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第4話:夕刻の会議

 騎士団屋舎・馬小屋付近―――。


 陛下との会議がもうすぐはじまる。ローレンスは、稽古場の手伝いを終えて、馬を小屋へ戻しにきた。他の騎士団兵の1日は終わり、騎士団屋舎の裏手にある馬小屋付近はひっそりとしている。傾きはじめた太陽が屋舎の影をつくり、辺りはさらに深々としていた。また、出口のない迷路がローレンスに手まねきする。


「あ、ユトさん」


 ローレンスは、馬小屋から出てくるにユトにばったり出会う。


「おう、久しぶりだな、ローレンス! 復帰したんだってなぁ!」


 ユトは、いつものカラッとした笑顔で言った。


「はい、復帰しました。こんなところで、なにしてるんですか?」


 ローレンスは、馬から降りて言った。


「ああ、おれは、任務終わって、馬を戻しに来ただけだ。ん? なんか、しけた顔してんな・・・。あ、わかった! エドワード団長さん、これから会議とかじゃないのか?」


 ユトは、からかうような笑みを浮かべて言った。


「はい。これから陛下と会議です」


 ローレンスは、表情を変えずに言った。


「なんだ、ほんとに会議か。しかも陛下と。大変だな、団長は・・・」


 ユトは、胸に不協和音が生じ、宙に目をやって、その場の空気に耐える。


「あの、ユトさん―――」


 出したい言葉があるのに、のどが締めつけてきた。そして、指先の血が逃げるように引いていく。


「ん? なんだよ。おまえ、なんか変だぞ。・・・って、それはいつもだけど、ちょっと、それとは、また違うというか・・・」


 ローレンスより少し背の高いユトは、顔をのぞき込みながら言った。うねった、てっぺんの髪の毛がポップに揺れる。


 ローレンスは胸元の団長服を握り締め、荒くなる息を抑えることに集中した。主張してくる心臓をなだめ、なんとか言葉を出す。



「はぁ? なんでクリスさんが『氷の悪魔』って呼ばれてるか?」



 ユトは、思わずローレンスの質問を反復し、眉をひそめる。ローレンスは、コクッとうなずいた。


「そんなの、2年前の、マリー王国の襲撃からだろ」


 ユトは、あたりまえのように言った。


「え? あの戦・・・ですか?」


 ローレンスは、まるで、探していた鍵がすぐそばにあったような戸惑いを感じながら言った。


「ああ。そっからおまえも負け知らずになって『最強騎士』って呼ばれるようになったんだろ。覚えてないのか?」


 ユトは、その鍵をローレンスの目の前にぶら下げるように言った。


「いや、覚えてますけど、それのなにが・・・?」


 ローレンスは、トーンを落とした屋舎の壁を見ながら、思い切って鍵に手を伸ばそうとした。


「って、なんでいまさらそんなこと聞くんだよ」


 ユトは、鍵をローレンスの手の届かないところに置いた。


「あ、いや・・・。なんでもないです。会議、行ってきます」


 そう言って、ローレンスは鍵の在処だけ頭に入れ、一点を見つめながら馬小屋に向かって歩き出した。


「ほんと、変なやつだなー」


 ユトは、横を通り過ぎるローレンスを目で追う。




 王宮中央・王の御殿―――。


 御殿の書斎から壁をひとつ挟んだ部屋。ベランダにつながる大きな窓からオレンジ色の光が差し込む。それは、部屋の中央に凛としてたたずむ深みのある木の長テーブルを一層つややかにし、厳かにしていた。その夕日を斜めから浴びて、テーブルの一番奥の短辺に国王が座り、長辺には、それぞれ、騎士団、警備団、救護団の団長、計6名が席についていた。


 壮年の国王は、えらが目立つ引き締まった口元と、千里を見通すようなキリッとした赤茶色の瞳で、目の前の5人を見つめる。分厚く、丈の長い召物から、てかっと光る色黒肌が威厳をかもし出していた。


