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1-08-1 光の魔法

第八話


……?


わたしはドーム状に開けた空間で仰向けに倒れていた。


どのぐらいの時間気絶してたんだろうか。


仰向けのまま周囲を見渡す。空間は広く、壁はゴミでなく岩、地面はちゃんとした土だ。それに周囲に照明は無いのに明るい。ここは何処だ?


寝てばかりはいられない。少し膝と腰が痛いけれど我慢して立ち上がる。


わたしが転がっていたところの近くにはゴミが散らかっていた。そのゴミはまるで壁から溢れ出すように周囲に広がっていて傾斜路へ続く穴を完全にふさいでいる……。

ヤバい、完全に閉じ込められた。


……慌てても仕方が無い。掘ればいい。ゆっくり考えよう。ゆっくり……考えよう……。

頬を両手で叩き喝を入れる。正直、過去最大のピンチだけど、とにかく動かなければ。


光源のある方へ振り向く。大きな大きなドーム状の空間のど真ん中に、卵みたいな形したやや楕円の白い物体が浮いている。その物体は煌々と輝いており、この空間を明るく照らしている謎の光源の正体であった。

何なんだこの物体は。


これがもし魔物の卵であれば最悪だが、不思議と嫌な予感はしない。光る物体に近づくと、その直ぐしたは大穴が開いていて危うく落ちかけた。底が見えない奈落の底だ。落ちればそれこそ終わりだ。


……あれ、崖際に石碑のようなものがある。

石碑に書かれているであろう文字を読もうにも暗くて何も分からない。というか、石碑の後ろの物体が明るすぎて見えない。クソッ、懐中電灯なんて持ってないぞ……?

……指で触ってみよう。ちょっと触って………あっ、文字が書かれてるのでなく掘られてるんだ。なぞってみよう……えっと、何々? …………………………痛ッ!


石碑の中心付近に突起のようなものが付いていた。クソ、何なんだこの罠は。


『……血液採取…………スキャン中……スキャン中……スキャン中……。』


石碑から機械的な音声が流れ始める。わたしの指先を光源に翳すと確かにどす黒いオイルが付着していた。

……ちょっと待て、わたしの体液を何にするつもりだっ!?


『ピンポンピンポーンッ 適合者であることを確認。セキュリティレベル5・ロック解除。』


正解の音まで機械的な音声で……ナメてるのか?

しかし、適合者が何なのか全く分からないが、何かのロックが解除された音が光源の方からした。もしかして壁が開いて外に出られるとか……あったらいいな。


突如、石碑はグルンと一回転する。卵型の物体は一筋の光を放ち、石碑にあった突起に向かって照射される。

そして、石碑に付着したわたしの疑似血液が石碑から剥がれ、小さな小さな黒い球となり、その白い光の筋に溶け込んで部分的にやや赤くなった。

そして、その赤い部分は卵型の物体に向かって進み、流れ込む。


『認証………………完了。相違なし。入室を許可する。』


今度は卵型の何かから声がする。わたしは一体何処へ入室させようとしているのだろうか。

やがて、光の筋は消え、石碑が地面へと沈む。

そして、卵型の物体はゆっくりゆっくりとわたしの元へ寄って来た。


卵型の物体は近づくにつれ徐々に大きくなる。いや、大きくなったのでなく元から大きかったんだ。咄嗟に内ポケットを探り、奇跡的に五本全て揃っていたライトブレードの内の一本を構えた。当然わたしの力では使えないと思うので刃先は出していない。


卵型の物体は崖際まで寄ってきた。地上部だけでも二階建て分はある。地下部も同じだろうか。扉だろうか物体の壁はゆっくりと倒れるように開く。その扉の内側は階段状になっていて、中はとても明るい。歓迎してるようにも感じる。


とにかく真っ白で不気味。何が出てもいいように気を抜かないよう、恐る恐る中に入る。


中はさっきの研究施設よりも白く明るく、清潔な病院の中にでもいるような雰囲気。廊下に分岐は無く、卵で言えば黄身の部分まで一直線のような構造。わたしは真っ直ぐ前へ進む。



黄身を繰り抜いたのような丸い空間に辿り着く。そこにはベッドがポツンと一つだけあり、そこには女の子が一人仰向けになって眠っている。そしてその横には宙に浮く何かが一匹。


『ようこそ、アイリスさま。』


……今度は宙に浮く白黒の何かが喋った。


『アイリスさま、見ない内に随分と幼い姿になったようですね。理由は聞きませんが、エレノアさまの修復はまだ終了しておりませんよ。』

「あっ、あの、話が読めないんだが、アイリスって誰なんだ?」


宙に浮く白黒の何かはその真っ黒なモニターのような顔をこっちへ向け、スーッとこっちへ近づく。そして直ぐ目の前までやってきた。

……このデザイン、何かに似てる。何だったっけ?


