45話 終焉への終焉
まだ暗さの残る暗雲の空。アルカディアの宿屋は静寂に包まれていた。
そんな中、一人の人間が二階からこつこつと降りてくる。エリックだ。
一階の食堂には誰もいない。まるで誰も住んでいないかのように。
エリックは宿屋から出た。宿屋の入り口で、まだ黒い空を見上げた。
アトラクシアへの旅が始まる。クスハの事を思うと、少し緊張する。
エリックが宿屋の入り口に出たのは、パーティーの集合場所がそこだったためだ。まだ、誰の姿も見えない。薬師ギルドからクアミルが、そして宿屋からは残りのみんなが出てくるはずだ。
覚悟を決めながらエリックは仲間たちを待った。
最初にやってきたのはローエンだった。相変わらずの赤い髪の白い鎧である。
ローエンはエリックの姿を見て驚いたようだ。エリックの到着が早かったためである。
片手を上げながらローエンはエリックに近づいた。
「おはようございます。早いですね」
「おはようローエン。気が昂ぶってしまってな」
「クスハさんの命がかかっていますからね。無理もない」
宿屋の前には二人しかいない。冷たい風が吹いている。
「エリック、言っておきたいことがあります」
「なんだ?」
「私が仮にこの戦いで死んでも、貴方は悔やむことはありません」
ローエンは空を見上げた。
「何を言い出すんだローエン!お前は街を作るんだろう?たしかに危険な戦いだが、死ぬなんて言うな。理想の街を作れるのはお前しかいない」
「こうして仲間と旅が出来るとは、奴隷の頃には思っていませんでした。確かに理想は街を作ることです。しかし、仮に死んでしまう可能性があるかもしれない。その時は私の意志で死んだのです。貴方は負い目を感じる必要はありません」
「ローエン……」
エリックは空を見上げるローエンを見つめていた。もしかしたら本当にローエンが死んでしまうのではないかと不安になった。
人の死は突然に訪れる。それも、気づかないうちにひっそりと。
「ローエン、俺はお前に感謝している。いつだってお前は冷静だった。そして、皇帝の棺がなくても俺についてきてくれている。感謝している。俺一人の旅だったら、俺は皇帝の棺に呪われたまま道の途中で倒れていたかもしれない。だからこそお前の理想を応援したい。出来る。お前は必ず理想の街を作ることが出来る。だから死ぬなんて言うな」
エリックは熱弁していた。本心だった。
ローエンは肩をすくめた。
「ありがとうございます、エリック。私から言わせれば、感謝するのは私の方です。あなたはいつだって情熱的だった。まだ若いが、その若さが私に影響を与えました。昔は私も情熱的だった。感情に素直に行動するあなたから得られたものは大きい。私はこの旅を忘れないでしょう。貴方は必ずクスハさんを救うことが出来る。必ず勝ちましょう、エリック」
「ああ。頼もしい仲間たちがいるからな」
その時宿屋からシノが出てきた。短い黒髪に白い装束。動きやすさを重視している。黒の瞳がエリックとローエンを捉えた。そして駆け足で二人に近づくシノ。
「二人共早すぎるんじゃないか。僕が一番だと思っていた」
「おはよう、シノ。今日はよろしく頼む」
エリックは挨拶と共に頭を下げた。
「言われなくても。必ずアルジャーノを倒そう。大丈夫。勝てるよ」
シノは微笑んだ。彼女は薬を飲まない役割である。
そこにクアミルがやってきた。紫色のコートを着て、持ちやすそうな茶色い鞄を持っている。
「おはようございます。準備は万全です」
クアミルが頭を下げた。
「頼りにしている、クアミル。いい薬が作れるといいな」
エリックはクアミルに対し微笑んだ。
「はい。しかしそれよりも、アトラクシアを救うことが先決です。少しでも力になれれば。街を襲うなどと、許されることではありません。何故平和になれないのか……」
そこにラウエスがやってきた。緑の髪に青のツイード。
「おはようございます。決戦の日ですね」
決戦の日。ラウエスの言う通り、この戦いでクスハの運命もアトラクシアの運命も変わる。
「おはようラウエス。全員揃ったな。みんな、覚悟はいいか?」
エリックはみんなを見回した。
覚悟。厳しい戦いが予想される。
しかし皆深く頷いた。ここに集った五人の人間がアトラクシアを救えるか、無惨に散るかはまだわからない。
「行こう。ラウエス、先導してくれ」
「はい」
頷いたラウエスは灰色の石畳の道を歩きだした。みんなが後をついていく。
エリックは途中でまだ明るくない空を見た。
天秤の鳥の姿は見えない。どこかで見守ってくれているのだろうか。
水の都アルカディアとはお別れだ。天秤の鳥に導きのままに。




