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1-06 アンジェラ

第6話


「……あれ、ここは……?」


翼を広げた大きな鳥のような染みのある天井。独特の黴臭さ。あぁ、ここは孤児院の中の自室、あれは嫌な夢だったんだな。起き上がり、負傷した肩に触れるもそこにはちゃんと皮膚があった。安心したと同時に、胸の中がふわふわと浮いているような感じがする。


それと、やはりというか、服が軽い。ポケットの中を確認するも、あの超優秀なレーザー銃は入っていなかった。そりゃ、夢の中だったんだ。持ってないに決まってる…………あぁ、あんな良い銃、ゼッペルに行っても、国を超えてメルカの闇市に行っても売ってないよなぁ……。


……起きよう。今は何時だ?



部屋を出て、エイダの部屋の前にある“どんでん返し”という回転扉を越えて玄関の前に出る。何でこんなものが教会の建物にあるのかは誰も知らないが、回すのにコツが要るので、子供たちに対するセキュリティ面では上々。


玄関横の窓は明るい。まさか、昼まで寝てしまったかっ!?

玄関とは逆方向へ急ぎ居間へ。エイダは居間の椅子に座り、洗濯物を畳んでいた。


「あっ……エイダ、ごめん、寝すぎた。」

「あら、遅起きねぇ。別にいいわよ。毎日毎日稼いで貰ってさ、今日ぐらいゆっくりしなさい。」

「その……今月の維持費の件なんだけどさ……。」

「もう、依頼とかお金のことばかり気にしないの。子供の事もよく見てあげなよ。最近あんまり構ってあげられてないでしょ?」

「あぁ、ごめん……そうだね。」


お金の問題、結構深刻なんだけどな……。


窓から庭を覗く。孤児院の庭に植わる何の種類か分からない大木から木漏れ日が差す。

小鳥が元気よく飛び回る、珍しくよく晴れた日の朝。エイダの言う通り、今日ぐらいは働かなくてもいいかな。


「ねぇ、おねえちゃん、ボールあそびしよう?」


ふわっとした白い髪の小さな女の子、アンジェラは珍しく大きなボールを持って駆け寄ってくる。普段は中で大人しく本を読んでるけど、何の風の吹き回しだろうか?

アンは少し特異な病で療養中の身だけど、やはり毎日引き籠りっ放しではよくない。遊んであげよう。


「おい、そのボールはオレんだぞ。」

「あーっ! クリスくんひざケガしてる!!」


うちの男の子どもの番長格であるクリスは大体どこか擦りむいて怪我してる。うっかりしてると子分を連れて高い屋根の上に登って遠くを見てたり、街まで出ていったりしてるから誰も目が離せない。

アンはテコテコとクリスの元へ走り出し、屈んで膝の傷口を指さす。


「おいっ、アン、よけいなことするんじゃないぞ!!」


そのアンの指先には小さな白い光が灯り、みるみる内に擦り傷は跡形もなく塞がった。彼女は極めて稀に存在する治癒魔法の使い手、秘匿されるべき存在だ。


「もー、クリスくん、かってにとおいところにいったり、たかいとこのぼっちゃダメなんだよっ!」

「うるせぇ、オレはここからでたいんだ、とおくへ、とおくへいくんだっ!」


クリスは逃げるようにして孤児院の門の方へ向かい、近くにいたガタイの良い子であるベンと合流した。エイダさんはいち早くそれを察知して小走りで追いかけてゆく。


「こらーっ!!!! クリスーっ!!!!」

「うわっ、見つかっちまったっ!! おい、ベンッ、ずらかるぞっ!!」

「もーっ!!」


アンは頬をパンパンに膨らませて不満そうだ。

クリスもベンもいい冒険者になりそうだけど、色んな所で無茶して傷を増やしそうだ。冒険者は状況をよく見極め、適切な行動を心掛けないと容易に命を落とす。こんな軽微な怪我ですら命取りだ。


「……あれ……からだがフラフラする。」


アンの様子がおかしい。いけない、症状が出始めてるっ!



