1-07-2 白と黒(2)
反対側の資料庫の前、鉄の塊は廊下の曲がり角で待機しようとするわたしを無理やりにでも引っ張って連れて行こうとする。
「あたいの戦う様を見なさい、勉強になるから。」
「あんた等に巻き込まれたら死ぬわっ!!」
手がすっぽ抜けそうなぐらい引っ張るので渋々ついていくことにした。もし死んだらお前を下水を吸い上げるポンプにしか転生できない呪いを掛けてやるから覚悟しろ。
そして例の扉の前。
当然のことながらドアノブ経由で開けず、腕についた双剣を用いて力ずくで開ける。
「おじゃましまーすっ!!」
「ぶっ壊しておいてお邪魔しますじゃねぇだろ。」
「あら。じゃあ、しつれいしまーすっ!!」
資料庫の中は薄暗い照明と天井付近を走る複数の配管以外何にもないただただ広い空間。天井も高く、見た感じ10メートルは裕に超える。どう見ても資料庫じゃない。まさに何かの実験場……ここがあの殺戮兵器の実験場?
「へぇ、立派なステージね。ここのボスは誰かしら?」
パシーンと電源が入る音がして照明が点灯する。灯りにに照らされるは、この人の形をした鉄の塊に似た、けれど腕の数が多く、背にもウィングパーツが付いている。色もくすんだ濃い緑ではなく光沢のある白黒で如何にも新型という感じ。
『そう、あたしよ。あんたの言う通り、ユーリアよ。』
この鉄の塊と同じくあの白黒の塊も喋った。それもあの放送の声と同じ声で。この中に人が、ユーリア博士が入ってるのか?
「おバカねぇ、ペチャクチャ喋るから命を粗末にする事になるのよ。それに腕が多ければ良いってもんじゃないでしょ。それに目立つ色は良くないわよ。」
『あ˝ーーーもう、説教は聞きたくない。黙れ黙れ黙れ黙れっ!!!! あんた等の所為で貴重な研究資金がドブに流れてったのっ!!!! 早く戦いなさいっ!!!!!! 横のオルビスもっ!!!!』
もう余裕の欠片もないな。
あと、わたしは戦わない。命が惜しいから。鉄の塊同士でやってくれ。
「脆い子ねぇ。だからカツカツな世界で地位を築いちゃう子は……。」
白黒の塊の六つの腕全てに赤色のブレードが握られる。このブレードはエネルギーや魔力によって生成されるもので、ライトブレードやライトソードなどと呼ばれている。かつては遠い遠い過去では世界的にヒットした映画に出ていた武器名とか大ヒットゲームに出てきた武器名で呼ばれていたとか。
『今すぐ死ねぇっ!!』
「いや、今死んじゃったらデータもクソも無いでしょうに。ねぇ、ルピナスちゃん。」
二本の物理の剣と六本のライトブレードはカチ合い、お互いを譲らない。
『んぬぬぬぬっ!!!!』
「六本あっても二本の剣に止められちゃあねぇ。もっと複雑な動きをして、牽制は二本に留めて、あと何本かは背後や急所を狙うとかそれぐらいはしないと。」
白黒の塊は舌打ちをしてバックステップで距離を取る。今のところあの接近武器しかないので何か策はあるのか。
「何となくだけど貴女、中身が貴女自身でなく戦闘用の人工知能の方が強いわよ絶対。」
『うるさいっ!!!!』
白黒の塊のウィングパーツが青白く光り、宙に浮いた。
ライトブレードを仕舞い、手が大きな円筒状の砲台へと変形する。六つの砲台で弾を乱射されたらひとたまりも無い。わたしは壊れた扉から外に出て身の安全を確保した。
『おらおらおらおらおら!!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!』
「あらら、ブチギレボンバー? 危ないわよ、こんな所で乱射しちゃあ。」
案の定、ほぼ真上の位置から流星群のようにあのエネルギー弾を乱射し始める。わたしが食らったらネジ一本でも粉々だ。わたしは後衛職、相手に見えない位置からこっそり仕留める方が向いている。だが、ヤバい者同士の間に挟まって良い器ではないので廊下に引っ込む。
エネルギー弾は床に激しく打ち付けるが、この床の強度にこの衝撃は大丈夫なのか。
「雑ねぇ。これぐらい躱せるわよ。」
あの高密度の乱射を踊るように回避している。それは精霊が月夜に舞うが如く、美しい踊り。あぁ、知ってる。これは滅びてしまったディアマンド公国のちょっと変わった騎士団に伝わる舞踊。こいつが何故踊れるのかは知らないが、物騒な鉄の塊でなければ見惚れていただろう。
『はぁ……はぁ……ちょこまかと動きやがってっ!!』
「弾が出なくなったわよ、心身共に熱くなりすぎてオーバーヒートしたんじゃないの?」
『うるさいっ!! うるさいっ!! うるさいっ!!!! うるさいっ!!!!!!』
床はエネルギー弾の乱射でボコボコだ。もし崩れでもしたら空が飛べる白黒の方が優勢だ。
「ジーナ、床崩れそうだが……。」
「分かってるわ。あいつだけ空飛べるし、床に向けてのバカ乱射だし、あいつのやりたいことは分かってる。あたいを踊らせないようにするのは想定済み。」
白黒の塊は再びライトブレードを装備する。その手はふら付き、高出力のブレードを握るのがやっとという感じ。まだやるつもりか?
