第3話:第1騎士団入団・ローレンス(15)
ダリー村視察から3年後・騎士団屋舎―――。
朝焼けが、東の山脈のラインをオレンジ色に浮き立たせ、空をピンクに仕立て上げるころ、騎士団屋舎・1階講堂に500名近くの騎士団入団志願者が列をなしていた。コルネイユ王国の各地の村々から、腕っぷしに自信のある者が、憧れの職業に手を伸ばす。みな、まがいなりにも戦闘服を着て集まっていた。数名の貴族出身の志願者は、自前の鎧を身にまとい、いまにも出陣できるくらいの準備を施している。
「はぁ⁉︎ 剣を持ってきてない⁉︎」
受付をしていたユトが声を上げる。周りにいた志願者たちが、ユトの前にいる青年に視線を注いだ。赤茶色の土が染み付いた麻のシャツと、七部丈のズボンに、足首がやっと隠れるほどの畑仕事用のブーツを履いていた。厚い布でできた小さな筒形のカバンの口を紐でしばり、大ざっぱに左肩に乗せている。
「剣、いるんですか?」
その青年は、片足に重心を乗せて、無表情で言った。
「あったりまえだろ⁉︎ これから剣術の試験があるってのに!」
ユトは、前代未聞の入団志願者に、開いた口がふさがらない。
「ユト、おまえのを貸してやれ」
背後からコールマンの声がした。
「クリスさん⁉︎ え? わたしのをですか⁉︎」
ユトは、飛び上がるように振り返って言った。この日、コールマンは、第1騎士団団長から、この場のとり仕切りを任されていた。
「久しぶりだな、ローレンス・エドワード。マルコ村長や、村のみんなは元気か?」
コールマンは、背丈が倍になったローレンスに向かって言った。
「あ、クリスさん。はい。みんな変わりありません」
ローレンスは、一気に背丈が伸びたコールマンを少し見上げて言った。
「本当に、騎士になりに来たのか?」
コールマンは腰に手を当て、まっすぐローレンスを見て言った。
「えっと、クリスさんが、ここにいるから来ました」
ローレンスは、目的を端的に言った。
「ふっ。そうか」
コールマンは、思わず下を向いて笑いをこらえる。
「へ? クリスさん、こいつと知り合いですか⁉︎」
ユトは、首振り人形のように、ふたりの顔を交互に見て言った。
「3年前、おまえはこいつの村に世話になったんだ。まあ、酔い潰れて覚えてないだろうがな」
コールマンは、鋭い目でユトを突いた。
「え? そうなんですか⁉︎ ・・・わかりましたよ。ほら、おれの剣だ。丁寧に扱えよ」
ユトは気まずそうな顔をして、腰に差していた剣をローレンスに渡した。
「ありがとうございます」
ローレンスは、それを受け取り、外の稽古場で次の指示を待つ。
「おい、なんだ、あいつの格好・・・」
「あの普段着でいまから試験を受けるのか?」
「騎士をなめてんじゃないのか?」
他の志願者から、ヘドロを見るような視線が注がれた。ローレンスは気にする素振りもなく、ユトの剣を左肩で休ませ、地べたに座る。そして、屋舎の壁にもたれ、おもむろにカバンから石窯で焼いたパンを取り出してかじった。カリッとした外側のパンくずが、ボロボロと鞘を伝って地面になだれ落ちる。同時に、小鳥たちがローレンスの周りに集まり、おこぼれに群がった。ローレンスは、その小鳥たちにやわらかい笑顔を見せ、会話をしながら時間を過ごす。
小鳥たちが去ったと思ったら、ローレンスは、何本ものブーツに埋もれていた。ゆっくり立ち上がって、みなが送る視線の先に目をやる。そこには、コールマンが稽古場の一番高いところに登り、手をうしろに回して志願者たちを見下ろしていた。その姿に吸い込まれ、稽古場一帯が深い井戸のように、しんと静まる。
「それでは、いまからコルネイユ王国・騎士団の入団試験を行う! 試験は2種類! 体力と技術だ! まずは体力! この稽古場、1周3600フィート(約1キロ)を10周してもらう! そのあと、上位200名のみ、技術に移る! 技術は、志願者同士、1対1の対決! そこで剣の腕前と、素質を見せてもらう! それらの結果を総合して、上位50名が今回の受け入れとなる! 健闘を祈る!」
コールマンは、隅々まで聞こえる声で言った。心地のよい声がローレンスの細胞に染み込んでいく。
