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4、ダージリンの紅い瞳

 婚約破棄されてから、ニヶ月が過ぎた。執務室の戸を叩く音に声をかけると、部屋に入ってきたのはダージリンだった。


「コテージの改装が終わりましたね。貴方はいつあちらに移るおつもりですか?……私がコテージへ行きましょうか?」

「今の客間がご不満なのかしら?……もっとも貴方はリゼの部屋に入り浸しなのかもしれないけど」


 ぴくりとエキゾチックな眉が動き、ダージリンの紅い目が細められた。


「レディ・セーブル。貴方にひとつ尋ねたい事があります……リゼに花を贈ったりされますか?」

「あの子に?……あの子は昔から花が嫌いよ。『花は私を悲しませるから』ですって。花と比べられるのが嫌なんじゃないの?」

「……そうですか」

「リゼに花でも贈ろうと思ったの?」

「いいえ。……貴方も花は嫌い?」

「何が言いたいの?」


 ダージリンがサイドチェストの上にある花瓶のブーケに目をやった。白いアスターの可憐な花弁が甘い匂いを放っていた。


「すみません。愚問でしたね。この部屋には綺麗な花が生けられているというのに。……誰が用意するんです?」

「執事に決まってるでしょう」

「……なるほど」

 

 ダージリンが白いアスターの花を花瓶から一本抜き取り、手にしていた書類に添えると、ベルガモットの執務机の上にさりげなく置いた。書類は招待客のリストだった。


「結婚式の件で、他に何か手伝える事はありませんか?……招待客のチェックは終わったので」

「あとは館の主人である私の仕事よ。貴方には式の費用を負担してもらっている。……そちらこそ新しいドレス作りは済んだの?」

「リゼは私の提案に乗り気ではないようです。それに思っていた通り、妊娠しました」


 書類が滑り落ち、床の絨毯の上に散らばった。慌てて拾い集める手にダージリンの褐色の手が重なり、ベルガモットの手が震えた。


「そう。随分とご奉仕なさったものね……来週には引っ越しも済ませて私の寝室をコテージに移すわ」


(いけない。おめでとうと言わなくては……)


 ベルガモットは床から視線を上げると赤い瞳が目の前にあり、真剣な眼差しがあった。


「レディ・ベルガモット。貴方にベッド・ティーを淹れたい」


「わたくしに?」


 ベルガモットは瞳を見開き、眉をひそめた。


(ベッド・ティーを?)


 ベッド・ティー。それは愛を語り合った翌朝、紳士が寝台から降りられない淑女に淹れる一杯の紅茶のことだ。関係を持ちたいという常套句でもある。


(それとも、何かの比喩だったかしら? お祝い事の?……いえ違うわ)


 空いてる手で肩から落ちたダークブロンドの髪をかきあげ、濃紺の瞳を相手から逸らして思考したものの、思いつかない。


(彼はわたくしを誘っているの? リゼが妊娠したから?)


 褐色の肌を持つ精悍な顔立ちは真剣そのもの。紅い瞳が熱くベルガモットに注がれている。固く結ばれた唇と対照的にシャツは着崩され、胸の頂きまで見えそうだった。


(なんて無防備なの……)


「マイ・レディ。つまり貴方と朝まで『語らいたい』と思っています」


(やっぱり関係を持ちたいという意味で言ったの? リゼを妊娠させておいて!)


 ベルガモットが厳しい表情でダージリンを睨んだ。


「リゼを大切にしていたのでは? 私が女伯爵だから、姉の私にも手を出して爵位を得るつもり?」

 

 ダージリンが整った眉を寄せ、その紅い瞳を揺らがせた。


「心外ですね。貴方の信頼を私はまだ勝ち取れていなかったわけだ」

「信頼も何も私と婚約破棄をされてから毎晩リゼと仲良くされているでしょ!」


 ベルガモットの手をダージリンが優しく握った。不思議といやらしさは全くなかった。そしてもう片方の手には書類から落ちた白いアスターの花があった。


 その花がベルガモットの前に差し出された。


「私の話を最後まで聞いてくださいますか? 貴方の悪いようにはしません」

「……ただの話であれば聞くわ」


 花に罪はない。それを受け取るとダージリンがベルガモットへ重ねた手を引き上げ、手の甲に口づけを落とした。


「ありがとうございます。では貴方と一年間、慣れ親しんだソファーに腰掛けましょう」


 ソファーへエスコートされた、ベルガモットは一瞬迷って、ローテーブルを挟んで座り、ダージリンと向き合った。


「レディ・ベルガモット。紅茶を飲みながら話しませんか。毎週末ティーサロンで語り合ったように」

「いいわ。用意させましょう」


 ベルガモットはベルを鳴らした。執事のアッサムが現れ、紅茶を頼む。

 アッサムが紅茶を入れ終えた時、ダージリンが声をかけた。


「君もここにいて下さい。私が君の主人に手を出さないようによく私を見張っていてほしいのです」

 

 ベルガモットが眉をひそめる。


「どういうおつもり?ただのお話でしょう?」


 ダージリンは肩をすくめた。


「もちろんです。まずは貴方の信頼を勝ち取るため、あの日にさかのぼり、私の物語りを披露してもよろしいですか?」


「貴方の物語?『哀れな女伯爵が婚約破棄される物語』を?」


「いいえ、レディ。視点を変えればこれは全く違う物語だったのです」

お読み頂きありあがとうございます。

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毎日0時 12時に投稿します。全11話完結です。

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