41話 加勢の薬師
「アトラクシアに向かうのですね?」
不意にクアミルが口を開いた。彼女はエリック達とは無関係の薬師である。
「はい。仲間がついてきてくれます。必ずアルジャーノを倒します」
「私も共に連れていってくれませんか?」
「え?」
「出来る限り協力します。私達は出会ったばかりですが、私はとても興味深い。動機は非常に打算的なものです。アトラクシアに行けば、まだ見ぬ薬草や木の実が手に入るかも知れない。そうすれば救える命も増えるかもしれない。薬師の性ですね。負傷者が出た時に、手当を出来る人物が必要でしょう?私だって旅をした人間です。ある程度の自衛は出来ます。連れていってくれませんか?」
クアミルの言葉にエリック達は黙り込んでしまった。確かにクアミルには世話になった。しかし自衛が出来るとはいえ、相手は半端者ではないのだ。死ぬ可能性がある。
「危険ですクアミル。おそらく余裕のない戦いになるでしょう。貴女を守り切る余裕はないと思います」
「薬師として出来る限りの手伝いをします。傷や毒にも臨機応変に対応出来ます。必ず役に立ちます」
エリックは迷った。クアミルの薬師の腕なら確かに戦いに有利になるかもしれない。
「どんなことが出来る?」
シノがクアミルに尋ねた。実力主義の彼女らしく、具体的に何が出来るかが気になったのだ。
「そうですね、例えば……筋力の限界値を超える薬などを作れます。人間の身体は筋肉に対してある程度の制限を課していますが、それを取り払って一時的に強力な力を出させることが出来ます。反動は大きいですけどね」
「ふむ……」
ローエンは思案している。上空のオレンジ色。その中での会議。
「傷を治してくれるというのは大きいのではないですか?アトラクシアにたどり着くまでにも怪我人が出るかもしれません。クアミル様がついてきてくれるのは頼もしいと思います」
ラウエスがおずおずと意見した。
エリックは迷った。エリック、ローエン、シノ、ラウエス。この四人で戦うことになるが、怪我人が一人でも出れば一気に三人になってしまう。それにアルジャーノは何をしかけてくるかわからない。クアミルの薬師としての対応力が必要になるかもしれない。問題なのは守り切る自信がないことだ。
「ダメです。やはり守り切る自信がない。自発的に戦えないのは厳しすぎる。クアミルを連れて行くことは出来ない」
静寂。
四人だけで戦う覚悟。
しかしクアミルも譲らない。
「この生命が尽き果てようとも構いません。自分の望みが勝手なのもわかっています。しかし、今も難病に苦しむ人々がいるのです。私の知識と素材では治せない人々が。アトラクシアに行けばその人々も救えるかも知れない。新たな素材があるかもしれない。私は人を助けるために生まれてきたのです。彼らは今もベッドで薬を待っている。いつか治ると信じて待っている。私は病気の人を救いたい。お願いです!!連れていってください!!私は彼らを助けなければならないのです!!」
クアミルは深く頭を下げた。彼女に思想は一貫している。誰かのために。自分の利益は考えず、ただひたすらに誰かのために。
場が再び静まった。静まるということが、みんなが迷っている証拠だ。
「一緒にきてもらっても良いのではないでしょうか」
言葉を発したのはローエンだった。彼はクアミルの思想に尊敬の念を抱いたからだ。
人間は自分のことばかり考える生き物だ。しかしクアミルの思想は、全て他人のため。差別のない街を作ろうとするローエンの心にクアミルの言葉は強く響いた。
「ローエンに賛成かな。ただ、申し訳ないけどエリックの言う通り守り切る自信はない」
シノもローエンに同意した。彼女はクアミルの薬師としての腕を買って賛成した。肉体の強化と怪我への対処。アトラクシアがどこにあるのかもわからない現状、旅先で怪我人が出る可能性は十分にある。それを考えれば、補佐役が必要だろうと判断した。
仲間たちの意見を聞いたエリックはさらに迷った。クアミルの力は欲しい。迷いは死なせてしまう可能性があること。
「恋人を救うんでしょう!?」
クアミルはいった。彼女はクスハのことも考えていた。
その言葉はエリックに響いた。アルジャーノを倒さなければクスハは死んでしまうのだ。
仲間がほしい。一人でも強力な仲間が欲しいことは事実だ。エリックは最初一人だった。しかし仲間が増える同時に頼もしさを感じた。人間は一人では生きていけない。
エリックは意を決した。
「クアミル、一緒にいってくれますか?」
頭を下げる。
「当然です。私も出来る限りのことをします。もう夕刻も終わりますね。旅で必要な薬を調合しようと思います。いつ出発するのですか?」
「ラウエスに聞いてみないとわからないな。アトラクシアまでの道のりと存在する場所を」
「アトラクシアはここから西の祠から行けます。岩場が動くんです。何もない場所なので誰も近寄りません。ただ、岩場を抜けてアトラクシアへ向かう道は洞窟になっているのですが、そこでも敵が待ち構えているかもしれません」
「洞窟か……。影渡りが使えないじゃないか。出来る限りのことはするけど。上から光が差し込んでいればいいんだけど……」
シノは考えている。人間の影がないと影渡りは使えない。
「アトラクシアの今の状態はどうなっていると思いますか?ラウエス」
ローエンが尋ねた。
「かなりの者が殺されてしまったと思います。しかし、私を逃してくれた長はまだ生き残っていました。もしかしたらまだ耐えてくれているかもしれません。長が殺されてしまっている場合……アトラクシアの街にいる者はすべて敵だと思います」
「そうですか……すみません、無神経でしたね。大事な仲間が……」
「いえ、我々は一致団結してアルジャーノに挑みました。あの少年に」
「少年?」
エリックは驚いた。エリックの知るアルジャーノは年老いていたからだ。
「はい。しかし見た目が少年なだけで、実際はかなりの年数を生きていると思います。あいつだけは必ず倒します」
オレンジ色の空が光を失おうとしていた。もう夜が訪れる。すぐに出発するのか。朝に出ていくのか。それを決めなければならなかった。
エリックはクスハのことを思い出していた。もしかしたら、病に倒れて死んでしまっているかも知れないという想像もした。
しかしエリックに諦める気はなかった。必ずクスハは生きているという願いがあった。