澄み切ったヘーゼルの瞳は、しばらくコールマンの立ち振る舞いを追っていた。一方、他の志願者たちは、コールマンの話が終わるやいなや、目をぎらつかせ、我先にからだをほぐして試験の準備をするのだった。
山並みにかかる夕陽が、屈強の志願者を、もろく細い黒影にして地面に落とす―――。
「あの、剣、ありがとうございました」
ローレンスは、すべての試験が終わり、講堂にいたユトの元に剣を返しに行った。
「おう。おまえ、ローレンス・エドワードだったよな」
ユトは、名簿を指でなぞり、ローレンスの名前を探す。
「おぉ! 体力ダントツ1位かよ! 技術が・・・98位⁉︎ で、ギリ合格。変わったやつだな、おまえ」
ユトは、剣を受け取りながら言った。
「はい。剣では勝てませんでした」
ローレンスは、ユトの顔をまっすぐ見て言った。
「おれの剣のせいみたいに言うな! えっと、おまえは第1騎士団への配属になってる。とりあえず、これから入団の手続きをするからついて来い」
ユトは、合格者が集まっている稽古場の方に向かい、いそいそと、今日の最後の仕事をする。
「それって、クリスさんといっしょですか?」
ローレンスは、ユトの背中を追って言った。
「おう。クリスさんもだし、おれもいっしょだ。おれは、ユト。よろしくな!」
ユトは、歩きながら横顔を見せ、カラッとした笑顔で言った。
ローレンスの足取りが軽くなり、指先の興奮のしびれが、からだ全体に広がる。
「おい、ちょっと待て」
すると、正面からユトを大きな影で包み、行く手をはばむ者がいた。ローレンスは、前の背中が動かなくなるのと同時に立ち止まり、前方を確認する。そこに、太もものような分厚い腕と、大人ふたりが、すっぽりおさまるような胸板を見せつけて、こちらを見下ろしている大男がいた。
「なんだ、でっかいの。邪魔だ。どけ」
ユトは、鉛でできた能面のような顔つきになって、声の調子を落として言った。
「騎士さんよう、どう考えても、おれが落ちて、おまえのうしろにいる、剣の実力皆無のやつが受かるってのは、おかしいだろ」
大男は、腸をなぶるようなどす黒い声で、ユトに絡んでいく。
「技術は勝ち負けじゃねー。腕前と素質の審査だ。話聞いてたのか?」
そう言ってユトは、大男の体毛を削ぐような目つきで見上げる。徐々に、その場にいた志願者たちが帰宅の足を止め、講堂の入り口付近のいさかいに注目しはじめた。ローレンスは、ただ、ユトのうしろで、木のようになって突っ立ている。
「その審査が、間違ってたことを証明してやる。勝負しろ」
「勝負なんかしねーよ。めんどくせー」
即答したユトは、魚が腐ったような目をして、大男の横を通り過ぎようとした。ローレンスも、ユトの背中の発進に従って歩きはじめる。
すると今度は、ユトの顔の前に、荒く研がれた剣が現れた―――。
「勝負だ」
大男は鈍く光る刃を見せて、真横に来たユトを無理やり、まな板の上に戻すようにして言った。
やじ馬は、まるで代弁者が現れたかのように、大男の背中を押しはじめ、講堂前は異様な空気に包まれる。
「あの・・・いいんですか? 止めに入らなくて」
たまたま、その場に居合わせたジュドが、傍観するに留まっているコールマンに向かって言った。
「ん? なにが問題だ?」
そう言ったコールマンの興味は、終始、ローレンスに注がれていた。
「あ、いや・・・、志願者の名誉も大事かなと思って・・・」
次の瞬間、やじ馬が大声を上げ、岩が砕かれるような音が聞こえた―――。
「あ・・・遅かったか」
ジュドは、目を背け、大男を哀れむように言った。
やじ馬たちは、先ほどまで大岩のように、はばかっていた大男が、屋舎の壁にもたれて、ふやけた豆のようになっている姿を見て、言葉を失っている。
「いいか! もうちょっとで、今日の仕事が終わるとこなんだ! 勝負してる暇なんかないっての! ったく! ふざけんじゃねーよ!」
そう叫んだユトは、剣を鞘におさめたまま、大男の脇腹に、渾身の一突きを与えていた。そして、うねった頭から湯気を出し、周囲に熱湯をまき散らすように、稽古場の方へ去って行く。ローレンスは、吹っ飛んで壁に叩きつけられた大男に見向きもせず、ユトの背中だけを見てついて行った。
