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アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第六章 水の都アルカディアへ
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34話 自分ではない誰かのために

 エリックは敵の評価を無意識で下していた。強くはない。ほぼ素人に近い敵の動き。

 しかし飛び道具には気をつけなければならない。エリックは剣しか持っていない。

 三対一。エリックは剣を振るいながら駆けた。剣を振るっている間は時間が止まる。相手にはエリックの位置がうまく掴めない。

 剣を盾にしようとする野盗を正面から斬った。左側が残り二人。右列の野盗達は左に跳ねたエリックを追いかけようとしている。しかし、右方向にいた野盗のうち一人は後ずさっていた。

 エリックの左右に二人いる。

 右へ跳ねる。柔軟なその動きに相手は対応出来なかった。

 また剣を一振り。容赦はしていない。武器を持って人を殺そうとしたら覚悟を持たなければならない。

 左側最後の一人がエリックに斬りかかる。その剣筋はブレており剣で防ぐまでもなかった。

 左に避けて剣で一閃。声を上げて倒れ込む野盗。

 残り三人。右側の三人。

 エリックはその三人も自分を追ってくるだろうと考えていた。しかし、三人の野盗はエリックに向かってこない。

 野盗のうちの一人、右列の中央にいる体格のとても大きい野盗は完全に立ち止まっていた。残り二人も立ち止まっている。体の大きな野盗が二人を止めたのだ。


「降参するか?」


 エリックは三人の方に歩いていく。無駄な時間を食うわけにはいかない。


「断る」


 巨漢の野盗は答えた。黒髪と蓄えたヒゲが特徴的だった。服装は周りの野盗と変わらない。ただ、体格が大きい。他の野盗の比ではない。


「断るなら殺さなければならない。命を無駄にするな」


「俺は強いやつと戦いたいんだよ。こんなケチな毎日を送るのはもう御免だ。今日でこの仕事から足を洗って旅にでも出ようかと思っていた。体を鍛えるのも技を磨くのも、全ては戦う相手がいて成り立つ。虚しいだろ?戦う相手がいないってのは」


「戦いが楽しいのか?」


 エリックが巨漢を睨むと、男は大声で笑った。


「当たり前じゃねぇか。実力を持った敵を倒す。こんなに面白いことがほかにあるか?」


「誰かのために戦わないのか?」


「誰かのため?冗談だろ。自分が努力して得た力を他人に使ってどうするんだ?お前はどうかしている」


 語る巨漢に対してエリックは思った。理解が出来ない。

 しかし、エリックに対し無思考で突撃してこないことから、少しは実力があると思われた。


「旅人、俺と決闘しろ。一体一だ。悪くない条件だろ?三対一が一対一になるんだ」


「断る。そんなことに付き合っている時間はない」


 エリックは即答した。ローエン達の姿はもう見えない。


「そうか。じゃあ、俺は逃げた連中を追いかけるがそれでいいんだな?」


 巨漢は不敵な笑みを浮かべた。

 これにはエリックも焦った。相手は体格が大きい。エリックが走っても追いつかないかもしれない。そしてローエン達がこの野盗に追いつかれてしまうと、シノが戦うしかない。影渡りがあるとはいえ、シノと男の体格差がありすぎる。もしかすると負けてしまうかもしれない。