 国王の左前に座るコールマン団長。いつも通り、気品のあるオーラを放って、まっすぐ前を向いていた。その隣には、洗練された大人の態度に切り替わったローレンスが座る。それを横目に、ロイド団長は第4騎士団セオドア・バイロン団長と向かい合って座っていた。騎士団兵の中で最年長のバイロン団長は、不動の第4騎士団団長として、数々の戦で確実な仕事をこなす。ダークブロンドの長髪をオールバックにし、うしろで一つにまとめている。キリッとした細長い目の中の鋭い眼光は、タイガーのような黄金色を帯びていた。


 ローレンスは終始、目の前にいる苦手な救護団スミス団長と目を合わせないようにしていた。無茶な戦いを繰り返し、怪我が治りきらないうちに次から次へと新しい傷をつくってくるローレンスは、すっかり救護団員の目の敵にされていた。スミス団長はローレンスと同じような背丈だが、鍛練された彫刻のような騎士団団長らに囲まれると、ほっそり見える。


「ではケイト、はじめてくれ」


 国王は、右斜め前に座る警備団団長に投げた。


「はい、陛下」


 ケイトと呼ばれた女性は、椅子を引いて起立した。王宮および周辺の町の警備にあたる警備団団長を担う。ふわっとしたウェーブのある明るい茶色の髪は、上半分だけうしろで束ね、腰まで下ろしている。クリッと上がる長いまつ毛に前髪がかかり、大きな瞳は、コルネイユ王国の限りなく続く丘のようなグリーンに輝く。背筋が伸び、健康的かつ引き締まったセクシーなからだは、屈強の男たちに囲まれても存在感を放っていた。


「みんな忙しい中ありがとう。今日は、3ヶ月後に、西のガーネット王国で行われるサミットの件ついて集まってもらった。陛下がそのサミットに出席するにあたり、警備体制の確認をしたい」


 ケイト団長は、手元の資料に一切目を落とさず話す。


「基本的には、2年前と同じだ。警備団団長と第1騎士団団長、そして、選抜した警備団兵と第1騎士団兵が陛下と同伴し、ガーネット王国まで送り届ける。コールマン団長は、その選抜の団兵が決まったら教えてくれ」


 ケイト団長は、コールマン団長の目を見て言った。


「わかった」


 コールマン団長は、目の前のケイト団長の目を見つめながら、落ち着いた声で返事をした。


「10日間ほどの遠征になる。その間、王宮および周辺の警備は、残る第1と第2騎士団兵でカバーしてもらいたい。エドワード団長は、後日、警備の引き継ぎをするので声をかける」


 ケイト団長は、ローレンスの目を見て言った。


「はい。わかりました」


 ローレンスは、大人の顔をして、背筋を伸ばしたまま返事をした。


「ロイド団長とバイロン殿の第3、第4騎士団は、通常の任務に当たってもらいたい。それに加え、普段、第1、第2が担っている任務を、優先順位を決めて対応してほしい。そのあたりは、それぞれの騎士団長の間で話をつけていただけますか?」


 ケイト団長は、ロイド団長とバイロン団長を一回ずつ見ながら言った。


「了解した。問題ない」


 バイロン団長は、微動だにせず、目を閉じたまま答える。


「わかりました」


 ロイド団長は、ケイト団長を見上げ、健やかに言った。


「救護団団長のスミス殿には、前回のこともあるので同席してもらいましたが、基本的には通常任務でお願いします」


 ケイト団長は、真横のスミス団長に目を落として言った。


「はい」


 スミス団長は、ケイト団長を見上げながらうなずいて返事をした。


「そう・・・。前回は、騎士団の規模も小さく、第3、4が編成されていなかったから、すべての面で人手不足に陥った。しかし、今回その点については改善されていると考えている。あとは、我々が留守の間、くれぐれも勝手な行動をとらないように。特に・・・」


