契約し、呼び出して使役する。なお、これと似た職業にテイマーというものもある。


「なんで召喚術式の書かれた紙が出てくるんだよ。」

『んなもん知らないわよっ!!!!』


召喚術式の書かれた紙は茶色い水に浸される。特に術式が光るとか文字列がワサワサと動くとかは無い。通常であれば術式が神獣の属性に対応した色で光り、文字列がゴキカブリにようにワサワサと動いて神獣や魔物が召喚されるらしい。


「不気味だな。嫌な予感しかしない。もう出るぞ。」

『ちょっと待ってっ!! あたしの日記はっ!!!!!? あの子たちの設計図はっ!!!!!!!?』

「あんたが十匹入れるかどうかの狭い金庫だし、何度も見ても出てこないんならここには無いんでしょうよ。」

『おぎゃああああああああああああああああああっ!!!!!! 何で無いのぉ!!!!!!??』


余りにもうるさいので鷲掴みにしてバッグに突っ込む。甲高い声を何度も耳元で聞かされた所為で聴力が下がったかもしれない。つーか、クリオネ型デバイスの先のユーリア本体も声帯どうなってんだ、声枯れないのか。

バッグの中でなお暴れてるのか騒がしいが、さっきよりは遥かにマシなので出口を探そう。あの壁に填まった巨大サソリが壁ぶち抜いて降りてきたりしたら最悪だ。


「ノア、キューブパズルばかり弄ってないで行くぞ。」


パズルを渡してやると大人しくなるのは良いが、何度も何度もバラけた状態から0秒台で整列させてを繰り返してるし、飽きないのだろうか。


「うんっ!! ……あれ、ごちょごちょうごいてるよ?」


パズルを両手で持ったまま、視線はそれよりもずっと前を見ている。ノアの視線の先は先ほどの水没した召喚術式の書かれた紙。目を凝らしてその召喚術式を見ると、その真っ黒の文字はカサカサと蠢いている。


『なっ、何? ……キッモ!!!!』

「嫌な予感しかしやがらねぇ。ノア、逃げるぞ。」

「あーっ、むしさんだー。」

「むしさん?」


ノアの方を向いたと同時に、わたしの背後を指さす。

振り返ろうとした途端、真っ黒な艶のある太い毛のようなケーブルのようなナニカがわたしの肩に当たる。血の気が下がるような感覚がする。

身震いを抑え、そーっと横を向くとその太い毛のようなものは見事なカーブを描いていた。


『えっ……何よ? あっ、あぁ、大きなローチじゃないの。こいつはあのゴキカブリと同族でね、益虫よ。廃墟の瓦礫を分解したり、森の中で枯れ葉を分解したりしてね、それ等はいい肥料になるのよ。』


ユーリアがバッグから勝手に出てきたと思ったらよく喋る。わたしは恐怖で首が動かせないでいるので頭に入らない。ただ、彼女が言う大きなローチ……わたしそ想像通りであれば……。


『ねぇ、あんたは何で振り向いて見ないの? あー、さてはローチが苦手なのねぇ。見た目はさておき、彼等は大地の救世主なの。千年前の核戦争の被害者なの。ローチ様と呼びなさいよ。』


鷲掴みにしてバッグにぶち込む。


「ノア、いいかよく聞け。走るぞ。」

「うんっ!!」



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