50話 積み重ねられた命の上
「クアミル、戦う時は後ろに下がっていてくれ。あまり余裕がない」
「わかりました。しかしくれぐれも無理はしないでください」
「優しいんだな。行こう」
シノ達は右手の空中階段を登り始めた。いつ敵と遭遇するかもわからない状況。
二つに別れたパーティーがアトラクシアの救世主となり得るか。
ラウエスの飛行速度は速く、エリックはしっかりとラウエスに掴まっていた。
空中から周りの景色が見える。シノ達の姿も見えた。
中央の空中に浮かぶ建物に、空中階段から敵らしき人間達が攻め込もうとしているのが見える。アトラクシアは幻獣の街なのだから人間は恐らく敵だろう。
敵に対応しているのは狼や槍を持って羽ばたく天使のような生き物。
狼達は懸命に戦っている。しかし敵の数が多い。狼の死体が空中階段から落下していく様が見えた。中央の建物が敵だらけになるのも時間の問題と思われた。昨日からずっと戦い続けていたのだろうか。
ラウエスは全力で駆けていたが、それでも中央の建物にはまだたどり着かない。アトラクシアは広い街のようだ。もはや街という規模ではないかもしれない。
エリックは出来ることをやっていた。周囲の観察。倒さなければならないのはアルジャーノだ。
全ての元凶。アトラクシアを狙い、そしてクスハを病に陥れた許されざる人物。
しかしエリックは熱くはならなかった。それはローエンの影響だった。洞窟内に一人置いてきたローエン。彼はいつだって冷静だった。共に戦ってくれたローエンのためにも自分が熱くなってはいけないと思っていた。
アルジャーノの姿は見つからなかった。どこかの建物内にいるのだろう。
エリックが観察をしている間にラウエスは中央の建物に辿り着いた。
建物はとても大きく、宙に浮いている。下方向に柱が伸びているのが印象的だ。白を基調とした鮮やかな色合いだったが、所々にヒビが見えた。戦いの影響によってついた傷かもしれない。
ラウエスはペガサスに変身している間は人間の言葉を話すことが出来ない。だが、エリックにはラウエスの心情を察することが出来た。どうか無事でいてほしいという気持ちでいっぱいだろう。
建物内には敵がいる。中央から着地しようとしているラウエスの方を敵の人間たちが見ている。人間の朽ち果てた姿、ゾンビと呼ぶのが相応しいその者たちは槍を持ち待ち構えていた。
だがラウエスは怯まない。翼を羽ばたかせ、敵めがけて突進した。
エリックも戦闘の構え。ここからはオルベンと合流するまで敵を蹴散らさなければならない。
シノ達は大丈夫だろうか。しかしそれも一瞬。今集中すべきは目の前。
ラウエスが敵を突進で吹き飛ばした。そして建物へと着地。エリックは着地したとみると、すぐにラウエスから飛び降りた。周りをゾンビに囲まれている。だが全員を相手にする必要はない。建物内へと向かう障害だけ倒せばいい。エリックは正面の建物の入り口に向けて飛び込んだ。
ゾンビはエリックの敵ではなかった。そもそも片腕が取れているゾンビ等もおり、また動きも大した速度ではなかった。大量のゾンビを操作しているアルジャーノだが、一体一体は言ってしまえば雑魚だった。
時を止める剣を振るい前へ突っ切る。周囲は傷ついた石壁とゾンビばかり。後方からの追手はこない。ラウエスがペガサスの姿で戦っているからだ。
エリックはゾンビを切り倒しながら直進し続けた。目の前に緑のツタが大量に絡まっているドーム状の建物が見える。その建物にゾンビ達が次々に入っていく様子が見えた。
エリックは察した。あの建物の中にアトラクシアの長がいる。直感ではオルベンは生きていると察した。長が死んでいればあの建物にゾンビが密集する必要はないだろう。
建物の入り口へとエリックは急いだ。勿論アルジャーノの姿を探して目を光らせている。だがアルジャーノの姿は見えない。緑のツタを踏みつけ建物の中へエリックは入っていった。
建物の中に入ったエリックを待ち受けていたのは、黄金に彩られた建物の内壁だった。ドーム状に広がっている。建物はとても広い。
しかし真っ先に目に入ったのは部屋の中央の奥。背中から羽を生やした人物が剣を振るいゾンビと戦っているのが見えた。黄色い服には返り血がついている。
そしてエリックは理由もなく直感した。
アルジャーノがいる。理由も根拠も無い。だが、アルジャーノがいると思ったのだ。
冷静に。冷静に。まずはオルベンを助けなければならない。エリックは中央の奥で戦っている人物の元へと急いだ。
黄金の建物の奥で戦っているオルベン。迫りくるゾンビ達と、近くで不敵に笑っているアルジャーノがいる。黒いシャツ、子供の姿でクスクスと。洞窟でエリック達が遭遇した人物もアルジャーノの側にいた。
オルベンの体力は限界に近づきつつあった。一日眠ることもなく戦い続けている。オルベンの周りにはアトラクシアの強者達の死体が転がっている。それ故にオルベンは逃げるわけにはいかなかった。アトラクシアの長として、死んでいった仲間たちのために戦わなければならない。
しかし、それもここまでだろうとオルベンは剣を振るいながら思っていた。ラウエスは無事に逃げられただろうか。最早囲ってくる敵を相手にするのは限界だ。
そう思っていたオルベンの視界にエリックが映った。
人間?
ゾンビを切り倒しながらオルベンの方に向かってきている。
ゾンビを切っている。敵ではなさそうだ。しかし人間がアトラクシアに来るとは考えづらい。可能性があるとすれば、ラウエスが仲間を呼んできたのかもしれない。
まだ戦える。オルベンは再び剣を振るった。ゾンビ達を薙ぎ倒す。散っていった仲間たちを見る。
オルベンは思った。お前達の命は決して無駄にはしないと。
仲間たちは皆平和のために戦った。長とはいえオルベンを守るために戦った。
最早自分一人の命ではない。
自分には仲間たちを埋葬する義務があるとオルベンは強く思った。
アトラクシアを守らなければならない。