「もう諦めなさい。」
『まだ、まだ……まだまだまだまだまだまだまだまだ、まだよっ!』
「もう十分にデータが取れたでしょうに。」
『まだよッ!!!!!!!』
白黒の塊は宙を縦横無尽に飛び回り、その軌跡は遅れて赤い線となり、天井の配管を切り刻んだ。経費経費言ってたのが自分で破壊しやがった。
刻まれた配管は地面へと落下し、当然のことながら踊る鉄の塊は全てを回避する。
「今度はブチギレスラッシュ? あのバカ乱射すら躱せるのに、こんなチャチな小細工なんて当たるわけがないわ。でも、困ったわね。床が崩れそうだわ。」
落ちた重い配管は限界がきていた床にとどめを差し、落下の衝撃で床は無残にも崩落した。部分崩落ではあるものの、床の残骸は高低差の大きい複雑な段差となり、鉄の塊にとって不利な状況となった。
『おぎゃぁぁぁああああああああああっ!!!!!! 崩れちゃったぁぁあああああああああっ!!!!!!!!!!!』
耳を劈くほどの奇声を上げる……狙って破壊したんじゃないのか?
声の所為で脳みそがぐわんぐわんする。この超音波攻撃が一番威力が高い気がする。
「あらあら、これじゃ踊れないわぁ~。ふぅ~ん、よく考えたわねぇ。あなた、天才ねぇ。天才天才。はぁ、とっても天才、ベリーベリー、ベリージーニアスッ!! 大切な事なので五回言いましたぁ♪」
鉄の塊は白黒の塊に向かって煽り散らす。
白黒の塊は宙に浮いたまま動かなくなった。博士とは名ばかりで本当はただのアホなんじゃなかろうか。
痛かったし一生の恥を負う原因にもなったし飲む下水道を飲まされる原因にもなったし、鉄の塊と同じく思いっきり馬鹿にしてやろうと思ったけど、白黒にターゲットにされると怖いのでやめた。
『……こーわれちゃった、こーわれちゃった、あの子たち…………』
直に宙を浮くエネルギーも無くなり、ゆっくりと下降する。
さっきまでの威勢は何処へ行ったのか?
「なるほどねぇ、この下に新型機が何体もあったというわけ。」
『そうよっ!!!!!! あんたのせいよっ!!!!!!』
「いや、知らんわそんなの。」「いや、知らないわよそんなの。」
「あら、意見が合ったわね。」
鉄の塊と意見が合った。この白黒が挑発してきたのに、こういう所ばかり人の所為にされても困るわ。
『あぁ……クソ……………………。』
白黒の塊は独り言を呟きながら両膝をついて項垂れる。何だか可哀そうにも感じる。あいつの所為で何人も何十人も何百人も、もっと行くかもしれない。だから可哀そうもクソもないんだけど。
こいつの中には入ってないんだろうし、今の内に腕全部折って足も捥いで……首から上以外要らないか。あいつの居場所を聞きつけて襲撃してやろうか。
「フゥッ、こんなレベルでよくもあんな帝国の犬になれたわね。」
『…………あんたのせいよっ!!!!!!』
「はぁぁ、駄目ね。」
白黒の塊は再び立ち上がる。体は白煙を吐き、だらんと垂れた腕は小刻みに震えている。まともに戦えるとは思えない。そして鉄の塊と同型であるのなら力も強く敏捷性も非常に高いはず。ヤケクソになって暴れられると鉄の塊はともかくこっちが死んでしまう。
ただ、わたしは幸いにも崩落に巻き込まれて無く、廊下の中にいる。簡単にオーバーヒートするような機械相手なら火属性が扱えるわたしにとって好都合だ。ここからぶち抜けば一撃だろう。
「そろそろ貴女の生首頂戴してもいい? 拷問してでも聞きたいことがあるの。」
『だぁれぇがぁぁぁぁお前なんかにッッッ!!!!!!!』
「うん、面倒ね。ヤっちゃおう。」
鉄の塊は天高く跳躍する。天井すれすれで一回転し、天井を強く蹴る。
「あたいは何処ででも踊れるの。こんな床じゃ踊れないけどさ、そんなんで諦めちゃいけないの。床が駄目なら空中で踊ればいいじゃない。」
彗星のように白黒の塊へ飛び掛かる。その手は二本のブレードを交差させ、目にも留まらぬ速度で切り刻む。白黒も目に見えない動きに反応し、ライトブレードで弾き返そうとするが……。
『くそっ、クソクソクソクソクソッッ!!!! 何でだッ!!?、思うように動かないっ!!』
「熱暴走ね。貴女がそうカッカするからよ。」
『くっ……早く、早く代わりの器に入れ替わらないと……やっと見つけたここの座標が……っっ!!!!』
数秒の後に無残にも首から上を残して金属の角切りステーキのようにバラバラになった。宙を舞う金属の生首は、左手の手のひらを上に向けた鉄の塊が華麗にキャッチする。
