私の憂鬱は理解されない
「おはよー」の声とともに今日も一日がスタートする。
私はひとりぽつねんと席に着く。
別にいじめられている訳じゃない。無視されたり、意地悪されたりなんてない。ただ構われてない…そんな感じ。
憂鬱だ…。
そして憂鬱に更に拍車がかかる。
「おはよう!」挨拶とともに教室に入ってきた少年…つい目がそっちにいってしまう。井上桜良くんだ。バスケ部所属の彼は一年ながら、レギュラー入りしている。おまけに成績も良く、かつ…顔もスタイルも良い。『天は二物を与えず』って嘘ね…。出そうになる溜め息を奥歯で噛み殺す。
本でも読も…。
今日もつつがなく、一日が終わろうとしている。
さっさと帰ろう。帰って、お気に入りのVTuberの歌でもゆっくり聴くんだ…。
そんな私に、背後から声をかけてきた人物がいる。
「三原、ちょっといいか?」この綺麗な声は…振り向くまでもなく、主はわかっていた。井上くんだ。
「なんでしょうか…?」
静かに問うた。スクールカースト上位者が下層の者に声をかけるなんて、絶対ろくな理由じゃない。
そうして…。
………色々あった。
放心状態で帰宅し、部屋着に着替えた。
えーと。とりあえずお風呂入って寝よ。思考が定まらないまま、私は若干ふらつきながら、夕食の席についた。
次の日。繰り返される昨日と同じ光景…ではなくて。
「三原、おはよう!」
キラッキラのスマイルとともに井上くんが挨拶してくる。クラス中に視線が―大袈裟ではなく―私達の方に集まる。
「…おはようございます」
静かに答えた。
私の薄いリアクションに、周囲は興醒めのようだが、井上くんは違った。
「三原ってさ、本、好きなの?いっつもなんか読んでるよね?」などと訊いてくるではないか!
「はぁ…そうですが…」陽キャの光に当てられ、具合が悪くなりそうだ。
悪いが私に会話を続ける気はない。静かな無視(?)をする事にする。
「いのうえー、先輩来てるぞー」という男子の声で、井上くんはいなくなった。
助かった…。
さぁ、とっとと逃げよう…逃亡者気分で帰り支度をする。と。「三原、」後ろから声をかけられ、飛び上がりそうになった。
「ごめん、大丈夫?」
井上くんだ。
「平気です、大丈夫です。さようなら」素早く、帰ろうとした私の手を「待って」と掴んだ!
振り払う訳にもいかず、フリーズする。
「その、昨日の今日でアレなんだけど…考えてくれたかな?」頬を赤らめながら、クラス、いや学年一の美形が問うてくる。
このスクールカースト下層の私に。
憂鬱だ…。しかし、答えねば…。
「井上くん、手を離して貰えますか?」
「あっ、ごめん」
手が離される。
「それから、場所を移動しませんか?」
ここなら、人もいないだろう…。視聴覚室だ。
よし。私は意を決した。
「井上くん、昨日の答えですが…」
今日は雨降りだ。
だが私の気分は存外悪くなかった。
憂鬱が少しなくなっている。
「おはよう!」挨拶とともに、教室に井上くんが入ってきた。
そうして、「おはよう、桜」と私に声をかけてきたではないか!
一気にザワつく教室。
こ、これは、まずいかもしれない…。
「三原さんを呼び捨て?」
「さくらって、井上くんと同じ名前…?」
ひそひそ声。ああぁ、私の平穏な学校生活が…。
が、井上くんは私の手を取り、「俺たち、付き合う事になりました!」と言ってくれたではないか!
クラス中から悲鳴があがる。ああぁ、憂鬱になってきた…。
でも、その憂鬱の中に甘やかさと嬉しさが潜んでいる事に三原桜が気付くのはもう少し後の事だ。