「ったく、ユトのやつ、ちょっとは手加減しろよな」
そう言ってジュドは、ため息をつきながら、稽古場へ手伝いに向かう。その横で、コールマンは、フッと笑みを浮かべ、静かに講堂の中に戻っていった。
「すっ・・・すげえ」
「おれ、もっと鍛えてから出直そ・・・」
「おれは・・・もう、これであきらめる」
やじ馬になっていた志願者たちは、夕陽が完全に沈むと共に、バラバラと肩を落として王宮をあとにする。
ローレンス・騎士団入団から半年後―――。
「ローレンス! ぼさっとするな! おれから離れるなよ!」
ユトは、遅れを取るローレンスに叫ぶ。
この日、第1騎士団は、任務の一環で山賊の討伐にあたっていた。
ローレンスは、入団してから半年間、みっちり剣術の稽古を重ねる。そして、実地訓練を経て、この日、はじめて新兵として作戦に参加していた。王国の紋章が入った仕立て下しの剣が光り、シルバーの鎧がローレンスの上半身を包む。
「はっ、はい、ユトさん!」
ローレンスは、必死で騎士団兵のフォーメーションについていく。ユトの背中が遠い。まるで、からだの血が、どこか別のところで流れているように地に足がつかず、視界が狭い。呼吸だけが先走り、振るう剣が空を切る。ユトが仕留めた血まみれの胴体が視界をはばみ、ちぎれた腕や足が雨のように降ってくる。火花が散るような山賊たちの血走った白目と、光が一切宿らない瞳ににらまれ、凍てつく背中が手足まで凍らせる。型や礼儀を無視した攻撃が、避けられない大量のつぶてのようにローレンスを襲ってきた。応戦するが、猛獣ににらまれた小動物のように縮こまるからだは、剣を振り下ろしても、相手に浅い切り傷を与えるだけにとどまる。
「おい、ローレンス」
耳元で、コールマンの声がした。腹の底が握り潰されるような低い声は、聞いたことがない。
「・・・っ!」
ローレンスの皮膚に電流が走る。棒立ちになり、うしろにいるコールマンに視線だけ送った。コールマンは、しばらくユトに持ち場を任せて、ローレンスの背後にピタッとついていた。
「足が震えているぞ?」
コールマンは、静かに語りかける。
「は・・・はい」
ローレンスは、生唾をゴクリとのみ込んで返事をする。内臓まで凍らせるようなコールマンの凄みは、いままで降っていた肢体の雨の方があたたかく感じるほどだった。
「見ろ。おまえがとどめを刺さなかった敵が、いま、ユトを襲ってる」
コールマンは、静かに流れる川のように言った。
「は・・・はい」
ローレンスは、焼け付くような胸を押さえ込んで、声を絞り出す。
「今回の我々の任務はなんだ?」
氷水に変わるコールマンの声が、ゆっくりローレンスの首筋から胸元に入っていく。
「さっ・・・山賊の討伐―――」
「それは、なんのためだ?」
コールマンは、ローレンスの言葉にかぶせて問う。
「・・・っ! 陛下と、この国を守るためです」
胸元に入った氷水が蒸気になって充満し、ローレンスの息が乱れる。
「わかってるんなら、さっさとやった方がいい。ほら、ユトが敵に囲まれて、押されてきた。もうすぐ殺られるぞ?」
コールマンは、ユトの鎧の隙間に入った斬り傷から、血が飛び散っているのを見て言った。
「は、はい。でも・・・っ!」
ローレンスは、乱れる息に翻弄され、手足を震わせる。
「そう。我々、騎士がやっているのは、こういうことだ。もし、ただ剣を振り回して遊んでいたいだけなら、村に帰った方がいい。おまえが騎士になるには、やさしすぎる」
そう言ってコールマンは、流氷でローレンスを対岸に追いやるように距離を置いた。
「い、いやだ! 帰りたくない! おれはできる! ただ、なんで、からだが言うことを聞かないのか、わからないだけだ!」
ローレンスは、頭と心体をつなぐ紐を探すように叫んだ。
「・・・そうか。ならば―――」
そう言って、コールマンはローレンスの耳元でなにかをささやいた。
その直後、ローレンスの目が見開き、力強く地面を蹴って、ユトの元へ飛び出した。
瞬時に、コールマンもそのあとに続き、ふたり同時に、ユトを囲んでいる山賊を一刀両断する。
ユトは、間一髪のところで、防御の姿勢のまま、尻もちをついた。