「軽い頭ねぇ。おーい、まだ入ってるんでしょー? 返事ぐらいしなさいよ。」
大きな鉄の生首の頭を右手でゴンゴン殴る。仮に入ってたとすれば壊れかねないので慎重に扱ってほしい。
「返事がないわ、ただの抜け殻のようね。」
鉄の塊は鉄の生首をポイッと投げ、そのまま右足で蹴っ飛ばした。勢いよく飛ぶ鉄の生首は壁に当たり、グシャッと潰れる音がして地面に落ちる。何とも呆気ない戦いだった。
「めっためたにしてやったけど、あれのビームサーベルは6本とも無事みたいね。あたいはこのブレードで上等だから、ルピナスちゃん、これは高く売れるわよ。えいっ。」
ビームサーベル……多分ライトブレードのこと。貰えるのはいいんだけど、それを6本纏めてぶん投げてくれたおかげで、1本は床に落ちて廊下に向かって転がっていってしまった。
「もう、下手くそ。」
「纏めて投げる奴がいるかっ!!」
背後で磁励音のような重低音が聞こえる。
振り向くと、廊下に転がっているライトブレードの柄から赤いビームが照射されていた。スイッチが入りやがったか。
「あっ、やっちゃったわねぇ。手の施しようがないわよ。」
とんでもなく高出力なのか、持ち主のいないそれは、ロケットブースターのように廊下中を暴れて回っている。
「まるで魔獣のようね。あぁ怖っ。」
「お前、もっと丁寧に渡せよっ!!」
暴れるライトブレードは廊下の奥に行き、反対側の書庫の方へ飛び跳ねて行った。もうあの鉄の塊以外には止められない。
わたしは5本のライトブレードを上着の内ポケットに入れる。1本1本は軽いけど5本は流石に重い。無限に入るアイテムボックスがあれば欲しいな。
…………っ!?
天井からパラっと砂埃が落ちてきた。嫌な予感しかしない。
ゴゴゴゴ…………
地面は大きく揺れ、建具や配管が激しく軋む音がする。クソッ、こんな時に地震かっ!?
生き埋めは嫌だ。早くこの研究所から出よう。
「おいっ!! わたしはもう帰るぞっ!!!!」
鉄の塊はわたしとは反対側、鉄の生首を打ち付けた壁の方をじっと見ている。その両腕には仕舞ったはずのブレードが出ている。
「死にたくなければ引きなさい、さっきの小物とは比べ物にならないのが来るわっ!!」
激しい揺れと共に壁が大きく崩壊する。立ち上る砂煙の奥には大きな人型の影があった。
「本当にこの島は蚊も蛇も出るわね。このプラトナス帝国の廃棄物、どう始末してくれようかしら。」
腰の力が抜け、もう何度目かも分からない尻餅をつく。砂煙の奥からあの巨大サソリよりも遥かに巨大な一つ目の巨人が姿を現した。
一つ目の巨人の肉体は所々裂けていて、内側から管が何本も出ている。これは作られた魔物か、それとも改造された魔物か。ただただ、おぞましい、巨大な魔物。
目が合えば死ぬ。咆哮だけでも皮膚が全部剥がれ飛びそうなその巨人に敵うわけがない。鉄の塊は置いてこの研究所から出よう。
わたしは四つん這いで廊下を何とか駆け抜け、ハッチがあった所の大穴から洞窟の傾斜路へ出る。
ゴミで形成された傾斜路にぶら下がる様々な形をした照明は横に揺れ、天井からはネジとか割れた歯車とか、とにかく当たると痛いゴミが剥がれ落ちてくる。あの鉄の塊には悪いけど、ここでは死ねない。
しかし傾斜路にあった足場である家具の大半が地震の影響で流れてしまったのか、壁から突き出た鉄骨ぐらいしかもう足場も何も無くなってしまっている。最悪か、クソが。
いや、早く出なければ死ぬ。わたしはオオカミのように両手両足で傾斜路を駆け上がる。
「なんだ、あれは…………?」
傾斜路の上から大き目のゴミがコロコロと転がり落ちる。体や顔に当たり、引き戻されるも、地面に手を深く差し込み、全身で耐える。登り切らなければ、登り切らなければ死ぬっ!
転がってくるゴミの量が徐々に多くなり、前から何かが迫ってくるのを感じる。
それは見覚えのある赤い物体。
「うわぁっっ!!!!」
傾斜路の横幅に入りきらず壁を削りながら下る巨大サソリだった。何なんだよ、あっちは巨人、こっちはサソリ……どこに逃げりゃいいんだっ!!?
逃げる以前に、わたしの体にゴミというゴミが直撃し、耐えきれずバランスを崩してそのまま傾斜路を転がり落ちた。研究所の入り口を通り越し下へ下へ、
ずっと下へ。
…………。