 そう言ってケイト団長は、ふうっと一呼吸おいて、目を見開く。


「そこにいる3人! 当日の計画をしっかり頭に叩き込んでおくように!」


 ケイト団長は、いまにも猛獣が獲物の首を噛みちぎるような剣幕で、目の前にいるコールマン団長、ローレンス、ロイド団長に、指をさしながら言った。


 コールマン団長とロイド団長は、真っ向からくる嵐を正面から受け、目を閉じたまま、ピクリともしない。


「へ?」


 ローレンスは、状況を読み込めず、両脇のふたりを交互に見る。前に座るバイロン団長、スミス団長も、まるで木になりすましたフクロウのようにやり過ごしている。


「へ?」


 ローレンスは、ゆっくり鬼と化したケイト団長を通過し、国王に視線を移した。国王は、軽く息を吐きながら彼女に向かって話しかける。


「まあ、ケイト、警備体制について、他に―――」


「陛下! 陛下はサミットでしっかり友好関係を築いてきてください! コルネイユ王国は、この大陸で自給自足ができる唯一の国だ! 他国はビジネスにならないから攻めて来ないだけで、逆に言うと、相手にされてないんですよ! 少しはラム酒でもアピールして経済を動かしてみてはどうですか⁉︎」


 ケイト団長は、国王に容赦なく物申した。国王は涙目になり肩を落とす。そして、彼女は、ふうっと息を吐いて呼吸を整える。


「わたしからは以上だ。なにか質問は?」


 ローレンスは、まるで部屋の天井から滝が落ちてきたかのように、ひとり、ぼう然となっていた。



 短い会議が終わる―――。


 

 国王が席を立ち、団長たちも王の御殿をあとにした。


「ロイドさん! あのっ・・・!」


 ローレンスは、糸がもつれたままの頭を整理しようと、騎士団屋舎に続く通路でロイド団長を追いかける。


「ああ、いつものことだ。あんまり気にすんな」


 そう言い放って、ロイド団長はそのまま歩いて行った。


「ちょっ・・・!」


 ローレンスは、遠ざかるロイド団長に手を伸ばす。騎士団長らしからぬ乱れた姿を、そばにいた警備団兵の視線に刺され、思わず下を向いてその場を去った。


 あたりはすっかり暗くなり、王宮の外壁にかがり火が灯される。ローレンスは、中庭に下りて行き、草木の香りを深く吸い込んだ。いつも親しくしてくれる小鳥や蝶たちの姿はない。噴水は音を立てず、小さな水たまりのようになって、輝きはじめた夜空の星を静かに映していた。目を閉じて、細く長く息を吐きながら、まだ少し騒いでいる胸を落ち着かせる。



「さっきの陛下の顔は傑作だった」



 中庭の、ひっそりとした裏手から人の話し声が聞こえた。



「男どもには、はっきり言わないとわからないだろ?」



 ローレンスは、無意識に声の方に引き寄せられる。そして、ヘーゼルの瞳がコールマン団長とケイト団長をとらえ、思わず植木に身を隠した。


(あれ? なんでおれ、隠れないといけないんだ?)


 とりあえず、からだの反応に従った。コールマン団長たちに背を向け、そのまま陰に身をひそめる。会話の続きが壁と植木を通過して、ローレンスの背中に到達する。



「では、ケイト。わたしもはっきり言おう」


「ん?」



「君を愛してる。結婚しよう」



(・・・っ!) 


 ローレンスの心臓が鉄槌で打たれるような衝撃を受ける。いまにも声が飛び出しそうになり、とっさに口を両手で押さえた。指の隙間から押し出してくる息を必死で無音にする。



「ふふふっ。確かに、わかりやすくていいな。でも、わたしをだれだかわかって、それを言っているのか?」


「もちろんだ。コルネイユ王国・第3王女ケイト・ヴァレンティーナ・コルネイユ様」



(・・・っ! 王女⁉︎)


 ローレンスは、連続した高波にのまれるように、からだの芯がぐらぐらと揺らめく。


「その王女と結婚するということは、つまり、どういうことかわかっているのかと聞いている。母上は他界し、姉たちは嫁いでいって、この王国に残っているのはわたしだけだ」


「それで? なにか心配でも?」


「さあ・・・どうだろうな」


「わたしは君のそばにいる。そのためなら、なんだってやる。いままでのように、これからも」



(・・・っ!)


