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7、晩餐の後

 ダージリンは女主人が不在の晩餐の後にリゼの部屋を尋ねた。もちろん屋敷の侍女二人と一緒に部屋に入り部屋の中が見渡せる位置に立たせた。

 リゼの精神不安を案じて、ダージリンは部屋の確認に来ていた。


 リゼはソファーに脚を上げてくつろいでいる。

「どうされましたの? 気が変わった?」

「気は変わりません。危ないものがないか点検させて貰いますよ」


 ダージリンは宝石用の白い手袋をはめると部屋を見回した。部屋の中央には天蓋付きのベッド、左手に本棚がありその前にリゼが座るソファーとローテーブルのセット、右手にはドレッサー。その奥の窓辺にライティングテーブルが置かれていた。


 リゼがローテブルの食後の紅茶に手を伸ばした。

「どうして、私を守ろうとなさるの?」

「私が思い通りに動かないと貴方はすぐに自分を粗末にしようと振る舞うからです」

「だからと言って姉に断わらず私の部屋を尋ねて良いの?」

「断りを入れている間に亡くなられていたら、私が責められます」

「なるほど。保身というわけ………ちょっと勝手に開けないで!」


 ドレッサーを引き開け、中身を改める。引き出しの中にはベルガモットに贈ったはずの真珠のネックレスが入っていた。念の為、留め具を確認するとやはり自分の店のイニシャルとシリアルナンバーが入っている。


(ベルガモット。貴方への好意は伝わっていないのですか?)


 ドレッサーの鏡越しにリゼの様子を伺うと、気まずそうな顔をしている。


(なるほど、姉に泣きついてここにあるのですね……だから晩餐に黒真珠を身につけなかったのですか? 奪われないように)


 ダージリンは少し気をよくして慎重に危ない物がないか、そして男の影を確認する。


 指輪も一通り見るが、普段使いするような物ばかりで、特にリゼの相手を特定する手がかりはなかった。熱心に指輪を見ていたダージリンにリゼが口を挟む。


「指輪で死ぬことはできませんわ」


(婚約指輪もありませんね……妹を落とした男は貴族ではない?)


「……指輪を飲み込めば可能かもしれません。君たちここにあるものを回収し下げておいて……」

 

 侍女をリゼは制し、叫んだ。


「勝手に持っていかないで!」

「ならば、貴方の秘密を姉に話しても構いませんか?」 

「どこまで分かってるの?」

 リゼの体を震えるのを、ダージリンは見逃さなかった。


(私に恐れを持っている……ならばカマをかけてみましょう。ですがその前に提案が先ですね)


「知られたくないのですね?それならば、ご自分の身体にナイフを突き立てるのは止めて下さい」

「でも………」

「代わりに貴方が本命と密会できるよう、私が毎晩通っているそぶりをしてあげましょうか?」

「どういうこと? 私を監視するの? それとも姉を騙すつもり?」

「どちらも違います。私を目眩しに使うということです」

「目眩しというのは騙す時に使う言葉よ」


 リゼの冷静な指摘にダージリンは首をすくめて見せた。


「貴方はすでに姉を騙している。気が咎めるならば正直に話されたらどうですか」

「それは………」

「話せない関係ということは、相手の男が何らかの事情で貴方と本気になれないと言う事ですか?」

「か、彼は悪くないわ……」


(素直に言えない恋の相手。貴族でなければ、この屋敷の人間でしょうね)


 リゼはソファーの上で両足を寄せた。ソファーに置かれたクッションにもたれてくつろぐ彼女は、恐れを持って上目遣いにダージリンを見上げた。


「ソファー座ってもよろしいですか?」

「ど、どうぞ」


 ダージリンが腰掛けて、ほとんど空になったリゼのティーカップにポットから紅茶を注ぐ。侍女達は離れた扉のところで待機している。ダージリンは声を落とした。


「ジャムの苺はどんなものですか?」

「……何を問うているの?」

「食堂での話の続きですよ。言葉遊びです」


 ピンときた表情を見せた後でリゼは赤らんだ顔をダージリンに向けた。


「どうしてそれを貴方に……」

「貴方の本心が叶うようにしたいと思っています。苺の熟し方次第で作戦が変わりますから」


 苺が未熟なら摘まれてないのだし、ほどほどなら諌める程度で済むかもしれない。問題は完熟だった場合。苺は摘まれて食べられている。


 ソファーに座った、ダージリンはリゼを見つめた。リゼはソファーから身体を起こし、視線を逸らせた。その頬は熟した苺よりも紅い。


「い、一般的にジャムと言うものは、完全に熟した苺を使うものよ」


 ダージリンは目を一瞬見張った。

 伯爵家の令嬢が?