エイダと共に孤児院の中へ運び込んでベッドに寝かせた。顔はやや青白く、額から汗が出続けている。

原因は誰一人分からない。何をしていても突然発症する。辛いが、治療法は無い。


「倒れる前に治癒魔法を使ったみたいだし、やっぱりそれが原因かなぁ……」

「前に倒れた時も使ったの?」


申し訳ないけれど、わたしはよく出稼ぎに出てるから、倒れたという事だけを聞いていて詳細は知らなかった。そうだ、クリスは大体どこか怪我をしていた。だからアンは毎回治癒魔法で治療をしているんだ。


「やはり負荷が重いのかも。もうこれ以上使わせない方がいいわ。」


確か、治癒魔法は光属性と闇属性の両方が必要で片方だけ、アンの場合は光属性だけなので、治療後に体内に闇属性が蓄積するんだったっけ。あと、確か、発散するには闇属性が必要でそれが無いと蓄積し続けて危険だとか何とか……。クソッ、どこかに良い資料があれば……。


「……院長に聞けば闇属性を与えることが出来るのかな……。」

「駄目よ、これ以上負荷を増やすような事をしちゃ。」


単純に負荷に耐えられてない可能性もあるから迂闊にはできないか。

まぁ、でもアンは眠れば元気になる、まだこの点では救いなのかも。


はぁ……わたしに鑑定する能力があれば、今すぐにでも状態の把握ができるんだが。


≪鑑定≫


氏名:アンジェラ


不適格状態での治癒魔法行使による闇属性の蓄積量、現在97.88パーセント、非常に重篤な状態です。直ちに使用を中止してください。


≪以上≫


えっ?

なっ、何だ今のはっ!?

頭の中に見知らぬ文字列がダラダラと流れていったが……鑑定って……あの鑑定か?

何で鑑定が使えるのか分からないが、だとしたら……だとしたら、蓄積量の数値は……最大は100パーセントなんだよな……?

それだと……もうほぼ最大じゃないかっ!!


……いや、待て、待て待て待て、あっ、慌てるな。心を落ち着かせろ……。


…………これはアンが治癒魔法を使わなければ増えない数値だ。一旦院長に相談しよう。


強い日差しでやや暑い昼下がり、アンの容体が安定してすやすやと眠り、クリスとその子分のベンは遠出を諦めて庭でボール遊びをしている。


パリーンッ


「うわっ、クリス、まどにシュート決めんなっ!!」

「コラァッ、バカクリスッ!!!」

「げぇ、エイダさんがブチぎれたっ!!」


あぁ、また費用がかさむ。まぁいいや、アンはよく眠ってるし。

よし、一旦院長に相談に行こう。



「院長、失礼します。」

「どうぞ。入って。」


大量の資料や本棚に囲まれた部屋の小さな椅子に腰かけた、小さな丸い眼鏡を掛けたおばあちゃん、院長のヴィオラさんだ。院長になる前は功名な魔道士だったそうな。そのヴィオラさんは何処かと電話中。


「うーん、困ったわねぇ、このままだとこっちも補助が打ち切られるかもしれないわね。商業ギルドも相変わらず相手にしてくれないし、はぁぁ……あのボンクラが宰相だなんて、鼻で笑うわ。」


何処だってそうだが、このトゥリシア王国も黒々としている。ミルフィーユのように何層にも重なった汚職の数々に異常なまでの血縁主義、偏り切った思想で下層まで見ちゃいない。


「はい。はい。ごめんなさいね、報告して貰って。ありがとうね。はい。ではご武運を。ハハハッ。はい。では、ありがとうございました。」


受話器を下ろした。


「はぁ、西区の孤児院も限界みたいね。あっちは情報屋が多いから情報はいち早く入るみたいなのよ。それは一旦置いといて、何だか逼迫してるような表情してるけど、アンジェラさんのこと?」

「はい、その件でお話があります。」


院長は椅子から立ち上がり、ゲホゴホと咳をしながら埃が堆積し切った戸棚から杖を取り出した。


「あぁ、やっぱりここにあった。この杖も数十年ぶりね。 ……確か、アンジェラさんに闇魔法を使わせるという話をしていましたね。」

「はい、治癒魔法は光属性と闇属性の両方があって初めて使える魔法で、えっとその…………」


≪情報≫


・治癒魔法について(再掲)


治癒魔法は行使するにあたり、光属性と闇属性の両方が必要。人間や獣人、魔族などの体は、保有属性とは別にその体自体に光または闇属性のどちらかが存在している。

例えば、人間の体は光属性、魔族は闇属性、獣人や龍人は半々。

人間の体を例とする場合、怪我や病魔などは魔術では闇属性の蓄積と見做され、治癒魔法はその闇属性を使用者の体に吸収させ治療する。そして、程度が大きいほどにその量が増す。