「ユト、大丈夫か? 傷を見せろ」
コールマンは、腰をかがめて、ユトの赤く染まる兵団服を見て言った。
「クリスさん! どうなるかと思いましたよ! 痛いっす! もうダメです!」
ユトは、流血する脇腹を押さえて言った。コールマンは、ユトの鎧をずらして傷口を確認する。
「大丈夫だ。傷は浅い」
そう言って、コールマンはユトを肩に担ぎ、戦場の後方へ運ぶ。
「そうだ! ローレンスのやつは⁉︎」
ユトは、振りかえってローレンスの姿を探す。
「へ?」
ユトの目に飛び込んできたローレンスは、電光石火のように、次々と山賊に立ち向かっていた。からだと剣に精神が注がれ、稽古で学んだ動きを忠実に再現している。荒々しい山賊の攻撃は、重心を低くしたローレンスの手中に落とされ、絶妙な間合いから、一振りできっちり仕留められていた。さらに、ローレンスは、ジュドや他の第1騎士団兵と呼吸を合わせ、見事、作戦の展開を立て直していた。
「ちょ・・・っ! あいつ・・・! クリスさん、どういうことですか⁉︎」
後方に下がるコールマンに逆らい、からだをねじりながら言った。
「ふっ。さあな」
そう言ってコールマンは、ユトを下ろし前線に舞い戻っていった。
第1騎士団が帰還した王宮・騎士団屋舎―――。
「ユトさん!」
ローレンスは、1階の講堂入り口付近から、中央付近で救護団の手当てを受けるユトに向かって叫んだ。そして、救護団員の目の上のこぶになりながら、他の負傷兵の隙間をすり抜けてユトの元へ向かう。
「おまえは無傷かよ! あー、痛え!」
ユトは、ローレンスの姿を見るなり、天井に向かって叫んだ。救護団員は、黙々とユトの傷口をアルコールで消毒し、2、3針縫っていく。
「ユトさん、おれ―――」
「なんだよ。言い訳なら聞かねーぞ。騎士団は、いまを生きる精鋭部隊。習っただろ」
ユトは、急に鋭い目つきになって、ローレンスを直視した。
「あ、はい。でも・・・、そうじゃなくて」
ローレンスは、ユトの直球をよけながら近づく。救護団員は、会話に集中するユトの隙を見て、胴体に包帯を巻いていく。
「じゃあ、なんだ」
ユトは、目を細めてぶっきらぼうに言った。
「ユトさんが無事でよかったと思って!」
ローレンスは、天真爛漫な笑顔で言った。
「ふん! まだまだくたばるつもりはねーよ!」
そう言って、ユトは目をそらした。耳に熱を帯びながら、胸のざわめきを抑える。
「ちょっと! 動かないでください!」
しびれを切らした救護団員が、ユトに向かって噛みついた。包帯の締まり具合がいつもよりきつい。
「あ、すいません」
ユトは、ぺこりと頭を下げて言った。
「でもよー、あのとき、クリスさんになにを言われたんだ? おまえ、あんだけビビって動けなかったのに、別人のようになったろ。ジュドたちも、みんなびっくりしてたぞ」
ユトは、手当が終わり、白いシャツの袖に手を通しながら言った。
「ひひひ」
ローレンスは、目を輝かせ、少年のような笑顔を見せる。
「なっ、なんだよ、その顔は!」
ユトは、ボタンをとめる手が止まり、距離をとって身構えた。
「ユトさんを守るために戦っていいって言われた!」
ローレンスは、枝葉に隠れて休んでいた小鳥が一斉に飛び立つように、歯切れよく大声で言った。そして、そのまま出入り口の方へ走り去っていった。
「・・・っ!」
ユトの顔が火照る。その場に取り残され、救護団員と騎士団兵から注がれる視線に大汗をかき、傷の痛みより対処に困る感情で、からだ中がこそばゆくなった。
「おもしろいやつだろ?」
コールマンは、ユトの真横に現れ、はにかむユトを微笑しながら言った。救護団員は、コールマンの姿を見るなり仕事に戻り、騎士団員は目をそらす。
「あ、クリスさん! あいつ、かなりのバカですよ! 覚悟した方がいい!」
そう言い放って、ユトは逃げるようにしてその場を去る。そして、白いシャツがはだけたまま、屋舎の階段を荒々しく踏みつけて上っていった。
「ふっ。もう、その覚悟は3年前にしてあるさ」
コールマンは、ユトの散らかる背中を見て、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。