(いや、先入観を持たない事はビジネスの基本ですが……)

 

 ダージリンは素早くリゼの後ろにある本棚に並んだ背表紙を把握した。本の八割はロマンス小説。中には刺激が強い物も含まれている。


『レディ。お姉さんを信じて言うべきだ。私も貴方を助けます』


 一般的な紳士ならそう諭すだろう。あるいは父親なら。しかし彼は違った。成人した女性を子供扱いすること、それは失礼だと彼は思っている。

 特にリゼは……テーブルマナーはスマート。さらに本棚の残り二割は難しい哲学書だ。けして常識のないレディではない。もし新たな苺が実ってしまったなら適切に判断し、すぐに姉に相談するだけの常識はあるだろう。


(本棚を見ると、ロマンス小説が多いですね。楽観的かつ幻想的な思考? いえ哲学書があるところを見れば、真面目に愛を考えているとみるのが妥当でしょう)


「確認ですが、貴方は苺を実らせたいとお思いですか?」


 リゼが顔を向けた。その表情は真剣だ。


「どうすれば良いの?」


 ダージリンは心の中で深くため息をついた。


(甲斐性の無い男ですね。女性にこんな風に言わせるなんて。まぁ男とは似たり寄ったりですが。私も愛する人の為に最低な入れ知恵を、彼女に差し向けようとしていますから)


 瞳を伏せてダージリンは覚悟を決め、その紅い眼を細めて妖しく微笑んだ。


「貴方が快楽の海に男を沈めたら良いと思いますよ。男を沈めた後は、逃げられぬよう私が海に囲いを作ります」

「貴方に何の得が?」

「得? 損得だけで動いていたら人生は成り立ちませんよ」


 ダージリンは口元を釣り上げて微笑み、心の中で自嘲した。


(ほらね、私も甲斐性を出すために手段を選ばぬ最低な男。男はみな似たり寄ったりなんですよ)


 その後リゼは男を誘惑して誘いだし、ダージリンはアフタヌーンティーや晩餐でリゼと雑談をしてリゼの男が奪いに来るのを待った。

 ダージリンが思った通り、焦った男はリゼと毎晩お楽しみだ。奪われまいとするのが男の本性である事をダージリンはよく理解している。

 だがリゼの甘い声は毒でしかない。ダージリンは暗い客室で気配を消し、さっさとベッドで眠る事にした。



 ダージリンは青い顔をしているベルガモットを静かに観察した。


(大切な妹君の事です。私が焚き付けたと責められても仕方はないでしょうね)


「……あの声は……貴方ではなかったの?」


 その一声をダージリンは心地よく聞いた。目閉じて余韻を味わう。満たされる。再び目を開くとベルガモットが濃紺の瞳がわずかに潤ませていた。しかし、唇が硬く結ばれている。


「でも、リゼを貴方が煽ったのよね?」

「煽らずともいずれは奪いに来ると思っていましたよ。晩餐の時には彼女の唇に男の影を感じていましたから」

「それでも煽った事には変わりないでしょう」

「そうです。煽りました。それについては謝罪します」


 彼は自分に非があれば直ぐに認める事を信条としていた。言い訳はしない方が潔い。相手の感情を読み取り、相手に譲るのはダージリンの得意技でもある。


 ベルガモットはそれでもなお、口元をこわばらせている。


「……貴方が困っていたのも、不安定なリゼの為に犠牲になってくれたのも理解したつもりです」


(やはり貴方は真面目なレディですね。自制しなくとも胸に飛び込んできて下さったら、直ぐにでも口付けをするというのに)


 女伯爵として男社会の社交界で生きてきたベルガモットはやはり自分の想いよりも家督を重んじている。その重みから解放させる事。それがダージリンの、目下の目標であり、野心である事など彼女は知りもしない。


「……でもそれなら、リゼの相手は誰だったの?私はリゼの相手を知る必要がある。貴方だって「男」を取り押さえる事だって可能だったでしょう?」


「マイ・レディ。女性が望んで語らっているところへ足を踏み入れるのは私の美徳に反します」


 宝石のように美しく、優雅にかつスマートに。それがダージリン・マスカテル男爵の美徳だった。

 手っ取り早く元凶を明らかにして無実をベルガモットに証明する。簡単な道を選ばなかったのは苦労して手に入れたものにこそ価値がある事を彼がビジネスで学んでいたからだ。


「……そうかもしれないけれど……」


 ダージリンは戸惑いを見せるベルガモットを見て喉を鳴らした。しかし今は彼女の事だ。


「貴方の事もある。リゼの相手はいずれ明らかにする必要がありました。まぁ、ある程度予測はついていましたがね」

「予測?……貴方はどうやって相手の姿も見ずに相手が誰であるかを知ったの?」

「ならばもう少し、話を続けても良いですか?」

「良いわ。お願い」



お読み頂きありあがとうございます。

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