その際、闇属性の有害な魔力は体の全ての箇所に蓄積され続け、自らの魔力として取り込むか、魔法として発散させなければならない。闇属性を保有していない場合、自らの魔力とはならず、闇属性の魔法を行使できないため発散は不可能。

蓄積量の最大値に近づくにつれ体調不良として表面化し、排泄物に闇属性の魔力が宿るに至ると既に体は限界に達している。

さらに蓄積が進行し、蓄積量の最大値を超過すると体表に結晶が露呈し、やがて死に至る。

しかし、中には結晶が露呈せず、死にも至らないが、性格や行動が豹変する、全くの別人と化した例もあるが極稀である。


≪以上≫


「あっ……えっ!? ……えっと、治癒魔法を使うに光属性と闇属性が必要で、それは保有している属性の他に人体そのものに光属性と闇属性があって、えーっと、人間は人体が光属性であって、病魔や怪我は闇属性で、治癒魔法は、その病魔や怪我である闇属性を吸いとるので体内に闇属性が蓄積する。それを発散させるために闇属性が必要なのでえーっと……その……闇属性を与えられないかなって思いまして……。」

「そう。素晴らしい推察、本当に優秀な子です。わたくしも執務の間を見てずっと調べていましたが、概ねあなたと同意見です。ですが、属性を得るという方法はありますが、困難を極めます。」


……属性を与えるなんて適当に思いついちゃった話だけど、本当にあるんだ……。


「属性を得るには“岩戸”を探さなければなりません。」

「岩戸……ですか?」

「そう。闇属性なら、その属性を司る精霊が宿る霊験あらたかな岩戸があるのです。闇属性であれば、この大陸であればメテオリティスの山々の奥深くでしょうか。今は情勢悪化で部外者は近づくことも許されませんので困難です。仮に行けたとしても時間が掛かり過ぎますし、修行も過酷です。」


でも岩戸……そういう洞窟さえ見つけてしまえば修行だけで得られるのか。覚えておこう。


「なので、この杖の出番です。」


埃の被った魔法杖、先には透き通った水晶玉がはめ込まれている。


「わたくしのお古ですし、とても長くて大変ですが、アンジェラさんに携行させて欲しいのです。これは特定の魔力を吸い出して溜め込みます。溜め込んだ属性の魔力は魔法として使う事ができます。設定はわたくしの方でしましょう。」

「助かります。でも何でこの杖を持っているのですか?」

「わたくしの体は少々特殊でして、保有属性は火氷緑土風なのですが、冒険者ギルドがいうMPが属性ごとに存在し、そのいずれも徐々に増え続ける障碍を抱えていたのです。純粋な魔道士であれば夢のような話ですが……。」

「そんなの初めてきいたけど……あの、前まで一体何をされていたのですか?」

「フフッ、秘密です。しかし、それも年と共に魔力が下がり、同時に増えることもなくなりましたが。」


ヒバリさんもだけど、院長もほぼ全属性が使えるなんて……院長になる前は凄腕の冒険者だったのだろうか。


「わたくしは風属性が得意でした。火属性や氷属性の増幅が出来ますし、体や武器に纏わせても強く良いことづくめで大変お世話になりました。しかし、逆にそれで増幅が出来ない土属性と緑属性は使わないことが多かったのです。それが災いして、アンジェラさまと似た状況に陥ったことがありまして、それで親友の魔道士の方からこの杖を譲って貰ったのです。」


いいなぁ、風属性。わたしの火属性を合わせられたならどんなに心強いことか。


「……ここだけの話ですが、吸い出した魔力は溜めに溜め、大発生した魔物で滅びて死屍累々としてたクレイマーシュ城とその城下を大自然に還すために使いましたよ。えぇ、それはかつてのトゥリシア国王からの要望でしたね。ムッフッフッフッフ…………。」


クレイマーシュ城については時々依頼で行く。クレイマーシュとはゼッペル砂漠の東にあったとされる国だ。今は広大なダンジョンで、大都市の廃墟と森が共存していて神秘的だけど、木々よりも転がる死骸の方が多くて、できれば行きたくない。