 大きく見開いたローレンスの目が勝手にうしろにまわり、植木の葉っぱの隙間から、ふたりの姿が飛び込んできた。




 ふたりの唇が重なり合っている―――。




 ローレンスは、急ブレーキをかけたように目をギュッと閉じて、前に向き直した。しばらく、口づけを交わすゆったりとしたセクシーな音が続き、聴覚だけがふたりのありさまを膨らませる。胸のうねるような大波がおさまらない。細かく震える手に汗がにじむ。腹の底で沸々と煮えるような血流もうごめく。そして、置き場のない心の重心は、ローレンスの足をゆっくり動かし、その場から静かに遠ざけていった。


 コールマン団長のキスがピタッと止まる。ケイト団長の唇が、急におさまり所を失ったように浮遊した。


「・・・どうした?」


 ケイト団長は、はやる気持ちを抑えながら、小さな声を出す。


「・・・いや、なんでもない」


 コールマン団長は、斜めうしろに視線を送りながら言った。


「もしかして、おじけづいて気が変わったか?」


 そう言ってケイト団長は、背伸びをしていたかかとを地面に下ろた。そして、コールマン団長の前髪を横に流しながら、蒼いダイアモンドを見つめる。


「ふっ、まさか」


 コールマン団長は、彼女の手をやさしく包み、グッと引っ張って抱きしめた。ふわりとやわらかい髪の毛と共に、甘い香りがあとから来て、コールマン団長の繊細な皮膚に染み込んでいく。腕の中で身をゆだねる彼女のぬくもりは、日々の緊張で硬直した全身の細胞を、ゆるやかに溶かしていった。



「君は、自分が思っているよりも、ずっと美しいんだ。なにも心配しなくていい」



 そう言って、コールマン団長は、左手を長い髪の毛の下にもぐり込ませ、彼女の背中をやさしくさする。そのまま、しなりのある腰に腕をまわした。もう片方の手で小さな頭を包み、自分の胸にピッタリくっつける。彼女の甘い香りにほおをうずめ、まぶたの裏に浮かぶ、光り輝く草原を歩きながら、頭部にやわらかく口づけをした。




 騎士団屋舎―――。


 ローレンスは、がむしゃらに階段を駆け上がる。会議から絡まったままの糸は、両端を無理やり引っ張り、結び目がだまのようになっていた。


「ユトさん!」


 気がつけば、ローレンスは、2階のユトの部屋の扉を勢いよく叩いていた。


 ユトは、扉を少し開け、煙たそうに片目だけ出す。上半身は裸で、ゆったりとしたズボンを履いていた。天に向かってうねっていた髪の毛も、バサっとラフに下ろしている。


「なんだ、ローレンスか。なんか用か? 今日は読み書きの特訓はしてやんねーぞ」


 入団して丸7年になるユトは、ひとり部屋を与えられていた。木取りしただけのベッドと小さな机、背もたれのない椅子が置かれてあった。兵団服がかけられた開きっぱなしのクローゼット。その横のカーテンのない窓から、かがり火で浮かび上がる馬小屋の屋根が見える。


 ローレンスは、扉を押し開き、無言でユトに詰め寄る。


「おっ、おい! なんだよ!」


 ユトは、至近距離のローレンスから、のけ反るように言った。


「ユトさん!」


 ローレンスは、肩で息をしながら、ユトの名前を繰り返し叫ぶ。


「うるせーよ。静かにしろ。みんな疲れて休んでるんだ」


 ユトは、ローレンスを正面から片手で払うようにして言った。そして、部屋の入り口の方に歩いて行き、扉をパタンと閉める。そして、ゆっくり椅子に座って、窓際に立ち尽くすローレンスを静かに見た。