 エリックは歯を食いしばった。


「卑怯なやつだ。いいだろう、その決闘を受けよう」


「卑怯ってのは褒め言葉だな。頭を使っている証拠だからな。よし、決闘だ!お前ら、手出しするなよ。俺の名はゴード。戦士ゴードだ。忘れるなよ」


 巨漢は笑いながら他の野盗に指示を出した。やはりリーダー格のようだ。

 剣を構えるエリック。

 ゴードも剣を構えた。

 枯れ葉が舞う。

 枯れ木の廃墟の出口から光が。

 見守る二人の野盗。

 不気味なカラスの声。

 覆うような黒い植物。

 毒沼。

 またカラスが鳴いた。

 枯れ葉がひらりと地面に落ちる。

 それと同時にエリックが飛び出した。

 剣を振りながら走る。振っている間に時間が止まるから距離を詰められる。

 速攻で終わらすつもりだった。だが、ゴードは手に持った剣をエリックに投げた。

 矢のように飛ぶ剣。

 エリックは咄嗟の回避で左へ跳んだ。剣は手放していない。

 枯れ木に足を取られそうになるエリック。

 まずいと思ったその瞬間にはゴードはエリックに向けて一気に距離を詰めてきた。

 体制を崩していたため剣が振れなかったエリック。後ろへ少し跳んだ。

 ゴードは武器でもなく拳でエリックを攻撃した。瞬足の拳。それはエリックの腹に直撃しエリックを吹き飛ばした。黒い植物を潰すように飛ぶエリックの体。

 枯れ葉たちの上に倒れ込むエリック。幸いなのは毒沼に着地しなかったことだ。


「ほう、跳んで衝撃を和らげたか。おかしな距離の詰め方を出来るようだが、勝負あったな!!」


 ニヤリと笑うゴード。剣を持たずに倒れているエリックの元へ走り出す。拳が彼の武器なのだ。


「ぐ……」


 エリックは意識を失いかけていた。だが気力でなんとか意識を繋いでいた。

 状況が悪い。自分は拳での一撃を受けて倒れている。骨がやられているかもしれない。

 唯一エリックに有利な点は、剣を手放していなかったことだ。

 持ち前の冷静さで彼は周りを見た。足元は枯れ葉。左右には紫色の毒沼があり、真後ろは吹き飛ばされて当たった枯れ木だ。

 逃げ道はない。ゴードは近づいてきている。

 もはや一刻の猶予もない。

 エリックは気力で体を起こし、右の毒沼の方へ跳んだ。

 沼の中央に着地。骨は大丈夫そうだ。そして幸いにも毒沼は浅かった。

 笑いながらエリックに距離を詰めていたゴードが立ち止まる。毒沼に入るわけにはいかない。


「考えたな。毒沼に逃げたか。だが長くは持たんぞ」


 ゴードは毒沼の外からエリックを見つめていた。それが彼の最大のミス。

 エリックは追い詰められるほど実力を発揮する。解毒薬がもうないのも承知の上。


「長居するつもりはない」


 エリックはゴードめがけて切り込んだ。勝てる条件が一つから二つに増えている。

 毒沼を気にせず突っ切る。ゴードは枯れ葉を踏みながら待ち受けている。

 剣を大きく振るエリック。時間が止まる。

 ゴードは構えていたが、エリックはそれに対して全力の体当たりを仕掛けた。剣で仕留めなければならなかった状況とは違う。ゴードの真後ろは毒沼だ。エリックの渾身の体当たりがゴードを直撃し、ゴードは毒沼に突き倒された。ゴードの倒れ込んだ毒沼も浅かったが、倒れ込んだため毒沼に浸かってしまった。

 毒がゴードに染み込む。ゴードは苦しそうに声を上げた。

 毒が効くはず。エリックはそう判断した。もうエリックを追いかけてくることは出来ないだろう。解毒薬を使えば回復するかもしれないが。しかしゴードは毒沼に倒れ込んでいる。


「俺の勝ちだ。力を人のために使ってみるんだな。そうすればお前はもっと強くなるだろう。自分のための力は脆い」


 エリックはそう言い切ると、枯れ葉を踏みながら枯れ木の廃墟の出口へと走った。

 驚いている二人の野盗がゴードに近づいている。おそらくは解毒薬を持っているだろう。だが、毒沼に倒れ込んだゴードはそう簡単には再起出来ないはず。

 エリック自身も毒沼に軽く足を踏み入れている。解毒薬はない。しかし走れる。自分の足元を見るエリック。解毒薬を早めに飲んだほうがいいかもしれない。


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