出る魔物も異常で、動物の変異体というよりそれらを組み合わせて人工に作られたキメラばかりで精神が削がれる。


かつて、その国には大きな研究所があった。情報は何故か隣のトゥリシア王国によって隠蔽されていて一切不明。知ろうとするものは粛清される程。だから、極力関わりたくない。そう思う者が多くて討伐や素材入手等の依頼料がとても高い。


「その話、もっとお聞かせ願いますか?」

「フフフッ、誰かの光は誰かの闇。また、誰か闇は誰かの光。決して闇は悪ではなく、光も善ではない。今日の講義はおしまいです。はい、出来ました。これがアンジェラさんの杖です。あら、まだ汚れが溝にいっぱい。もう少々お待ちくださいね。」


杖の設定が完了した。聞きたいことが多すぎるのに、院長は答えようとしない。本当に元は何してたんだろう?


「はい、完了です。アンジェラさんにお渡しください。」


わたしはアンの杖を受け取る。手に取った瞬間、杖に引っ張り込まれるような感覚がする。これ、呪われたアイテム……じゃないよな?


「ありがとうございます。」

「はい、どういたしまして。これで元気になると良いのですが。」



割れた窓から吹き付ける風が冷たい夕暮れ、アンに杖を持たせてから顔色もよくなった気がする。杖の先の水晶の中央に小さな黒い球が生じているので順調に溜め込んでいるのだろう。だけど、溜め過ぎた場合にはどうなるんだろう。


バキッ、ガシャーンッ!!


「いってぇっ!!!!」

「クリス、だからそこ登んのやめようって言ったんだ!!」

「ゴルァ、クリスッ!!!!」


多分天井が抜けた時の音なんだろう。クリスの頑丈さにも驚かされる。


男の子二人、元気なのはいいんだけど、費用がかさむから正直やめてほしい。


「えっ、またクリスけがしたのっ!?」

「なっ、何でもないから、アンは寝てなさい。」

「むーっ……あれ、これはなーに?」

「あっ、これは元気になる杖っていって、ヴィオラさんから貰ったんだ。結構大きいけど、肌身離さず持ってて。」

「わーっ、かっこいいっ! ありがとっ!!」


あぁ、天使のような笑顔が眩しい。お礼を言わなければならないのは院長だけど、執務で大忙しだし、わたしが代わりに受け取っておこう。



月明り照らす夜。ただでさえ隙間風が多いのに窓ガラスを割られてより一層孤児院の中は冷え込む。


「おねえちゃん、つき、きれいだね。」

「綺麗だね。」

「ねぇ、ルナティカおうこくって、いってみたい?」

「ルナティカ王国? うん、とっても美しい国みたいだね。行ってみたいな。」

「あたし、つのがはえたおうまさん、みてみたい!」

「うん、見てみたいね。アンみたいな可愛い女の子は喜んで乗せてくれるわ。」


角の生えた馬、ユニコーンと呼ばれる生物は月に多く生息するという話がある。実際は月面には居ないらしいが、居るという方がメルヘンチックで子供の耳にはいいのだろう。


当の地球上のユニコーンは、処女をどこかへ連れ去るという噂や、その角が非常に優秀な錬金材料になるという話でよく狩られている。うん、そういう現実は知らない方がいいな。

なお、ユニコーンの角は魔力がゼンマイのようにねじくれていて、並みの錬金術師がそれを何かに錬金しようとすると、そのネジネジに蓄勢されていた魔力が解き放たれて大爆発を引き起こすのでやってはならない。


それにしてもルナティカ王国か、千年以上前に地球と交流を断ってから全く情報が無く、この地球上にただ一つ残された軌道エレベーターも起動しない。それに遠く離れた知らない島国が製造したのか、もしくはルナティカ王国のものなのか、地球を中心として月とは対角の位置に小さな月が一つ増えている。これはどの文献にも無い。

本当に何だか分からない。超大型の軍事衛星だと何だか怖い。気にしないようにしよう、寿命が縮む。


「ルピナス、アンジェ、ご飯よ!」

「はーいっ!」

「あっ、杖忘れてるよ。」

「ごめんなさーいっ!」


アンは長い杖を持つ。少し不格好だけど、でも、なんだか似合うような気もする。小さな魔道士か……。願わくばアンは平和な世界で生きて貰いたい。


闇を吸収する杖……か。コハルさんにも欲しいけど一本だけだよな……。院長にどういう所で製造されてるか聞かないとな。


……


…………?


コハルさんって誰だ?


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