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6、晩餐と『出会いの物語』

 女主人ベルガモットが不在となったダイニングテーブルに晩餐が運ばれた。女主人の位置にリゼが座り直し、ダージリンと向かい合う。

 前菜とスープが運ばれてもリゼは沈黙し続け、仔牛のステーキに差し掛かった時にようやく口を開いた。


『どうして姉のことが好きになったの?』

『レディ・セーブル。私の事ではなく貴方の話を伺うために晩餐をご一緒しているのです』

『貴方が紳士だと証明したいのならば、貴方自身から話すべきでは?』

『なるほど。確かに一理ありますね。ではレディ・ベルガモットが私の店を訪ねてきた時の話をしましょう』

『ええ。それがいいわ。続けて』


 ダージリンはナイフとフォークを皿に置いて、語り出した。


 私はその日、信頼のおける部下に接客を任せて、店の奥で帳簿を確認していました。ノックの後、部下が言いました……。


『旦那様。ご身分の高い方がご来店されました。私共ではお相手しかねる方です』

『どなたですか?』

『レディ・ベルガモット・セーブル様。女伯爵であられます。髪飾りをお探しのようです。高価な黒真珠を売るチャンスかと』

『わかりました。伺いましょう』


 脱いでいたジャケットを羽織り、表に出るとダークブロンドの立ち姿の美しい貴婦人が振り向いた。

 濃紺のラピスラズリの瞳、整った顔立ちは真珠のように光り輝き、細くスラリと伸びた指先。

 店主として美しい女性は見慣れていたが、今までにはない胸の締め付けをダージリンは感じた。


 息を整え、最大限に身体の隅々まで神経を研ぎ澄ませた。どのように配慮すれば最適な印象を相手に残せるかは熟知している。


『レディ、ようこそ。私はこの店のオーナーでダージリン・マスカテル男爵と申します』

『ベルガモット・セーブルですわ』


 想像を上回る鈴のような声。はやる鼓動を押さえて低く、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


『レディ・ベルガモット・セーブル。当店にご来店頂き光栄です』


 伯爵の手袋をはめた手を取り、その甲に口づける。手袋越しでも全身の細胞がうち震え、第一印象はダージリンの中で確信に変わった。左手に指輪はない。

 濃紺の瞳に微笑みを向ける。


『どのようなお品物をお探しですか?』

『髪飾りよ。夜会に付けていくための』

『なるほど。ではこちらの真珠はいかがです。淡いピンク色に輝く真珠であれば貴方の艶やかなお髪に負ける事はありません』

『売れ筋なのは黒真珠ではなくて?』


 レディ・ベルガモットはショーケースの前列に並ぶ高価な黒真珠に視線をやった。

 ダージリンはそのショーケースの上にあった花瓶のブーケから白い薔薇を一本抜き取り、貴婦人の前に差し出した。


『白い色も貴方にはお似合いだと思います。このバラが貴方に相応しいように』


 ベルガモットは微笑んで言った。

『貴方は商売人なのに、高い物を売りつけなくてよろしいの? 女伯爵と言ってもお金に困っているわけじゃないのよ』


 伯爵を包むクラシカルなドレスは高価なものなのは明らかだった。


『存じております。……ですが流行りの品を身につければ夜会で貴族紳士の心を射止めてしまう』

『白真珠なら大丈夫だと?』

『少なくとも私は安心できます』


 これは賭けだった。貴婦人が射止めたい相手がいるかどうか、ダージリンは暗に探りを入れていた。白薔薇を一輪だけ持つ手を振るわせないよう、へその下に力を入れた。


『変なお方。お店を飾るお花は頂けないけど、高い物を売りつけない、誠実なお心遣いは気に入りました。白真珠の髪飾りを包んでちょうだい』


 歓喜に震える心と、花を受け取らなかった悲しみで震える心を抑えて、ダージリンは微笑みを作った。


『そうですね。店先を飾る花は貴方には相応しくない。より相応しい物をご用意し、またのご来店をお待ちしております』


……これが、貴方のお姉様と一番初めに出会った時の話です。


『随分と長いお話だったけれど』

 仔牛のステーキを食べ終えたリゼが口を開いた。

『つまり、白薔薇を一本差し出した貴方は、姉にひと目ぼれしたって事かしら?』


『ご明察です。レディ・セーブル。ですから貴方の婚約者にはなれません』


『なぜそんなに姉を想っていらっしゃるのに、私を突き飛ばさなかったの?』

『その後、私はベルガモットと再会し、白真珠は貴方への贈り物だと知りました。妹思い姉を前に突き飛ばすなんてできません』 


 リゼが微笑んだ。


『姉に良いところを見せたかったのね?』

『そうですね。幻滅させたくはなかったのです』

『随分、自制が効いた紳士だこと。私に口付けされても貴方は何も感じなかったの?』

『ベルガモットの唇より魅力的な唇は私にはありません』



「止めて。ダージリン」

 ベルガモットが紅茶をテーブルに置いて話を遮った。濃紺の瞳が揺らぎ、頬が赤らんでいる。ダージリンが目を細めて彼女を見つめた。


「やはり、私の描写はいらないわ。なんでそんなに詳しく言う必要があるの」

「レディ・セーブル。私の事を信頼してもらうためです」

「貴方の話は長すぎる。もっと要点を絞ってちょうだい」

「残念ですね。私がどのくらい貴方を想っているのか弁明したかったのに」

「……弁明しなくてはならないのは、私よ。白い薔薇にそんな意味があるなんて知らなかったわ」


「それは貴方が恋に疎いからですよ。レディ・ベルガモット。貴方の妹は花は飾らなくとも恋物語で花の意味は知っていました」


 ダージリンはチラリと執事の方を見た。アッサムの姿勢が一瞬乱れたのをダージリンは見逃さなかった。


「話を続けても良いでしょうか?」

「良いけれど手短にお願い」

「分かりました。善処します」

お読み頂きありあがとうございます。

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