『アイリスさまでは無い? あの認証システムは完全です。そんなはずはありません。あっ、もしかしてアイリスさまのお友達の方ですね。最近、アイリスさまには懇意にされている方がいらっしゃいます。その方でしょうか?』


間髪入れずにペラペラと喋るなこいつ……。

そうだ、クリオネだ。体は真っ白で顔こそ黒いものの何となくクリオネに似ている。


「あの、ここは何だ?」

『アイリスさまが、この太陽の岩屋を利用して生成したエレノアさま専用の治療施設です。』


クリオネ型の何かは閉じていた肩パッドのようなものを開き、クリオネには無い触手のようなものをニュッと伸ばす。こいつ、クラゲか何かか……?


触手の先はベッドを差す。純白のベッドに仰向けで寝かされた女の子、肌はやや褐色で肩までやや届かない程度の白に近い薄緑の髪、やや露出が少ない踊り子の衣装と、“ELEANOR”と刻印された銀の腕輪。

ディアマンド系統のエルフ族のような感じの子……何だか神秘的な雰囲気を感じる。


『この子は、ゼッペル砂漠にかつて存在した世界樹の、そのずっと地下深くにあったとされる隠れ里で保護されたオルビスなのです。』


ゼッペル砂漠にある砂に埋もれた謎の巨大な切り株は見た事あるが……世界樹? そんな樹木の名前は全く聞いたことも無いが……。それにしても、何でそんなところにオルビスが……?


『修復は進んでおりますが、この岩屋に宿る光の精霊の力がここ最近弱まっているように感じます。岩屋の力が無いと維持出来ません。外から入って来たのであれば、この岩屋に何か変化が無かったかどうか、何かお気づきになられたことはありませんか?』


岩屋? 岩屋って、このドーム状の空間のことか?

もしや、元は外にあったけど、何等かでここに飛ばされてきた……ということだろうか。このクリオネはそれに気付いていないのか?


「まず、この岩屋って本来どこにあったものなんだ?」

『……妙なことを聞きますね。あなた、アルマティア王城から入ったのではないのですか?』


アルマティア…………世界樹に続いて、全く聞いたことの無い名だな。


『……全く何も知らなさそうな顔ですね。あなた、本当にアイリスさまのお友達なのでしょうか?』


漸く疑われ始めた。


「正直に言うと、わたしはアイリスさんも知らないし、アルマティアという国名も知らない。ついでに世界樹も。騙して悪かったよ。」

『………………そうですか、今回は特別ですよ。あなたからは一切の悪意を感じませんし、今ここが危機的状況にあるのは薄っすらとでも理解出来ますので。』


このクリオネに現在の状況を説明する。ここは地底深くにあるということ、この周りに王城など存在しないこと、そもそもここは外の世界とは違う、闇に包まれた異質な世界であること。


『…………理解し難い内容ですが、嘘をついているようには感じません。一体アルマティア王国に何があったというのでしょうか……?』

「あの、そもそも、そのアルマティア王国って何処なの?」

『アルマティア王国とは、アルカ大陸の極東にある龍族が治める国です。』

「えっ? ちょっと待って……。」


あそこに名前あったのか?

ずっと龍の国と呼んでいたが、こんな所で正式名称を知るとは思わなかった。


『あなたも大陸の者でしたか。この大陸の龍族の国はつい最近まで閉鎖的で、国そのものも龍の幻術で隠され名前すらも浸透しておりませんでしたからね。長年の黒龍による独裁が解かれ、アイリスさまが女王となった今、名だけでも浸透してもらえることを願うばかりです。』


…………?


うっ…………


突然頭に何か突き刺さったような……誰かが脳を素手で触ろうとしている。わたしは全力で拒む。


『いけません、エレノアさまのバイタルサインがっ!!』


“記憶…………確認。適合。エンゲージメント……100パーセント。起動。”


無数の触手で脳を触られるような、身の毛がよだつ感覚から解放された。


「……ん……ふわぁ~……」

『まっ、まだ、人格形成が…………。』


甘い透明な飴玉を口の中で転がすような、優しく澄んだ女の子の声。

小麦色の女の子は上半身を起こし、両手を突き上げて伸びをしている。


「……あっ、ママっ!!」

「えっ、ママって…………えっ、えっ? ちょ待て、わっ、わたしっ!?」


緑色の宝石のような瞳をこちらに向けた途端、飛びつくようにわたしに抱き着く。

まっ、ママって何だよ、ママって、見た目の年齢ほぼ一緒じゃねーかっ!!

何か装置がエンゲージメントとか言ってたし、まさか刷り込み効果じゃないだろうなっ!?

