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アトラクシアの死闘  作者: 夜乃 凛
第六章 水の都アルカディアへ
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32話 枯れ木の廃墟

 行商人と別れたエリック達は再び砂地を歩きだした。砂地には道が少ない。吹く砂埃ですぐ汚れてしまうから整備がされていないのだろう。枯れ木の廃墟が見えるまで歩き続けるしかない。砂埃が少し減ってきた気がする。気のせいだろうか。


「枯れ木の廃墟は安全に通れるだろうか?治安が悪いのは気になるな」


 エリックが歩きながら仲間にいった。答えるのはシノだった。


「足元に気をつけながら進んでいけば大丈夫だと思う。夜とかだったら危険かもしれないけど、このペースなら夜になる前にたどり着くだろうし、視界が開けているから野盗に奇襲されることもないだろう」


「なるほどな。シノは枯れ木の廃墟を通ったことがあるのか?」


「あるよ。もうずっと昔の話だけれど」


「誰かと一緒に?」


「いや、一人。ずっと一人だったから……昔は一人が当たり前だって思っていた。でも違った。人と支え合うことを学んだ。両親は亡くなってしまったから、孤独の辛さはわかっている。エリックも一人じゃないよ」


「俺?」


「そうだよ。僕もいるしローエンもいる。エリックの願いはきっと叶うよ。僕は無責任に努力すれば必ず叶うとか、きっと救われるとかいう言葉はあまり使いたくないんだけど、それでもエリックの望みは叶うと思う。いや、叶えるんだろ?アルジャーノを倒して」


「ありがとう」


 エリックはシノの言葉を噛みしめていた。

 仲間たちとならアルジャーノを倒せるかもしれない。なんの手がかりも無い旅に訪れた天秤の鳥。神の導き。


「シノの言う通りですね。しかし水の都アルカディアに何があるのか……行ってみないとわかりませんね。おや?」


 ローエンは遠くの方を見つめた。その瞳には枯れ木が映っていた。枯れ木の廃墟だ。


「見えたな。二人共、もう一度言うが、ありがとう。こんな俺についてきてくれて。ありがとう」


「お礼言い過ぎ。気にしてないよ」


 シノは笑いながらエリックの肩を叩いた。


「シノの言う通りです。さあ、抜けましょう枯れ木の廃墟を」


 ローエンも微笑しながらいった。

 そしてエリック達の上空を黒い鳥が一羽、羽ばたいていた。



 枯れ木の廃墟へとエリック達は辿り着いた。ここを抜ければ水の都アルカディアだ。

 この廃墟には紫色の毒沼が所々に広がっている。そして数え切れないほどの枯れ木が地面から伸びている。残りは黒い植物だ。その植物が上空に伸びているため視界は悪い。毒沼を踏まないためには気をつけなければならない。

 人の姿はない。ただ、カラスの鳴く声が聞こえてきて気味が悪い。


「ローエン、シノ、慎重にいこう。毒沼に気をつけて……後は野盗がいないといいが」


 エリックは二人を振り返りながらいった。枯れ木の廃墟には野盗が多いともっぱらの噂だ。水の都アルカディアは資源豊かな街だ。だからそこへアクセスする枯れ木の廃墟を野盗が狙うのかもしれない。

 ローエンとシノが頷き、エリック達は枯れ木の廃墟を進んでいく。


 枯れ葉を踏む音。エリックのブーツだ。全てが朽ちてしまったかのような風景。しかし毒沼さえ踏まなければどうということはない。

 人の姿は見えない。野盗に遭遇せずに廃墟を抜けることが出来そうだ。

 しかしエリックの瞳が動いた。左側前方。枯れ木の下に誰かいる。座り込んでいる。

 ローエンとシノも気づいた。全員戦闘態勢に入っている。見た所、襲ってくる気配はない。

 エリックは静かに枯れ木の下の人物に慎重に近づいた。毒沼が左右に広がっているので慎重に接近した。枯れ葉が潰れる音がする。

 エリック達が近づいても木の下の人物は動く気配がない。もう表情まで見える距離だ。その人物は息を荒くしてなんとか呼吸をしているようだった。そして、エリック達の接近に気づいて声を上げた。


「殺してください」


 押し殺したような女の声だった。その女の口元からは血が流れていた。

 エリックは慌てて近づいた。勿論剣はいつでも抜けるように体制は取ってある。


「どうしたのですか?」


「私の体に、毒が……もう、治りません、殺して……」


 女の絞り出すような声。エリック達は慌てて女の元へ駆け寄った。

 女の状態は酷かった。緑色の髪の毛がかかった顔色は青ざめ、両手両足は紫色に腫れている。青のツイードを着ていたが、その青に血が染みている。

 エリック達は瞬時に解毒薬を取り出していた。三人全員である。シノだけが、少し反応が遅かった。『わかっていたから』である。


「これを飲んでください。解毒薬です。大丈夫、助かります」


 エリックは解毒薬の瓶の蓋を開けて、緑色の液体を女の口に含ませた。


「気をしっかり持ってください」


 ローエンが女の側で姿勢を低くして励ましている。シノは女から目を逸していた。

 解毒薬は飲ませた。きっと毒沼になんらかの事情で浸かってしまったのだろう。


「だめです、私、解毒薬を飲み、ました。でも、もう、助から、ない。殺して」


 解毒薬を飲んだ女の両手両足は腫れ上がったままだ。


「解毒薬が効いていない」


 エリックは憔悴した様子で女の顔を見た。女の荒い呼吸が止まっていない。


「エリック、毒は体に深く染み込んだら解毒薬を飲んでも助からないんだ……その人はもう助からない。残酷だけど……」


 シノは俯いている。

 ローエンは事態を理解した。シノの言う通りなのだろう。手遅れという現実。


「殺して」


「ダメだ!!」


 エリックは叫んだ。そして座り込んでいる女を背中に担いだ。


「急いでアルカディアまで行くんだ!!この女性を助けられる薬師がいるかもしれない!!まだこの人は生きている!!薬師さえいれば助かるかもしれない!!」


 二人の返事も聞かずにエリックは早足で歩きだしていた。


「エリック、その状態ではもうその女性は……」


 ローエンは悲しそうに目を逸した。


「まだわからない!!解毒薬で治せなくても何か治療の方法があるはずだ!!死ぬために生まれてきた人間はいない!!殺してくれなんてお断りだ!!さあ、希望を持って!俺たちが必ずアルカディアまで送り届けます!生きてください!死んではならない!!行くぞ!ローエン!シノ!」


 エリックの言葉が枯れ木の廃墟に響く。エリックは意地でも助けるつもりだ。それは彼が命を大切にしているからに他ならなかった。確かにほぼ助かる可能性はない。しかしローエンとシノも早足で歩き出した。エリックに感化されたのだ。


「急ぐぞ!!」


 エリック達は進行速度を早め、枯れ木の廃墟を抜けるため歩き始めた。


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