見限られた王太子
ローザと王太子の婚約は政略的なものだった。ローザの母が隣国の外交を担う侯爵家の生まれであり、急成長を遂げている隣国と良い関係性を結ぶためにローザが選ばれたのだ。
しかし、お見合いのためにセッティングされたティータイムでローザは王太子に恋をした。
幼い頃から女好きな王太子にとって、可愛い女の子を口説くなど日常茶飯事であったのだが、その余裕が幼いローザには大人びて見えたのだ。
恋心を原動力にそれから彼女は努力した。
しかし、少しでも早く王太子妃に相応しくなろうと、勉学もマナーも必死で取り組むうちに王太子の粗が見えてくる。
ローザはその度に初恋が霞んでいくのを感じながらも、彼を窘めてきた。それも自分の仕事だからだと。
「ご令嬢を片っ端から口説くなど止めてください」
「隣国の語学だけでもマスターなさいませ」
窘めても窘めても、王太子は治らない。最近は嫌味を返してくる彼を初恋の人なのだから、と自分に言い聞かせていた。
そんな時なのだ。王太子が義弟に女装させている、と聞いたのは。
★
コンコン
扉を叩く音がして控えめなレオナルドの声が届く。
「姉さま。執務中なのにごめんなさい」
「大丈夫よ。入って構わないわ、レオナルド」
一人娘のローザが王家に嫁ぐため、遠縁から養子に来たレオナルドはまだ十二歳。儚げな風貌のためローザにはとても純真な男の子に映っていたが、侯爵はよく『優秀なのはいいが、あれは腹黒い』と称していた。
「姉さま、聞いてほしいことがあるのです」
「まぁ何かしら?」
あまり義弟から頼られたことのないローザは少しは姉らしいことが出来るかもしれない、とニマニマしてしまう。
「姉さまの婚約者の殿下が、僕に女の子の格好をしろって言ってくるんだ。おまけに求婚された」
しかし、次の瞬間にその期待は打ち砕かれる。
え? 殿下が女装を強要???
おまけに求婚ってどういうことかしら……
あまりのショックに、さすがのローザもすぐには返答出来ずにいると、レオナルドが悲しそうな顔をした。
「信じられないって顔してるよ、姉さま。殿下よりも僕を信じてくれないの?」
「ちょっと待って、レオナルド。頭がついていかないわ」
「はっ。そうだろうね。明日の舞踏会で殿下は姉さまとの婚約を破棄して、僕と結婚するらしいよ」
いつもとは全く違う、自嘲気味に笑いながら執務室を出ていくレオナルドを、ローザはただ見ていることしか出来なかった。
それでも彼女は王太子を信じた。
いや、正確には女癖の悪さと引き際の良さを信じた。王太子は片っ端から令嬢を口説くが、去るもの追わずな性格のために、今まで大きな問題にはならなかったのだ。
ならば、嫌がるレオナルドに女装を強要し、あまつさえ結婚しようなどとするだろうか?
ーーいや、しない。
しかし、頭を抱えながら自分が出した結論は間違っていたことをローザは舞踏会で思い知らされた。
王太子の横で俯く、女装させられたレオナルド。
婚約を結ぶと言われて、肩を震わせ青ざめているレオナルド。
ーー私はいったい何を見ていたのだろう
その光景はローザが王太子を見限るには十分過ぎるものだった。
優秀な彼女が婚約破棄を受け入れたこと。
何より、侯爵家の令息であるレオナルドに女装を強要し、あまつさえ求婚したことは社交界の醜聞となり、国王夫妻も目を瞑ることは出来ずに王太子は廃嫡となる。
婚約破棄された令嬢に、貰い手などないと修道院に行こうとしたローザ。それを必死に阻止しようとするレオナルドとの間に、いつしか恋心が芽生え幸せな夫婦となったのはまたべつのお話。
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