身長ほぼ同じ女の子に強く抱きしめられる。歳相応の細い体から想像もつかないほどとても力が強くて離れられない。どうしようかと横を向きながら考えてると、白黒のクリオネがスィーとわたしの横にやってくる。


『少し構いませんか? この施設はアイリスさまにより作られたオルビス修復プログラム。緊急で修復を行います。離れていてください。』


エレノアと呼ばれた小麦色の女の子の頬を触手で触れる。さっきの元気はどこへやら、女の子は腕を緩め、ぼーっとクリオネの方を向いてる。


『エレノアさまは、枯れた大樹の奥底、名も無き隠れ里で車椅子のとある女性を守るように……龍族からの襲撃から守るようにして機能を停止していました。』

「龍族の襲撃?」

『かつて、アルマティアは独裁政権が敷かれ、上層部には非常に血の気の多い龍が犇めいておりました。元々龍族は血の気が多く、どの龍族の国も他種族の国を襲い、また別の大陸の龍の国も襲うのですが、このアルマティアは特に国だけではなく、大きく目立つ大樹のような気に入らないものがあれば襲撃を繰り返していました。 …………アイリスさまがこのオルビスを救おうとしているのは彼女なりの贖罪なのでしょうか。』


…………。


『完了です。急なことでしたが、何とか終わらせることができました。インプリンティング機能が備わっていたのでしょうか、エレノアさまはあなたを好いてらっしゃいます。それ以前にオルビスとは強い願いと大地のご加護より生まれた存在。決して傍を離れることは無いでしょう。』


それは嫌だ。いや、嫌いという意味ではない。わたしは、わたしは……。

わたしはどう接すればいいんだ?


クリオネの長い触手は縮み肩の下に収まった。途端に女の子は元気を取り戻し、再びミサイルのようにわたしに飛び掛かる。抱き着く腕の力が少し強くなっている気がするが……。


「ルピィちゃん、だいすきっ!!」

「この野郎、直ってねーじゃねぇかっ!!」

『さっきも言った通り、インプリンティングですね。鳥の雛にあるあの特性のことです。』

「ちょ待て、ということは、わたしが母にならなきゃならないのかっ!!!?」

『何かの縁ですね。アイリスさまにどう説明するべきか考えなければなりませんが、この際、仕方がありません。』


こいつも段々と投げ遣りになってきたぞ。

クソッ、わたしもこの子に抱き着かれ続けて体も心もバッキバキだ。


『あと、この子の特性ですが、非常に数学と芸術の能力が高いようでして、幾つかの知育玩具を用意しておきます。』

「知らんがな。それよりもどうにかしてくれっ!!」

『では、このポーチに3×3から10×10までのキューブパズルと五万ピースのパズルとクレヨンと無限キャンパスに……』


ポーチはそう大きくはないのだが、見た目からして明らかに収まりきらない量の物を入れている。


『このポーチは、収納魔法とかいう高度な術式を練り込んで作られてますので、幾らでも入りますよ。巷ではストレージバッグとかいうのですかね? 至高の品です。』

「あの、それ貰えるのか?」

『はい。貴女はエレノア様にとって大切な方ですので。でも、これはエレノア様の知育玩具を入れるものですので、物騒なものや汚いものを入れないで下さいね。』


女の子に全身をロックされて身動きが取れないので、心の中で勝利のポーズを決める。この夢のようなアイテムと引き換えなら、まぁいいかとも思ってしまう。


『では、わたくしは職務を全うしましたので、アイリスさまの元へ戻ります。』

「ちょっと待って、この状況……どうしたらいいの?」

『自らの頭でお考え下さい。』


投げ遣りの極みか。まぁでもちゃんと言い聞かせれば何とかなるのだろう。そう思うしかない。


『最後にですが、エレノアさまの名前を呼んであげてはどうでしょうか。例えあノアちゃんとか、そういう愛称を付けてあげるとより一層信頼感が増しますよ。』


ノア……ちゃんか。さん付けや呼び捨てが多いからかなり恥ずかしい。


「えっと……ノア、えーっと、えーっと…………よっ、よろしくね。」


口の悪さに定評のあるわたしも流石に気を遣う。


「うんっ!! ルピィちゃんだいすきっ!!!!」


満面の笑みで小麦色の両手で強く抱きしめられた。悪い気はしないが、めっちゃくちゃ苦しい。そして痛い。


「ノア、痛いから離してっ!!」


ノアは腕を放し、きょとんとした表情で人差し指を咥え、こちらを見ている。


『では、職務を全うしましたのでアイリスさまの元へ戻ります。データのみの帰還ですので、この体は捨て置きます。わたくしが知る限りでは最高のデバイスですので、何か別の人工知能を再インストールして玩具として使っても宜しいでしょう。では。』


白黒のクリオネは早口で一通り喋った後、力が抜けるように項垂れ、ゆっくりと地面に降下して転がり、動かないし喋りもしないただの人形となった。戻るって、こんな所から戻れるのだろうか。


何にせよ、アヤメさんに持って行ってあげると喜びそうなので、拾ってそのポーチに入れた。



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