「はぁ・・・。そんな姿、他の団兵に見られてねーだろな。みっともねー。とりあえず、その団長服を脱いでくれ。任務中の気分になる」


 ローレンスは、言われたとおり、団長服を脱いだ。


「よし。そこに座れ」


 ユトは、ベッドを指さして言った。ローレンスは、言われたとおり、座った。


「よし。深呼吸をしろ」


 ローレンスは、言われたとおり、深呼吸をした。


「よし。なにがあった?」


 そう言ってユトは、両ひじを机にかけ、足を組んで椅子に座る。机の上にあるろうそくの火が、ユトの背中で遮られ、部屋のトーンを落とす。


「・・・よくわかりません」


 ローレンスは、下を向いて言った。


「おまえなぁ・・・」


 ユトの首が垂れる。


「ここが・・・だれかの手でぐちゃぐちゃにされてる。こんなの、はじめてだ」


 ローレンスは、シャツの胸元をしわくちゃになるまで握る。ひと吹きで消えてしまう灯火のように弱く、目の際に光るものが溜まる。


「ローレンス、おまえ・・・ったく、ちょっと待ってろ」



 ユトは、1階からコップ一杯の水を持ってきて、ローレンスにのませた。


「・・・・・・」


 ローレンスの尖った肩が丸みを帯び、逆立った髪の毛が伏せた。そして、恐る恐る口を開く。



「はぁ? クリスさんとケイト団長?」



 ユトは、予想外のローレンスの質問に、思わず声を上げた。


「あのふたりのことは、王宮じゃ有名だ。陛下もご存知だぞ」


 ユトは、太陽が東から登るように、さらっと言った。


「ええ⁉︎ そうなんですか⁉︎」


 ローレンスは、ひっくり返りそうになって叫ぶ。


「おまえは剣のことしか興味がないから、知らなくて当然かもな」


 ユトは、軽蔑に近い目をして言った。


「そもそも、クリスさんほどの人が、こんなちっぽけな国に仕えること自体、おかしいと思ったことないのか?」


 ユトはため息をつきながら、前かがみになって、両ひじを太ももに乗せて言った。


「クリスさんって、そんなにすごいんですか?」


 いつもの無表情のローレンスに戻っている。


「あのなー、すごいもなにも・・・。あのガーネット王国・コールマン家の次男なんだよ! トップクラスの騎士を育てる名家だ。この大陸中の貴族、みんなが知ってる! あの人が15になったとき、どれだけの国から職のオファーがあったと思ってんだ!」


 一通り叫び倒したユトは、路頭に迷ったように疲れ切り、うなだれた。ラフに下ろした髪の毛が、さらに力なく顔の半分を隠す。


「じゃあ、クリスさんは、ケイト団長がこの国にいるから来たんですか?」


 ローレンスは、ひとつひとつ要点を押さえていく。


「ああ。特に、クリスさんの代の新人戦が衝撃的で、いまでは伝説となってる」


 ユトは、自分がその場にいたように話す。


「クリスさんの新人戦? おれがちっちゃいころ観に行ったやつですね」


 ローレンスは、ユトの話を自分につなげながら聞く。


「そうだ。で、ここからは、ロイドさんから聞いたことだ。クリスさん、ロイドさんを負かして優勝したろ? それで、陛下に褒美はなにがいいか聞かれて、なんて答えたと思う?」


 ユトは、臨場感にまかれるように身を乗り出す。


「新しい剣・・・とかですか?」


 ローレンスは、真面目に答える。


「アホ。クリスさんはすでにコールマン家から特注品を持って来てるだろ?」


 ユトは、また肩を落としてうなだれる。そして、気を取り直して続けた。


「クリスさんは、『公式に、ケイト王女とお見合いをさせてほしい』って言ったんだよ!」


「へえ・・・」


 そう言ったローレンスの胸がパリッと音を立てた。


「それ以来、新人戦は行われていない。陛下、よっぽどショックだったんだろうな。まあ、一番顔が引きつってたのはケイト団長本人だったらしい」


 そう言いながらユトは、また机にもたれかかる。


「クリスさん、ケイト団長のそばにいるためなら、なんだってやるって言ってました」


 ローレンスは、コールマン団長の言葉とユトの話を紐付ける。


「ま、そうだろうな。やっぱり、マリー王国の襲撃がそれを物語って―――」


「だから、なんでその戦いなんですか⁉︎」


 ローレンスは、目の前の鍵を取り上げて扉をこじ開ける。


「おまえ、もしかして、ほんとになにも知らないで戦ってたのか・・・?」


 ユトは、ピタッと風が止んだように、静かに言った。


「ユトさん・・・。おれ、一体なにをしたんですか・・・?」


 ローレンスは、生気を失った表情を見せ、蚊が鳴くような小さな声を震わせた。

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