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アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第六章 水の都アルカディアへ
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43話 妖精王オルベン

 レストランのドアを開けて誰か入ってきた。店内にドアの音はよく響いた。

 入ってきたのはクアミルだった。長い銀髪を揺らしながらエリック達のテーブルへと近づいてきた。


「クアミル、薬の調合は?」


 エリックが尋ねた。クアミルの作る薬の効能は未知数。みんなクアミルの薬の効果を聞きたがっている。戦局を大きく左右するかもしれないからだ。

 相手は魔法。こちらは人間の叡智。

 異質と結晶のぶつかり合い。


「順調です」


 クアミルはエリックの隣の椅子に座った。そして、いくつかの細長い瓶をテーブルの上に並べた。料理の横に薬が置かれた形になる。


「色々な薬が使えます。まず、傷を治すための薬です。それだけでも種類が違います。一つ目は、傷口に塗るための薬。即効性があり、痛み止めと止血を兼ねています。大怪我でなければこれで治せるでしょう。二つ目は、自然治癒力を高める薬です。人間の本来持っている回復作用を爆発的に高めます。これは飲み薬。ただし、代償があります。爆発的に身体の治癒力を上げますが、その後に待っているのは反動。使ってから一時間も経てば、内臓の痛みで動けなくなります。どうしてもという時にだけ使ったほうが良いと私は思います」


 クアミルが人差し指を上げながら話している。みんな、それを黙って聞いていた。

 怪我への対応。それが出来るようになることは大きい。

 クアミルは机の上の瓶の一つを手に取った。黄色い液体が瓶の中に入っている。


「これは人間の戦闘力を高める薬です。本来、このような薬は作りたくはありませんでしたが。この薬は即効性の飲み薬です。飲むとどうなるか。人間は脳で無意識に筋肉の動きを制限しています。そうでなければ、オーバーロードしてしまうからです。しかし、この薬は筋肉を制限する作用を極限まで止めてしまいます。それ故に、筋肉が通常の比ではないほど動かせるようになります。しかし……先程と同じですが、副作用があります。筋肉の繊維が痛みすぎて、薬の効果が切れたら動けなくなってしまうのです。一回は誰でも服用出来ます。しかし、二回も飲むとなると、死の可能性もあります。出来れば、使わないでもらいたい」


 クアミルはため息をついた。無理もない。彼女の薬は優しさのためにあるのだ。戦いのための製薬は本来の目的ではない。


「わかった、クアミル。急いで調合してくれたんだろう。ありがとう」


 エリックはクアミルに頭を下げた。


「絶対に薬を飲んではいけない人間を決めないといけませんね」


 ローエンがいった。


「絶対に飲んではいけない?アルジャーノを発見した時点で全員飲むべきじゃないのか?」


 シノはローエンの思考を読めなかった。


「帰り道の問題です。筋繊維が破壊されるのであれば、全員が飲んでしまった場合誰も動けない。戦闘員ではないクアミルが飲まないのは勿論ですが、あと一人はアトラクシアから帰るために動ける状態で無ければならない。これはその場で判断できる問題ではない。今決めるべきです」


「ローエンの言うとおりだな。アルジャーノを発見した時に全員が飲むというのは危険だ。

誰かが万全の状態でいないといけない。さて、誰が薬を飲まないべきか」


 エリックは腕を組んだ。そう語るエリック自身は完全に薬を飲む気でいた。アルジャーノを絶対に倒さなければならない。


「シノが適任だと思います。影渡りは薬を飲まずとも相手を不意打ち出来ますし、シノは小柄です。薬を飲んだからといって、筋力勝負で相手に勝てるとも思えない。逆にエリックと私は飲むべきだと思います。剣と槍の威力が増すわけですから。それに、エリックは飲む気でしょう?」


「察しの通りだ。俺は必ずアルジャーノを仕留めなければならない。クスハのために」


「そうでしょうね。気持ちはわかります。短期決戦ですね。しかし焦ってはいけませんよ、エリック。足元をすくわれる」


「ま、待ってくれ。僕だって戦うつもりなんだ。言っていることはわかるけど、僕だけリスクを冒さないなんて、その……申し訳ない。僕だって力になりたいんだ」


「シノに戦うなと言っているわけではありません。薬を飲まなくても、あなたにはあなたの役割がある。貴重な戦力です」


 ローエンは片手を上げながら話している。シノは唸っている。確かに、全員が薬を飲んでしまった場合、もしかしたら制限時間内にアルジャーノを倒すことが出来ないかもしれない。そうしたら戦闘要員がいなくなる。


「わかった。祠では守りに徹する。薬も飲まない。アトラクシアに辿り着いたら必ず役に立って見せる」


「頼りにしている。あと、話すことは……」


 エリックは顎に手を当てている。質問はすぐに浮かんだ。


「ラウエス、アルジャーノは子供の姿なんだよな?」


「はい、その通りです。黒いシャツを着た、ただの子供に見えました。死者の人間たちがアルジャーノを守るように動いていました。今頃、どうなっているのか……」


 ラウエスは目を伏せた。それはアトラクシアの長のことを思ってのことだった。

 もしかしたら生きていてくれているかもしれない。

 しかし、今出発するわけにはいかないということもわかっていた。

 ラウエスは長に可愛がられていた。ずっとアトラクシアの平和は続くと信じていた。

 長の名はオルベンといった。オルベンはラウエスの素直さと謙虚さを気に入り、ラウエスにとても良くしていた。オルベンは妖精である。綺麗な紫と黒の羽を生やした妖精。オルベンは一人で飛んで逃げることも出来ただろうが、街に残り戦うことを決めたのだ。ラウエスにほんの少しの希望を繋いで。

 オルベンは剣技に長けている。並の者は相手にならない程の実力だ。しかし、オルベンといえどアルジャーノの勢力に対応出来るかというと、難しいと言わざるを得なかった。


「いいかラウエス。お前は逃げるのではない。希望を拾いにいくのだ。だから私などに義理を感じる必要もないし、一人で逃げたなどと思わなくてもよい。ここは私が抑える。飛んで助けを求めに行くのだ。きっと希望はあるはずだ。私は散っていく皆のためにもここに残る。さあ、行くのだラウエス!」


 ラウエスの頭に、逃げた時のやり取りが蘇る。

 早く助けにいきたい。しかし、慎重さを欠けば全滅してしまう。

 心のなかでアトラクシアの皆に謝るラウエス。

 もう少しだけ待っていてください。

 必ず希望を届けに行きます。


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